現地責任者の拒否
「この停止案は受けられません」
現地運営責任者は、共同点検票の開始欄を閉じた。
十一分の計測に反対したのではない。
現地班にも異論を出す権限がある、と書かれた計画へ、その権限を使った。
白瀬さんが用意した案では、沿岸公共迷宮の人工流入を落とし、空の搬送枠を止め、十一分目の戻りを確認する。
地上予備は二十分使える。
日本の地域試験より負荷は少なく見えた。
現地運営責任者は、二十分という欄へ三本の線を引いた。
「迷宮を止める時間だけなら、そうです。利用者を移し、受領側を切り替え、停止を確認し、十一分後に低負荷で戻すまでなら、四時間を見ます」
俺たちは入口脇の操作室ではなく、受領先へ連れていかれた。
最初は高台の避難所だった。
地上側の境界霧で住宅区画の一部が閉じられ、六十三人が二晩目を過ごしている。
迷宮から受けているのは照明だけではない。
境界膜を乾かす低い循環と、保管薬の冷却が同じ受領枠に載っていた。
二十分の地上予備は照明の値だった。
乾燥と冷却を加えれば、停止前の切替確認を終える余裕がない。
避難所担当は、紙の計算を否定するために説明したのではなかった。
予備ユニットの前へ連れていき、昨夜の受領記録を見せた。
照明、境界膜、保管薬を同時に受けた試験はない。
動くかもしれない物を、六十三人の代替とは呼べなかった。
次は給水の貯留区だった。
地上の送水路は補修中で、高い区画へ水を持ち上げる一部を迷宮側の搬送圧に預けている。
昼間の使用量だけなら貯留で持つ。
だが停止試験は、貯留量が一番少なくなる夕方の定期休眠枠に重なっていた。
朝へ動かせば、今度は選別庫の搬送と重なる。
「止めない理由が多いのではありません」
給水担当は、貯留面の札を一段下へ移した。
「代わりが届いたと確認できる時間が、まだ一つもありません」
三つ目が選別庫だった。
沿岸公共迷宮から届く素材を、その日のうちに仕分ける作業場だ。
停止案では空枠だけを使うため、荷を止めること自体はできる。
ただし荷が来ない一勤務を、設備休止として無給にする契約が残っていた。
四十一人が次の勤務へ入る予定だった。
別の日へ移せばよい、では済まない。
日ごとの勤務で生活を組んでいる人へ、国際共同点検のため明日は働けないと、その日の前に伝える案だった。
現地運営責任者が拒否したのは、迷宮を使い続けて実績を守りたいからではなかった。
止めることで守れなくなる人と仕事が、開始票から落ちていたからだ。
白瀬さんは操作室へ戻らなかった。
避難所の受領記録、給水の貯留札、選別庫の勤務表を、共同点検票の上へ置いた。
日本側で出した二十分の欄を二重線で消す。
「停止許可を求める順番を変えます」
現地運営責任者ではなく、三つの受領側へ向けて言った。
「代替が届き、停止中と復旧確認中を通して使えると、それぞれが判断するまで開始案を開きません」
共同点検の日程は空欄へ戻った。
延期を失敗件数に入れないことも、その場で確認した。
白瀬さんは、必要量を日本側の係数で計算し直さなかった。
避難所担当に、最低限残す機能と、受領完了の条件を分けてもらう。
照明だけ先に地上予備へ移し、境界膜の乾燥と保管薬の冷却は別の予備を追加する。三つを同時に動かした状態を、避難所の当直が一勤務確認する。
給水は、停止直前に慌てて満たす案を採らなかった。
地上送水路の補修班と貯留区が、前日から使える受入枠を作り、予定量が実際に貯留へ入ったことを給水担当が閉じる。迷宮側を止めた後も地上受領だけで次の判断時刻まで届くことを、別の時間帯で先に確かめる。
選別庫の四十一人は、日程変更の費用へ埋めなかった。
共同点検のために止める勤務を、有給の点検受入と在庫確認へ切り替える。参加しない人にも休業分を支払う。費用は現地運営側へ押しつけず、国際共同点検の代替・停止費として日本側を含む共同枠へ載せる。
労務担当が支払日と対象勤務を確認するまで、選別庫の受領可は出ない。
「安全のためです、では請求できません」
現地運営責任者が言った。
「誰の依頼で、何を止めた時間かを残してください」
久世統括官は遠隔の承認欄へ、包括的な協力金を書かなかった。
避難所予備、給水前倒し、地上送水の追加勤務、選別庫の休業補填を別々の項目にした。
停止の費用を見えなくすれば、次の地点は同じ拒否を言えなくなる。
最初に届いた避難所用の予備ユニットは、一台だけだった。
