第八十一話 平和な世界
穏やかな日常だ。
向かいのソファではジャスミンが転寝をしだした。
……静かだな。
こう静かだと嫌でもあの日のことが頭に浮かんでくる。
魔王対勇者の戦いから一か月が経った。
世の中では勇者と魔王が相打ちで死んだということになっている。
それを拡散させたのはババロア王国とガナッシュ王国だ。
この二国が言えば疑う者など存在しないだろう。
現に町の外ではモンスターが激減している。
この一か月の間は一度もモンスター生成が行われていないからな。
それが結果的に魔王が死んだという情報を裏付けさせる意味にもなった。
あの戦い、実は最初から最後までモニターで見られていたらしい。
地下一階と地下二階の従業員全員にだ。
もちろんそんなことをできるのはアイリしかいない。
そして多くの従業員が戦いに参戦すると言うのを制したのもアイリだそうだ。
参戦したところであの世行きなのはわかってたからだろう。
俺の仲間モンスター以上の力を持つ者はレファくらいだからな。
リリアンヌは戦闘タイプじゃないみたいだし。
だがレファはいっさい動こうとしなかったらしい。
なにか事情を察して俺に全て任せてくれたんだと思う。
俺だけじゃなくてアイリにもなにか事情があることをわかっていたのだろう。
というか俺が魔王だとわかったときみんなはどんな反応をしたんだろうか……。
ではなぜアイリはみんなに格闘場の様子を見せたのか?
魔王がどうこうより最後の最後には俺とアイリのあの会話があったんだぞ?
さすがに俺たちが違う世界からの転移者だって気付くだろう。
でもそれは単純に制約がなかったからだと思う。
今も俺はこうやってこの世界で普通に生活できてるしな。
そう思うとなんでわざわざ隠してきたんだろうとさえ思ってしまう。
俺が転移者ということについては誰も驚いてないみたいだ。
むしろ納得したという意見が多いようにも思える。
聞いてはいけない秘密がわかって胸のつっかえが取れたとさえ言っている。
確かにこの年齢にしてはあまりにもこの世界のことを知らなさすぎるしな。
俺とアイリ二人揃ってバカップルとでも思われてたのかもしれない。
アイリたちが消えた直後、みんながいっせいに転移してきたんだ。
隔離空間じゃなくなったからだと思ってたが見てたからだったんだな。
その場ですぐさま俺とジェルとベビーの回復が行われた。
みんな泣きながらな。
やはりアイリがいなくなったことがショックだったんだろう。
レファの涙なんか初めて見たぞ。
あのリリアンヌでさえも泣いていた。
ジャスミン、ドーラ、ミア、ティラミス王女なんて大泣き状態だった。
マドラーナは地下二階からしばらく動けなかったらしい。
まぁレファの次に付き合いが長かったからな。
地下二階の面々は俺が魔王とわかっても以前と変わらない接し方だ。
気軽になんでも話せるオーナーを目指してるからそれはありがたい。
マドラーナやベルネッタたちは元から凄く丁寧だしな。
それこそ以前から大魔王様と対等のように接してくれてたし。
困ることと言えばダークエルフ三姉妹が異様に絡んでくることくらいか。
あいつら、ここに住みたいなんて言い出したしな。
そんなことをしてたら魔族の町がどんどん過疎化していくじゃないか。
ただでさえ魔族やダークたちは人口が少ないのに。
これから人間たちはどんどん増えていくのにそれでは困る。
だが近々、この世界では初めての試みが行われようとしている。
それは三国会談だ。
参加国はババロア王国、ガナッシュ王国、そして……魔王国。
とはいってもすでにガナッシュ王国と魔王国の間では話し合いが行われている。
主要人物がこの家に揃ってるんだからな。
みんな地下二階での食事の時間に楽しみながら色々考えてるよ。
この一か月間、ウチの店は全て休業中だ。
正直気分が乗らないということもあった。
だがそれ以上になにかを変えなければまた繰り返しになるという思いが俺の中に強くあるからだ。
今のままではまたすぐに勇者が転移されてくるような気しかしない。
それもより強力な能力を授かってだ。
そして目的はまた俺を倒すことだろう。
もしそうなったときに次は生き残れる自信がない。
ただ自分の命を守るためだけの防衛戦になるんだからな。
この前はアイリの命がかかってると思ってたからまだ戦えたんだ。
だからこの一か月間、俺は懸命に考えた。
神様がなにを望んでいるのかということを。
俺の結論としては……面白い世界だ。
単純に神様を楽しませるためだけのな。
俺とアイリを転移させたのは勇者対魔王を今までと違う形で見たかったからだろう。
この世界を活性化させるためにはそれが一番だと思ったのかもしれない。
