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20. 新人音楽祭開幕、聖女アイドルの実力と壁

 ルミナ・シティの広場は、夏祭りを彷彿とさせる熱気に包まれていた。

 だが、その空気感は少し違う。夏祭りが楽しむための宴だとするなら、今日の新人音楽祭は勝ち抜くための戦場だ。

 中央には特設ステージが組まれ、その周囲を無数の観客が埋め尽くしている。さらに審査員席には、厳しい目をした大人たちが鎮座していた。


「うわぁ……すごい数だ。緊張してきた……」


 タケルは関係者入り口から会場を見渡し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 これまでのライブとは規模も注目度も違う。ここで結果を出せば、一気にメジャーへの道が開ける。逆に失敗すれば、「やっぱりイロモノだったね」で終わってしまう。


「貴様が緊張してどうする、ステージに立つのは我だぞ」


 背後から低い声が響いた。

 振り返ると、深々とフードを被り、さらに黒いマントで全身を隠した不審者……もとい、ヴァルガンの姿があった。


「そこまで隠すことある!? もう本番直前だぞ!?」

「フン。焦らすのも演出のうちだ。楽しみにしていろ」


 ヴァルガンはフードの下で、楽しげに口元を歪める。

 と、そこへレオンが駆け寄ってきて二人に声をかけた。


「準備終わったぞ、音響チェックも済ませてきた。セレイナは先に控室でスタッフと進行について確認中だ」

「ありがとうございます、レオンさん。じゃあ、俺たちも行きましょうか」


 狭い廊下には、出番を待つアイドルや合唱団といった人々がひしめき合っている。誰もがピリピリとした空気を纏い、壁に向かって発声練習や楽器の確認をしたり、鏡の前で表情筋をほぐしたりしている。


 その時。

 通路の向こうから、清らかな空気を纏った目を引く集団が歩いてきた。ホーリー・エンジェルスだ。その先頭を歩くのは聖女マリアンヌ。

 今日の彼女はいつにも増して神々しい。美しくセットされた髪、一点の曇りもない肌、そして揺るぎない自信に満ちた瞳。

 気品ある白のジャケットに、ショートパンツとロングのレイヤードスカートを組み合わせた、動きやすさと美しさを兼ね備えた衣装。シルエットはどことなくシスターらしさを感じさせるデザインになっており、教会のアピールだとわかりやすい。


「ごきげんよう」


 マリアンヌはタケルたちの前で足を止め、優雅に微笑んだ。だが、その目は笑っていない。


「結局、辞退なさらなかったのですね」

「はい。俺たちは、俺たちの歌を届けに来ましたから」

「結果は火を見るより明らかです。この舞台で、格の違いを教えて差し上げます」


 マリアンヌは冷ややかに言い放つ。彼女にとって今日の勝利は既定路線であり、神への奉仕の一環に過ぎないのだ。

 その視線が、隣にいるレオンへと向けられた。


「逃げるかと思っていましたが、貴方も来たのですね。怖くはないのですか?」


 微かな哀れみを含んだ声。かつてのレオンなら、この言葉だけで震えていただろう。だが、今日のレオンは違う。彼はマリアンヌの視線を正面から受け止め、不敵に笑ってみせたのだ。


