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地域停止訓練、開始

観測室の俺の席には、送話ボタンがなかった。


四つの現地映像と、岩壁側の定点マイクが拾う原音と、型の違う二台の未平滑波形と、補正前の原本時刻は見られる。


俺が事前に出した観測候補も、同じ原本番号へつながっている。


こちらから現地へ返せる言葉は、一つもない。


試験前に、俺はそれへ署名している。


発言権を外されたのではない。


俺の観測を合格条件から外すため、自分で観測者の席を選んだ。


それでも、二倍の値を見れば口を挟みたくなる。


怖さは消えなかった。


俺にできるのは、分かっている反応、分からない経路、後で照合する時刻を自分の紙へ分けることだけだった。


地域停止訓練の開始を決めるのは、山腹、谷側、旧採石場正面、岩壁側の四現地班だった。


岩壁側の負荷は、夜が明けても予測の二倍に近いままだった。


上がり続けてはいない。


二台の計器で同じ形が出ている。


接近禁止線の内側へ入った人はおらず、新しい荷もない。


それ以上は未確認だった。


原因欄には何も入っていない。


観測室の中央席には白瀬さんと久世統括官がいた。


二人とも、開始命令を出す端末を持っていない。


観測室の大画面にも、一括の開始枠はなかった。


四地点の名前の横に、それぞれ独立した空欄がある。


中央が三つを埋め、最後の一つへ圧力をかける形にしないため、開始可の入力は現地端末からしか届かない。


観測室でできるのは、届いた原本を受けることと、不一致があれば試験成立を数えないことだけだった。


行政側の計画承認は前日までに終わっている。今日の現地が条件を満たさなければ、その承認は使われずに失効する。


久世統括官の前にあるのは、延期した場合の補償と代替を動かす画面だった。


白瀬さんは、四班の判断を一つの丸へまとめず、それぞれの原本番号で待っていた。


最初に山腹班の映像が動いた。


発電補助迷宮の入口前で、最後の空搬送枠が黄色線の外へ出る。


現地設備員は、停止盤へ手を置かなかった。


診療所から、地上予備の受領確認がまだ返っていなかった。


中央の予定時刻は近づいている。


花房室長は時計を見ず、診療所の受領欄を見た。


「受領がなければ、今日は出しません」


観測室からは急がせられない。


一分後、診療所の当直が、保冷庫の空きと地上予備の切替確認を返した。


花房室長は設備員へうなずかなかった。


設備員が自分で入口人数、壁面上側、現地計器を読み、開始可を出すのを待った。


安全班は外周路の二か所を歩き、原本回収者も含めて内側ゼロを返した。


山腹班の一つ目の判断が届いた。


《代替受領済み。内部人数ゼロ。現地正常内。停止開始可》


二つ目は谷側保管迷宮だった。


昼の基準は準備開始時には未取得だったが、通常の保冷材搬送時に二回の原本を追加している。


完成した正常ではない。


今日の負荷帯に比較できる記録が二組ある状態だった。


入口の搬送灯は灰へ落ちている。


ただ、地上の受入庫に一箱だけ残っていた。


迷宮へ入る荷ではない。


それでも、停止後に代替品と混ざれば、どの便が迷宮負荷を使ったか追えなくなる。


保管班は箱を急いで運び込まなかった。


便を翌日へ回し、受入庫へ封をした。


今日の配送一件を失う決定は、観測室ではなく現地の保管責任者が署名した。


別当直が封と入口表示を確認する。


谷側班の判断が届いた。


《一便延期。荷の新規流入なし。比較可能な現地原本二組。停止開始可》


三つ目の旧採石場正面では、朝倉班が外周路にいた。


短い見学路には進入禁止札が残っている。


朝倉さんは、それを再開未了とは数えなかった。


今日使わない道が閉じていることは、開始条件を満たしている。


柏木さんが外周路から五人を戻し、最後尾と記録箱を別々に数えた。


名取さんは正面入口の表示と壁面下側を確認する。


戸田さんは、前日の訓練原本を今日の正常へ混ぜなかった。


片桐さんが現在閉場時の比較原本二回と、過去が欠けている範囲を開始票へ残す。


「手順にない反応が出たら、原因を埋めずに適用中止へ戻します」


朝倉さんは、俺の観測候補を読み上げなかった。


自分たちが見られる入口表示、壁面、現在計器、退避線だけで判断した。


旧採石場正面班から三つ目が届いた。


《過去正常は未確定。現在比較二回、内部人数ゼロ、外周退避成立。未確認を保持して停止開始可》


三地点が開始可を出しても、共通時計は動かなかった。


どれか一班が待つなら、先に止めた地点は地域停止の十一分へ数えない。


現地の日常運用を戻すか、そのまま安全停止で待つかも、各班の判断だった。


最後の映像は岩壁側だった。


入口候補の前には、二重の黄色線がある。


内側の岩壁へ人は入れない。


外側には、地域行政が置いた暫定現地担当、旧採石場の別当直、安全班、記録担当がいた。


彼らに未知の設備を動かす権限はない。


地上から人と荷を入れず、接近区域を閉じ、外側の計器を観測する権限だけがある。


二倍の値を見て、暫定担当はすぐ開始可を出さなかった。


