西行の異
西行の当主に妖怪の知り合いがいるという噂を聞いたのはつい先日のことだった。
妖怪にも種類がいる。それは私の先生に知識を与えた人物の中に妖怪がいることからもわかる。
しかし、ほとんどの妖怪は人間を脅かすなどして自分を認知してもらわないと存在を保てない者が多い。
もしもその妖怪が危ないものだったらと考え、一応の確認で見に行くことにしたのだ。
屋敷の前には先日も迎えてくれた初老の従者がすでに待機していて、私が来ると笑顔で迎えてくれた。
「先日はありがとうございました。どうぞ、中へ」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございます」
お互いに挨拶を交わして、屋敷に入る。
先日当主を看た部屋で、彼女にもう一度出迎えられた。
「この間はありがとうございました」
「いえいえ。呪いは効いていますか?」
「よく効いています。私を取り巻く淀んだ空気も含めなかったかのように澄むようになりました」
そんな社交辞令的な会話を数言交わした後、私は本題を切り出す。
「今日来た理由は、お伝えしましたね」
「はい。伺っています。噂のことですね」
私は頷く。
「そうです。妖怪は悪と断じることはしませんが、人にとって悪意のあるものが多いというのも事実。なので……」
私は背後の襖を見ながら続ける。
「そこの妖怪がどのようなものか見ておこうかと」
「あら、気づかれてしまったわ」
私の言葉に応えるように、襖の隙間から、女が現れた。
紫を基調とした服を来た金色の髪の女だった……。
私を見る目には、好奇心と若干の……威圧。
「気配がかなり漏れていたので」
その威圧に私は棘のある言葉で返した。
「これはやられました。ごきげんよう不死の退魔師」
そう言って女は不敵に笑った。先生に似たその顔に苛立つ。
落ち着けと言い聞かせながら相手を観察する。気配と漏れる妖気が正しければ、この妖怪はかなりの大妖怪と呼べるのではないだろうか。
「それだけの力を持っていてよく此処まで気づかれませんでしたね」
「貴方の察しが良すぎるだけのことですわ」
「それはお褒めいただきありがとう」
私は現れた妖怪と視線で牽制しあっていた。
それを見て、当主は不満そうに口をとがらせた。
「もう。紫さん! 喧嘩腰にならないでって言ったじゃない!」
その一声で、妖怪の纏っていた剣呑とした雰囲気は吹き飛んでいった。
「あら、ごめんなさい。すっかり忘れてたわ。やっぱりあの呪符の作者と聞くと知り合いと話すときと感覚が重なってしまって……」
妖怪は西行の当主と二言三言話したかと思うと、私の方に目をむけた。
「失礼をしました。私は八雲紫。見ての通り、妖怪をしております。
お会い出来て光栄ですわ。伝説の不可能万屋の再来と呼ばれる不死の退魔師さん」
不可能万屋……聞いた話によると、数百年だか前の輝夜姫が居た時にあった不可能を可能にするお店だそうな。幼い記憶にある、父が何代の品をもらったという店だろう。
あの品物は、今でも作れない。再来と呼ばれるには私は未熟過ぎる……。
「私など、まだまだです。師の元を出たところですし……」
「謙遜をなさって……お名前を伺っても?」
「妹紅といいます」
「よろしくお願いします。妹紅さん」
妖怪は私に向けて目を伏せた。
私は、張っていた気と警戒を解くことにした。
理由は、直感だ。この人は、今この瞬間は嘘をついていない。私はそう確信した。
それは、なんとなかく先程からの不敵な雰囲気や、その後の素直さが、あの月の賢者に似ていたからかもしれない。
「貴女の先生は三人もいらっしゃるのね」
「ええ、かの万屋と言うなら師匠のほうが似合うと思うほどです」
「そんなにすごいなら一度あってみたいわねぇ」
「いつか機会があれば、一緒に行きたいですね」
女子三人よれば姦しいとは誰が言ったのか。
盛り上がって盛り上がって仕方がない。
最初は先程のように妹紅の身の上話やらから。
次は最近流行りの着物の柄がどうのだとか小物がどうのだとか。
話題は付きない落とし所もない。日が傾いて夕飯の時間、三人で一緒に飯を食べ、寝る直前になっても彼女たちは大盛り上がりだった。
「そうよ、あいつったら何かにつけて厄介事を押し付けてくるし、結局は自分でやれちゃうのになんだかんだ言いくるめてくるしー」
「私の歌の師匠と全く同じな気質ね……楽しい物好きだけど厄介事も一緒に生み出したりするから……」
「でも、二人共結局離れてないのはその人が気に入ってるからなのよねー」
「「そうそう。なんだか嫌いにはならないのよねー」」
平和な美女三人。夜も更けて気を失うように寝たのは、もう夜も更けた丑三つに片足突っ込むかと言った時間だった。
妖怪桜が人の死を招くのは春の満開のときだけであった。
毎年その時期には、都の退魔師が総出で防ぎ、被害を押さえ込んで居た。
今日の季節は冬手前。
その肌寒くなってきた空気の中で、それは満開の花を咲かせていた。
一夜にして現れた妖怪桜の姿に。西行の屋敷に居た妖怪と退魔師は驚愕した。
「兆候は見られました?」
「いいえ、春だけと言われてたけれど、私は此処に来てからずっと監視していたの。昨日の寝るまでただの一つも変化はなかったわ」
屋敷の主人が寝ている横で、二人はうなりながら桜を観察していた。
「寝ている間に気づけなかったのは、妖力が出ていなくて本格的に動いているわけではないからみたいね」
「噂に聞く規模なら、力を出し始めればこの距離でもすぐに感づくはずだものね」
近くに行きたいが……と二人は思考するが、同時に寝ている人へと目を向けた。
「置いていけないわね」
「ええ、彼女の力はあの木によって変質したもの。こうなった以上近くで見て、もしものときは対応できるようにして置かなければ」
かといって向こうも気になると二人は頭を悩ませた。
分身ではもしもあれが本当に動き出した時に対処ができないのだ。
結論は、片方が残ること。
「紫さん。貴女がここでお願いします」
「ええ、人間の退魔師である貴女なら堂々と調べられるでしょうし。任せましたわ」
二人は頷き合って行動を開始する。
急いで飛び出し、空を飛んだ退魔師に入れ替わるように、屋敷の戸は叩かれた。