「ああ。おかげさまでな。……あんたの神様より、俺たちの音楽の方が面白いぜ?」

「……!」


 挑発的な言葉に、マリアンヌが一瞬目を見開く。

 かつて自分の音楽がエゴまみれであることを見抜かれ、教会から逃げ出した男。その彼が今、堂々と盾突いている。


「そうですか。その騒音でわたくしたちの祈りをかき消せるものなら、やってみなさい」


 マリアンヌはフッと小さく笑い、踵を返した。

 その背中には、一切の迷いがない。これから自分たちが成し遂げるであろう勝利への確信だけがある。


「さあ、みなさん。神の愛を届けに行きましょう」

「「「はい、マリアンヌ様!」」」


 聖歌隊の少女たちが後に続く。

その整然とした行進は、軍隊のようだった。


「……強敵ですね」

「ああ。だが、負ける気はしねぇよ」


 レオンは聖女たちを見送り、そう呟いた。彼の心に、もう迷いはない。



 タケルたちを含むグループに割り当てられた控室に到着すると、ちょうど他の人は不在だった。荷物は置かれているので、ステージの確認や準備に向かったようだ。


「んじゃ、俺は機材の確認に行ってくる。セレイナ、ガルドと演出周りの最終チェックもしておきたいからな」

「うむ、しっかり備えておけ。失敗したら許さんぞ」

「それはこっちの台詞だよクソ野郎」


 軽口を叩きつつ、レオンは部屋を出ていく。

 戻ってくるまで少しゆっくりするかという空気になったタイミングで──


 コンコン。

 控室のドアがノックされ、開いた。


「おはようございます、本日はよろしくお願いします」


 圧倒的なオーラと華やかさを纏った人物が、SPを引き連れて現れる。

 そこにいたのは、ルミナ・シティの頂点に君臨する絶対王者──ステラだった。

今日は私服ではなく、フォーマルなドレスを着ている。だが、その存在感はステージ衣装の時と変わらない。いや、至近距離で見るとさらに強烈だ。


「えっ、ステラさん!?」

「貴方たちは……RE:Genesisさん、ですよね。お会いできて光栄です♪」

「な、なんでここに……!?」


 驚きを隠せないタケル。今日は新人のためのイベントだ、トップアイドルが来るような内容ではないはず。


「特別審査員として呼ばれたんです。私に挑戦状を叩きつけた新人さんが出ると聞いたので、そのパフォーマンスを生で見たいなと思いまして」


 ステラは悪戯っぽくウインクをした。

 完全にロックオンされていると感じたタケルの背筋に、冷たい汗が流れる。


「はじめまして。お噂はかねがね」


 ステラがヴァルガンに向かって手を差し出す。洗練された所作、完璧な笑顔。だが、魔王はその手を握ろうともせず鼻を鳴らした。


「フン。白々しい小娘だ」

「あら、『はじめまして』が気に入りませんでしたか?」

「言葉遊びは嫌いでな」

(なんでこんなバチバチしてんの!?)


 ヴァルガンはフードの下から真紅の瞳でステラを射抜く。

 火花が散るような緊張感、周囲の空気がビリビリと震えている。だが、ステラは怯むどころか、さらに楽しそうに瞳を輝かせた。


「いいですね。その強気な姿勢、嫌いじゃありませんよ。でも、口だけじゃないところを見せてもらわないと困ります」


 ステラはスッと手を引き、タケルの方へ視線を移した。


「今日のステージ頑張ってください、期待してますから。では、失礼します」


 意味深な笑みを残し、ステラは控室から立ち去った。その後ろ姿には「私を楽しませてみなさい」という、絶対的な余裕が漂っていた。


「はぁ……心臓に悪い……」


 タケルはその場にへたり込みそうになった。マリアンヌにステラ、ラスボス級が二連戦で登場するなんて聞いていない。


「さて、そろそろ別行動だ。貴様は客席へ行け。一番見やすい席を確保してある」

「……一応確認だが、サポートは大丈夫ってことだな?」

「ああ。今回はレオンとセレイナ、ガルドがいれば事足りる。貴様は我の勇姿を目に焼き付けておけばいい」


 ヴァルガンは有無を言わせぬ口調で告げた。

 こうなる可能性もあるだろうと考えていたタケルは、頷いて承諾する。


「わかった。全力で応援する。でも、変なことやったら真面目に怒るからな」

「案ずるな。貴様の心臓を鷲掴みにしてやる」

(物理的な意味だったらどうしよう……)


 タケルは一人、関係者通路を出て観客席へと向かった。

 取り残されたような寂しさと、これから何が起こるのかという期待。複雑な感情を抱えながら、指定された席──ステージ正面の最前列ブロック──へと向かった。



「タケルー! ちゃんとみんな連れてきたよ!」


 観客席に向かうと、少し離れた位置からリザが手を振りながら声をかけてきた。周囲には常連の冒険者たちも並んでいる。用意してきた道具を渡すため、タケルは彼女の元へ移動する。


「ありがとうございます、リザさん! これ、用意してきたコールのメモとサイリウムです。サイリウムはこの棒をグッと折ると光るのでヴァルガンの番が来たら使ってください」

「えーっと……コール、色々あるけど重要って書いてある二つさえ覚えればいいのかい?」

「はい。リズムに合わせて『ハイ、ハイ!』と『うお~っ、ハイ!』ですね。静かなタイミングでは抑えて、曲に合わせてテンション上げれば大体オッケーです!」

「はいよ。騒ぐのはこいつら得意だから任せておきな!」


 リザと冒険者たちはサイリウムとメモを受け取り、親指を立てた。

 手を振りながらタケルが席へ戻ると、ファンファーレが鳴り響き音楽祭が開幕した。司会者の高らかなアナウンスと共にトップバッターが紹介される。


「エントリーNo.1! 聖アイディール教会聖歌隊、『ホーリー・エンジェルス』!」


 ワァァァァァッ!!

