おまけ「深海の案山子たち」その2
おまけを書いていたら、いつの間にか13,000字を超えていましたので、分割しました。
文章の推敲と言い回しの修正はしましたが、基本的な内容は分割前と変わっておりません。
「わだつみ」が纏っていた「通常兵器搭載艦」という羊の皮が脱ぎ捨てられたのは、就役から五年後の二〇二六年八月のことであった。
台湾海峡を巡る米中の軍事的緊張がピークに達し、同時にロシア極東軍の不穏な動きが重なったその夏。アメリカが自国の本土防衛を優先し、同盟国への「拡大抑止(核の傘)」の信頼性が決定的に揺らいだ瞬間を見計らったかのように、日本政府中枢はついに最終段階への移行を決断した。
だが、いざ実戦配備へと踏み切るにあたり、技術陣にはどうしても越えなければならない最後のハードルが残されていた。
半世紀前の『案山子』と『火鉢』の時代とは異なり、二〇二〇年代の日本には世界最高峰の演算能力を誇る国産スーパーコンピューターが存在する。ミサイルの弾道計算も、熱核弾頭の爆縮から核融合に至る流体力学シミュレーションも、仮想空間の中ではすでに何万回となく完璧に完了していた。
しかし、どれほど数式が完璧であろうとも、「ただの一度も実物を飛ばしたことがないロケット」と「ただの一度も実際に火をつけたことがない核弾頭」を、国家の最終的な命綱として海に沈めるわけにはいかない。何より、実際に一度でも物理現象として成功させたという事実がなければ、敵国に対する「抑止力」として機能しないのである。
こうして、二〇二六年八月五日から八月九日という、日本人にとって最も皮肉で、かつ忘れることのできない日付を選び抜いて、歴史上最も静かで、最も「環境に優しい」極秘実証試験が敢行された。
まず解決すべきは、射程一万二千キロメートルを誇る潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の飛翔実験において、いかにしてその長大すぎる射程を、限られた日本の海域に封じ込めるかというジレンマであった。
一万二千キロという距離は、地球の円周のじつに約三分の一に相当する。普通に水平方向の最適軌道で撃てば、ヨーロッパやアメリカ本土、あるいは南極大陸にまで着弾してしまい、即座に第三次世界大戦の引き金となりかねない。
そこで防衛装備庁と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の合同チームが採用したのは、極端な「超高高度ロフテッド軌道」と、大気圏再突入時における「極超音速滑空制御」の組み合わせであった。
八月五日未明、千島列島沖の北太平洋の深海に潜んでいた「わだつみ」から、模擬弾頭を搭載した試験弾が発射された。表向きは民間宇宙企業による、海上浮遊プラットフォームからの高高度デブリ観測ロケット打ち上げ試験として、国際海事機関(IMO)および国際民間航空機関(ICAO)に事前通告されていたものである。
海面を突き破ったミサイルは、通常の弾道ミサイルのような浅い放物線を描かず、ほぼ垂直に近い角度で宇宙空間へと駆け上がった。到達高度は、通常のICBMの飛翔高度をはるかに超える高度五千五百キロメートル。本来なら水平方向に一万二千キロ飛ばすための莫大な運動エネルギーを、すべて位置エネルギー(高さ)へと変換したのである。
しかし、この超高高度からそのまま弾頭を落下させれば、大気圏への突入角度が深すぎて一瞬で燃え尽きてしまう。そこで頂点に達したミサイルの弾頭部ポストブースト・ビークルは、軌道を精密に微調整した上で弾頭群を分離した。高度百キロメートルで大気圏に秒速七・八キロメートル(マッハ二十三)で再突入した機動式再突入体(MaRV)は、猛烈な断熱圧縮の壁にぶつかると同時に、その形状から生み出される空力(揚力)を使って機首を引き上げ、大気の上澄みを水切りのように滑空し始めたのだ。
