19. 夏祭りに降臨する絶対王者
夏祭り当日。
設営された会場は色とりどりの屋台と、着飾った人々で埋め尽くされていた。どこまでも続く極彩色の波と、熱気を含んだ喧騒。
タケルとヴァルガンは、明日の後夜祭のビラ配りも兼ねて会場を視察(という名の遊び)に繰り出していた。
「おっ、焼きイカですよ! タレが焦げる匂い、こっちでも同じなんですね」
「クラーケンの幼体か。……食えるのか?」
ヴァルガンは怪訝な顔で、タケルから渡されたクラーケンの串焼きを受け取った。おそるおそる一口かじって咀嚼し、カッと目を見開く。
「ほう! タレと炭火で魔獣特有の臭みが消えている、旨味を堪能できるな」
「でしょ? あ、金魚すくいもある。やってみましょう」
「あの輝き……マナフィッシュか。こんな遊びもあるのだな」
店主からポイを受け取ったヴァルガンは、水面を鋭い眼光で睨みつけた。
「水中の獲物を捕らえるなど、造作もないこと。……ハァッ!」
ビシュッ!
ヴァルガンが目にも留まらぬ速さでポイを水に突き入れた瞬間、凄まじい水圧が発生して紙が一瞬で弾け飛んだ。
「ぬぅ!? 防御力が低すぎるぞ、強化魔法も施されていない不良品か!?」
「ちょっ、手加減してくださいよ! 魚が気絶して浮いてますよ!? ああもう、営業妨害だから次に行きましょう次!」
ヴァルガンの背中を強引に押し、その場を離れるタケル。歩いていく二人が次に見つけたのは景品が並んだ射的の屋台。
「ほう、狙撃か。これならば我の独壇場だ」
射的代を払って構えるヴァルガン。ゆっくり息を吐くと、赤いエネルギーがコルクの弾に少しずつ集まっていく。
パァァァンッッッッ!!!!
コルクが弾丸のような速度で飛び出し、景品棚を直撃。棚ごと後ろの壁まで吹き飛ばした。
「ふっ、一撃必殺だ」
「店ごと壊さないでください! おじさんが泣いてますよ、ほら直さないと!」
魔王の規格外パワーに周囲が騒然としつつも、二人は祭りを満喫していた。平和で馬鹿馬鹿しく、楽しい時間。
*
夕方になり、中心部にある巨大なメインステージでライブが始まった。
地元のアイドルグループや吟遊詩人、大道芸人が次々とパフォーマンスを披露する。魔法による光の演出、今日のために作った衣装、一糸乱れぬダンス。どれをとっても最終審査を通過しただけあるプロの仕事だ。
「みんなレベル高いなぁ……。やっぱり『公認』の壁は厚いですね」
タケルは感心しきりだ。これまで『RE:Genesis』がやってきたステージとは予算も技術も桁が違う。
「フン。だが、魂の震えが足りん。綺麗にまとまりすぎていて毒にも薬にもならぬ。我の敵ではないな」
ヴァルガンは腕を組み、余裕の表情でステージを見つめていた。確かに技術はあるが、観客の心に深く爪痕を残すような何かが決定的に欠けている。
日が沈み、夜の帳が下りた頃。
それまで賑やかだった会場の空気がふっと変わった。ざわめきが波が引くように収まり、期待に満ちた静寂が広がる。そこへ、司会者の声がひときわ大きく響き渡った。
「お待たせいたしました! 今年の夏祭り、最高のサプライズゲストの登場です! ルミナ・シティが生んだ奇跡、天上の歌姫──ステラ!!」
ドォォォォォォォォンッ!!
