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「ベラーニ伯爵令嬢、求婚は受けられない」
考える素振りもなく、クラウスが淡々と告げる。
落胆を覚えるが、当然と言えば当然だ。初対面での、唐突な求婚だった。
「私は誰とも結婚する気はない」
きっぱりとした断りの台詞たちではあるが、クリスティアは優しさを感じる。立ち去ることもできるのに向きあってくれるクラウスを、今世では全力で推していこうと心に誓った。
「誰とも、ですか?」
「そうだ」
「あ! もしかして、道ならぬ恋を?!」
確かにそれならば婚姻はできない。
(むしろ私がお飾りの妻になればいいのでは?)
「していない」
「え」
思いがけず返事があったことに、クリスティアは軽く驚く。
どうやら心の声がこぼれていたらしい。渋面を作りながらも、クラウスは応えてくれるところが律儀だ。
(嫌そうな顔も素敵すぎる)
緩みそうになる表情を、クリスティアは必死で取り繕い立ち上がる。改めて、背の高いクラウスと向きあった。
「不躾な質問だとは重々承知していますが、好きな人はいますか?」
「いない」
「結婚の約束をしている方も?」
「いない」
「では、お飾りの妻などにいかがですか?」
結婚をしないと決めていても、縁談は山ほど持ち込まれているはずだ。
今の王家は、力を持たない。
権威は完全に失墜している。現在も魔力を有し、女神の加護を授かっているルドヴィグ公爵家の発言力は強く、実質的な国の支配者だ。
縁を繋ぎたい家は多いだろうし、クラウスのこの美貌では令嬢たちからのアピールも間違いなくある。既婚者になれば多少は緩和されるだろうし、クリスティアが強めのメイクで積極的に蹴散らしていってもいい。
「私のことを愛してほしいとか、そういった贅沢な望みは持ちません」
推しの傍にいられる。眺めていられるだけで幸せだ。
おまけにお飾りの妻なので気楽であり、最高だった。
「邸、なんなら離れでもいいので置いてもらえて、三食を食べられれば充分です。お仕事があるならします」
できる限りのサポートはする。ルドウィグ家には恩もあるのだし、お飾りでも妻にしてもらえるのなら、絶対にクラウスを幸せにしてみせるとクリスティアは意気込む。
「もちろん、契約書を作っていただいて大丈夫です!」
結婚した途端、すべてを撤回してクラウスの愛を求める可能性を憂慮するのは当然だ。その心配は正しい。
「君は知らないのか?」
「何をですか?」
「私は呪われている」
その台詞で、クリスティアは胸の中がぐっと重くなった。
「……ごめんなさい」
クリスティアの前々世シャーランを助けるために、呪われてしまったのだから申し訳ない。
クラウスの表情からは呪いについての心情を窺えないが、名誉あることではあっても呪いなどいいイメージではないのに、わざわざ言わせてしまった心苦しさがあった。
「知らなかったのならいい」
淡々とした対応が、誠実さを感じさせる。直感を信じることにして、はい、とクリスティアは軽く手を上げた。
「実は私、呪いを解くことができるんです。とってもお買い得、じゃなくて、えっと嫁にもらい得じゃありません?」
時々一緒にお茶とか食事とかしてもらえたら、がんばって解呪に励めるというものだ。交流を持ちたくないのならその希望に従うが、遠くから眺めるのは許してほしかった。
ただできるならば、クラウスを着飾りたい。
そのためにならば前世の知識を使ったり、聖女の力を使ったりして稼ぐこともクリスティアは厭わない所存だ。
「ベラーニ伯爵令嬢、私の呪いは解けるものではない」
向けられる双眸に、わずかな期待さえない。
教皇でさえ無理なのに、突如求婚するような伯爵令嬢が解呪できるなど言ったところで、簡単に信じてもらえるはずはなかった。
「本当ですよ」
先ほど奪われたクラウスの手を、クリスティアは再度取る。軽く震えた手の甲に、聖力を注ぐようにして手袋越しに恭しく口づけた。
本当はそんな必要はないのだが、夜の庭園で手の甲に口づけるなど最高のシチューエーションだ。今やらずいつやるのだと、せっかくの機会を有効活用した。
誰かカメラで撮ってその画像を私にちょうだい! と、クリスティアは叫びたい。
ただ残念なことに他には誰もいないし、この世界にはカメラなどないという悲しい現実だ。
くそう、とクリスティアは心の中で悪態をつく。
聖力の大半を封印しているせいで、ほんのわずかしか呪いの解除はできなかった。
「今はこれが精一杯なんですけど、少しずつ薄くできるんで」
クリスティアとしてはできる限りのアピール、プレゼンをしたつもりだ。
推しを前にした高揚感で、冷静ではない自覚はある。支離滅裂なところがあるのかもしれないが、クラウスが格好良すぎるのだから不可抗力というものだ。
「ぜひ、提案を一度持ち帰りご検討いただければ幸いです。嫁にはいらない結論となりましても、解呪はさせてもらえるとありがたいです。あ、でも私が解呪できることは内緒にしてくださいね」
ぴん、と伸ばした人差し指を、クリスティアは唇に添えた。




