16. もう、一人じゃないプロデュース
翌日。ライブで倒れてからしばらく経ち、ようやく医者から全快のお墨付きをもらった。久しぶりに外の空気を吸ったタケルはボロ家『ひだまり荘』の前で、身体中の関節を鳴らす勢いで大きく伸びをする。
「うーんっ……シャバの空気が美味い! 完全復活です!」
「大げさな奴だ。言うほど時間は経ってないだろう」
「こんなに寝てたら浦島太郎ですよ。さあ、行きましょう!」
タケルは自分の頬をパンパンと叩いて気合を入れ、力強く歩き出した。向かう先は冒険者ギルド『獅子の牙』本部。だが、近づくにつれてその表情は曇っていく。
「まずはガルドさんに謝らないと。依頼ノルマの未達、審査ライブ途中退場という失態、そしてスポンサー契約の不履行……」
指折り数えながら、タケルはため息をつく。現実的な問題が山積みだ。特に契約違反。場合によっては発生するであろう、違約金の問題が重くのしかかる。自分たちのためにギルドの予算と時間を使わせた挙げ句、結果を出せなかったのだから。
「違約金、どうなるかな……。またド貧乏生活か……下手したらマグロ漁船的な何かに乗せられるかも……」
「フン。行けばわかる」
ヴァルガンは泰然としていた。わかっていたのだ、彼らがそんなことを言うはずがないことを。
*
冒険者ギルド、ギルドマスター室。
扉をノックし恐る恐る中へ入ると、デスクの向こうでガルドとセレイナが待っていた。タケルは入室するなり、直角に腰を曲げて深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした!!」
タケルの悲痛な謝罪の声が部屋に響いた。
「俺の管理不足で、ギルドの顔に泥を塗ってしまいました! あんなに良くしてもらったのに、結果を出せなくて……。どんな処分も受けます。ただ、ヴァルガンだけは……!」
あまりの申し訳なさにガルドたちを見ることができず、頭を下げたままのタケル。だが、返ってきたのは怒号でも処罰の言葉でもなかった。
「顔を上げな」
ガルドが席を立ち、タケルの肩をバンと叩いた。その衝撃で思わずよろける。
「泥を塗った? 馬鹿言え。お前ら、『獅子の牙』で株が爆上がりだぞ!」
「えっ?」
予想外の言葉に、タケルは目を白黒させた。株が上がった? なぜ? 迷惑をかけたのに?
「審査を蹴ってまで、ヴァルガンが相棒を選んだ漢気。仲間を見捨てない姿勢こそ冒険者の鑑だ、ってな」
「新人たちは『教官マジかっけぇ』と尊敬の眼差しを向けていますし、ベテランも『あいつらはただの色物じゃない』と認め始めています。今のRE:Genesisは、冒険者たちに受け入れられつつあるんです」
「そ、そうなんですか……?」
タケルは拍子抜けした。怒られるどころか、褒められている? 違約金の話は?
「で、だ。契約未達の罰として、お前らにやってもらうことを用意した」
ガルドは一枚のチラシをビシッとタケルの目の前に突き出す。
そこには力強い手書きの文字で、こう書かれていた。
『RE:Genesis 復活ライブ in後夜祭 ~俺たちの夏は終わらない~』
「え……これ……?」
「実行委員会、商店街、そして冒険者ギルド。みんなで協力して場所を確保しました」
開催日時は夏祭り翌日、場所は会場の跡地。セレイナが淡々と、だが誇らしげに説明する。
「公式の夏祭りではありません。メインステージのような華やかさもありません。集客も保証できません。……でも、貴方たちなら輝けるでしょう?」
その時、マスター室のドアが勢いよく開く。リザや酒場の常連客たち、ヴァルガンの新人研修を受けた若手冒険者たちが顔を出した。
「アタシらもしっかりサポートして盛り上げてやるから、任せておくれよ!」
「チケット代の代わりに、とっておきの酒を持ってきたぜ!」
「教官! 会場に必要なもの、俺たちでバッチリ用意しときました!」
タケルは言葉を失った。目の前に広がる光景が信じられなかった。
自分たちのためだけに、これだけの人が動いてくれたのか。利害関係や契約ではなく、ただ「見たいから」という純粋な想いで。
「これは罰だからな。やりたくありませんなんて言わせねぇぞ?」
ニシシとガルドが笑う。契約未達の罰という建前で、タケルとヴァルガンのステージを用意してくれた優しさが滲んでいる。
「……いいんですか? こんな、迷惑をかけちゃった俺たちのために……」
「フン。言っただろう、タケル」
ヴァルガンが、大きく温かい手でタケルの背中をドンと押した。
「我と貴様の野望だと。……だが訂正しよう。今は、我ら全員の野望になったようだな」
ヴァルガンは周囲を見回し、不敵に笑った。そこには魔王としての威厳と、仲間を信頼する王としての優しさがあった。
「……っ!」
堪えきれず、タケルは涙を流した。悔し涙ではない。感謝と嬉しさと、そして安堵の涙。
もう孤独ではない。自分一人ですべてを背負い込み、プレッシャーに押しつぶされる必要はないのだ。支えてくれる仲間がいる、待っていてくれるファンがいる。
「……はい! やります! ありがとうございます!」
涙を拭い、顔を上げたタケルの瞳にはかつてないほど力強い光、プロデューサーとしての熱い炎が戻っていた。
「最高のセトリを組みます! 衣装も用意します! 演出プランも練り直して……あ、機材はどうなってます? 照明は? リハのスケジュールは!?」
涙声ながらも、いつもの早口オタクモードに戻るタケル。ガルドたちは顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。
「ガッハッハ、そうこなくっちゃな! お前らはそうでなきゃ面白くねぇ!」
「さあ、忙しくなりますよプロデューサー。本番まで時間がありませんから」
RE:Genesis、完全復活。
たった二人で始まった無謀な挑戦は、いつしか多くの人々の想いを乗せ、後夜祭ライブへ向けて走り出した。




