気まぐれ
その日も神様は三人掛けのソファに横になりながらいくつものバカでかいモニターを眺めていた。それが仕事というわけではないが特にやる事もないので眺めている、そういった風に。あくまでも形而上の存在なので別に三人掛けソファでなくてもいいのだけどなんとなく偉そう、かつ自由な感じを出したくてそうしている。長細いテーブルの上には冷めたピザとぬるいコーラ。必要性は無い。あくまでもイメージ。何も無い空間であって何でも有る空間のような場所に神様はいる。
「まだ見てるの? 飽きもせずに」
ソファの肘掛けにいつの間にか腰を下ろしている真っ白なドレスを着たどこかの国の女神様。薔薇の花を三本左手に持ちながら、モニターを眺める表情は冷たい。寝転がったままの神様は足元のどこかの国の神様をちらりと見た。
「特にやる事もないからね。君はずいぶんとイメージが変わったように感じるけど何かあったのかい?」
「似合うかしら?」
そう言って肘掛けから降り、ドレスの両端を持ちながらくるりと回って見せるどこかの国の女神様はいたずらに微笑んで見せた。
「勝手なものよね、一昔前は縁を絶ちきる死神みたいに、赤黒いドレスを着せられて大きな鎌を持たされていたのに手のひらを返したように縁結びの神様だって」
女神様は呆れたような諦めたような顔をして三人掛けのソファの端に座る。
「繰り返す波のように満たされたとか、満たされないって意思が体に入ってくるの。お願いします、お願いしますって。挙げ句の果てにはあなたのせいだってものまで。私はただそこに在るだけなのにいつまでたっても愛だの恋だのと思われるのはきっとあなたのせいでしょう?」
女神様の右手に血の色のように赤ワインが注がれたグラスが現れる。それをグイっと一息で飲み干す。まるでそうするのが当然といったイメージで。
「何でそう思うの?」
「だってあれはあなたが創ったんでしょう?」
女神様は眉間にしわを寄せている。
「そういう事になっているだけで、僕じゃない。都合が良いんだよ。そういうほうがね。イメージ。産み落とされた瞬間から満たされてないんだよ、彼らは。だから満たされない隙間を愛や恋で埋めているのさ。もちろんそれ以外も。僕らだってその中の一つだからね」
「それもそうね」
神様はゆっくりと起き上がり三人掛けのソファに座り直した。
「僕の格好を見てご覧よ」
神様は女神様のほうに体を向ける。
「僕の体にはいくつも穴があき、上半身裸の上に変な模様まである。ぼろのジーンズにサンダル、頭上には輪っか。一体どんなイメージなんだ」
そう言ってまたモニターに視線を向ける。
「そういえば君はどうしてここに?」
「そうね、ただの気まぐれ。神様だもの」
左手の三本の薔薇を長細いテーブルにそっと置いて女神様は消えていった。
「気まぐれ、ね」
神様だから気まぐれなのではなくて気まぐれに創られたのだからそうなんだよと、神様は呟いた。「神様」と呼ばれる存在が掃いて捨てるほど在る。どこからか湧いてきたり、また、消えていったりを繰り返している。
バカでかいモニターに映る人類を見ながら、神様はさっきの女神様の言葉を思い出していた。
「気まぐれか」
口に放り込んだ左手のピザを右手のコーラで流しこむ。誰のイメージだかわからないがいつからか伸びた髭にまとわりつくチーズを拭いながらまた、コーラを飲む。映画のように誰かの記録が映し出されるそれを神様は永遠と眺めていた。多分、それに飽きてきたのだろう。いつまでたっても完成されない世界と終わりの無い渇望に。満ち足りて幸せ。その後で繰り返される満足感のハードルのインフレ。膨れ上がったそれが弾け飛んだ後の絶望。そして形而上の神様に祈る姿を見て神様はため息をついた。そして少しだけ目を閉じた。いつか見た映像を思いだすように。次の瞬間、長細いテーブルの上に冷めたピザとぬるいコーラ、そして三本の薔薇を残し三人掛けのソファの上から神様の姿が消えた。
「どうにかならないものかな? この世界というのは……」
空間に声が低く響く。三人掛けのソファの上にまた別の神さまが現れ、両手に蓮の花を持ったまま静かに腰掛けた。
「誰もいないのか……」
神さまはそうつぶやくと長細いテーブルの上をチラリと見て、そっと蓮の花を一つ置いた。無音のバカでかいモニターをぼんやり眺めていた神さまは、モニターの中に映る人物に見覚えのある顔を見つけた。
「あれ? めっちゃ似てる人いる。別人だよね? 嘘? あいつ何してんの? ないわー」
興奮した様子の神さまは大きな独り言をいいながらモニターに近づいていく。
「ん? こっちにもいるじゃん。何これ嬉しそうに笑ってるし、なんなん? こいつら、自分たちだけ楽しんで。誘ってくれたっていいじゃんか」
どんどん眉間にしわがよっていく神さまは「ほんと、気まぐれだよなあ」とぼそぼそと呟くと次の瞬間姿がスッと見えなくなった。
バカでかいモニターに今度はさっきまでいた神さまに似た人物が映っていた。