弾頭群はプラズマの炎に包まれながら、大気圏上層でS字を描くような深いバンク機動を繰り返し、意図的に速度と飛翔距離を削り落としていった。これにより、水平方向の移動距離はわずか三千キロメートル弱――すなわち発射地点から日本の最東端である南鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)内――に収めつつ、通常の射程一万二千キロを飛翔した際と完全に同一の総吸熱量と滞空時間という物理的過酷さを、限られた空域内で見事に再現してみせたのである。
十二基の模擬弾頭は、南鳥島沖の公海上に設定された半径数十メートル程の仮想ターゲット海域へと、時計仕掛けのような正確さで次々と着水した。半数必中界(CEP)は凡そ一五メートル程と判定された。
そして、その着水海域の真下――水深六千メートルの深海平原のさらに奥深くで、もう一つの試験が同時進行していた。
核弾頭の起爆実験である。
日本にはネバダのような砂漠も、ノヴァヤゼムリャのような凍土もない。しかも現代の日本は、環境保護とSDGsを世界に牽引する模範的な先進国である。たとえ極秘の核実験であろうとも、海洋を放射能で汚染したり、大気中に放射性キセノンやクリプトンを撒き散らしてCTBT(包括的核実験禁止条約)の監視網に引っかかったりするような、品位に欠ける真似は許されなかった。
そこで彼らが目を付けたのが、南鳥島周辺の海底下深くに広がる、分厚く強固な「玄武岩質プレート」であった。
実験の数年前から、この海域では海洋研究開発機構(JAMSTEC)の超深海掘削船が、「レアアース泥の採掘および大深度地熱発電のためのマントル掘削調査」という至極まっとうな平和利用の名目で、水深六千メートルの海底からさらに地下四千メートルへと達する、極めて深いボアホール(大深度縦坑)を複数掘り抜いていたのである。
八月五日から八月八日にかけて、その海底下四千メートルの最深部に設置された特殊チェンバー内で、まずは核分裂を伴わない複数の「臨界前核実験」が連続して行われた。爆縮レンズの起爆によるプルトニウムの圧縮挙動が、X線フラッシュ撮影と光ファイバーを通じて海上の計測船へと送られ、シミュレーションとの誤差がゼロであることが確認された。
そして、八月九日午前十一時二分。
長崎に原爆が投下されたまさにその時刻に合わせて、最後の縦坑の底で、出力を極限の最小値(一キロトン未満のマイクロ・イールド)に絞った状態での、実際の熱核融合爆発実験が敢行された。
この実験が世界の歴史上類を見ないのは、その徹底した「環境配慮設計」にあった。
日本の技術陣は、核弾頭を収めた地下四千メートルのチェンバーの周囲に、あらかじめ大量のホウ素化合物(中性子吸収材)と、高純度のケイ酸塩(ガラスの原料)を幾重にも充填しておいたのである。
起爆の瞬間、地下四千メートルで小さな太陽が誕生した。数千万度の熱と衝撃波が周囲の玄武岩盤とケイ酸塩を一瞬にしてドロドロに溶融させ、直径数十メートルのマグマの空洞を作り出した。しかし、分厚い岩盤と、その上に乗る六千メートルの海水の圧倒的な水圧が完璧な「蓋」として機能した。
数分後、温度が下がり始めると、溶けたケイ酸塩と玄武岩は、発生したすべての放射性物質や希ガスを分子レベルで取り込んだまま急速に冷え固まり、地下四千メートルの岩盤の奥深くで、巨大な「天然のガラス固化体」へと変貌したのである。
海水への放射能漏れはゼロ。大気中への希ガス放出もゼロ。発生した微弱な人工地震波すらも、たまたま同海域で予告されていた「海底地震計校正用のエアガン発破調査」と、小規模な海底熱水噴出孔の崩落ノイズの中に綺麗に紛れ込まされた。
