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佐東が公爵に正式かどうかはともかく、一応は指揮下に入るという形は整えられた。
無論、本人には一切この事を公爵は伝えてはいない。
加えて、自領地に彼を置かず、彼は、あくまでも公爵が討ち果たした男爵の領地にて、用心棒という形でその身を置かれて居る。
佐東に対して、カインは身近な女性の接近を厳に戒めても、その外に付いては、はっきり言えば一切頓着を見せてはいない。
だが、彼に対して、別の形にてアプローチを掛けるという事の結果、いとも容易く、彼を騙す事は簡単に出来た。
男爵の領地は、それなりに繁盛を見せた歓楽街が存在する。
専ら、それを用いて近隣と領地から、金を吸い上げて来た訳だが、この事を、カインは形を変えてそのまま流用していた。
地回り、つまりはヤクザやマフィアが良くとる手段の一つとして、歓楽街というのは、それなりに金を産み出す産業である。
どう見た目を取り繕うが、人には三大欲求が在り、それが無いというのは、居なくはないとはいえ、実に希有だろう。
カインが佐東に対して用いた手段は【正義の味方ごっこ】であり、カインが佐東に「可哀想な女達が居ます、なんとかしてあげてください」と言えば、実に簡単に彼は、意気揚々と了承すら見せた。
大儀を欲している少年、アベルに、コレを持ち掛けるのを、カインは拒んでいる。
どんな生活を送ってきたか知らないが、アベルは所謂【大冒険】を望んでおり、内向的な佐東とは反対の性質を見せた。
ざっくりと言えば、アベルは人殺しを嫌がる。
カインからすると、アベルは【人を助けるのに、たった一人も救えない様では、百人千人を救うことは出来ない】という、意味不明な理論にて【人間不殺】を貫くというのが、アベルの言い分であり、佐東のそれとは別であった。
ただし、その反面、アベルは人間以外を殺す事に躊躇は無いどころか、人界解放という独善的な大儀の為に、虐殺すら厭わない。
実験的に、カインは、アベルに犬人のキャンプを襲撃させてみた事が在る。
とかく臆病にて、人間とは一切関わろうとはしない筈のコボルトではあるが、その場にいた住民、約二十名を、あっと言う間に、逃げる間も無く、容赦なしに、アベルの連れ添いである不気味な少女と彼の手によって、にバラバラに引き裂いた。
数が曖昧なのは、余りにバラバラの為、カインに使わされた使者が仕方なく、何となく形を保っていた頭を拾って数えた結果である。
ただし、戦に置いての被害に関して、アベルは実に滑稽な答えをカインに返した。
【彼等は、人間の為にその尊い命をささげた】と言うものだが、それを聴いたカインは、影で腹を抱えて大笑いをするほどであった。
一切遺族に謝罪せず、ただお付きの少女と戯れるアベルなど、カインからすれば、彼の大儀は餓鬼の遊びでしかない。
その昔、読んだ漫画の主人公そのままの彼は、まさしく、子供のお遊戯と大差は無いだろう。
不殺という事は、相手は死んで居らず、そのままの怪我が治れば、また悪事を始めれば良いだけの話であり、不殺の意味など、カインには全く理解の範囲を超えていた。
その癖、相手が人間でなければ、殺しすら厭わないとくれば、少年の姿を取っているアベルもまた、心の何処かが壊れているのだろうと、カインは笑うばかりである。
無論、戦没者の家族には、カインからそれなりの額の慰労金が渡される訳だが、だからといって、死んだ者が帰ってくる訳もなく、実に滑稽な話だと、カインは、静かにほくそ笑むのみだけだった。
佐東に関して言えば、逆に、人殺しには全く躊躇を見せず、チンピラのボスを平然と殺す事を厭わない。
無論、ボスの中には娘や妻を持つ者も居たが、それを佐東は佐東の理念に基づき、犯して殺した。
酷い報告の中では、半死半生の旦那の前で、娘や妻を陵辱し、涙ながらに殺してくれと言う言葉を聞きながら、敢えて、相手が出血死という苦しい死に方をするまで放置すらしていたと、嗤いながらに佐東はカインに報告した。
