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鎮魂歌  作者: enforcer
12/125

12

 怪物ヒーロー二人が契約を交わす少し前。

 

 暗殺とはとても呼べない派手な形で、男爵という統治者が居なくなってはいたが、領主無き小さな町では、別の者が我が物顔で町を仕切り始めていた。

 二つの組織が、表立って町の利権を争い始めた。

 組織とはいえ、これもやはり、盗賊崩れという酷いモノだが、山賊のそれとは違い、ある程度町に居たためか、知識という点については高いとも言える。 

 要するに、実に狡猾とも言えよう。

 町を東西二分化し、それぞれが其処を縄張りとして、町は、一応の安定を見せていた。


 町の主要産業だが、実に分かり易い。

 ギャンブル、女、酒、この三つは、例え世界が変わろうが、一定の需要を示し、それに対する供給を行えば、町は在る程度潤うとも言える。

 ただし、これは、厳密な統治者が居ない以上、東西でそれぞれが独自の特化を始めており、町は本来の姿とはかけ離れた、歓楽街の装いを呈した。


 一件の宿屋の裏手に、馬車が一台。

 その荷台からは、あろう事か、十代そこそこから、未だにそれに達して居ないで在ろう年端も行かない少女が、まるで家畜の様に降ろされ、店の主人らしき人物と、御者らしき人物の狭間に置かれている。


 「ほほぉ…………粒ぞろいってのは、良いもんだな?」

 「でやしょう? それで、代金の方は?」


 軽い会話の後、店の主人らしき中年男は、金貨を何枚か数えて、それをそのまま御者らしき細めの男に手渡す。


 「毎度あり!」


 そんな言葉と共に、馬車は走り去るのだが、残された少女達はと言えば、実に不安そうな顔をしていた。

 三人程ではあるが、どの少女も、ろくな衣服を纏っては居ない。

 ボロとでも言うべき安物の服と、足元は裸足。

 だが、それぞれの首には、似つかわしく無いほど仰々しい首輪が着けられていた。


 「…………さてと…………お前さん達は、早速今日から仕事を始めて貰う訳だが…………」


 買い取った以上、どうしようが店の主人の勝手である。

 元々細い目を更に細くしながら、主人は三人を値踏みするかの如く見ていた。

 ふと、主人は、三人の内から一人をよく見る。

 なかなか珍しい銀髪に緑眼、僅かに褐色の肌から、その少女の生い立ちを想像していた。


 「お前さん…………ハーフエルフだろ?」


 主人の静かな声に、銀髪の女の子は、ギクリと身体を震わせた。

 「…………違います」

 取り急ぎ、女の子は否定の言葉を漏らしてはみたが、主人は怪しく笑うばかりであった。

 少女のか細い返事に、主人は、ホホウと唸った。


 「ま、それはそれでいいやな……今日の所は、お休みと行こうか?……ほれ、コッチへ来い」


 そう言うと、天主は三人分、三本の鎖をグイッと引いた。

 逃げ出そうとする者は居らず、三人は哀しげに主人の後に続く。

 売られた理由は様々ではあるが、この際、主人にそれは関係無く、彼は、僅かに唇を舐めながら、低く嗤うばかりであった。


 無論だが、主人の言う休ませるは、単に店に出さないという意味でしかない。

 彼女達の様に、同じく首輪を嵌めさせられた女性は多いが、暗い店の中を歩く誰もが、死んだ様な眼をしており、それを見ては、先ほどの銀髪の少女も、ブルッと身体を震わせた。

 辺りから漂う独特の匂いは、軽いお香の様な感じもするのだが、実はこれ、単なる匂い消しに過ぎず、それは、この店がどういう店なのかを、敢えて雄弁に物語るモノでしかなかった。

 個室とはとても呼べない質素な部屋に、三人は連れて行かれ、その中では、三段ベッドが備え付けてあり、反対側には、既に満員なのか、誰かが寝ている。

 銀髪の少女は、長めの髪に隠されてはいても、主人の言った通りハーフエルフである。

 

 その優れた聴覚は、嫌な音を確かに聞き取ってしまう。


 ブツブツと何事かを呟く声。

 何故か、酷く楽しそうに読んでいるらしい本を朗読する声。

 そして、悲しげに啜り泣く声。


 そんな三つが、一遍に耳に届く。

 思わず、唾を飲み込んだ少女では在るが、それは、こみ上げる吐き気を堪えての事でしかない。


 「おら…………二人はソッチのベッドを使いな…………」

 

 主人の静かな声に、ハーフエルフの少女は、耳を疑った。

 二人という以上、一人がどうなるのか、実に明白である。

 心の中で、自分ではないことを祈ったが、首がグイッと引かれる感覚に、銀髪の少女は、思わず、他の二人に助けて欲しいと言わんばかりの視線を送るが、返って来たのは、【ごめんなさい】と【許して】と、そんな、哀れむような目線でしかなかった。