放射性廃棄物の最終処分技術(ガラス固化)をそのまま核実験の封じ込めに転用した、世界初の「ゼロ・エミッション熱核実験」の成功であった。日本の官僚と技術者の異常なまでの几帳面さが、ここでも遺憾なく発揮されたのである。
すべての実証は完了した。
実験から六日後の二〇二六年八月十五日。
広島県・呉の地下秘密基地の奥深くで、「わだつみ」のサイロから巡航ミサイルのクワッドパック・キャニスターがクレーンで抜き取られた。そして、直径二・四メートルのサイロの内径に一ミリの狂いもなくピタリと収まる「本命の黒い筒」が、四本、静かに装填されたのである。
それこそが、半世紀前に内之浦と虎ノ門で潰えた『案山子』の直系の子孫――純国産三段式固体燃料・潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、制式名称『二六式水中発射弾道弾』であった。
ミサイルの搭載数は一艦あたりわずか四発。米露の巨大な戦略原潜に比べれば随分控えめな数ではあるが、二〇二〇年代という新しい開発年次の恩恵を十分に受けた、同時代の国際水準から見ても極めて堅実かつ洗練された兵器システムとして完成していた。
発射には、高圧ガスによって弾体をサイロから水中へと押し出すコールドランチ方式が採用されている。全長一三・五メートルのミサイルは、母艦に熱や音響のダメージを与えることなく静かに海面へと浮上し、空中へ飛び出した瞬間に第一段の高エネルギー複合推進薬に点火、轟音とともに大気圏外へと駆け上がっていく。
その最大射程距離は一万二千キロメートルに達する。これは、「わだつみ」が危険を冒して外洋の真ん中まで進出しなくとも、日本海やオホーツク海、あるいは小笠原諸島沖といった日本の排他的経済水域(EEZ)の安全な海域に寝転がったまま、北京やモスクワといったユーラシア大陸の奥深くにある主要都市や軍事拠点の頭上に、直接弾頭を降らせることができる距離である。
むろん、純粋な地球儀上の距離計算で言えば、東へ向けて撃てばワシントンD.C.やニューヨークにも優に届く数値ではあるのだが、なにしろ我が国は日米同盟を外交の基軸とする誠実なパートナーである。間違っても同盟国への攻撃など予定されてはいないし、そのような不穏当な座標データが発射管制の初期設定に含まれているはずがない。本当である。そこはかとない誤解なきよう願いたい。
弾頭部の機構もまた、現代の戦略核兵器のトレンドを忠実に押さえた手堅い設計となっている。一発のミサイルには十二基のMIRV(多弾頭独立目標再突入体)が格納されており、四発合計で四十八箇所の目標を個別に攻撃することが可能だ。
それぞれの再突入体に収められているのは、自衛隊の無味乾燥な装備品命名基準に従って『二六式特殊弾頭』と素っ気なく名付けられた純国産熱核弾頭である。可変出力機構が組み込まれ、重水素と三重水素のブーストガス注入量をバルブ制御することにより、最小出力は一五キロトン(敵の空母打撃群や前線策源地をピンポイントで無力化する戦術核レベル)から、最大出力は五〇〇キロトン(大都市や地下司令部を確実に灰燼に帰す戦略核レベル)まで、発射前に発令所のコンソールから自在に選択できる設計となっていた。
超兵器などではない。ただ、日本の工業製品らしく「カタログスペック通りに、故障せず、確実に作動する」という一点において、極めて信頼性の高い「高度抑止力実証兵器」であった。
二〇二六年八月十五日未明、四発のSLBM(計四十八個の太陽)を背負った一番艦「わだつみ」は、最初の戦略核パトロールへと音もなく出撃した。
そして日本の造船所の動きは止まらなかった。翌二〇二七年には二番艦「みつは」(SSBN/SSN-702)が就役し、二〇二九年には三番艦「あずみ」(SSBN/SSN-703)が就役を果たした。
