22. 祭りのあと、二人の約束
狂乱の後夜祭が幕を閉じ、会場には少しずつ夜の静寂が戻り始めていた。あちこちに残った火薬の匂いと、祭りのあとの独特な空気が漂っている。
撤収作業はガルド率いる冒険者たちが「主役は休んでろ! これくらい、酒の酔い覚ましにちょうどいいぜ!」と言って、すべて引き受けてくれた。
「すみません、本当にありがとうございます」
「いいってことよ。その代わり、次は俺たちギルド向けのイベントもやってくれよな。筋肉自慢大会とか、魔獣一気食い大会とか頼むぜ!」
「……前向きに検討します」
タケルは苦笑いしながら頭を下げ、会場の端にある石造りの古いベンチに腰を下ろした。
隣には先ほどまでのふんどし姿から、いつものパーカーに着替えたヴァルガンが座っている。二人の手元にはリザが持たせてくれた、できたての串焼きとキンキンに冷えたエールの瓶。
「お疲れ様でした。乾杯」
「うむ。悪くない夜だった」
カチンと瓶を合わせる。冷たいエールが、ライブ後の火照った喉に心地よく染み渡る。
遠くからはガルドたちが資材を運ぶ賑やかな怒号と笑い声が聞こえる。イベントが終わった寂しさと温かさが入り混じった雰囲気。それが今の二人には、どんな贅沢な打ち上げよりも心地よかった。
「……今だから言えますけど。俺、最初は他にやりたいことがあったんです」
ふと、タケルが夜空を見上げて呟いた。
満天の星空。プリズマリアの空は、東京の空よりもずっと透明で星が近くに見える。
「ルミナ・シティじゃない、俺の住んでた街にいた頃……絶対見逃せないアイドルのライブがあって。それを見るためだけに、俺は生きていたようなものでした」
「む、ならばどうしてここに?」
「まあ……ちょっと色々あって、ルミナ・シティに来たので」
「……そのライブ、行かなくていいのか」
ヴァルガンの問いは静かだった。引き止めるような響きもなく、ただ淡々と相棒の本心を確かめるような響き。タケルは少しだけ考えてから、ゆっくりと首を横に振った。
「今は、それどころじゃないですね」
タケルは串焼きを一口食べ、隣に座る巨漢を真っ直ぐに見上げた。
「ヴァルガンがトップに立つ瞬間を見届けないと、気が済まないです。貴方がステラを超えて、この世界の伝説になる。その景色を一番近くで見たい。プロデューサーとして、一番のファンとして」
始まりは、ただ生き延びるための嘘だった。うっかり呼び出してしまった魔王を言いくるめるために、無理やり「アイドルになればいい」とこじつけただけ。
でも、今は違う。
この不器用で傲慢で、時々手に負えないほど暴走するけど……誰よりも熱い魔王。彼が全力で歌い踊り、世界中の人々を熱狂させる姿を見たい。その場所に導きたい。
推しを輝かせたいというタケルの魂の根源にある情熱が、今はヴァルガンという存在に向けられていた。
「って、カッコつけちゃいましたけど……この素晴らしいアイドルは、俺が育てたんだぞ! と言いたいだけなのもあるんですけどね」
タケルは照れくさそうに頭をかき、笑った。
ヴァルガンは飲み干したエールの瓶を置き、鼻で笑った。だがその目は、これまでにないほど温かい光を宿している。
「フン、欲張りな奴だ。よかろう。貴様が満足するまで付き合ってやる」
ヴァルガンは夜空に輝くひときわ明るい星を、太い指で指差した。
「伝説になるその日まで、我の隣に立っていろ。貴様以外の軍師など考えられんからな」
それはヴァルガンからの最大級の信頼の言葉であり、魂の契約更新。目頭が少し熱くなるのを夜風のせいにして、タケルは頷いた。
「はい! 謹んでお受けします!」
「では手始めに、その口調をやめろ」
「へ?」
「医務室では普通に喋っていただろう。あれで構わん」
さあ、タメ口で喋れ。遠回しにヴァルガンはそう言っているのだと察する。
「……わかった。じゃあ、これからもよろしくな。ヴァルガン」
「無論だ」
「さーて、打倒ステラに向けてレッスン頑張らないと! あんな大見得を切って宣戦布告したんだし、もう後には引けないぞ」
「引くつもりなどない。さあ、新たな策を出せ。戦であれば呪いをかけたり奇襲を仕掛けたり、様々な手段があるが」
「そんな手を使うか! 正々堂々、ステージのパフォーマンスで勝つんだ。ファンに嫌われるようなやり方したら即引退だぞ!」
「チッ、相変わらず面倒な掟だ」
ヴァルガンは不満げに舌打ちしたが、その口元はどこか楽しげだった。
「おーい、片付け終わったぞ! 今からリザの店で朝まで打ち上げだー!」
撤収作業も目処がついたのか、遠くからガルドたちが声を張り上げながら手を振っている。
「行くぞ、タケル。胃袋がはち切れるまで食らってやるとしよう」
「ああ、頑張ったぶん思い切り食べるぞー!」
タケルとヴァルガンは立ち上がり、仲間たちの元へと歩き出した。
二人で一つの頂を目指す、その誓いが祭りの夜空の下で静かに結ばれた。片付けられたステージは明日への希望を映すように、月明かりに照らされていた。




