↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/178

収穫量が増える前兆

増えた魔石を止める話は、空の薬品棚の前では通らなかった。


北峰素材迷宮の選別場には、昨日の一・四倍の荷が積まれていた。


採取区画を広げたわけではない。


勤務を延ばしたわけでもない。


同じ人数が、同じ採取札で持ち帰った分だけが増えている。


白瀬さんは、増えた箱へ出荷保留札を付けた。


通常量までは、すでに現地の受入れ確認を通っている。止めたのは、昨日まで存在しなかった上積みだけだった。


「全部を止める提案ではありません」


選別場の管理者へ、白瀬さんは保留の範囲を示した。


「過去の通常枠を超えた採取と出荷を、原因が分かるまで増やさないでください」


管理者は保留札を剥がさなかった。


代わりに、隣の台へ置かれた出荷票を一枚ずつ開いた。


回復薬用の灰色触媒。


術後の境界熱を抑える吸着材。


透析系の魔力汚染を抜く交換材。


いずれも、この迷宮だけで賄っている物ではない。だが、別地域の二迷宮が定期保守へ入り、今週だけ北峰の割当てが増えていた。


選別場の端末には、受領先の薬剤部が映っていた。


背景の棚に、同じ灰色触媒の保管箱が並んでいる。満杯の箱には白札、開封済みには黄色札、次便が遅れれば用途を絞る箱には赤い予約札が付いていた。


薬剤師は停止に反対しなかった。


増産にも賛成しなかった。


「通常便だけなら、予定手術分は確保します。救急受入れが重なった時の交換材が不足します。増えた分を出せないなら、どの地域から、何時までに、どの受領番号で来るかをください」


