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10. 止まることができない理由は「旬」

 ルミナ・シティから馬車で数時間。山岳地帯へと続く険しい街道を、タケルとヴァルガンは歩いていた。

 今日のBランク依頼は『山岳地帯の魔物討伐』。大型の魔獣が出現し、交易路を脅かしているという案件だ。


「あのー……なんでガルドさんまで一緒に?」


 タケルは隣を歩く巨漢を見上げて尋ねた。ギルドマスターのガルドが、攻防兼ねた武器である巨大な盾を担いで同行しているのだ。


「なーに、現場の空気を吸いたくなったんだよ。元冒険者の血が騒ぐってやつだ! 書類仕事ばっかじゃ身体が鈍っちまうからな」

「フン。リベンジマッチの機会を狙っているのだろう。諦めの悪い男だ」


 ヴァルガンが呆れたように言うと、ガルドは「う、うるせぇ! 今日こそ勝つからな!」と顔を赤くした。


「この辺りは、俺が若ぇ頃によく依頼で来たんだ。あの頃は怖いもの知らずでな」


 山道を歩きながら、ガルドが昔話を始めた。


「伝説のドラゴンと三日三晩殴り合った話、したっけか? あと、セイレーンの歌声に魅了されかけて、自分で耳を潰して耐えた話とか!」

(また武勇伝だ……耳を潰すって発想が脳筋すぎる……)


 タケルは苦笑いしながら相槌を打つ。だが、ガルドの話には冒険者としての知恵と教訓が含まれていた。


「タケル。お前、冒険者のランク制度は知ってるか?」

「ええ、ギルドで依頼を受けて覚えました。EからSランクがあるんですよね?」

「ああ。俺は現役時代A、怪我さえなきゃSは狙えた。だが、ランクが高いやつほど『引き際』を知ってる。無茶な依頼を断る勇気があるから、生き残れたんだ」


 それまでの明るいトーンから一転、ガルドは真剣な声色になる。


「いいか、タケル。冒険者ってのは生き残ってナンボだ。どんな強ぇ奴でも、無茶して死んだらそこで終わり。英雄になれるのは、生きて帰ってきた奴だけだ」

「……肝に銘じます」


 *


 現場に到着すると、そこには体長五メートルほどの巨大な熊型魔獣『キラー・グリズリー』が暴れていた。


「グルアアアアッ!」

「出たな。ではいくぞ……ハアアアアアアアアアアッ!!」


 カッ!

 ヴァルガンが口を開くと同時に、超高周波の音波ビーム──スーパー・シャイニィ・シャウト──が炸裂した。音で直接脳を揺さぶられたグリズリーは一撃で気絶し、ドタリと倒れる。


「……デタラメな威力だな。普通の冒険者パーティなら半日がかりだぞ、これ」

「はい、回収作業入りまーす。素材の記録と、ギルドへの報告書と……」


 タケルは魔導端末を取り出し、テキパキと作業を始めた。だが、その動きにはキレがない。グリズリーの写真を撮ろうとしてふらつき、危うく転びそうになる。

 ガルドはその姿を黙って見つめていた。


 *


 依頼完了後、日はすでに暮れていた。街へ戻るには時間が遅すぎるため、街道沿いで野営することになった。

 パチパチと燃える焚き火を囲み、酒盛りが始まる。


「乾杯!」

「うむ」

「……乾杯」


 ガルドとヴァルガンがエールの入ったジョッキをぶつける。タケルはエナジードリンクポーションの小瓶を持って差し出した。


「おいおい、酒じゃなくてそれか?」

「いやぁ、明日も朝から作業なので……アルコールは控えます」


 グビッとエナジードリンクを飲んだあと、思わずため息をついてしまうタケル。


「はぁ~、もう少し近いところに魔物が出てくれれば行き来が楽なんですけど」

「仕方ねぇだろ。『魔力溜まり』がどこにできるかなんて、誰にもわからねぇんだから」

「……なんです、それ?」

「知らねぇのか? 魔物が発生する淀みのことだよ。なんで魔力が溜まるのか、学者もよくわかってねぇんだ。古い文献に『魔王が存在した時代、魔物の発生率は現在の数十倍だった』と書かれていたくらいでな」


