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懺悔、鍵、心の在り処

仰向けになったままだった前園は手でしっかりと身体を支えながらゆっくりと起き上がった。

前園の腕が枯れ木のように華奢なものであることに、チェキはほんの僅かの同情を抱いた。先ほどまで騒いでいたサンデは相変わらず頭頂部を撫でながら、口先を尖らせて胡座あぐらをかいた。


「私はコアと戦うすべを探した。それは霧の中で在るかも疑わしいものを探し出すようなものだった」

「そうだろうな」


チェキが同意した。


「私達はそれでも探し続けていた。現実を見据えずに夢や幻を追い続ける可哀想な男達と呼ばれても、人類を守るためには必要だと思ったからだ」

「素晴らしい大義だな」


皮肉を言ったつもりはなかったけれど、前園は「素晴らしくくだらない大義だ」と歪んだ笑みを浮かべた。


「いつの間にか大義は失われ、そこには焦燥と意地しかなくなっていた。そんな時、突如彼は現れた」

「彼?」

「彼はサハラと名乗った。ある日突然研究室を訪れ、自分を研究員として雇えと言ってきた。更に彼は自分はコアの弱点を知っていると告げたのだ」

「コアの弱点か。興味がある」

「彼はコアを消し去る術はないが、彼らを封じ込める術はあると提案した。それだけではない。既に火の車だった研究費用を出すと言った。私は冷静な判断力を欠いていたと思う。彼を雇い、彼の案を採用し、彼を研究の中心に置いた。研究は驚くほど順調に進んだ。周りの研究員達は、それを無邪気に喜んだけれど、一方で私は恐怖を抱いていた。それは科学から遙かに遠のいたものだというのに、何故彼が一直線にゴールへ辿り着き、それを可能とできるのかという深い疑念だった。コアの檻『セル』はたったの1年で完成した」


セルが表舞台に登場したのはだいたい18年前だったはずだ。そうなると星が降った日から1年後には既に世界は歪みを生じていたことになる。


「セルはただの檻ではない。異次元であり、異世界であることを認識してほしい」

「異世界?」

「コアはセルの中で記憶を消されたまま、何も知らず暮らしている。セルはコアの新世界なのだ。私はヒトと共生できないコアを別の世界に区分けすることは必要悪だと思っていた。今でもそうだ。だがやがて知ったのだ。セル計画の本当の意味を」


エソラは「コア凝縮だろ?」と先ほどまで閉ざしていた口を開いた。


「知っているのか」


前園は目を再び大きく開いて、怯えた表情を浮かべた。どうやらかなりの極秘事項だったらしく、前園は真実を知るコア達を訝った。


「何故君達が知ってるのかは聞かないが、それがサハラの目的であり、世界の脅威であることは間違いない。今では政府の裏側でその最強兵器を求める動きすらある」

「またこの国は迷走しているのか。懲りないな」


エソラはわざとらしく苦笑してみせたが、目は笑っていない。


「とりあえずサハラは私を餌にしてコア狩りを続けている。計画実行のその時まで続けるつもりだろう」

「いつなんだよ。その時ってのは」


サンデが機嫌悪そうに訊ねた。確かにそれは重要なことに思われた。


「彼は既に計画を実行しようとしている。しかし鍵が足りないらしい。君達は桐谷リヒトを知っているか?」


チェキとサンデは目を見開いた。突然前振りなく思わぬ名前が飛び出したことに動揺していた。


「知っているようだな。セルは桐谷リヒトの強靱な肉体を利用して維持している。セルは天神山大付属病院で保管されている彼と繋がっているのだ」

「リヒト様を利用したということか?」


チェキが強張った身体を抑えながら、温度を感じさせない低い声で訊ねた。


「そうだ。彼ほどの力がなければ、世界の維持は不可能だから」

「リヒト様が目覚めない理由はそれか」


チェキは拳を握り締め、体内にくすぶる憎悪の炎を吐き出しそうになった。目の前で枯れ木のような腕で身体を支える哀れな老人を焼き殺しそうな衝動に駆られた。激情に支配されたのは随分久しいことだった。彼は自身がこのまま我を忘れてしまうと思った。彼が自らの制御を失い、自分の中に溜め込んだ爆発的な力を解放すれば、間違いなくこのアパートまるごと消し去ってしまうだろう。しかし、そんなことも構わずこの男をなぶり殺したい憎悪に彼は捕らわれつつあった。


そんなチェキにエソラの声が不思議と届いた。


「チェキ。やめなよ」


エソラの声は呟きに近いものだったけれど、妙な凄みがあった。急に頭から氷水をかけられたような衝撃があった。


「で、鍵と桐谷リヒトに何の関係がある?」

エソラは、冷静さを取り戻したチェキを放置して、大きくずれた焦点を戻した。終始穏やかだったチェキの急激な憤怒が伝わり、前園は怯え震えていたが、急に我に返ったように語り始めた。


「桐谷リヒトが目覚める時、セルの中のコアはひとつになるだろう。究極兵器の誕生だ。だが目覚めるには鍵が必要なのだ。鍵となるのは桐谷リヒトの心。魂と言うべきかもしれない」


前園の言葉にチェキは反応した。


「魂?あの眠っているリヒト様は抜け殻だと言うのか?」

「そうだ。サハラ曰く、リヒトの心は世界中に散らばった星の石のどれかに秘められているとのことだ」


おそらくあの時だ。20年前、リヒトは青い月に貫かれ、そのまま心だけ持っていかれたのだろう。星の精神が星の石に秘められていたように、リヒトの心が秘められていてもおかしくはない。

チェキの中に埋もれるようにして存在していた仮説がひょっこりと顔を出した。エソラとチェキが数日前にこの部屋で話した時だ。その青い瞳を見つめた瞬間、彼は懐かしい奇妙な感覚に陥ったのだ。


『お前は・・・』


あの時言いそびれた言葉の続きを口にして、確認すべきだ。


チェキは真っ直ぐに彼を見た。エソラを見た。

熱い視線を向けられているが、エソラはそれに応えようとはしなかった。前を向いて不適な笑みを浮かべたままぷっと吹き出した。


「いやだなぁ。おれはいつも貧乏くじを引いてばかりだ」

「まさか……」


エソラはすっと立ち上がりチェキとサンデを交互に見た。青い広大な海のような瞳で彼らを見つめながら浮かべる、安らかで消えそうな微笑みには見覚えすらあった。


「黙っているつもりだったよ。チェキ、サンデ」

「リヒト様……?」

「そう呼ばれるのは照れ臭いから、エソラと呼んでくれよ。リヒトの心で大半占められているとはいえ、あくまで『おれ』はエソラだから」


エソラはピシャリと言って、再び前園を見据えた。


「そういうわけで鍵はここにいる。おれは捕まるわけにはいかないようだな」


赤茶色の猫毛を撫でながらエソラは笑った。開いた口が塞がらないようで、前園は半開きの口から漏れ出すような声で「君だったのか」と言った。


チェキの仮説が浮上した『お前は・・・』のところは、第17部「世界を守る理由」に描かれています。

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