第二十六話 初仕事の控え室
指定された大きなビルに足を踏み入れる
受付でアホ若槻から貰った通行証を見せて、エレベーターで5階のスタジオへとボクは案内され、控え室へと通された
フゥっと一息ついて周りを見渡してみるがボク以外の気配はない
うっ・・誰もいないし・・ボッチじゃん・・アホ若槻め・・さてはボクをボッチにして泣いたところで写真を撮ろうって戦法だな?バカめ!ボクは元々男子だぞ?こんなことで狼狽えるようなボクではない!!
ドスンと部屋の真ん中にあったパイプ椅子に腰掛けてやるボク
そこで名案がボクの脳内をよぎっていく
ボクをハメたいんだろうがそうはいかんぞ?
逆に指で机トントン作戦でボクがどれだけ待たされてイライラしてたか見せつけてやろう・・
ボクはニヤッとほくそ笑んでやって頬杖を付きながら机をトントンし始める
さぁこい!アホの若槻め!!
フンフン♪フ〜ン♫フン♬フフン♫
何分待ったか・・
ボクの指は鼻歌のビートに合わせて軽快に机を叩いていた
やはりボクの声は最高だな!一人カラオケによく行ってたから鼻歌でも音階を外さない技術力!
よし・・次は本格的に歌ってみるか・・
とパイプ椅子から立ち上がった瞬間、壁際にある大きな鏡の中のボクとふと目があった
何やら動いている鏡の中のボクの背後・・
ススっとゆっくりボクの顔の隣に移動してくる・・
怖いけど見たい・・
ボクはゆっくりと視線を後ろへと向ける
だんだんとボクの視界に見たことのないショートヘアの女が俯きながら恨めしそうに立っているのが見えてしまった
「キャー!!!ごめんなさい!ごめんなさい!!トントンしません!トントンしませんから!!連れてかないでぇ〜!」
とっさに頭を押さえ身をかがめ自分の行いを悔いるボク
ボクが呼んだの・・?!
ボクがトントンしたから呼ばれてしまったの・・!?
一人鼻歌とトントンは何かの儀式になっちゃったの・・!?
黄泉の国からのお迎えだよ・・
やらなきゃよかったよぅ・・
おっかないよぅ・・
ポロポロと勝手に涙がこぼれ落ちるボク、そんな空想力豊かなボクを見てショートヘアの女がボクに話しかける
「あ・・あの・・大丈夫ですか?驚かしちゃいましたね・・」
キョトンとした表情でボクを見るショートヘアの女、ボクが涙目で見ていると入口から知った顔が入ってくる
「若里さん、akiさんお待たせしてすまない、早速だが打ち合わせ・・」
いつも冷静なアホ若槻、珍しくギョッとした表情をしていたが気を取り直して話しだした
「ど・・どうしたんだ・・?」
涙目のボクに立ち塞がるショートヘアの女、アホ若槻の問いかけにショートヘアの女が話し始める
「あ・・その挨拶に来たらakiさん・・気持ち良さそうに鼻歌歌ってらしたので・・声掛けたんですけど・・全然気づいてくれなくて・・つい私もそのまま近くで聴き入っていたらビックリされてしまったようで・・」
ボクに声を掛けていただと?!
気付かないくらい熱中していたとは・・
何ということだ・・!
ボクの鼻歌は他人を魅了してしまうくらいの魅惑のボイスなのでは・・!?
自分の才能が怖くなりニヤッと静かにほくそ笑んでやるボク
それを見ていたアホ若槻が咳払いするとボクと若里と呼ばれた人に話しだす
「・・・打ち合わせをするから二人共座ってくれるかな?」
アホ若槻の言葉に仕方なくボクは先程のパイプ椅子に腰掛ける、すると入口からまたしても知った顔が入ってきた
アホ若槻もそれを見て声をかける
「アンナさん、マネージャーさんこちらにどうぞ」
その言葉にボクは青天の霹靂だ
アンナさんはいいとしてマネージャーと言われたもう一人・・
「なんで紗良!?マネージャー??」
おい・・どうなってやがる・・
紗良がマネージャーだと?!
高校生の分際でボクのマネージャーを務めるってのか?!
しかもスーツなんか着込みやがって!
「チッ・・気取ってやがるな・・?」
心の声のはずがあまりの衝撃で最後の一言が無意識に出てしまったボク、それを聞いた紗良がボクを女帝の眼差しで睨みつけて話しだす
「あら?akiさん言葉遣いはモデルとしての嗜みの1つだと話しませんでしたか・・?新人だからと言って許されるものではないですよ・・?もう一度教育しなくては・・」
眼の奥がギラギラと光っている紗良、フルフルと震えるボク
それを見てアホ若槻がまた咳払いをしてボクを見る
「そろそろ・・いいかな・・?」
その声にボクは我に返り姿勢を戻すと、今日の打ち合わせの話し合いが始まった
「では皆さんよろしく、撮影の準備を私はするからakiさんも準備の方頼むよ」
話し終え、とっとと控え室を出ていったアホ若槻、紗良と若里さんも続いて出ていってボクとアンナさんだけがここに残る
「じゃ千秋さん改めakiさん!初仕事に向けてちゃちゃっと変身しちゃいましょ!」
アンナさんにそう言われ、ボクは鏡の前の椅子に腰掛けると素早くアンナさんがボクに変身を施していく
それをボーッと眺めながらボクは打ち合わせの内容を思い返していた
紗良は夏休み中の代理マネージャーか・・まぁ当然だな、なにせ高校生だからな、学校が許可するわけがない
メインはお母さんらしいが・・
またボクの知らないところで色々決まってるな・・
それと・・若里さんLISA・RIZってファッションブランド会社の広報さんらしい・・
中年層に人気のブランドらしい、3年前から若者向けのファッションも手掛ける部門を立ち上げたみたいだがどうも業績が振るわないようだ・・
ボクの前にも若いモデルを使って宣伝をしていたらしいが表立った集客もなく部門を解散するかどうかの瀬戸際みたいだ
フレッシュで人気のあるモデルを探していたところ、たまたま見たイベントで若里さんがボクに見惚れたらしい
不振事業の回復に元男子でピカピカ1日目モデルのボクを指名するとは・・
なかなか変わり者だな・・
1番変わり者なボクがそんなことを脳内で考えているとアンナさんがボクに声を掛けた
「akiさんいいよ!今日の撮影はこれでいくよ?」
ボクはスッといつの間にか閉じていた目を開き、鏡の中の自分を見る・・
いつもよりど派手なサラサラストレートと朱色のアイメイクに薄ピンクの口紅が特徴的な仕上がり
イベントの時よりもかなり大人っぽい印象でボクはジッと鏡の中の自分に見惚れてしまった
その瞬間、ボクの胸の鼓動が早くなってくる
これは・・あの時と同じだ・・ボクがえげつないほどに女子になってしまう感覚・・
次第にボクの心が穏やかになっていく・・静かに目を閉じるボク・・
ボクの中の完全体女子の鼓動が脈動し始める




