15. 世界は彼らを見捨てない
夏祭りが始まるまで、あと三日。
ルミナ・シティ全体が祭りの熱気に包まれ始める中、ボロ家『ひだまり荘』の一室には、時間が止まったかのような静寂があった。
「……暇ですね」
煎餅布団に寝かされたタケルが、天井を見上げながらぼんやりと呟く。過労で倒れてから数日。医務室からは解放されたものの絶対安静を言い渡されたタケルは、布団に縛り付けられていた。
窓の外からは祭りの準備をする太鼓の音や、屋台を設営している人々の声が聞こえてくる。それが余計に焦りを募らせた。
「今の貴様に必要なものだ。とくと味わえ」
隣ではヴァルガンが寝っ転がりながら、古びた魔導書を読んでいた。
時折、ページをめくる音がカサリと響く。「貴様が復帰するまで我も休む」と言い張り、タケルの看病(という名の堂々たるサボり)を決め込んでいた。
「でも、もうすぐ祭りですよ? 上手くいってれば今頃、ステージでリハ……」
「まだ言うか。諦めの悪い男だ」
「……すぐには飲み込めませんよ。もう少しで手が届いたんですから」
「フン。それで無理した結果が、今の有様だろうが」
ヴァルガンは呆れたように鼻を鳴らし、枕元にあった果物──医務室に持ってきたリンゴ──を手に取った。器用に爪で皮を剥き、タケルの口元へ差し出す。
「食え。栄養をつけねば治るものも治らん」
「……はい」
タケルが大人しくリンゴを齧ると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
*
「野郎ども! ヴァルガンとタケルのために一肌脱ぐぞ!」
「おう!」
「待ってましたマスター!」
冒険者ギルド『獅子の牙』、地下集会所。
モンスターの討伐会議や依頼の分配に使われる場所で、ガルドが酒樽の上に仁王立ちして演説していた。
その前には、数十人の冒険者たちがひしめき合っている。彼らはヴァルガンの合宿で地獄を見た若手たちだ。
「教官には世話になったしな。あの時に叩き込まれた『アイドル式戦闘術・回避の極意』のおかげで、ミノタウロスの斧を避けれちまった!」
「プロデューサーも無茶しすぎだろ。見てて危なっかしくてよぉ」
「俺たちが神輿を担いでやらなきゃ、誰がやるんだって話だ!」
荒くれ者たちの漢気に火がついている。
部屋の隅にあるデスクには、いつも通りクールな顔のセレイナがいた。だが、電卓を叩く指は目で追えないほど速く、火花が出そうな勢いだ。
「予算は私が捻出します。まず予備費と修繕積立金を調整。それと、マスターの交際費を全額カットすればなんとかなるでしょう」
「俺の飲み代までやんのか!?」
「当然です。今回は限界ギリギリを狙います」
セレイナが眼鏡をクイッと押し上げる。その奥にある瞳は完全に「推し活モード」に入っていた。
「各種機材のレンタル代、ステージ設営費、ビラの印刷代……もし足りない分があれば私の貯金を崩します」
「なら俺の飲み代はそのままでも──」
「ダメです、やります」
*
街外れの酒場『赤竜のあくび亭』。
まだ昼間の営業時間前だというのに店内は満席。客としてではなく、呼び集められた近隣の商店主や常連たちだ。リザがカウンターの中から檄を飛ばす。
「アンタたち! あの二人がいなかったら、今頃この店や街外れはワイバーンに潰されてたかもしれないんだよ? 恩返しするなら今じゃないかい?」
「あたぼうよ! 俺たちの店も守ってもらったようなもんだからな!」
「祭りの本番には出せなくても、何か手はあるはずだ」
「でも場所はどうする? 祭りの期間中はどこも埋まってるぞ」
リザや常連たちが作戦を立てているところへ、チリンと来店を告げるベルが鳴った。
「おっと、悪いね。まだ営業はしてないんだ」
「メシじゃねぇよ、クソ大事な相談に来たぜ!」
ガルド率いる冒険者部隊がドカドカと店内になだれ込んできた。全員、手に大工道具や資材を持っている。
「ガルド! もしかして……アンタたちもタケルのために?」
「考えてることは同じみてぇだな。ギルドとお前らで力を合わせれば奇跡くらい起こせるだろ! 俺らは力仕事を請け負う、人集めや作戦は任せていいか?」
「ああ、合点承知だよ!」
*
夏祭り実行委員会本部。
本番間近なのもあって、スタッフたちは直前対応で忙しなく動き続けている。そこへガルドとセレイナ、そしてリザという圧の強い三人が乗り込んできた。
「……君たちの言い分はわかった。あの二人のことは、私も惜しいと思っている。だが、公認ではない以上メインステージには出せない。それは規則だ」
「わかってる。だから『夏祭り』には出さねぇ」
困った様子の委員長に対し、ガルドはニヤリと笑って一枚の紙を差し出した。
「祭りが終わってから『後夜祭』をする分には、文句ないだろ?」
「え? それはどういう……」
「頼みがあるんだ。撤収作業を一日だけ遅らせて、会場の隅を貸しておくれ。翌日の夜に、有志による『非公式・後夜祭ライブ』を開催する。もちろん費用も運営も警備も、全部アタシら持ちさ」
「後夜祭を挟めば、撤収作業を二段階に分けて行うことができます。祭り後に慌てて作業する必要がなくなるので、委員会にもメリットのある話かと」
「ふーむ……」
三人の説明を聞いた委員長はしばらく黙って考える。
それからため息をつき、苦笑いした。
「……最近の業者は、どうも手際が悪いらしいな」
手元の用紙に、サラサラとメモを起こす。
そこには「撤収日を一日遅れに変更」と書かれていた。
「公式行事ではないから、私は何も知らないし関与しない。トラブルは絶対に起こさないこと。いいね?」
「おう、任せとけ! ギルドの若い衆が全力で警備するからよ!」
後夜祭の開催が決定してからは怒涛の勢いだった。
冒険者たちが極秘任務と称して、こっそりと会場設営の資材を運び込む。酒場の客たちは、リザの店で夜なべして手書きのビラを数百枚作り上げる。
すべては、あの二人のために。タケルとヴァルガンが蒔いた小さな種は、いつの間にか芽吹き、根を張り、街のあちこちへ枝を広げていたのだ。
世界は彼らを見捨ててなどいなかった。
*
夕暮れ時のひだまり荘。
タケルは静かに眠っており、その隣でヴァルガンは窓の外を眺めていた。風に乗って届くガルドの怒号、リザの笑い声、セレイナの指示を魔王は聞いていた。
(……果報は寝て待て、と言うしな)
ヴァルガンは魔導書を閉じ、タケルの寝顔を見やった。
何も知らずに眠る相棒が、明日どんな顔をして驚くのか。それが今から楽しみで仕方なかった。
「今は休め、タケル。目覚めた時が、本当の祭りの始まりだ」




