休み場の尋問
街道脇の小さな休み場が見えてきたとき、涼花はようやく肺の奥にたまっていた息を少しだけ吐いた。
屋根付きの水場、荷を下ろすための長椅子、旅人が雨をしのぐための粗末な小屋。
大きな町でも村でもない。ただ街道を使う者が、短く足を止めるためだけの場所だ。
それでも、今の一行にとっては十分すぎるほどありがたかった。
先頭を歩いていた年配の御者が、休み場へ向かって声を張る。
「誰かいるか! 急ぎだ、怪我人と捕縛した賊がいる!」
すると休み場の奥から、灰色の上着を羽織った年嵩の女が出てきた。
目つきは鋭いが、手の動きに迷いがない。
「朝から面倒を連れてきたね」 女は一行をひと目見て、すぐに状況を飲みこんだらしかった。 「そっちの怪我人は水場の横へ。縛った連中は柱のあるほうに寄せな。逃げ道のない位置に座らせるよ」
その指示を聞いて、ルクトが短くうなずく。
「助かる」 ルクトが言うと、女は肩をすくめた。 「礼は後だよ。まずは順番にやる」
女の指示で、旅人たちは慌ただしく動き出した。
荷車を襲われた商人たちは水を運び、御者は怪我人を寝かせる。拘束された男たちは、休み場の柱へ背を向ける形で座らされた。
そのあいだに、涼花は肩口の裂けた服を押さえながら周囲を見渡した。
休み場は小さい。
けれど、ただの野良の休憩所ではなさそうだった。
屋根の下には古い鐘。壁際には記録板らしき木札。さらに、その奥には細い柱に組み込まれた銀色の板が見える。磨耗しているが、どこかで見た色だった。
商隊の男もそれに気づいたらしい。息を詰めてつぶやく。
「……中継柱か」
その言葉に、休み場の女が振り返る。
「まだ残ってたのか、って顔だね」 女は少しだけ笑った。 「今じゃ普段は使わない。けど、緊急時の届け出だけは生きてるはずだよ。たぶんね」
「たぶん?」 涼花が聞き返すと、女はあっさり答えた。
「最近、反応が鈍いんだよ。光る日もあれば沈黙する日もある。街道の空気が変だって話は、あたしらみたいな端っこの人間にも分かるくらいだからね」
やっぱり、と思う。
継目の異常は、もう街道沿いの暮らしにじわじわ染み出している。
尋問は、休み場の小屋の陰で始まった。
ルクトはまず、捕まえた三人をそれぞれ離して座らせる。
互いの顔が見えない位置に置いたのは、口裏合わせを防ぐためだろう。
フィアは水場のそばに立ち、杖を抱えるように持っている。
今すぐ術を使うわけではない。けれど、誰がどの言葉で揺れるかを見るつもりなのが、涼花にも分かった。
最初に口を開いたのは、短剣を持っていた男だった。
「だから知らねえって言ってるだろ」 男は苛立ったように唾を飛ばす。 「荷車を止めろって言われた。青い剣の女がいたら足止めしろって言われた。それだけだ」
その答えを聞いても、ルクトの表情は変わらない。
壁にもたれたまま、淡々と問い返す。
「じゃあ、誰に言われた」
「黒い外套のやつだ」 男が即座に答える。
「それは全員言ってる」 ルクトの声は低い。 「雇われた場所は」
「トーヴェの外れだ」 「金は」 「半分先、半分後」
ルクトは間を空けず、さらに聞く。
「受け取り場所は」
「知ら――」
男の言葉が、そこで一瞬止まった。
その小さな引っかかりを、フィアは見逃さなかった。
目を開き、はっきりと言う。
「今、強く揺れました」 フィアは男を見て続ける。 「場所を聞かれたところで、いちばん大きく」
男の顔色が変わる。
ルクトはしゃがみこみ、男と目線を合わせた。
「知らないことと、言っていないことは違う」 ルクトの口調は静かだった。 「もう一度聞く。受け取り場所は」
