21. それが、僕が歌う「理由」
まばゆいスポットライトが照らすステージ。
暗闇に沈んでいた世界が一変し、中央に立つ一人の男の姿が露わになる。その瞬間。会場を埋め尽くしていた観衆から、どよめきにも似た歓声が上がった。
「え……?」
「誰だ、あれ……?」
「超カッコいいんだけど……!」
ステージに立っていたのは、筋肉アイドルというイメージを完全に覆すビジュアルのヴァルガンだった。
身に纏っているのは白と赤を基調とした軍服を思わせる儀礼服で、美しいテイルコートのシルエットが際立つ衣装。
生地がスポットライトを浴びて艶やかに輝き、襟元や袖口には繊細な金色の刺繍が施されている。片側の肩には深紅のマント──ショート丈のペリースがかけられ、動くたびに優雅になびく。
髪もセットされ、いつもの荒々しさは鳴りを潜めている。代わりにあるのは圧倒的な高貴さと、近寄りがたいほどの威厳。
まるで童話の中から抜け出してきた王子様。いや、どことなく漂う圧を踏まえると世界を統べる皇帝の如き佇まいだった。
「……あれは」
客席の最前列で、タケルは呆然と口を開けていた。見覚えがあるデザイン、シルエット。間違いない、衣装案を考える時にスケッチブックに描いたものだ。
(まさか、あの時……)
タケルの脳裏に、以前打ち合わせをした時の光景が蘇る。色んなプランがあるとヴァルガンに提案をした日のこと。
ヴァルガンは興味がないフリをして、あとでこっそりとタケルのスケッチブックを盗み見ていたのか? それをギルドの職人に再現させたのか?
(俺のデザインを、こんなに完璧に……?)
タケルの胸が熱くなる。
蚊帳の外に置かれていたと思っていた。だが違った。魔王は、タケルの「夢」を形にするために動いてくれていたのだ。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
レオンの指が鍵盤を叩き、静かなイントロにビートを刻み始める。
繊細なピアノの旋律に、音とリズムが重なっていく。魔導機器を用いた独特のダンスビートとクラシックが融合したようなサウンド。
『♪凍てついた玉座、僕は独り 道は閉ざされた、闇の中に』
ヴァルガンがマイクを握りしめ歌い出した瞬間、会場の空気が変わった。これまで披露してきた力と圧で吠えるような歌い方ではない。深く優しく、そしてどこか哀愁を帯びた声。
歌詞の一人称が「僕」になったことで魔王の仮面を脱ぎ捨て、一人の男としての素顔を晒け出した独白のようにも感じさせる。
踊る姿はまるで舞踏会。大胆な足運びと、勢いあるスピン。初めてのオリジナル曲に相応しい世界観が、そこにあった。
最初はポカンとしていた観客たち。だが、リザや応援団たちが、先ほどタケルが渡したサイリウムの光を灯した。それが呼び水となり、次々と客席に光が広がっていく。
(よし……! 火はついたぞ! ヴァルガン、全部持っていけッ!!)
『♪時が過ぎ城は朽ち、かつての輝き今はもう幻』
ヴァルガンは目を閉じ、かつての自分を回想するように歌う。
世界から恐れられ、孤独の中で過ごした長い時間。その虚無感が、切ないメロディに乗って観客の心に染み渡っていく。曲調の転換と共にビートが激しくなり、光が射し込むような高揚感が生まれ始めた。
『♪小さな光が扉を開けた、震える指先が僕の手を引いた』
歌詞の意味を理解した瞬間、タケルの目から涙がこぼれた。
小さな光。それはきっと、路地裏でヴァルガンを召喚した日のことだ。
なんの力もない、ただのドルオタ。恐怖に震えながらも、魔王を『アイドル』という新たな世界へ連れ出したあの日。
『♪君が居たからここにいる、君が居るから夢が在る』
ヴァルガンが目を開いた。
その視線はたった一点。最前列にいるタケルだけを真っ直ぐに捉え、優しく微笑みかけた。
『♪空っぽだと言うなら、この歌で満たすから』
サビの爆発的な盛り上がりと共に、ヴァルガンの声量が解放される。
会場全体に広がった音の圧が、そっと寄り添うように聴く者を包み込む。
『♪名もなき星でも輝ける、泥にまみれても歩き続ける だから共に征こう、頂の先にある空へ』
ヴァルガンは右手を高く掲げ、そしてゆっくりとタケルの方へ差し伸べた。「来い」と言わんばかりの、力強い眼差し。
『♪それが、僕が歌う理由』
新曲『RE:ason』最後の音が消え、静寂が訪れる。
ヴァルガンは差し伸べた手を下ろさず、肩で呼吸を繰り返しながらじっとタケルを見つめ続けていた。
「……う、ううっ……!」
タケルは顔を覆って泣き崩れた。
堪えきれなかった。嬉しくて、恥ずかしくて、誇らしくて。ヴァルガンにとって自分こそが歌う理由であり、目指すべき場所への道標と言ってもらえたことが。
「馬鹿野郎……! なんだよそれ、最高じゃねぇか……!」
タケルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、懐からペンライトを取り出した。
震える手でスイッチを入れ、鮮やかな赤色の光が灯る。タケルはそれを、ありったけの力で振り上げた。
「うおおおおお! ヴァルガァァァン! 世界一だぁぁぁぁ!!」
喉が裂けるほど叫んだ。プロデューサーとしての体裁なんてどうでもいい。今は一人のファンとして、この最高の推しに声を届けたい。
その熱量は客席の前から後ろへ、徐々に伝わっていった。観客たちも、ヴァルガンの歌声に込められた真摯な想いに心を打たれていた。
「すげぇ……なんか、泣けてきた……」
「筋肉アイドルって舐めてたかも……」
「最高だぞー! RE:Genesisー!!」
一人、また一人と拍手が起こり、やがて会場を揺るがす大歓声へと変わった。
無数の光が揺れる。赤、青、黄色、色とりどりの光が、まるで星空のようにステージを照らす。その光景を見て、ヴァルガンは満足げに頷いた。
(ああ。やはり、貴様が馬鹿みたいに喜んでいるステージが一番だ)
ピアノを弾いていたレオンも、汗を拭いながら笑う。舞台袖ではガルドとセレイナが、目元を拭う。マリアンヌ率いる聖歌隊も、ステージを見つめて呆然としていた。
「……これが、貴方がたの『祈り』なのですか?」
マリアンヌは小さく呟いた。
神への祈りではない。特定の誰かへの、個人的で泥臭い感情。だが、それがこれほどまでに多くの人の心を動かし一体感を生み出すなんて。彼女たちが目指していた正しさとは違う、もう一つの正解を見せつけられた気がした。