戦いが終わってみての感想をぜひ聞いてみたいところだ。
だが神様はいっこうに俺の元へは現れてはくれない。
寝る前は今日こそ夢に出るんじゃないかと期待して眠りにつくんだけどな。
まぁ待っていても仕方ない。
なにも言ってこないということは好きにしていいってことなんだろう。
どうせゲームなんだからな。
魔王が死んだと聞いて世間の多くの人は喜んでいることだろう。
ババロア王国ではパレードなんかも行われたらしいからな。
勇者は死んだというのによくやるよ。
だがそろそろ現実に気付くはずだ。
店は休業中だが毎日食材の買い出しには行ってるからよくわかる。
今町では買い控えが起きてる。
冒険者たちの収入源であったモンスターがいなくなりつつあるんだからな。
当然冒険者たちの収入は日に日に減ってるわけだから消費も減る。
冒険者以外の人たちも今後を考えてお金をあまり使わないようになる。
冒険者酒場でも壁に貼り出されている依頼が極端に少なくなった。
だから貼り出されてもすぐに取り合いになっている。
だがこれがみんなが望んだ世界なんだから仕方ない。
ティラミス王女が一番身に染みて感じてることだろう。
あのとき言ったことが現実になりつつあるんだからな。
たった一か月でこれだから早く手を打たないといつ暴動が起きても不思議ではない。
それをわかってるガナッシュ王は最近毎晩ここに来るようになった。
国民のことを心配してるし、世界の情勢まで心配してるのがよくわかる。
だから俺に早くどうにかしてくれないかと頼んでくる。
いい王様だなとは思う。
だがあの王様、ただ食事に来てるようにしか思えないんだ……。
寿司や肉を食べ、酒をたらふく飲んで騎士に支えられながら帰る。
そのせいで店を休業してる感じがしない。
休業中も従業員に食事を作ってるからついでとはいえさ。
でもそろそろ頃合いかなと思う。
ウチの従業員もゆっくり休めただろうし。
アイリがいなくなった傷も少しは癒えただろう。
レファたちにはモンスター生成を明日から再開してもらおう。
それに色々思いついたことを実践したいからな。
そういやつい最近、俺は魔王をやめた。
そして新しく魔王を誕生させた。
新魔王は…………パンダだ。
そう、あのタヌキみたいなパンダだ。
これから魔王はモンスターが務めることにした。
倒されたらまた別のモンスターが務める。
もちろん裏で牛耳るのはレファたち魔族だ。
そして魔王が誕生したのならやはり勇者の存在は不可欠になる。
そこで今後は世界中の各国から勇者を選出してもらうことにする。
どこどこの国の勇者みたいな呼び方になるか。
もちろん本物の勇者が誕生してくれればそれはそれでいいと思う。
これらを今度の三国会談で提案する。
すでにガナッシュ王国は了承済みだ。
あのプリン王女がどういう反応をするか楽しみだ。
会談はここの地下二階飲食エリアで行われるからじっくり見させてもらおう。
……お?
レファの作業部屋のドアがゆっくりと開いた。
「終わったよ」
「ふぅ~、疲れたぁ~」
「……お疲れさまでした。どうでしたか?」
部屋から出てきたのはレファとリリアンヌだ。
そしてレファの腕にはジェルが抱えられている。
「無事に取り出せた」
「配合の何倍も時間がかかったわよ!」
ジェルはあれから一度も目を覚ましていなかった。
最後に勇者の攻撃を受けとめたときからだ。
かなり無理をしたんだろう。
体の傷は治ってるから脳にダメージがあったのかもしれない。
一か月経っても状態は変わらなかったので今日大手術を行うことにした。
手術といっても配合した聖剣を取り出しただけだ。
そうすれば元のジェルに戻るかもしれないとレファが言ったからだ。
どっちみちこのままの状態ではジェルが可哀想だしな。
「鼓動が早くなってるからたぶんそろそろ……」
「あっ! ジェル!? わかる!?」
「ジェルちゃん!」
ジェルの目がゆっくりと開いた。
……良かった。
涙が勝手に出てくる。
「どう? 私たちのこと覚えてる?」
「……うん。少し長く眠ってただけだから」
「バカ! それならもっと早く起きなさいよ! 心配したじゃない!」
「本当に良かったです……」
そこまで感情移入することないんじゃないか……。
リリアンヌもそのうち生成できるようになるだろうし。
ジャスミンは最近泣いてばかりだな、年のせいか?
そしてジェルはフワッと浮き上がって俺を見る。
「……待ってて。すぐ治すから」
そう言って俺の傍まで飛んできた。
そして俺に回復魔法をかけはじめる。
さすが回復エキスパートのエンジェルスライムだ。
瞬時に俺の不調を見抜いたか。
「もう大丈夫だよ」
本当なのか?