男はしばらく唇を引き結んでいたが、やがて観念したように吐き出した。
「……七つ目の道標を過ぎた先だ。枯れた水路の手前。夕方まで待てって言われた」
ルクトが短くうなずき、次に弓手だった若い男のほうを見る。
「次はお前だ」
「俺は本当に知らねえ!」 若い男はすぐに叫んだ。 「金が要っただけだ! 荷車を止めて、袋を奪えって言われただけで――」
「袋だけ?」 涼花が口を挟む。
若い男がびくりと肩を揺らした。
涼花はできるだけ低い声で言った。
「袋だけなら、なんで“青い剣のやつ”なんて特徴まで出てるの」 涼花は男から目を離さない。 「最初から私も狙いに入ってたんでしょ」
若い男はうつむき、答えられない。
代わりに、三人目の棍棒使いが口を開いた。
「……女を袋から引き離せって言われた」 男はあきらめたように言う。 「近くにいると面倒だからって。袋より先に、お前を止めろって」
涼花の背中が冷たくなる。
袋と自分が、向こうの中では同じ線でつながっている。
「理由は?」 涼花が問い返す。
棍棒使いの男は首を振った。
「知らねえ。ただ、青く光る剣を持ってるなら、予定が狂うかもしれねえって」 「予定?」 涼花が聞く。
「……そう言ってた」
フィアが小さく息をのんだ。
「継目の影のことですね」 フィアが言うと、棍棒使いの男は青ざめた顔で何度もうなずく。
「あれだ! あれは聞いてなかった!」 男は半ば叫ぶように言った。 「影が出たら離れろとは言われたが、あんなの、まともに相手できるわけねえ!」
「つまり、影が出ること自体は聞かされていた」 ルクトの声が少しだけ冷たくなる。 「それを“聞いてない”とは言わない」
男は言い返せず、うつむいた。
涼花は拳を握る。
完全な使い捨てだ。
こいつら自身は気に入らない。けれど、背後の黒い外套にとっては、失っても構わない手駒でしかないのが分かる。
そういうやり方は、ひどく嫌だった。
そのとき、フィアが静かに口を開いた。
「もう一つだけ聞かせてください」
フィアの声に、捕まった男たちが顔を上げる。
「黒い外套の人は、普通に立っていましたか?」
短剣使いの男が眉をひそめた。
「……は?」 男は露骨に怪訝そうな顔をする。
するとルクトが、フィアの質問の意図を補うように口を開いた。
「変な聞き方だってのは分かってる」 ルクトは男たちを見回す。 「だが答えろ。立ち方、声、影。何かおかしかったか」
しばらく沈黙が落ちた。
やがて、弓手だった若い男が、おそるおそる答える。
「声が……」 若い男は喉を鳴らした。 「少し、響いてた」
「響いてた?」 涼花が聞き返す。
「近くで喋ってるのに、遠くから重なって聞こえるみたいな」 若い男は記憶をたぐるように続けた。 「あと、焚き火の横にいたのに、影が変だった」
今度はフィアが一歩前に出る。
「影は、薄かったですか。それとも濃かったですか」
若い男は首を振った。
「どっちでもない。……ずれてた」
その一言で、休み場の空気が静まった。
継目に半分かかっていた。
少なくとも、そう疑うには十分すぎる証言だった。
商隊の男が青い顔のまま革袋を抱え直す。
「ここで止まってる場合じゃない」 男はかすれた声で言う。 「セイル支局へ急報を入れないと、次の荷も、この先の通行も危ない」
休み場の女が、奥の柱をあごで示した。
「中継柱を使うしかないね」 女の目が細くなる。 「動けば、だけど」
涼花は柱のほうへ目を向ける。
あの古い中継柱を、使うことになる。
しかもたぶん、ただ認証片を差しこむだけでは終わらない。
そんな予感が、もうはっきりと胸の中にあった。