【こいつらは、今まで人を苦しめたんだ。 そいつ等を懲らしめて、何が悪い?】と。
彼の正義からすれば、抑圧する者は悪であり、それを正す彼自身が如何に正義なのかを、カインに自慢げに説く程である。
これは、農村にて、人を蹂躙していた佐東を知っているカインには、全くの笑い話でしかないのだが、それでも、一応自分が指示したことを実行出来るのであれば、別に構わないと黙っていた。
無用なボスだけを始末すれば、後はカインの仕事である。
佐東は、その辺に座って、正義の味方の看板片手にしていれば、特に問題は無いが、残された組織の下の者からすれば、たまったモノではないだろう。
しかしながら、忠義を尽くすという点に関して言えば、チンピラ共にそう言った言葉は無く、キチンとしていれさえすれば、殺されず、寧ろ昔のボスよりも払いがいい佐東は、体の良い親分擬きとも言えた。
第一、逆らった所で意味はなく、寧ろ、刃向かうという事に対して、佐東の残虐性は存分に発揮された。
ただ、周りがチヤホヤさえしていれば、彼は満足なのか、暫くの間、実に静かに、そして、穏やかですら在る。
コレについては、カインが更なる策略を用いた結果と言えよう。
妻達には決して言えない彼の裏の顔。
それは、人身売買ですら平然と行う裏の統治者という影の面である。
二十に満たない少女を売春させるという事に関して言えば、実に多数の需要が在り、それに対する供給に関して言えば、表向きは男爵がそれを行っていたが、更にその裏には、カインが居た。
最近の佐東が大人しい理由の一つとして、彼の側には、いつの間にか、年端も行かない少女が付き添っているからである。
銀に輝く髪に、褐色の肌、そして緑青の瞳と、非常に人目を引く少女。
だが、そんな彼女は、ろくに喋らず、酷い経験から、自分を拾った佐東以外、人と目を合わせようともしない。
だが、胸の内の独善的な正義に燃える佐東からすれば、そんな小柄な少女が側に居るだけで、借りてきた猫の様に大人しくなっていた。
その少女は、とある売春宿にて、佐東が保護した孤児である。
彼は、喋らぬ少女に対し、決して、自分の能力を用いようとはせず、また、その子を側に置き、寝食の世話をするのみで、彼女の前だけならば、乱暴な言動を控えるという事すら在った。
ただ、カインからすれば、この結果は予想の範囲内である。
佐東のそれが、自己満足の正義である以上、其処にアベルの様な滑稽な大儀など存在せず、個人の欲求、つまり、佐東の【他人に、せめて優しくして欲しい】という想いに、黙って寄り添う少女は、うってつけの人形と言えた。
「どうしてその子を大切にするんです? その子以外にも、女は沢山居るでしょ?」
時折、町の様子を窺いに来るカインの質問に、佐東は隣にちょこんと座る女の子の頭を優しく撫でる。
もはや名前すら語ることをしない女の子は、新しい飼い主に撫でられ、気分が良いのか、ヘラヘラと笑うだけである。
「……この子は………この子だけが………力なんて使わなくても、俺に笑ってくれたんだ……初めてなんだよ、こんな事……」
感慨深く語る佐東ではあるが、カインはというと、嗤うのを堪えるのに必死である。
今の今まで、どれだけ酷い事をして来た筈の怪物は、たった一人の気狂いの少女の前では、大人しく正義の味方を気取っている。
実に、滑稽な笑い話でしかないだろう。
かの佐東の為に、どれだけの人間が被害を受けたかと言えば、それは酷い数字であった。
しかしこの事は、何がどうであれ、カインの能力を、異能力者だろうと遺憾なく発揮し、存分に生かすという実験に、実に具合が良いとも言えた。
主人公補正が在る以上、彼に失敗はない。
失敗を試してみようと思った事はあるが、一つの事例があって以来、カインはそれ以上の事を試すのを、止めている。
【ワインの瓶を、わざと落としてみる】
十代の頃、カインが行ったこの実験は、ある事実を彼に突きつけた。
親戚から頂戴した高級なワイン。
大抵の人間であれば、それを落とし、瓶が割れてしまえば【あぁ、失敗した】と思うだろう。
そこで、彼は敢えて瓶を壁に向かって投げた。