なんかこわいな。
「……あ……あ、あ……ゲホッ」
「ゆっくり」
「そうですよ! 無理しちゃダメです!」
傍にあった水を飲む。
……うん、いけそう。
「あ、あ、あ~~~~。うん。大丈夫そうだ」
みんなが大きな声を出して喜んでくれる。
俺にとっても一か月振りの自分の声だ。
なんだか感慨深い。
「その……心配かけたな、すまん」
「ヤマトの気持ちわかるよ」
「ジェルと同じくらい心配したんだからね! 今日は宴会にしなさいよ!」
「……良かったです。ジェルちゃんでも無理かと思ってましたから……」
リリアンヌとジャスミンは再び泣き出した。
レファはホッとしてくれてるようだ。
「ジェル、大丈夫か? ずっとツラかっただろ? ごめんな」
「うん。全然平気だよ~」
「そうか。守ってくれてありがとうな」
「それよりなにか食べたい」
ジェルは相変わらずのようだ。
俺の声が完全に出なくなったのはあの戦いの後からだ。
おそらく最後に無理して声を出したことが影響したんだろう。
レファたちでも俺の声だけは治すことはできなかった。
だがエンジェルスライムなら治せるかもしれない。
だからレファはもう一匹生成しようとしたんだがそれは俺がとめた。
どうせならジェルに治してほしかったからな。
それに俺はジェルに罪悪感があるし。
こんな結末を招いてしまった自分への戒めのつもりでもあった。
でも待っても待ってもジェルは目を覚まさなかった。
そこで今日の手術に至ったわけだ。
しかし声を出せることがこれほどありがたいとは。
筆談ってのは疲れるしな。
レファとジャスミンはなぜか俺の言いたいことを理解してくれるからまだ楽だったが。
「今後はどうしますか?」
「そうだなぁ……とりあえず明日から店を開けよう」
「明日からですか!? ランチはどうしますか?」
「やるよ。昼にだけ来てくれる人も多いからな」
「わかりました。ホールはどうします?」
「頼めるか?」
「……はい」
今までホールはアイリがやってくれてたからな。
それにジャスミンはエルフだからなにか問題が起きたら可哀想だ。
だがそれは今日までの話。
明日からはなにも気にする必要がない。
「例の三国会談、今日やろう」
「今日ですか!?」
「あぁ、それと面倒だからやっぱり三国ってのはやめにしようか」
「えぇ!? …………もしかして?」
「世界会談にしよう」
「……」
ジャスミンは黙り込んでしまった。
さすがに規模が大きくなりすぎるか?
でも後で聞くよりいっしょに聞いたほうがいいだろう。
国同士で揉められても困るしな。
それに数か国ほどしかないみたいだし。
平等が一番だ。
「あっ、エルフとドワーフの国にも声をかけてくれよ」
「……」
来るかどうかは向こうの勝手だ。
礼儀として声がけはしておかないとな。
「各国三人までな。護衛は別で二人まで可にする。料理が大変だからさ」
なにを作ろうか。
やっぱり寿司だよな。
それに肉。
結局いつも作ってるのが中心か。
「てわけですぐに取りかかろう」
「……ティラミス王女にお伝えしてきます」
「頼む。地下二階は会議スペースの準備だな」
「わかったわ!」
「レファは地下一階と地下二階を繋ぐ転移魔法陣を一つ用意して」
「うん」
ジャスミンとリリアンヌは慌てて部屋から出ていった。
レファの作業は急がなくてもすぐできるからな。
各国とのパイプ役はティラミス王女に一任してある。
ああ見えてけっこう重要なポジションにいるらしいからな。
王様も王女のことを話してるときが一番嬉しそうだ。
俺はその王女に困りっぱなしなんだけどな。
朝起きると二日に一回は王女が俺の隣に潜り込んできてるんだ。
決まって俺が寝た後にしか来ないから本当にただ寝るだけ。
起きてからも何事もなかったかのように地下一階へ戻っていく。
レファでさえ王女のことは気にしてないようだからな……。
どうせなら寝る前に来てくれればいいのに。
アイリがいなくなって落ち込んでいる俺を励まそうとしてくれてるんだろうけどさ。
そういや王女たちの部屋を作ることがアイリの最後の仕事になったのか。
ここの地下限定とはいえあの能力は便利だよなぁ。
というか転移者は俺一人になってしまったわけか。
…………そうか、だからアイリはもう隠さなくてもいいと思ったんだ。
俺の能力は寿司職人とモンスターに好かれやすいということ。
この世界で言えば魔物使いが寿司屋をやってるようなものか。
つまり俺の能力は特別視されるようなものではない。
アイリのようなチート能力だと色々問題があったのかもしれないが。
でも正直ガチャ職人がいなくなったのはガチャ屋としてはツラいな。
今後は新しいガチャレーンの追加ができないし。
メンテナンスとかも不安だ。
代わりに俺ができるようになったりしてないかな?
「ヤマト」
「ん?」
「あのね、私、色が変わったみたい」
「色? 色ってあの色?」
「うん」
「どう変わったんだ?」
「それがね…………アイリと同じ色」
「アイリ? ……えっ!?」
どういうことなんだ?