安全性を証明しろとは言わない。


患者へ不足を転嫁しない代替を求めていた。


「増えた分を使えば、欠品予定を一便先へ延ばせます」


管理者は、病院向けの受領番号を指で押さえた。


「通常量だけなら、明後日の後半便から割当てを落とす。止める理由を、病院へ何と伝えますか。警報なし、品質検査合格、作業員も無事です」


反対には、現物があった。


選別場の壁際では、臨時勤務の名札が箱に分けられていた。


追加の選別に入る予定だった三十六人分だ。近くの包装所と運送所も、増産を前提に夜枠を戻している。


地域の雇用は、迷宮から出た石の重さだけで動かない。洗浄、選別、包装、検査、搬送の勤務が一つの便へつながっている。


上積みを止めれば、今日の賃金から消える人がいる。


流せば、医療材の不足を一便遅らせられる。


どちらも、将来の危険という言葉だけでは消せない損失だった。


臨時勤務の一人が、名札箱の前で待っていた。


増産が決まった時、閉じていた夜間保育の利用を申し込んだという。今日の勤務だけでなく、来週も枠があると聞いて予定を組んでいた。


「危ないなら入りません。でも、危ないか分からないから帰れ、で賃金もなくなるんですか」


白瀬さんは、補償を決める権限が自分にないことを伝えた。


その上で、待機を無給にせず、検査と在庫照合へ勤務を移す案を自治体へ同時に出した。


「停止判断の費用を、最初に仕事を失う人へ集めません」


その約束も、研究所だけでは成立しない。


選別場の管理者が、検査工程で受け入れられる人数と、必要な研修時間をその場で書き出した。


俺は荷の前へしゃがまなかった。


採取物には検査担当が触れ、俺は白線の外から採取札と搬送台を見た。


昨日と今日で変わった作業を探す。


人員は同じ。


区画も同じ。


工具の交換なし。


勤務途中の魔物対応もなし。


搬送台の故障記録もなかった。


「腕が上がった、では駄目ですか」


採取班長が言った。


期待を笑う理由はない。


同じ班が手順を改善し、回収漏れを減らした可能性はある。


「それなら、増えた場所が作業の変わった場所と重なるはずです」


俺は採取図へ、箱ごとの原本番号を置いた。


班長は午前の映像を出し、採取地点を自分で照合した。


増えたのは、手前の採取棚だけではなかった。


人が触れていない封鎖側の受皿にも、細かな結晶が溜まっている。


そこは今週、採取許可を出していない。


採取漏れを拾った結果ではなかった。


迷宮側から、予定していない量が出てきている。


品質検査担当は、増産分を通常分へ混ぜなかった。


同じ等級に見える石を、採取区画、時刻、触れた担当ごとに小箱へ分ける。検査合格という一つの印で、出所の違いを消さないためだった。


未採取区画から流れた細粒は、加工検査へ送らず原物保全へ回した。


「これが良品でも、不良品でも、今の出荷判断には混ぜません」


検査担当は言った。


「採った物と、出てきた物を同じ母数にしたら、増えた理由が追えなくなる」


宮前の感覚を使わなくても残る差が、一つ増えた。


現地の品質検査は合格していた。


毒性も、崩れやすさも、既存の範囲にある。


増えたことと、悪い物になったことは同じではない。


採取班長は手前棚の作業を止めず、封鎖側の受皿へ黄色札を下げた。


「ここはうちの成果に数えません。触っていない場所から出た分まで歩合に入れたら、次の班が採りに行く」


上積みを利益として数える前に、採取した分と流れ出た分を分ける判断だった。


俺たちは、通常枠の最後の一便だけを見た。


人を追加せず、区画を広げず、昨日と同じ終了条件で閉じる。


採取班が戻った後、床際の受皿には新しい細粒が残っていた。


誰かが掘ったわけではない。


壁の奥から押し出された形でもない。


普段なら採取棚へ集まり、そこで止まる細粒が、止められずに一段下へ流れている。


俺は入口側の音を聞いた。


採取中の擦れる音はある。


搬送台の振動もある。


負荷を受けた後に奥へ逃がし、少し遅れて返す低い応答だけが薄い。


「採れる量を制限していたものが、働いていない候補があります」


原因とは言わなかった。


受皿の損傷、季節的な湧出、別区画からの流入でも、同じ見え方は起こり得る。


白瀬さんは、俺の候補へ即座に停止印を押さなかった。


採取班長へ三つ確認した。


通常量だけで班の固定勤務を維持できるか。


臨時三十六人のうち、別工程へ移せる人数はどれだけか。


医療向けの上積みを別在庫で代替できる期限はいつか。


返った答えは、きれいではなかった。


固定勤務は維持できる。


臨時枠の半分は定期検査と保管庫の棚卸しへ移せるが、残りは今日の仕事を失う。


医療向け在庫は地域ごとに違い、最も短い病院では二日分を切る。


白瀬さんは、増産停止案へその三つを添えた。


《通常枠を維持。上積み採取・未採取区画からの流出分は保留。臨時勤務を検査・在庫照合へ転換。医療材は他地域在庫と用途優先を照会》


採取班長は、通常枠の終了時刻を先に閉じた。


増えた分を取り切るための延長はしない。


選別場の管理者は、封印保管に必要な空き棚を作るため、昨日までの合格品を予定便へ移した。医療向けの通常量を止めず、原因不明の上積みだけを物理的に分ける。


薬剤部からは、別地域の在庫照会が二件返った。


一件は輸送に使う転移便が静穏化観測中で、到着時刻を確定できない。


もう一件は在庫があるが、送り出せば地元の救急余裕を削る。


代替という言葉だけでは、まだ病院の棚へ届かなかった。


安全という一語で、賃金と薬を空欄にしなかった。


それでも、提案はすぐには通らなかった。


北峰の開始権限は自治体と現地運営者が持つ。国の研究所が品質合格品の出荷を単独で止めることはできない。


自治体の担当者は、選別場まで来て保留中の箱を見た。


箱の向こうには、病院便の空いた荷台が待っている。


「危険を否定はしません」


担当者は言った。


「ただし、現在確認できる被害はゼロです。増産分を止めた場合の欠品と休業は、今日から出ます」


白瀬さんが、未採取区画の受皿を示した。


「確認できる変化はあります。負荷を増やしていないのに、制御されていた量が流れています」


「故障だと証明されていますか」


「まだです」


白瀬さんは短く答えた。


証拠を大きく見せなかった。


自治体担当者も、だから安全だとは言わなかった。


「では、通常枠の維持には同意します。上積みの停止には同意できません。医療材の代替在庫と、臨時雇用の移行先を持ってきてください。その間は、現地の品質検査を通った分を出します」


採取班長が、出荷保留札を見た。


判断が割れたまま、箱だけを動かすことはできない。


現地運営者は、当日分を通常量と上積みに分け、通常量だけを予定便へ載せた。上積みは自治体の再判断まで封印保管する。


検査担当と自治体担当者が、封印番号を別々に持った。


検査側だけでも、自治体側だけでも開けられない。危険が確定していない試料を永久に凍結するのではなく、次の判断時刻と再検査項目も札へ入れた。


採取班は、未採取区画へ黄色線を増やした。今日増えたから明日も採れると見込んで勤務を追加しない。通常枠の道具だけを手入れし、増産用に運び込んだ空箱は倉庫へ戻した。


病院便は空では帰らない。


けれど、明後日の不足も解消しない。


臨時勤務の十八人は棚卸しへ移った。残る十八人の名札は、次の判断時刻まで箱に残った。


増産を止めれば、安全になるとはまだ証明できない。


増産を続ければ、医療と雇用が守られるのは今日だけかもしれない。


自治体からの回答は、《反対》で閉じられていた。


その下には、理由が二つ並んでいた。


《医療資材の地域在庫不足》


《増産枠に接続した地域雇用の即日損失》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。