迎えの兵と、セイル支局へ
セイルの門をくぐった瞬間、空気の質が変わった。
街道の土の匂いが薄れ、代わりに石と鉄と、人の多さが混ざった都市の匂いが押し寄せてくる。石畳は広く、通りはまっすぐ伸び、荷捌き場では大きな荷車が何台も並んでいた。見上げれば、建物の二階三階に干された布や看板が重なり合い、リネルとは比べものにならない数の生活が、一度にそこへ詰めこまれているのが分かる。
「……ほんとに大きい」
思わずそう漏らした涼花へ、先頭を歩くミレイが短く言った。
「立ち止まって見るのはあとです」 ミレイは振り返らずに続ける。 「いまは視線が多すぎる」
その言葉どおりだった。
門を入ってからずっと、通りのあちこちから視線を感じる。急報案件の商隊。捕縛された賊。兵に囲まれた少女。しかも、その少女は青く光る剣を持っている。
目立たないわけがなかった。
視界の端に、白い文字がうっすら浮かぶ。
環境変化:市街区
視線反応:増加
推奨:停止せず移動
「停止せず移動、ね……」
涼花が小さくつぶやくと、その声を聞いたフィアがすぐ横で答えた。
「わたしも、似た感じがあります」 フィアは杖を抱えながら周囲を見すぎないように歩いている。 「門の近くは人の気配が多すぎて、観測が散ります。でも、散っている中に、少しだけ冷たい揺れが混じっています」
「冷たい揺れ?」 涼花が聞き返す。
フィアは少しだけ考えてから、言葉を選び直した。
「見ているだけの興味と、値踏みする視線は違うんです」 フィアはそう言って、ほんの少しだけ眉を寄せた。 「いまは、その違うほうも混じっています」
「……嫌な言い方だけど、分かる気がする」
その会話を聞いていたルクトが、通りの右手を一度だけ見た。
それから、何でもない声で言う。
「こっちだ」
ルクトはミレイより半歩だけ後ろを歩きながら、左側のやや狭い通りへ視線を向けた。
「広い中央路は避けたほうがいい」
ミレイが足を止めずに聞き返す。
「理由は」
「説明しづらい」 ルクトは短く答えた。 「人が集まりすぎる。見られすぎる。あと、右側は嫌な感じがする」
「嫌な感じ?」 涼花が見ると、ルクトは少しだけ眉を寄せた。
「勘だ」 ルクトはそれだけ言う。 「外れたら笑え」
ミレイは一瞬だけ迷ったようだったが、すぐに決めた。
「左へ寄る」 ミレイが後続へ合図を飛ばす。 「急報案件、第二通りへ変更!」
兵たちが素早く隊列を曲げる。商隊の荷車も少し遅れて左へ折れた。
その、ほんの十数歩あとだった。
さっきまで通るはずだった中央路の角で、積み上げられた荷箱が突然崩れた。
木箱が割れる音。
馬のいななき。
人の悲鳴。
誰かが駆ける足音。
涼花は思わず振り返る。
「……今の」
「偶然かもしれない」 ルクトは前を向いたまま言った。 「でも、巻きこまれないで済んだ」
フィアが小さく息をのむ。
「崩れる少し前、あの角だけ空気がざわつきました」 フィアは真顔で言う。 「意図があったかは分かりません。でも、通らなくてよかったです」
ミレイは何も言わなかった。
ただ一度だけ、ルクトを見る目が変わった。
警戒ではない。
測り直すような目だった。
セイル支局は、門からそう遠くない場所にあった。
石造りの建物で、外観は派手ではない。だが、出入りする兵の数と、建物の脇に立つ短い通信柱、それに中庭へ続く通路の広さを見るだけで、ここが街道管理と警戒の中枢の一つなのだと分かる。
ミレイが玄関をくぐるなり、よく通る声で告げた。
「急報案件、到着!」
内部は外より静かだった。
床は磨かれた石で、壁には路線図らしき板、各街道の札、通達文。忙しそうに人が動いているのに、騒がしさはない。皆がどこへ何を運ぶかを分かったうえで動いている空気だった。
すぐに、濃茶の制服を着た細身の女が現れる。
年は三十前後だろうか。筆記具の入ったケースを腰に下げ、目だけが妙に速い。
「報告は受けています」
女はまずミレイを見た。
「輸送認証片、襲撃生存者、捕縛者三、青光剣保持者一、同行者二。これで相違ありませんか」
「相違なしです」 ミレイが答える。 「捕縛者は別棟へ。事情聴取は分けたい」
「そうしましょう」 女は即答した。 「私は支局記録官のサナです。まず物証を預かります。人の話はそのあとに」
レムが封蝋袋を差し出し、サナがそれを受け取る。
認証片、黒ずんだ金具、細工された車軸の破片まで、順に白布の上へ並べられていく。
それらが一列に置かれた瞬間、涼花の剣がかすかに熱を持った。
その反応を、サナは見逃さなかった。
「反応していますか」 サナが確認する。
「うん」 涼花は隠さず答えた。 「認証片と金具に、特に」
サナはうなずき、紙へ素早く書きつける。
「剣保持者の感応あり、っと」
その書き方があまりにも事務的で、涼花は逆に少し落ち着いた。
妙に大げさに騒がれるより、こういう反応のほうが助かる。
「事情聴取は三つに分けます」 サナが顔を上げて言う。 「商隊側、捕縛者側、保持者側。内容が混線すると後で困るので。同行者二名は保持者側に同席で構いませんか」
ミレイが涼花たちを見る。
「異論は?」
「ない」 最初に答えたのはルクトだった。 「分けられると、あとで面倒だ」
「わたしも大丈夫です」 続けてフィアが言う。 「見たことと感じたことは、一緒に話したほうが正確です」
涼花もうなずいた。
「そのほうが助かる」
「では、こちらへ」 サナが扉を示した。
支局の奥へ続く通路は、外の石畳よりずっと静かだった。
けれど、その静けさは安心というより、これから本当に話が始まる前触れみたいに感じられた。