 ヴァルガンが肉を焼く手を止めた。一瞬の沈黙。


「魔王の力が世界の魔力を歪めるとか、魔王自身が淀みの発生源だとか、諸説あるらしい。まあずっと昔の話だ、今は関係ねぇけどな!」


 ガルドは豪快に笑い飛ばしたが、焚き火の炎がヴァルガンの顔を不穏に照らしていた。


「……水浴びをしてくる」


 ヴァルガンはそう言って、タオルと着替えを持って立ち去る。

 二人きりになったところで、ガルドの表情が変わった。


「タケル。一つ、聞いていいか」

「はい」

「お前、無理してるだろ」


 直球だった。タケルは答えられず、黙って俯く。


「いいか、俺はお前らを壊すためにノルマを課してるわけじゃねぇ。あれはギルドとしての正式な手続きだ。お前らを認めるために必要な実績なんだよ」

「……わかってます」

「だからこそ言う。夏祭りに間に合わなくてもいいんじゃねぇか? 秋や年末にもイベントはある、チャンスは一回じゃねぇ。このまま身体壊したら全部パーだぞ? 一人のプロとして言わせてもらう──ペースを落とせ」


 これまで過酷な冒険を乗り越え、生き延びてきたガルドだからこそ言える厳しくも親身な忠告。

 だが、タケルは首を振った。


「……ガルドさん。俺、元の世界でアイドルをずっと見てきたんです」

「元の世界……?」

「あ、いや、田舎の……とにかく。長い間見て、一つだけわかってることがあります」


 タケルは焚き火を見つめながら言った。


「旬を逃したら、終わりなんです」

「……」

「今、ヴァルガンには話題性がある。ワイバーン撃破、便利屋の活動、最近の依頼……少しずつ名前が広がってる。この波に乗らなかったら、どうなると思います? 半年後には『そんなやついたな』で終わるかもしれない」


 タケルの声に熱がこもる。それは、今まで見てきたアイドルたちに起きた結末のひとつ。

 頑張っていたのに『タイミングが悪かった』という一点だけで、いつの間にか姿を消してしまった人たちがいる。そのことを知っているからこそ、タケルは必死なのだ。


「秋まで待ったら誰も覚えてない。年末には完全に忘れられてる。そうなってからステージに立っても、見向きもされない。今しかないんです。今、この瞬間しか」


 長い沈黙が流れる。ガルドは酒を飲み干し、空を見上げた。


「……そうか」


 ガルドはタケルの覚悟を悟った。ただの無茶ではなく、プロデューサーとしての計算と執念に基づいた暴走。

 感情的になって無理をしているのなら、一発ぶん殴って目を覚まさせてやるつもりだった。だが、タケルの言っていることには一理ある。だからこそ、止めることができない。


「ちゃんと考えてんだな。馬鹿みたいに突っ走ってるだけじゃねぇってのは、わかった」

「……すみません。心配してくれたのに」

「謝んな。お前の覚悟はわかった。俺も腹を括るわ」


 ガルドは立ち上がりながら言う。


「いいか、タケル。お前が走り続けるって言うなら止めねぇ。だが、いざって時は遠慮なく頼れ。ギルドってのは、そのためにあるんだ」

「……」

「さーて、腹も決まったことだし──俺もちょっくら水浴び行ってくるか! ついでにヴァルガンに挑戦してくるぜ」


 そう言ってガルドが立ち去り、しばらく経ったあと。


 ズドン!!!!


「ぐあああああ! 負けたあああ!」


 地響きと共に、ガルドの絶叫が聞こえた。またしても瞬殺されたのかと、タケルは小さく笑う。だが、その目の奥には止まれない焦燥と、迫りくる限界への恐怖が宿っていた。

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