地鳴りのような歓声が広場を揺るがした。先ほどまでの盛り上がりが霞むほどの熱狂、空気が物理的に振動している。
「えっ、嘘!? ステラが来てる!? 本物!?」
「……」
ステージが一斉に暗転し、無数の魔法光が一点に集中した。
夜空のような紺のオフショルダードレス。パフスリーブの柔らかな膨らみ、少女らしさを強調するミニスカートのボリューム感。ドレスの上には薄手のレースがかけられ、星が瞬くようなスパンコールが散りばめられている。
そこにいるのは完璧に計算され、研ぎ澄まされた『絶対的アイドル』という名の芸術品の少女──ステラだった。
「みんなー、こんばんはーっ! サプライズで来ちゃいました。驚いてくれたかな?」
「「「おおおーっ!!」」」
会場から一斉に声があがる。今までもメインステージは盛り上がっていたが、勢いが全く違う。一瞬でこの祭りの主役自体が入れ替わったかのような空気。
「コールありがとーっ! 今日は最高の夜を楽しんでいってねーっ!」
会場の隅々まで届く凛とした声が響くと同時に楽曲──『銀河のファンタジア』──が始まった。アップテンポで疾走感のある、みんなで盛り上がれるダンスナンバーだ。
ステラが踊りだした瞬間、世界の色が変わった。
指先の動き一つ、視線の流し方一つで数多の観客の感情を意のままに操る。彼女が右手を空へ掲げれば、観客のペンライトの光が一斉に右へなびく。左へ振れば左へ。まるで巨大な生き物が、彼女の呼吸に合わせて脈動しているようだ。
タンッ、タンッ!
激しいビートに合わせ、ステラが宙を舞う。風魔法を応用した跳躍。重力を感じさせない軽やかさでステージを駆け巡りながら、その歌声は一切ブレない。
彼女の背後に魔法で生成された銀河の幻影が広がる。星々が彼女の動きに合わせて明滅し、光の粒子となって観客席へと降り注ぐ。その輝きがドレスのスパンコールに反射、あらゆる点に意図がある演出だ。
「すごい……。映像で見るより、迫力が段違いだ……」
タケルは震えた。圧倒的な格の差を見せつけられた戦慄だ。
ただ歌って踊るだけではない、空間そのものを支配。祭りに来ていた人々の熱狂を一点に収束させる、カリスマという名の魔法。
「俺たちがやろうとしていることの、遥か先を行っている……」
プロデューサーとして機材や技術、経験、そして積み上げた歴史の差を痛感させられた。これが後ろ盾なし、自力で組織を作り上げたトップオブトップの実力なのか。
「……」
ヴァルガンもまた、無言でステージを見つめていた。魔力の制御、身体能力、そして何より……あの小さな体から放たれる王の覇気。単純な力勝負であれば負けるつもりはない、だが──
(この『ステージ』という戦場で、我に勝ち目があるのか……?)
初めて感じる敗北感。
悔しさに、ヴァルガンの拳が白くなるほど握りしめられる。
曲がクライマックスへと向かう。
ステラがステージ中央でスピンし、スカートが花のように開いた。汗一つかいていない肌が、スポットライトを浴びて神々しく輝く。最後の音が鳴り響き、決めのポーズで彼女はピタリと立ち止まった。
ワアァァァァァァッ!!!!
大歓声。興奮した観客による惜しみない拍手。それに応えるように、ステラは観客席に向かって大きく手を振っていく。
その視線が、ふと群衆の中にいるタケルとヴァルガンの方へ向いた気がした。
彼女は一瞬だけ動きを止め、口元だけで不敵に微笑む。アイドルとしての完璧なスマイルではない。挑戦状を叩きつけるような楽しげな笑み。
『どうする?』
声には出さず、唇の動きだけでそう言ったように見えた。
「……!」
タケルはハッとして息を呑んだ。そうだ。この圧倒的な光に飲まれていられない。明日は、自分たちのステージがある。
「負けられない……」
タケルは震える手で、自分の胸を叩いた。超えるべき相手へと立ち向かうために。
「このライブを見て、ビビるわけにはいきません。後夜祭で、俺たちも絶対に爪痕を残しましょう!」
「ああ。格の違いなど知ったことか」
ヴァルガンの瞳の奥には、消えることのない紅蓮の炎が燃え上がっていた。
「我は我の歌を歌うだけだ。あの光が届かぬほどの『深き夜』を見せてやろう」
絶対王者の降臨は、彼らの心を折るどころか魔王の魂に油を注ぐ燃料にしかならなかった。祭りの夜空の下、二人の挑戦者の闘志が静かに燃え上がっていた。