 そうして、連れ出される哀れな一人を、残された二人は、ドアが閉じられるまで、名前すら知らないお互いを抱き合いながら、悲しく見送っていた。


 首輪を引かれるまま、引き連れられる少女。

 彼女が連れてこられたのは、主人の自室であり、其処は、先程の部屋とは、天と地程の差が在った。

 ある程度綺麗に設えられた壁紙は、所々に、嫌なシミが浮かび、床のカーペットも、本来の色とは、別のシミが伺える。

 恐れと恐怖から、身体をブルブルと震わせる少女。

 だが、背後で、ガチャリという、鍵を掛ける様な音が響いた瞬間、まるで、心臓が止まったかの如く、彼女の震えも何故か止まった。


 何のことは無い。

 彼女の反応は、生物によく見られる、弱い個体が示す反応である。

 群体でいる以上、他の個体を生かすため、弱い個体に多く見られる、反射的な反応は、動きを止める事である。

 その個体が襲われている隙に、他の個体が逃げる。

 つまり、少女は哀れな標的スケープゴートという事でしかない。


 「………さ、ベッドへ行こうか?」


 妙に優しい主人の猫撫で声。

 ソッと、肩を押される少女は、なんとか身体の自由を確保し始めていた。


 「…………何故…………ですか?」


 やっとの事で、絞り出された少女のか細い声。 

 そんな声と共に、フルフルと小動物の様に身体を震わせる少女を見て、主人は言いようの無い感覚に、下腹部が漲るのを感じる。

 弱い何かを踏み潰すと言うのは、実はある種の倒錯と、嗜虐的な感覚を、それをする者に与えてくれる。


 他に娯楽が少ない以上、それは、何物にも代え難い娯楽であった。


 「………あん? お母さんとお父さんが良い事してるのを、観たこと無いのか?」

 わざとらしく、主人は優しい声でそう言うが、聞かれた少女は、激しく首を横へ振った。

 「へぇ…………まぁ、それならそれで、俺がじっくり教えて…………」

 其処まで主人が言いながら、少女に手を伸ばした時。

 少女は、なけなしの勇気を振り絞り、主人の胸を突き飛ばした。


 急いで踵を返し、ドアへ突進する。

 鍵の構造自体、対したモノではない。

 急ぎそれを外そうとするのだが、寒くもないのに指はブルブルと震え、少女の云うことを聞いてはくれなかった。

  

 唐突に、首を激しく後ろに引かれる少女は、呆気なく仰向けに倒れた。

 膝の構造上、後ろへ引かれれば倒れる他は無く、カーペットが敷かれていたとはいえ、激しく背中を強打した少女は、腹と背中を押さえて、呼吸が出来ない事に苦しむ。

 横隔膜が勝手にせり上がり、息がマトモに行えない。

 そんな風に、苦しむ少女を、主人は、冷たい目で見下ろし、舌打ちを漏らす。


 「…………せっかく優しくお仕事について教えてやろうかと思ったんだがな………ま、お前さんが、そっちが良いなら、そういうやり方でやろう……」


 そう言うと、主人は少女軽々担ぎ上げ、ベッドへと投げ出す。

 少女が苦しんでいるのは、主人には好都合でしかない。

 でっぷりとした体格に似合わず、テキパキと準備を始める訳だが、やる事は簡単である。

 咳き込む少女の、力無い両腕を持ち上げ、わざわざあつらえたベッドの器具に、それぞれを着ける。

 これだけで、実に簡単に人一人拘束する事が出来るのだ。


 ようやく、息が元通りに出来そうな少女だったが、何かがどっかりと彼女の細い腹の上に乗ったのか、またしても息苦しさに、顔をしかめた。

 何とか目を開け、恐る恐る前を見れば、いやらしく自分を見下ろす主人と目が合う。


 「ほんとはね? 痛いのは可哀想だからよ……気持ち良くお仕事を始めて貰う為に、普通なら薬を使うんだが……お前さんの場合………初めからキッチリと仕込んだ方が……好みなんだろう?」

 そう言うと、主人は少女に馬乗りに成ったまま、低く嗤う。

  

 目の前が、涙にぼやける少女だったが、彼女が【助けて】と叫ぶよりも早く、彼女の口は、主人の口に塞がれてしまう。

 呻く少女の口を舐りながら、哀れな少女の口内へと舌を入れんと、主人は画策するが、途端に走った鋭い痛みに、今度は、思わず主人が唸った。

 

 舌を噛まれたらしく、主人の口の中に広がる鉄の味。


 睨む主人に、少女は震える。

 意図して噛んだ訳ではなく、怯えから、体が力んでしまったに過ぎないのだが、噛まれた方はと言えば、別の事を考えた。


 「……あ、あの……ごめ…………」謝ろうとは、少女も思った。

 

