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反省会

窓際から入り込む涼しい風が頬に当たって、私は目を覚ました。見慣れた天井と風にそよぐレースのカーテンが目の入り、私は自室で眠っていたことを知った。服装も制服のままだ。既に太陽は落ちたようで、窓の外は真っ暗だった。私の勉強机にある電気スタンドのオレンジ色の光がなければ、この部屋は真っ暗のはずだ。

相変わらず汚い部屋だ。以前にも言ったけれど、この家で汚い部分はチェキの管理の行き届かないこの部屋だけだ。脱いだままの洋服や、読みっぱなしの本が床に散らばっている。掃除機も1週間以上かけていないはずだから、埃もそれなりに積もっている。

そんな部屋に、チェキがいることが何より違和感があった。彼は椅子に座って、ぼんやりと窓の外に見える広大な星空を眺めていた。


「チェキ」


私は彼の名を呼んだ。驚くほどか細い声しか発せられなかったことに自分でもひいた。いつもの彼ならば、そんな小さな呼び声でも反応するに違いなかったけれど、その時のチェキは心の深い部分に入り込んでいたのか、私の呼び声には気付かなかった。


私はそんなチェキの横顔を眺めながら、目覚めるまでに何があったのかを振り返る。

講演会のことを思い出そうとするけれど、その内容はちっとも思い出せない。


仕方ない。


講演会に行ったけれど、私はその講演会にほとんど参加できなかったのだ。最悪だ。私もエソラの半身を捜す協力をしたかったのに、自分の体調不良のせいで、何の協力もできなかった。私は自分の無力さを痛感した。


「いつから起きてた?」


ようやくチェキが私が目覚めたことに気付いたようだ。先ほどの真剣な横顔は柔らかい笑みに綺麗に隠されている。


「今さっきだよ」


私は身体を起こそうとしたけれど、支えにしようとした右肘に力が入らなくて、身体は再びベッドに倒れた。強靭な形状記憶合金のように、忠実に元の体勢へと戻った。


「無理はしない方がいい」

「うん」

「セツナを脱出させるために『力』を使った。お前の身体にもかなりの負荷がかかっただろう。ただでさえ弱っている身体なのに、すまなかったな」


私はチェキに謝られたことが申し訳なくて、泣きそうになった。


「やめてよ」

「?」

「謝らないで。お願い」


私が震える声をできるだけ抑えて、枕に顔を埋めながら告げると、チェキは「分かった」と短く頷いた。


「人間ってさ、こんなに身体、ダメになるんだね」

「夏はいつもこんな感じだろう?」

「それにしても、今年は酷いよ」


普段は風邪もひかない私が、こんなに病床に伏せることは珍しい。夏バテで食欲が失せることがあっても、熱まで出して、意識を失うようなことは、これまで一度もないことだった。


「半身は見つかった?」


 私はあの時の黒服の男を思い出しながら、チェキに訊ねた。目の細い、黒ずくめの青年。コアの女を簡単に気絶させ、セルへと放り込もうとしたあの男。

 講演は垣間見ただけだけれど、黒服の男は明らかに前園の背後に常時いたようなので、彼が半身であるということはチェキも当然確認しているものと私は思っていた。しかし、チェキはゆっくりと首を横に振った。