「予測が外れたまま始めれば、止まった後の幅も決められません」


この地点を外して三迷宮だけを止める案は、前夜に棄却されている。


岩壁側が現在も負荷源かは分からない。


だからこそ、外したまま十一分を数えても、地域全体を無負荷にした試験にはならない。


反対に、二倍を正常と読み替えて始めれば、未確認の流れを開始条件へ紛れ込ませる。


四班目は、延期と開始のどちらを選んでも、地域試験の意味を変える位置にいた。


別当直が答えた。


「ただ、昨日から増えてはいません。二台が同じで、外からの人と荷はゼロです。今の値を正常とは呼ばず、開始前原本にできます」


安全班は、数値の意味を決めなかった。


「内側へ入って確かめる案は認めません。上昇した時は接近区域ごと退避。通信が一つ欠けても中止です」


記録担当は、二倍を一つの平均へ丸めなかった。


型の違う二台の原本を別に残し、予測値との差と、前夜から増えていない事実を並べた。


観測室では、研究所の計測担当が口を開きかけた。


白瀬さんは発言を止める手振りをしなかった。


そもそも現地回線が受信専用になっている。


中央で考えることはできても、現地の未確認を説明で埋めることはできない。


岩壁側の定点マイクが拾った原音には、低く連続する振動の途中に、旧採石場正面とは違う短い戻りがあった。


二台の未平滑波形にも、同じ時刻帯の小さな折返しが残っている。


そこから、二倍の負荷源が岩壁の内側にある可能性は置ける。どの位置から来るかまでは、観測室の記録では分からない。


別入口か、閉じた流路の残りか、計器の取付部か。


候補は出せる。


今ここで送れば、四班目はその候補を開始理由か延期理由に使ってしまう。


俺は観測票へ時刻だけを書いた。


現地へは見せない。


暫定担当は二度、開始票を閉じた。


一度目は、岩壁側の古い人数札が現在の入場記録へつながっていなかったため。


二度目は、安全班の交代者が外周路をまだ歩いていなかったためだった。


予定時刻を過ぎた。


山腹の診療所は地上予備を使い始め、谷側の一便は翌日扱いになった。延期しても費用は戻らない。


旧採石場正面の待機班も交代時刻へ入った。


朝倉さんは最初の班をそのまま残さず、引継ぎを始めた。待った時間を取り戻すために、交代後の退避余裕を削らない。


開始前に人が替われば、現地側の署名も取り直す。


三つの開始可は既得点ではなかった。条件が変われば、四班目を待っている間にも閉じる。


それでも観測室から開始を促す声は出なかった。


古い人数札は、現在の入場証明には使わないと決まった。


代わりに、接近区域を閉鎖してからの定点映像、土地管理側の入退場記録、外周路の現在人数を別々に確認した。


過去十五年の内部人数がゼロだとは証明できない。


今日、地上から新しく入る人と荷がないことだけを開始条件にした。


安全班の交代者が外周路を歩き終えた。


短い見学路を出口に使わず、外側の退避線まで戻る。通信も二方向で返った。


暫定担当が、二倍の原本をもう一度見た。


「原因未確認。正常とは判定しません」


最初に、それを言った。


「現在上昇なし。接近区域内ゼロ。新規の人、荷、採取なし。値が上がるか、退避線か通信を失えば、現地単独で中止します」


行政側の前日承認へ、自分の開始判断を重ねた。


《開始前負荷は予測の約二倍。原因未確認。外部流入を停止した観測に限り、開始可》


四つ目の原本が届いた。


中央から号令は出なかった。


山腹班が補助枠を止め、現物の応答を返した。


谷側班が搬送受付を閉じ、受入庫の封を確認した。


旧採石場正面班が入口表示を落とし、朝倉さんが次の負荷なしを返した。


岩壁側班は設備へ触れず、接近線の閉鎖と外部流入ゼロを確定した。


四地点の停止成立時刻が、それぞれの原本へ入る。


最後の一地点が成立した瞬間、共通時計が自動でゼロへ変わった。


俺は開始の合図を出していない。


白瀬さんも、久世統括官も出していない。


四現地班が、自分の人、損失、正常、未確認を引き受けて、地域停止訓練を開始した。


一分目。


各現地の中止枠は、開始済みになっても消えなかった。


山腹では安全班が外周路に残り、谷側では別当直が入口と封を見ている。旧採石場正面の朝倉班は手順書を開いたまま進めず、岩壁側は黄色線の外から二台を監視していた。


誰か一人が中止を出せば、十一分の時計が成立しなくなる。


成功へ近づいたから中止しにくくなる設計にはしていなかった。


山腹の壁面上側が、いつもの二拍目へ向けて薄くなる。


谷側は一拍で入口表示が落ち、戻り板が追う。


旧採石場正面は、現在比較と同じく二段に分かれて光が細くなった。


岩壁側の二台は、高い位置に残った。


二分目。


三迷宮の位相差が少しずつ狭くなる。


岩壁側の負荷は増えていない。


だが、下がってもいない。


三分目。


山腹、谷側、旧採石場正面の波形が、同じ低い向きへ動いた。


台帳外入口だけ、位相が開始前の高さから下がらなかった。


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