仕様上は三つの受領枠を賄えると書かれている。
避難所担当は、利用者区域へつなぐ前に保管薬の試験箱だけを受けた。
照明を模した負荷が加わると、冷却表示の戻りが遅れた。
危険表示には入らない。
しかし昨夜までの保管条件から外れ、境界膜の乾燥を加えた試験はできなかった。
「二十分なら持つ」という計算には収まる。
受領側の完了条件には収まらない。
避難所担当は代替受領を中止した。
白瀬さんも、負荷を一つ外して合格にする案を採らなかった。
保管薬だけ別区画へ移すなら、その搬送人員、保管先、戻す条件が新たに要る。紙の上で機能を減らす方が、二台目を待つより速いだけだった。
共同点検の日程は、さらに一日後ろへ動いた。
延期中も避難所の迷宮受領は続け、現地班の通常勤務を試験待機へ変えない。日本側の参加者だけが空いた時間に票を直した。
止める側の都合で、使っている側を待機させなかった。
二日後、避難所へ二つ目の予備ユニットが届いた。
設備班が置いただけでは、代替完了にならない。
避難所の当直が照明、境界膜、保管薬を受け、利用者区域の温度と保管箱の表示を一勤務分閉じた。異常なら迷宮側へ戻すのではなく、別区画へ人と薬を移す条件も決めた。
選別庫では、四十一人の勤務票が有給の点検受入へ変わった。
空の搬送枠が止まっている間、在庫番号と非常時の手運び範囲を確認する。通常の出来高へ数えない仕事だが、停止後の再開を受ける側に必要な仕事だった。
最後まで閉じなかったのが給水だった。
地上送水だけでは、高い区画の貯留へ予定量が届かない。
現地班は、計画に入っていた移動式の貯留槽を増やす案を出した。
車両と人員は確保できる。
しかし補充地点から高台までの道路は、避難所への搬入と同じ一本を使う。停止日に重ねれば、退避路を塞ぐ。
給水担当は受領可を出さなかった。
また日程を動かすか、別の供給元を使う必要があった。
ソフィアさんが地域設備台帳から、一枚の系統図を持ってきた。
給水貯留区の裏に、平常時は洗浄水だけを送る小さな調整室がある。
設備台帳では《水路補助室》。迷宮台帳には載っていない。
現物を確認すると、壁面は自然の石ではなかった。
薄い境界膜があり、停止中にも低い戻り音がある。洗浄水を押し上げる時だけ、人工流入の札が点く。
俺は入口外から壁面の温度と戻りを見た。
小さいが、単なる地上設備の反応ではない。
洗浄水の流入札を現地担当が通常手順で落とすと、壁の低い音が一度細くなり、少し遅れて戻った。
給水設備の停止表示だけでは、この戻りを記録できない。
ソフィアさんは迷宮と即断せず、《迷宮性候補》とした。
設備図、出現前の建物記録、現在の人工流入、同じ条件の正常音が要る。内部へ入って確かめる作業は、今回の代替準備には含めない。
現地安全班は入口らしい境界の外へ線を引き、給水担当が近づかなくても流入を止められる現在の管理範囲だけを確認した。
前日供給に使えることと、迷宮の全構造が分かることを同じ完了にしなかった。
規模が小さく、探索も採取も行わないため、迷宮として登録されていなかった。
だが、ここから前日に地上貯留へ水を移せる。
停止当日は人工流入を切り、道路を使わず給水の余裕を作れる。
代替を成立させる現実的な供給元だった。
同時に、十一分の無負荷から漏れる新しい流入点でもある。
現地運営責任者は、そこで初めて停止案を開き直した。
すぐ承認はしない。
補助室を前日供給へ使えること、使用後に人工流入を止められること、給水担当が貯留を受領すること。その三つを別原本で確認してから、共同点検の開始を再判断する。
拒否は取り消されなかった。
守る対象と代替が揃った案だけを、次の審査へ通す拒否のままだった。
再審査票には、開始予定日より先に四つの受領期限が入った。
避難所は三機能の一勤務確認。給水は前日貯留と停止後の受領幅。選別庫は賃金支払の確定。水路補助室は人工流入を切った原本と現地中止権。
一つでも期限までに閉じなければ、共同点検は自動延期になる。
延期を解除できるのは中央ではない。それぞれの受領担当と現地運営責任者が、自分の欄を閉じた時だけだった。
共同点検票の対象欄は、一行増えた。
沿岸公共迷宮の下に、《水路補助室・迷宮性未判定・人工流入あり》と入る。
一つの迷宮を止めるために用意した代替が、台帳へもう一つの小迷宮を追加した。