これにより、二〇三〇年の現在、海上自衛隊は「わだつみ」「みつは」「あずみ」の原潜三隻による完全なローテーション体制(一隻が深海で核パトロール作戦行動、一隻が訓練および即応待機、一隻がドックでの整備・休養)を確立している。
つまり、一年三百六十五日、二十四時間、必ず日本のどこかの深海に「四十八発の熱核弾頭」が潜み、この国に核の刃を向けようとするあらゆる国家の喉元に、見えない匕首を突きつけ続けているのだ。
しかも、日本を仮想敵国とする諸外国のインテリジェンス機関をさらに震え上がらせているのは、現在も通常動力型として第一線で活動している先行姉妹艦――「みずち」「ちひろ」「うなばら」の三隻の存在である。
国際情勢が真の破局を迎えれば、日本はこの三隻を新設された南鳥島の海底地下ドックに引き込み、わずか三週間のモジュール換装工事を行うだけで、備蓄されている予備の原子炉とSLBMを挿入し、瞬く間に戦略原潜を「六隻体制(計二百八十八弾頭)」へと倍増させることができるのである。
半世紀前の『案山子』と『火鉢』は、こうして深海の怪物として完全なる結実を見た。日本は誰の傘にも頼ることなく、自らの経済力と技術力によって、絶対的な主権と平和を買い取ったのである。
だが、どれほど機械としての「わだつみ」級が完璧な怪物であったとしても、最後に残る問題は、半世紀前の『案山子』計画の時と全く同じであった。
その鉄の棺桶の中に乗り込む「人間」の問題である。
原子力潜水艦は、炉心の核燃料が尽きない限り、理論上は何年でも潜り続けることができる。海水から真水と酸素を電気分解でいくらでも作り出せるため、潜航時間を縛る物理的な限界はただ一つ、食料の備蓄量と「乗組員の肉体および精神の崩壊」だけである。
とりわけ、攻撃型と戦略原潜を兼ねる「わだつみ」「みつは」「あずみ」の任務は、他国の原潜よりも遥かに過酷であった。自然循環冷却炉による「究極の無音」を維持するため、戦略パトロール中の艦内では、生活音や振動への制限は、特に作戦海域において厳格化される。
軌道ステーションのようにランニングマシーンを回すことも、重いバーベルを上げて筋トレをすることも厳禁とされるのだ。バーベルを床に置いたわずかな金属の振動すら、チタンの船殻と深海の海水を伝って、敵のパッシブ・ソナーに探知されるリスクがあるからである。
気配を消しながら、閉鎖された艦内で九十日間太陽を見ずに過ごし、運動不足による筋肉の萎縮と骨の脱灰を防ぎ、なおかつ「自分の押すボタン一つで数千万人が蒸発する」という狂気的なプレッシャーの中で、絶対の平常心を保ち続けること。
お気づきだろうか。
「狭隘な密閉空間」「器具を一切使えない」「無音」「極限の精神的ストレスとパニックの抑制」
この条件は、一九七二年に神保修三博士と服部正信が直面した、あの単座式宇宙カプセル『虫籠』の条件と、奇妙に一致する部分が多いことに。
国家が『案山子』と『火鉢』の遺産をすべて再利用した以上、三つ目の遺産である『虫籠』の最大の産物――すなわち「ラジオ体操第四」だけを捨て去るはずがなかった。
二〇三〇年、秋。
水深八〇〇メートルの暗黒の太平洋を、無音で滑るように進む三番艦「あずみ」の居住区画。
そこでは、若く優秀な海上自衛官たちが、一日二回、定められた時刻になると狭い通路に一列に整列する。豊かな日本社会で育ち、高い給与と誇りを持ってこの極秘任務に志願したエリートたちである。
艦内放送のスピーカーから、音楽は流れない。ソナーへの干渉を防ぐため、代わりに各員の耳に装着された最新の骨伝導イヤホンから、極めて微弱な、しかし頭蓋骨の奥を直接揺さぶるような変拍子のパルス音が送り込まれる。