通常であれば、瓶は壁に激突し、呆気なく中身を壁にご馳走する筈なのだが、若き日のカインは、我が目を疑った。
ごく偶々、近くの棚に在った飾りが落ち、それは、別のモノへと当たり、偶々置いてあった小さいクッションへと当たる。
結果として、壁に当たる筈の瓶は、偶々其処に在ったクッションへと当たり、一度、ふわりと宙を浮いた。
その後、まるで招かれる如く、先に地面に落ちたクッションへと、ワインの瓶は落ち、呆気なく床を転がる。
その時、カインはぞっとした。
無論、ワインを飲むことは当たり前に出来るのだが、彼には、高級な筈のワインが泥水にしか思えなかった。
また、別の日。
カインは同じ様に酒瓶片手に、広い河原へと赴く。
だだっ広い河原の岩であれば、遮るモノは何も無い。
彼は、力の限り、酒瓶を振り下ろそうとしたが、偶々岩に僅かに生えていた苔に足を取られ、彼の手からは、酒瓶がスルリと抜け出した。
呆気にとられるカインの腕の中へと、宙を舞った筈の瓶はしっかりと収まり、彼は、手の中の瓶を見て、顔を青くした。
力が抜け、瓶を取り落としたカインだが、本来であれば、瓶は下の岩に叩きつけられ割れる筈である。
だが、またしても、偶々カインのつま先に瓶は当たり、ポチャリと音を立てて河に落ちた。
そのままであれば、酒瓶は何処かへと流れて行ってしまう筈だが、偶々、其処には岩があり、瓶は軌道を変え、容易く拾える場所へと流れ着く。
其処では、彼の迎え待つかの如く、瓶がぷかりと浮いていた。
余談ではあるが、実験に他の人間に試させた所、瓶は呆気なく割れ、中身をぶちまけてしまった。
この事から、カインは、在る恐ろしい事実に気付いた。
彼自身の中では、瓶が割れる事が【成功】なのだが、それとは裏腹に、瓶は割れなかった。
つまり、成功の定義が、彼に託されている訳ではなく、自分ではない何者かが、それを定義しているという事実に。
それは、カインには選択肢が与えられてはいるのだが、だが、彼はそれを超えて動く事が出来ないのではないかと、頭を抱えて膝を着いた。
ある時、自分で道を決められないぐらいなら、こんな仮初めの身体に未練は無いと、喉に短剣突き立てようとした事がある。
だが、やはりと云うべきなのか、突然、カインの自室に乱入者が現れ、その乱入者は、必死に短剣を素手で握ってまで、彼を止めたのだ。
血がボタボタ落ちる中、現在、二番目の妻であるメイド、ロゼッタは必死に、そして、無理に笑ってまで、彼を涙ながらに止めた。
直ぐに、彼女の掌を手当てしたまでは良い。
だが、顔を青くするカインに、ロゼッタは抱き付き「私がカインを慰めてあげます」と、言い切った。
当然の如く、手の痛みが紛れる程に、彼女を良いように抱いたカインではあるが、事の最中、妻の喘ぎを聞きながらも、もしかしたら、自分は誰かに操られているのではないかと不安でしかなく、それを忘れる為にと、必死にロゼッタを抱いた。
時は経ち、今では五人の妻を得たカインだが、実につまらないと、生きている事を悔いた。
無限之知識が在る限り彼が何かを発明したわけでも、考えだした訳でもなく、ただ頭の中の説明書に従う。
誰かも分からない何者かに操られるまま、ただレールの上を走らされる。
それに、何の面白みが在ると言うのだろうか。
既に成功が約束されている以上、何をしようが、彼は褒め称えられる。
反面、新たに現れた怪物に、自由に振る舞える彼等に、嫉妬すら抱いてもいた。
根本的に、カインは人である。
人外の力を持つことも、手から何かを出せる訳でもない。
死なない彼は、何をしようが成功に辿り着く。
それが、彼の能力であり、苦悩の元でしかなかった。
執務室にて、カインは一人チェスの駒を指で弄んでいた。
「これで……角と飛車……ルークとビショップは揃ったな…………今すぐ始めても良い、もう少し、使い捨てに出来る手駒が欲しい……のかな?」
そんな、独りぼっちの怪物の声は、どうやってこの世界をめちゃくちゃにしてやろうかと呟くのだが、そんな彼の小さな声は、虚しく部屋の中へと消えた。




