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継ぎ目の道、襲撃の前触れ

トーヴェを出てしばらくは、旅は驚くほど平穏だった。


朝の冷たさが薄れていくにつれ、街道にはほかの旅人の姿も増える。薪を積んだ荷車、巡回帰りらしい二人組、薬草籠を背負った女。空は晴れていて、道も悪くない。


それなのに、涼花の胸の奥には、ずっと小さな引っかかりがあった。


昨夜見た継目異常。

盗まれかけた封蝋袋。

そして、あの中身を狙っていた何者か。


剣は静かだ。だが、静かすぎるのも逆に落ち着かない。


隣を歩くフィアが、涼花の横顔を見て声をかけた。


「涼花さん、何か気にしていますか」


「顔に出てた?」


「少しだけです」


涼花は苦笑して、歩きながら答えた。


「昨日の宿場の裏にあった継目の跡。あれが宿場まで来てるなら、この街道沿いにもあるのかなって思って」


すると、フィアは少し迷ったあと、きっぱりと言った。


「あります」


「え?」


「たぶん、もう何度か通っています。わたしには薄く見えていました」


涼花とルクトが同時にフィアを見る。


フィアは少しだけ緊張したように杖の石突きを地面へ軽く触れさせた。


「《淡灯観測》は、強い異常だけを見る術ではありません。残り香みたいな、薄い揺れも拾えます。さっきから、道の端や古い道標の近くに、似た光がずっとあります」


涼花の目には、ただの街道にしか見えない。乾いた土、轍、踏み固められた草、風化した道標。


だが、剣の柄に触れた瞬間、視界の端に表示が灯った。


街道沿い観測補助

異常残滓:点在

性質:継目擦過痕に近似


「……ほんとだ」


ルクトが道標の根元にしゃがみこみ、土を確かめる。


「目では分からんが、土が一回浮いて沈んだような跡がある。自然じゃない」


フィアがそれに続く。


「空間がずれて、戻った……そんな感じです」


涼花は周囲を見渡した。


ごく普通の街道。人も荷も通る、日常の道。


そのはずなのに、見えない場所で少しずつ何かが擦れている。


「セイルに近づくほど増えると思う?」


涼花の問いに、ルクトが短く答えた。


「増えるか、濃くなるか。どっちにしろ面倒だ」


その声は淡々としているが、警戒は明らかに強まっていた。


そして次の瞬間、涼花の視界に新しい表示が浮かぶ。


補助表示・簡略化モード

前方二百歩:視線反応 2

敵意:未確定

推奨:警戒維持


「……っ」


涼花は思わず足を止めた。


フィアがすぐに小声で聞く。


「どうしました?」


「また表示。前に二人、こっちを見てるかもしれないって」


ルクトの目が鋭くなる。


「どこだ」


「そこまでは、まだ出てない」


表示は前より短く、必要な情報だけに絞られていた。それが逆に不気味でもある。


ルクトは何気ない足取りのまま、少し前へ出た。


「気づかれたくない。会話を続けろ」


「分かった」


涼花は少しだけ声を張る。


「えーと、セイルってそんなに大きいの?」


フィアがすぐに話をつないだ。


「大きいです。都市ですし、支局もありますし、学舎の分室もあります。リネルとは物資の量も人の数も比べものになりません」


「へえ。じゃあ服とかもちゃんと見つかるかな」


「それは大丈夫だと思います。ただし宿代も比べものにならないかもしれません」


「うわ、それは困る」


そんな普通の会話をしながら歩いていると、ルクトが口だけで言った。


「見えた。左の林に一人。前の道脇に一人。どっちも隠れるのが下手じゃない」


フィアが目を伏せて観測を重ねる。


「敵意は……あります。でも今すぐ襲う感じではありません。こちらを試しているような揺れ方です」


「試してる?」


涼花が問い返すと、フィアは小さくうなずいた。


「近づけるか、見ているだけで済むか、測っているみたいです」


その言い方に、涼花の背中を冷たいものが走った。目の前の敵より、こういう相手のほうがずっと嫌だ。


やがてルクトが立ち止まり、道端の何かを拾い上げる。


「矢か?」


涼花が覗きこむと、折れた矢だった。


ルクトは矢を見て、すぐに顔をしかめる。


「これは旅人の矢じゃない。羽根の処理が雑なのに、矢尻だけ妙にいい。誰かがまとめて持たせてる」


「兵?」


「賊の可能性もある。だが――」


そこでフィアが、杖を少し強く握った。


「待ってください。これ、矢だけじゃありません」


「何が見えるの?」


涼花の問いに、フィアは道の先の木立を見たまま答えた。


「光が集まっています。自然に残る揺れではなく、待つために置かれたみたいな揺れです」


その瞬間、剣が熱を持った。涼花の視界に警告が浮かぶ。


警告更新

前方地形:待ち伏せ適性 高

視線反応:3

本格襲撃予兆:高


「高、って……」


今度は曖昧じゃない。はっきり、危険だと書かれている。


涼花は手を鞘へかけたまま、低く言った。


「ルクト。正面から来ると思う?」


「正面は見せ球だ。本命は横か後ろ」


「フィア、守りに回れる?」


「はい。広くは持ちませんが、後方と右側なら」


「十分。私が前に出る。ルクトは横を拾って」


「了解」


返事は短い。だが、それで十分だった。




そのころ、えんちゃんたちの側でも、補助表示の試行結果が確認されていた。


「簡略化モードの反応は良好です」


白槻がログを見ながら言う。


「視認支援に絞ったことで、戦闘力の上積みより、警戒の質が上がっています」


「……うん」


えんちゃんはモニターの中の涼花たちを見つめたまま、小さくうなずいた。


「前より、ずっといいかもです」


白槻は続ける。


「問題はこの先です。襲撃時に表示が多すぎると混乱する。少なすぎると死角が増える」


えんちゃんは少し黙ってから言った。


「白槻さん」


「はい」


「強くしすぎるなって、部長に言われたじゃないですか」


「言われましたね」


「でも、見えるようになること自体は、強さっていうより……覚悟の準備なのかもしれないなって思ったんです」


白槻は一瞬だけ黙った。


「準備、ですか」


「見えないまま巻きこまれるより、見えたうえで選ぶほうが、すずかちゃんらしい。だから補助表示も、勝たせるためじゃなくて、選ばせるためにしたい」


白槻は数秒考え、それから静かに言った。


「……その考え方は、設計思想として採用できます」


えんちゃんが思わず振り向く。


「採用って言い方、ほんと好きですね」


「仕事ですので」


「そこはぶれないなあ」


でも、そのやり取りは前よりずっと自然だった。


感情で走るえんちゃんと、論理で組み立てる白槻。合わないと思っていた二人の歯車が、ようやく少しだけ噛み合い始めている。



前方では、荷車がひっくり返る音がした。


旅人の悲鳴。

 馬のいななき。

 木立の奥で、何かが動く気配。


ルクトが低く言う。


「事故に見せかけて足を止めるつもりだ」


涼花はすぐに理解した。


ただの賊ならもっと雑に来る。これは違う。道をふさぎ、助けに目を向けさせ、その隙に横から入るための動きだ。


つまり――本気で狙っている。


フィアが小さく息を吸う。


「……来ます」


涼花は静かに剣へ手をかけた。


視界には、最後の表示が浮かんでいた。


戦闘接近

推奨:抜剣準備


そして、涼花は短く言った。


「来るよ」


その一言と同時に、木立の影が動いた。

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