それは半世紀前、十九歳の華佗中亜希子がベーゼンドルファーの鍵盤に血を散らしながら刻み込んだあの音源を、デジタル解析によって人間が発狂しないギリギリの周波数帯へとフィルタリングした、特殊な音響データである。
『――艦内特別保健体操。……始め』
無機質な音声とともに、屈強な海の男たちが一斉に静止する。
彼らは手足を振り回さない。足音一つ立てない。ただ、踵を密着させて爪先を百二十度に開き、息を七秒かけて完全に吐き切りながら、主動筋と拮抗筋を同時に噛み合わせる。
もちろん、かつて虎ノ門の地下室で神谷空尉の目と鼻から血を噴き出させた当時の粗暴なプロトタイプそのままではない。半世紀にわたる防衛医科大学校の継続研究によって、毛細血管が破綻する寸前の「九十二パーセントの出力」で絶妙に神経リミッターがかかるよう、安全に調整された『実用型・ラジオ体操第四』である。
外から見れば、薄暗い通路に並んだ七十五人の男たちが、ただ直立したまま小刻みにプルプルと震え、時折ゆっくりと首や腰を奇妙な角度に捻っているだけの、なんとも滑稽でシュールな光景である。
しかし、彼らの体内では凄まじい内圧が生み出され、骨芽細胞は適度な物理的刺激を受けて骨密度を維持し、内臓は筋肉のコルセットによって強制的にマッサージされている。
そして、骨伝導イヤホンから流れるピタゴラス音律の微かな「うなり」が脳波をシータ波へと誘導し、体操が第十一節『大脳皮質・辺縁系乖離運動』へと差し掛かる。
その瞬間、通路に並んだ当直以外の四十五人の自衛官全員が、奥歯を強く噛み締めたまま、口角をキュッと極限まで引き上げた「完璧な笑顔」を一斉に浮かべるのである。
誰一人として、本当に面白いと思って笑っているわけではない。しかし、表情筋から送られる「私は今、笑っている=ここは安全な場所である」という強烈な生体フィードバック信号と、7/8拍子のポリリズムの相乗効果によって、彼らの大脳辺縁系からは、水深八〇〇メートルの水圧への恐怖も、四十八発の熱核弾頭とともに鉄の箱に閉じ込められている閉所へのパニックも、まるで黒板消しで文字を消すように綺麗さっぱりと消去されていくのだ。
四分十五秒後。第十二節の脱力シークエンスを終えた彼らは、霧のように噴き出た汗をタオルで拭うと、「今日もいい汗をかいたな」「ああ、肩こりに効くよな、これ」などと爽やかに笑い合いながら、それぞれの持ち場――ソナー室や原子炉制御室、そして核ミサイルの発射コンソール――へと何事もないように戻っていく。
誰も発狂しない。誰も血を吐かない。そこにあるのは、国家によって完璧に管理された、極めて健康的でアットホームな職場の光景である。
地上では今日も、豊かで平和な日本の朝が訪れている。
公園では子供たちが無邪気に走り回り、ラジオからは「新しい朝が来た、希望の朝だ」という、あの明るく伸びやかな第一体操の旋律が流れている。
その平和な日常の遥か足元、太陽の光の届かない深海の底で、この国の繁栄と独立を守る男たちが、今日も音のない世界で一糸乱れぬ等尺性収縮を繰り返し、模範的な笑顔を浮かべていることを、一般の国民は誰一人として知らない。
いや、それでいいのだ。
国家の安全保障とは、本来そういうものである。多少の不気味さや滑稽さを孕んでいようとも、結果として誰も死なず、国が富み、平和が守られているのなら、あの狂気の体操を生み出した先人たちも、きっと草葉の陰で――口角を極限まで引き上げたあの笑顔で――満足げに頷いているに違いないのだから。
本当におしまい
いあいあ ふたぐん!
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「南山共和国建国史シリーズ」
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