 会場が揺れるほどの大歓声。ルミナ・シティを守る存在かつ優勝候補筆頭の登場に、観客のボルテージは最高潮に達する。

 幕が上がると、そこには三人の少女とセンターに立つマリアンヌの姿があった。


「♪神の祝福があらんことを!」


 マリアンヌが祈るようにマイクを握りしめ、歌い出す。

 今回披露する楽曲は『聖少女断罪の聖譚曲(だんざいのオラトリオ)』。厳かなファンファーレから始まり、徐々にパイプオルガン風の荘厳な伴奏が重なっていく。

 そのハーモニーは完璧で一糸乱れぬ美しさ。そして、特徴は何よりも──


「♪私たちは苦難に立ち向かう!」

「♪それこそが聖少女の務め!」


 歌い踊り、ミュージカルのように台詞を言いながら動き回る少女たち。魔法による幻影ホログラムで映し出した魔物相手に、殺陣を繰り広げる。


「♪ふっ、それっ!」

「♪やああああっ!」


 マリアンヌはメインボーカルとして曲の柱を担当。ホーリー・エンジェルスの三人がハーモニーとコーラスを順番に担当しながらアクションも交えた演出で魅せていく。


(こうやってステージをすること自体が、教会のアピールになってるのか……!)


 ホーリー・エンジェルスとは戦うアイドルであり、人々を守る存在。台詞を組み合わせた楽曲と演出にすることで、そのイメージを強く頭に焼き付ける。徹底的なプロデュース戦略だ。


「♪この身を捧げましょう。私たちは希望のつるぎとなる!」


 サビに入ると、曲と共にさらなる盛り上がりを見せた。

 手にしたマイクスタンドを武器のように振り回し、アクロバティックな跳躍。その動きは舞踏というより、訓練された戦士の演武に近い。


「うおおおお! 聖女様ぁー!」

「きゃーっ! 物理的に浄化してー!」


 観客たちは大興奮だ。神聖さと力強さが見事に融合した、唯一無二のエンターテインメント。マリアンヌの歌声も、ただ美しいだけではない。芯があり、聴く者を鼓舞する力強さに満ちている。


(これが『救い』を背負ったアイドルの力か……)


 タケルは圧倒された。

 彼女たちのパフォーマンスには迷いがない。「私たちが正義だ」という揺るぎない信念が歌に乗って伝わってくる。技術、表現、そして想いの強さ。どれをとっても超一流だ。


 曲が終わり、マリアンヌたちが優雅に一礼すると、会場からは割れんばかりの拍手が送られた。審査員たちも満足げに頷き、手元でメモをしている。

 間違いなく優勝ラインだ。これを超えるパフォーマンスなど、そう簡単には出せないだろう。


(……このあとにやらなきゃいけないのか)


 ヴァルガンの歌に力があることはわかっている。だが、あの完成されたクオリティに対抗できるだけの何かが、今の自分たちにあるのかとタケルは不安になってしまう。

 それから、出場者たちがパフォーマンスを披露していく。どれもレベルは高いが、やはり聖歌隊のインパクトには及ばない。会場の空気は「もうホーリー・エンジェルスで決まりだろう」というムードに包まれていく。


 そして、ついにその時が来た。


「続きまして、エントリーNo.13! 話題の異色アイドル、RE:Genesisの登場です!」


 司会者のコールと共にステージが暗転した。

 ざわめきが少し静まる。物珍しさ半分、期待半分といった空気だ。


(頼むぞ、ヴァルガン……!)


 タケルは両手を組み、祈るようにステージを見つめた。

 暗闇の中、ヴァルガンがゆっくりと歩いてくる気配がする。マイクスタンドの前に立ち、静止するシルエット。


 一瞬の静寂。そして。


 ポーン……。


 ピアノの一音が、波紋のように広がった。

続けて繊細で、透明感のあるピアノの旋律が紡がれていく。力強いロックではない。どこか都会的で、それでいて胸を締め付けるような切なさを孕んだ音楽。


(えっ……? なんだこの曲……知らないぞ!?)


 タケルは目を見開いた。練習の時に使っていた曲じゃない。

 聞いたこともないイントロ。だが、そのメロディは不思議なほどに懐かしく、そして美しかった。


(これが、ヴァルガンの新曲……?)


 タケルの鼓動が早くなる。魂を揺さぶるような予感が、全身を駆け巡っていた。

 次の瞬間、スポットライトが一斉に点灯し、ステージ上のヴァルガンを照らし出す。


「……嘘だろ」


 そこに立っていたのはタケルが知っている魔王ではない、新たな姿があった。

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