「いや。講演会にはいなかった」


その無念さや残念な気持ちを誤魔化すようにして、チェキはうっすらと笑みを浮かべながら穏やかな口調で告げた。


「あの黒いスーツの男ではないの?」


私が確認するとチェキはまた首を振った。


「あれはコアだけれど、半身ではないようだ。エソラは違うと言っている」


エソラが違う、という以上、彼は半身ではないのだろう。半身を見つけることができるのは、エソラしかいないのだ。


「じゃあ、見つけられなかったんだね」


私が結論を出そうとしてそう告げたとき、意外にもチェキはまた首を横に振った。


「いや。手がかりは入手したよ」

「手がかり?」

「私達と別行動をとっていたサンデは、黒服のコアがお前に気をとられている隙に、前園ヨウイチを拉致したらしい」


私は半笑いで「え?」と訊ね返すことしかできない。


「前園ヨウイチが半身に関する何かを知っている可能性は高い」

「結構、大胆なことをするのね」

「昔からそういう男だ。目的のためならば、手段を選ばない。あの行動力には迷惑をかけられたことも多々ある」


苦笑いを浮かべるチェキに、私も合わせて笑った。


「前園は今、あの汚いサンデの住処にいる。どうやら、お前のように『力』に耐え切れず、相変わらず眠り続けているようだ」

「コアである貴方に拉致されたと知ったら、前園ヨウイチはまた失神しちゃうんじゃない?」

「そうかもしれない」


コアの反感を買うセルを作った前園はコアに狙われやすい。講演会の時のあのコアのように、おそらく幾度も命を狙われている。


「でもさ、前園ヨウイチはセルを作ったのに、コアをボディーガードに使っているなんて、信じられないよ」


私がぼやくとチェキは立ち上がり、開いたままの部屋の窓を閉めた。そのまま振り返ることなく、チェキはガラス越しの星空を見つめて言う。


「私は前園のような表情をする人間を何度も見てきたから、予想していることだが」

「?」

「あれはコアに怯えている顔だよ」

「そうなの?」

「ああ・・・」


不自然な態度に思えた。そんなに熱心に星空を見ているとは思えなかった。彼は今、星空を見ているのではなく、こちらを見ないようにしていることに気付いたのは、その先の彼の言葉を聞いたときだった。


「私もかつては人間に恐れられた。あの怯えきった瞳は、かつて自分に向けられたものと同じだよ」


どんな顔をしてチェキはその言葉を告げたのだろう。私はガラスに映るチェキの顔を見ようとして、躊躇った。見ない方がいいと、頭の中で警告された気がした。


「おそらく、前園は利用されている」

「コアに?」

「ああ。正確に言うなら、半身に」


そこでチェキは振り返った。表情は拍子抜けするほど普段となんら変わらないものだったので、私は安堵した。


すると机の上に置かれている鞄の中から、ジージーという携帯電話のバイブレーションの音が聞こえてきた。起き上がれない私に代わって、チェキが鞄をまるごと渡してくれた。



森山サナ



携帯電話に表示された名前に何故かほっとした。サナからのメールだ。


「サナは大丈夫だったの?」

「とりあえず、人の流れにそって普通に避難させた。あの後、機動隊が現場になだれ込んでコアが連行されるまでは、サナにはエソラがついていてくれたよ」

「機動隊が出動か。今頃すごいニュースになっているだろうね」


コアの発見、捕獲に関するニュースはどんなニュースよりも優先される。地震速報よりも殺人事件よりも、報道を優先される。それほどまでに世間ではコアを敵視し、危険視している。あの現場には前園に食いついた一部のマスコミ関係者もいたわけだから、さぞかしエキサイティングな報道ができたに違いない。


私はサナからのメールに目を通した。


『セツナ、大丈夫? 今日はお互い大変だったよね。ホント、初めて間近でコアを見たよ。セツナは外におったから知らんかもしれんけど、コアが魔法みたいな火を放ったんよ。めっちゃ怖かった』


私は、興奮した様子で語るサナを思い浮かべながら、メールを読んだ。そういえば、サナはコアを直接見ることは初めてのはずだ。無論、チェキやエソラを省いての話だが。


『でもさ、ほんまに普通の人みたいで、正直そっちが怖かったわ。なんかただのおばちゃんみたいやのに、コアなんよな。なんだか実感が湧かん。もし、自分が知らん間にコアになってても、あれじゃ気付けんなぁ。あ、変なこと書いてごめん』


「知らない間にコアになることってあるのかな」


私がサナのメールを見ながらチェキに問うと、彼は首を竦めた。


「さぁ。私が知っている限り、そのような事例はないが」

「ふーん。あ、まだ続きがあった」


『あ、そういえば今週の補習って何時からか分かる? 分かったら教えて~』


今週の補習。私もすっかり忘れていた。そもそも、コアが出現したというのに、悠長にそのまま補習を行うのかも疑問だが。


私は予定を確かめるために、私はスカートのポケットに入っているはずの生徒手帳を取り出そうとした。


「あれ?」


ポケットには入っていない。クシャクシャになった飴の包み紙が1枚出てきただけだ。


「おかしいな」

「どうした?」

「生徒手帳、スカートのポケットに入れてたと思ったのに」

「落としたのか?」

「かもしれない」


私は何度も確かめるけれど、勿論そこにはなかった。鞄の中身も全部出してみるけれど、そこにもなかった。


「困ったな。学校で落としたんだろうな。明日、ちょっと探してみるよ」


私がそう言うとチェキは「元気になれば許可してやる」と言いながら、部屋のドアのところまで行った。


「おかゆでも作ろうか。少し眠っていろ」


静かに扉が閉まった。階段を降りるチェキの足音が遠くなるのを耳にしながら、私はあるわけがないスカートのポケットをもう一度確認した。当然、そこには何もなかった。



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