セイル街道の待ち伏せ
木立の影が、同時に動いた。
涼花はほとんど反射で剣を抜く。青い光が朝の街道に細く走り、抜き身になった瞬間、視界の端に白い文字が弾けるように浮かんだ。
戦闘接近
前方障害:荷車転倒
側面侵入:左 2/右 1
推奨:正面突破は非推奨
「左に二人、右に一人!」
最初に動いたのは涼花だった。
その声を聞いた瞬間、ルクトが道の左手へ駆け出す。
「左は俺が散らす!」
走りながら、ルクトが短く怒鳴る。
「涼花、正面だけ見るな! 横を見ろ!」
その声に押されるように、フィアも杖を強く握りしめた。
「分かりました……《淡灯障壁》、薄く、広く!」
フィアの声と同時に、涼花たちの右後方に薄い光の膜がふわりと広がった。完全に防ぐ壁ではない。けれど、何かが通ればすぐ分かる程度には、空気の輪郭が強まっている。
その直後だった。
前方で転倒した荷車の陰から、一人目が飛び出す。
布で顔を隠し、短剣を逆手に構えた男。
狙いは旅人ではない。まっすぐ、涼花の位置へ向かってくる。
「っ!」
涼花は半歩も引かず、逆に踏み込んだ。
剣道の打ち合いとは違う。相手は竹刀ではなく刃物を持っている。けれど、間合いを見る感覚だけは変わらない。
短い。浅い。速いけれど、迷いもある。
男の短剣が入る直前、涼花は剣を横へ流すように当てた。
金属がぶつかる高い音。短剣の軌道が逸れ、そのまま男の体勢が崩れる。
「なっ――」
「遅い!」
涼花はそのまま、峰で男の肩口を強く打った。
相手は声を上げて転がる。斬ってはいない。止めただけだ。
だが、その一瞬の隙に、右側の草地が沈んだ。
「涼花さん、右です!」
フィアの鋭い声が飛ぶ。
振り返るより早く、フィアの張った光の膜がばしっと震えた。右後方から回りこもうとした二人目が、障壁に触れて位置を露呈したのだ。
涼花の視界に、また新しい表示が走る。
右後方侵入確認
武装:棍棒系
脅威:中
注意:死角からの圧迫
見える。分かる。
でも、全部を表示頼みにはできない。
「フィア、下がって!」
涼花が叫ぶ。だが、フィアは珍しく強い声で言い返した。
「下がりません!」
涼花が思わず目を向けると、フィアは杖を抱くように構えながら続ける。
「見えているなら伝えます! 右の人、足が外へ逃げています! 押し込むより、牽制です!」
「助かる!」
涼花は叫び返し、そのまま右へ体を捻った。
棍棒を振り上げていた男は、たしかに打ち込みの勢いが浅い。仕留めるためではなく、動きを止めるための一撃だ。
なら、怖がる必要はない。
涼花は棍棒の外ではなく、内側へ踏み込んだ。相手の懐に入ってしまえば、大振りの武器は邪魔になる。
剣の柄頭で男の胸を突く。
息を詰まらせたところへ足を払う。
男はまともに受け身も取れず、草地へ転がった。
そのとき、左手の林から短い悲鳴が上がる。
涼花がそちらを見ると、ルクトはもう一人を地面に沈めていた。
短剣で斬りつけたのではない。膝裏を打ち、手首を落とし、武器を奪い、そのまま体勢を崩して制圧している。
追跡だけじゃない。
制圧の動きにも無駄がない。
「涼花、まだ一人いる!」
林際からルクトが叫んだ、その瞬間だった。
前方の転倒した荷車の陰から、矢が飛んだ。
「っ!」
涼花はとっさに身をひねったが、避けきれない。
だが、矢は彼女に届く直前で軌道を鈍らせた。
フィアの障壁が勢いを削いだのだ。
それでも矢は涼花の肩口を浅くかすめ、服を裂いた。
「涼花さん!」
フィアの声が震える。
「平気!」
涼花は即座に返した。
痛い。浅い。でも動ける。
視界にまた白い文字が浮かぶ。
被弾:軽微
注意:遠距離個体 未制圧
表示遅延発生
「遅い……!」
涼花は思わず吐き捨てた。
今のは、表示を見てからでは間に合わなかった。
補助表示は便利だ。でも万能じゃない。乱戦では、一拍遅れる。
その一瞬で、涼花はそれをはっきり実感した。
「ルクト、弓!」
「見えてる!」
ルクトは返事と同時に地を蹴った。
まっすぐ荷車へ向かわず、いったん左へ切り、木陰を使って角度を変える。
その動きに、荷車の陰に潜んでいた弓手が明らかに迷った。
正面から来ると思っていたのだろう。
その隙を、フィアが見逃さない。
「ルクトさん、そこです! 《淡灯標》!」
小さな光点が荷車の縁に弾かれ、ぴたりと弓手の隠れている位置を照らした。
「十分!」
ルクトは低く答え、そのまま荷車の影へ滑り込んだ。
短い打音。低い呻き声。弓が地面へ落ちる音。
これで、ひとまず人間の伏兵は潰れた。
旅人たちのざわめきが、遅れて戻ってくる。
「た、助かったのか……?」 「まだだ、道の端に寄れ!」
ルクトが旅人へ短く指示を飛ばす。
フィアも呼吸を整えながら、なお周囲の観測を続けていた。
涼花は裂けた肩口を片手で押さえ、浅く息を吐く。
ひとまず凌いだ。
そう思いかけた、そのときだった。
前方で助けを求めていた旅人たちの動きに、涼花は妙な違和感を覚えた。
怯えて散っているのではない。
一定の距離を保っている。
荷車のまわりから、不自然に離れすぎている。
「……まだいる」
涼花が小さくつぶやく。
その瞬間、剣が青く脈打った。
警告更新
待機個体:追加 2
位置:前方荷車周辺/路肩下
注記:囮と本命を分離
「囮……?」
涼花の声が低くなる。
さっき飛び出してきた三人は、足止め役だった。
本命は、別にいる。
ルクトもすぐに異変に気づいたらしい。荷車の前で身を低くしながら、涼花へ声を飛ばす。
「涼花、まだ終わってない!」
フィアも青ざめた顔で杖を握り直す。
「……来ます。人じゃない揺れが、二つ」
涼花は剣を構え直した。
街道の空気が、もう一度張りつめる。
次に出てくるものは、たぶんさっきまでの連中とは違う。
そう確信した瞬間、荷車の下の影が、不自然に揺れた。