 取り返しが付かなく成るよりも、今すぐ何とか成る内にと。

 だが、それよりも早く、主人の拳が、遠慮なしに少女の頬を捉える。

 感じた事のない激しい衝撃に、少女の頭は痺れた。

 目が回る様な感覚は、直ぐに収まってくれたが、その変わりと言わんばかりに、鈍い痛みと、腫れる様な熱い熱が、彼女の頬を襲う。

 

 「………お前がそんな態度だからさ、俺もつい手を出しちまったよ……」


 そう言うと、主人は、ぺっと唾混じりに血を少女の顔を吐きかけた。

 粘着くそれが顔に当たり、嫌な感触と、口の中を掃除していないのか、酷い臭いが少女の鼻を突く。

 思わず、顔を背ける少女だが、顔をへばりついたそれは、簡単には取れてはくれず、また、急に身体をうつ伏せに返された彼女は、無理に走る身体の痛みに少し呻いた。


 「さてと…………」

 

 そんな主人の言葉と共に、少女は臀部に、嫌な感覚を急に覚えた。

 頭を枕に押し付けられている為、少女の口からは呻きしか漏れない。

 「とりあえずよ? …………貰っとくからな?」

 主人の声は、怖がる女性への声かけでもなく、単なる宣告に過ぎない。

 

 弱い相手を無理やり襲うと言うのは、それをする者に、実に恍惚とすらさせるほどの甘美な想いを巡らせる。

 

 荒く息を吐く主人に、ようやく終わったのかと、少女は落ち掛ける意識の中、安堵したが、またしても急に身体を反転させられ、仰向けにされてしまう。

 しかし、もはや息も絶え絶えの彼女に為す術は無く、少女は主人に云いようにされていた。


 朧気な意識の中、少女は見ていた。

 ゆっくりと開かれる自分の両脚。

 枯れた喉からは、声こそでないが、嫌々と少女は首を横へ振る。


 【お願いします 許してください】


 少女はそう言いたかった。

 だが、枯れた喉からは、濁った声しか出てはくれない。

 心の中で、必死に助けを望んだ少女だが、生憎とこの世界には、人を助ける様な英雄ヒーローは居ない。

 居るのは、力を持つだけの、ただの怪物ヒーローである。

 

 哀れな獲物がの襲われる中、部屋には、新たに紙を引き裂いた様な悲鳴が上がった。


 十日ほど後、宿屋の個室には、壁に凭れる様に座る少女が居た。

 

 身体の傷こそようやく治ってはいたが、その目は、死んだ魚の様に虚ろでしかなく、何故か、意味もなく彼女の口は微笑む形へ歪む。

 何度となく襲われ、その度に店の主人やお客様から【笑え】と言われた彼女。

 

 その顔は、意味も無く微笑んでいた。

 

 この時の彼女は、酷く曖昧な意識しか持って居らず、思考と呼べるのは、男性にどう奉仕すべきなのかだけ。

 だからこそ、店の中が急に騒がしく成ったとしても、銀髪の少女は、ただヘラヘラと笑っていた。


 「はいは~い! 命乞いは無駄でちゅよぉ!?」

 

 つんざく様に、どこからともなくひっくり返った様な男の裏声が響く。

 「た、た、助けてくれぇ!!」

 それに合わせ、何人とも言えない様な声が響くのだが、個室というよりも、小屋に近い中に居る少女には関係は無い。

 彼女の中に在るのは、【自分の番が回ってきたら、お客様に接待する】という事だけ。

 

 それ故に、部屋の外から、人の断末魔が聞こえたとて、少女は微塵も動こうとはしなかった。


 「もしもーし! こんばんはー!! どなたかお医者様は居ませんかー!? 店の中で人間ゴミが転がってますよー!?」

 

 久しぶりの殺しに、嬉しげにそう言いながら、佐東は適当に部屋のドアを蹴破った。

 彼からすれば、適当に片付けた後は、ただの残党狩りである。

 このまま、勢いに任せて、金の為に【お仕事】を片付けたかった彼だが、ふと、壁に凭れる少女を見て、彼の嫌みな笑顔は、普段のヘラヘラしたそれとは、かけ離れた能面の様な顔へと変わる。

  

 お客様を見つけ出し、のそのそと近寄って来る少女に、思わず佐東は息を飲む。

 死んでいながら、なお動くゾンビの如く、それでいて、何処か嬉しげに笑う少女は、奇妙に美しくさえ在り、何故か、佐東の胸を打つモノが在った。

 朧気な少女に抱き付かれ、彼女の体から漂う精臭に顔をしかめるが、それでも佐東は、思わず、その虚ろに嗤う女の子の頭を、何人もの血に塗れた手で、まるで壊れ物を扱う様に、優しく撫でていた。


 その頃、執務室にて色々と書類仕事を片づけていたカインだが、使者から、新しい手駒の初仕事の働きを聞いた際、彼は一言だけ呟いている。


 「………ふぅん? 悪役ヒールが正義に転向かい? 実に安っぽいヒーローだことで…………」


 その声は、実につまらなそうな声でしかなかった。

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