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公爵邸での生活は、クリスティアの予想とは違った。
呪いの解呪時以外は基本的に放置だと思っていたので、ひっそりと家庭内ストーカーで幸せに浸る気満々だったのに、夕食はクラウスが同席し、お茶の時間もある。朝食や昼食が別なのは、早起きの必要はないというクリスティアへの配慮だった。
(推しの過剰摂取で挙動不審になりそう!)
とはいえ、すべてがクリスティアに都合良くはいかない。
好意的ではない、と感じたジェシーは、今も侍女候補だ。
心情的にはすぐにでも戦力外通告をしたいが、仕事は当たり障りなくしていて、明確な落ち度がないまま遠ざければクリスティアの方が悪者にされそうだった。
ジェシーの様子を窺っていたレーテによれば、二面性があるらしい。
ものすごく納得できた。
(まあ、よくあることよね)
人や肩書きを見て態度を変えることも、嫁いできた者が使用人から敵対心を向けられることも珍しくない。
だいたいすべての人に好かれるなどありえないことだ。
わざわざクリスティアから歩み寄る必要性を感じない。
推しがそばにいる最高の生活なので、実害がなければ放っておくことにした。
(そんなことよりも)
重厚さを感じる扉の前で軽く深呼吸して、えいっと開ける。邸を案内された際に、さらりと紹介されただけで立ち入らなかった場所――肖像の間へクリスティアは足を進めた。
廊下とは少し違う、静謐な空気を感じる。管理が行き届いているとわかる広い部屋の壁には、代々の公爵とその家族の肖像画が飾られていた。
(うわぁ……さすが公爵家)
高級感ある額縁に囲まれた姿は、どれも堂々としていてる。中には幼い子どもを抱いた夫婦や、兄弟で並んだものもあった。
並ぶ肖像画を眺めながら、この家でクラウスが過ごしてきた時間にクリスティアは思いを馳せる。幼い頃の姿が、どこかに描かれているのではないかと思うと胸が高鳴った。
「……あ」
自然と、一枚の絵の前でクリスティアは足が止まる。見上げた先にいたのは、まだ少年と呼ぶのが相応しい年頃のクラウスだった。
(ちょ、何この可愛さプライスレス!)
クリスティアの目が輝く。
ショタ好きではないが、ゆっくりじっくりと愛でたい。今の姿も最高に格好いいが、それはそれ、これはこれだ。
ただ、よく見ると表情に影が落ちている気がした。
血筋が呪われているなど、子どもの心にはかなりの負担だったはずで、胸がきゅっと痛む。
(ごめんなさい。私を助けたばかりに)
申し訳ない気持ちが募る。必ず解呪するからと、クリスティアは決意を新たにした。
「……何歳くらいかな」
「そちらは、八歳頃です」
ぽつりと呟いた独り言に返事が返り、クリスティアは鼓動が大きく跳ねる。レーテは部屋に置いてきて、誰もいないはずの状況で、悲鳴を上げなかったのは奇跡だ。足音も、気配も感じなかった。
どどどっと逸る鼓動を聞きながら振り向くと、穏やかな笑顔があった。
「驚かせてしまいましたでしょうか? 失礼いたしました」
「少しだけ……ここの管理は執事さんが?」
せっかくなので、他にもクラウスの肖像画がないか訊こうと声をかけると、ロベルトが目を丸くする。唇が緩やかに孤を描いた。
「執事さん、でございますか」
「あっ、すみません」
「いえ。クリスティア様はこの邸の女主人となられます。どうぞロベルトとお呼びください」
「じゃあ……ロベルト」
「はい。ただ、少々照れますね」
どことなくいたずらっ子を思わせる表情に、ふふっとクリスティアは笑みをこぼす。イケオジなのにチャーミング、最高だ。
「ご主人様がこんなに素敵な女性をお迎えするとは、長生きするものですな」
半ば強引に押しかけてきたので、申し訳ない。
クラウスが真実の愛を見つけたなら、潔く身を引くので許してほしかった。
「では、これからも長生きしてください」
「もちろんでございます。お二人の行く末を見届けたいと思っておりますので」
「それなら安心しました」
幼い頃からそばにいてくれた人が支えてくれるのは、クラウスも心強いはずだ。
「ちなみに旦那様は幼い頃、大奥様の後ろをついて回る甘えん坊でございました」
「黙れロベルト」
声に反応して振り向くと、部屋の入り口にクラウスが立っている。苦い顔をして、歩いてくる姿も優美だ。
「余計な話はするな」
「かしこまりました」
表情から、ロベルトが反省していないのが伝わってくる。気安いやりとりが、クリスティアは微笑ましかった。
「ここにいたんだな」
「何か用でしたでしょうか?」
「いや、話し声が聞こえたから来てみただけだ」
「クラウス様はこれから執務ですか?」
それにしては服装がそれっぽくないとクリスティアは感じる。白いシャツの袖を、肘まで無造作にまくっていた。
「いや、剣の稽古に行くところだ」
「はい!」
反射のように、クリスティアはさっと手を上げる。テンションが一気に上がった。
「見たいです!」
見たくないわけがない。
淑女の仮面などぺりっと剥がれて、食い気味に頼み込んでしまった。
「では、ちょうどいいから護衛を紹介しよう」
ドン引きしてもおかしくないのに、クラウスはそんな表情を少しも見せない。騎士団の鍛錬場へ、さっそくクリスティアを促した。
先導するクラウスの斜め後ろを、少し離れてクリスティアは歩く。
不躾にも眺められるこの立ち位置は、案外悪くないかもしれない。
「なぜそんなに離れている?」
「隣を歩いてはいけないと聞きましたので」
クラウスの隣は、両親や護衛騎士など特定の者だけが許される位置らしい。
正直、聞いた時は『は?』でしかなかった。
「そんな決まりはない」
だと思ったと、クリスティアは心の中で嘆息する。あまりの嘘くささに、信じていたわけではない。
「誰がそんなことを?」
「侍女候補のジェシーです。公爵家へ来たばかりで知らないだろうからと、注意されました」
ここぞとばかりに、クラウスに告げる。人を陥れようとするのだから、当然その報いは甘んじて受け入れてもらいたい。
積極的に排除に動かないが、機会があればクリスティアは反撃はするつもりだった。
今はもう、黙って虐げられる性格ではない。
「ジェシーが?」
「はい」
クラウスの眉間に、軽くシワが寄る。ジェシーへの好感度が下がったのがわかった。
「疑問があれば俺に聞いてくれ。ロベルトでもいい。きみは俺の婚約者なのだから、ただの使用人から公爵家とはなどと教えを受けることはない」
「承知しました」
「きみの教育係は、母が担うと言っていた」
「お義母さまが」
「ああ。だがまだ来たばかりだ。公爵家のことを覚えるのも、ここでの暮らしに慣れてからでいい」
「ありがとうございます」
気遣いが嬉しくて、クリスティアは自然と表情が綻んだ。
更新遅くなってすみませんでした!
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