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ごん、と額に衝撃を受ける。目がチカチカして、聖力を概ね使い切った直後だったクリスティアはそのまま後ろに倒れた。
(なに?!)
額に背にと、倒れた拍子にぶつけたらしきところに痛みを感じるし、状況を把握できない。
(まさか、聖力を使ったせいで即バレの襲撃?!)
前々世で生け贄にされた時の記憶が甦り、クリスティアはさあっと一気に胸が冷える。焦って身体を起こそうとしても倦怠感でままならない。
失敗した、と後悔する。完全に油断していた。
(誰か)
心の中で助けを求めたところで、モフッと柔らかなものが肌に触れたことに気付く。ぱちくり、と目をしばたたき、クリスティアはモフッとしたものの正体を確かめた。
「鳥?」
真っ白でほわほわな毛に、まん丸な体のフォルム、頭から長い尾に茶色が交ざっている。どことなく見覚えがある姿だった。
(あ、シマエナガ!)
似ているだけで実際そうかは知らないが、なあんだ、とほっとする。開いていた窓からうっかり飛び込んできただけだ。
ドジっ子の鳥はぶつかった衝撃で目を回していたらしく、正気に戻った途端丸いつぶらな瞳がクリスティを映した。
可愛らしさに胸がときめく。
はわわ、と心の中で感嘆の声を上げていると、ぽん、と唐突に姿が変わり、クリスティアはぎょっとした。
「見つけた!」
「え、なに」
驚き身構えていると、鳥よりも少しだけ大きな女性が飛びついてくる。触れ合った途端、身の内にわずかになっていた聖力が回復していく。それどころかみるみると力の源が大きくなり、全盛期の力が戻ったのをクリスティアは感じた。
「なんで!?」
「わたくしの愛し子、本来貴女の生きる世界におかえりなさい」
「――は?」
クリスティアは自然と低い声が出る。じろじろと視線で穴が空くほどに小さき人を眺め見ると、見覚えがある気がしてきた。
(誰だっけ?)
すぐには出てこない。回答を探すようにぐるぐると思考を回し、教会の女神像と同じ姿だと気付いた。
(え、ほんとに)
ぱぱっと脳裏にいくつかの選択肢が浮かぶ。
一つ、気付かないふり、見えない振りで通す。
二つ、とりあえず話だけは聞き、関わり合いになりたくない旨を告げてお引き取りを願う。
三つ、とにかく人違いだと言い張る。
などなど、とにかく、この状況を好意的に受け止める選択肢はなかった。
「わたくしが見えないなんてことはないでしょう? 聖力があれば、声も聞こえるはずよ」
乱暴に舌打ちしたくなる。一番手っ取り早い、一つ目の選択肢が消えた。
「まあ、見えますし、声も聞こえます」
つきそうになるため息をぐっと堪えて渋々クリスティアが認めると、ぱあっと表情を明るくして微笑む。
ミニサイズではあるが、美しさには感嘆を覚えた。
「わたくしは女神レーテ、今世での貴女の名前は何かしら?」
ああ、とクリスティアは嘆きたくなる。認めたくない現実を、しっかりと突きつけられた。
「クリスティア・ベラーニと申します」
さすがに、明確に女神だと名乗られてしまえば、不敬な態度を取ることは難しい。せっかく得た新しい人生、神の怒りに触れて早々に幕を閉じたくはなかった。
目の前に女神がいるなど信じがたいが、事実は小説より奇なり――だいたいにしてここは前世の常識でははかれない世界だ。
加えて、聖女として生きた前々世の記憶がクリスティアにはある。ただその時でさえ、女神の声を直接聞いたことなどなかったのに、なんで姿を見せた? と疑問しかなかった。
「クリスティア、シャーランの貴女を守り切れずにごめんなさい」
「あれは――」
人の悪意の結果だ。
確かに理不尽さを嘆き、贄に捧げられる直前まで信じていた女神レーテに祈りを捧げてはいたが、今考えてみれば勝手に崇めているだけの一信徒など、有象無象と変わらない。
神が救いの手を差し伸べるなど非現実的だ。
「当時わたくしへの信仰心が弱くなり、代わりに広がった悪意が絡みつき、身動きが取れなくなって、間に合わなかったの」
「え」
「わたくしが愛した清く美しい魂が、もう少しで魔に奪われるところだった」
「えっと?」
本当に、シャーランが女神の愛し子だったことに驚く。
神殿に都合良く、担ぎ上げられた存在だったはずだ。
「当時の記憶はある?」
「それなりに。でも、死ぬ間際のことは曖昧で」
悪意が渦を巻き、息苦しかったのを覚えている。王家の名の下に主導され、主要貴族が賛同した儀式であったためか、大多数がシャーランの死を願っていた。
「あの儀式の中、貴女を助けようとした人がいたのは?」
「覚えてます」
ただ一人、異を唱えてくれた。
信じてくれる人がいるのだと、絶望的な状況の中で心が温かくなった。
枯れかけ、残り少なくなった力は人々に分け与えるのではなく、彼だけにと、ひそかに望み祈った。
だからこそ、その後どうなったかが気になって歴史書を開いていた。
けれど知るのが、怖くもあった。
(自分のせいで誰かが犠牲になったとか、しんどいよ)
記憶が甦りすぐに調べなかったのは、受け止める心の準備が必要だった。
今も、躊躇していないといえば嘘になる。
「彼のおかげで、貴女を魔に奪われずにすんだ。けれど人々に悪意をぶつけられたせいで、貴女の魂が傷ついてしまった」
「魂に傷……」
「ええ。傷ついた貴女の魂を癒すため、異世界へと逃がすことが最善で、他に方法がなかった」
国を見限ったのは、生贄とされたシャーランだけではなく、女神もだったらしい。この世界でシャーランが生まれ変わっても、傷は癒えないと判断したようだ。
「わたくしが姿を現したことで、身勝手にも希望を見いだした愚か者たちには現実を突きつけ、加護の力を消したわ」
愛し子であるシャーランを虐げ、贄にしようとしたことで女神の怒りに触れた結果、王家が持つ強大な力による、堅牢で、魔法が身近だった国に変化が訪れる。掌を返して同調した市民も同罪だ――と、女神は判断した。
「わたくしと、貴女への信仰心が揺らがなかった人々からは奪わなかったのよ」
女神の祝福である魔法の使い手として残ったのはわずか、信仰心といたわりの心を持っていた者たちだけだった。
現在ではより力が弱まり、使えても微々たるもので、使えない人も多いらしい。
確かに、使用人たちが魔法を使用しているところをほとんど見たことがなかった。
便利なのになぜ使わないのだろうとかひそかに抱いていた疑問が解消すると同時に、本当に神なのだと実感する。人々を慈しむと当時に、神罰を与える容赦のなさも持ち合わせる、人の世の理からは外れた存在だ。
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