14. スイレイ郷での再会は最悪の形で
ルミナ・シティから遠く離れた集落、スイレイ郷。
落ち着いた夜の神域で茶をすすりながら、巫女のリンファと龍神ハクロウは言葉を交わしていた。
「新しい舞ですけど、もっとステップを大きくするのはどうでしょう? 村のみんなも手拍子しやすいと思います」
「ふむ……タケルが言っておった『巻き込み』を意識するならば正しいかもしれんな。いっそのこと、儂が派手に踊ってみせるのはどうだ?」
「もう、ハクロウさんは目立ちたがりなんだから」
大宴会を経て活気を取り戻し、村の未来について他愛のない相談を重ねる穏やかな時間。
バキィィィィッ! ドガァァァァンッッ!!
突如、けたたましい破壊音と共に閃光が爆ぜた。
「きゃあっ!?」
「何事だ!?」
ハクロウが咄嗟にリンファを背に庇い、音がした方向へ目を向ける。
そこには、折り重なるようにして幾つもの人影が地面に叩きつけられていた。土煙が激しく舞い上がり、生々しい血の匂いが漂う。
「ぐ、あッ……!」
「全員、無事か……!?」
「タケル!? ヴァルガン!?」
リンファの悲鳴が境内に響いた。
石畳の上に膝をついたヴァルガン。服は無残に裂け、痛々しい傷が刻まれている。だが、魔王は自らの傷など一瞥もくれなかった。
「龍神ッ! 今すぐ結界を張れッ!!」
「な、何を──」
「我の気配を隠蔽するのだ! 追手が迫っておる、猶予がないッ!!」
ハクロウは問答を打ち切り、蒼き角を激しく輝かせて詠唱を始める。
「天蓋水鏡、虚なる深淵!」
龍神の気が放たれ、スイレイ郷全体を覆う巨大なドーム状の結界が展開された。外の世界から郷内の魔力反応を遮断し、中和していく。
「これで結界は問題なかろう。……して、一体何があったのだ!?」
ハクロウの問いに答える余裕のある者はいなかった。
誰も彼もが傷つき、苦しんでいる地獄絵図。
「おい! 寝るんじゃねぇぞゼクス、目ぇ開けろ!」
「はぁ、はぁ……」
ガルドは背負っていたゼクスを下ろす。
彼の両手は肉が裂け、手首から指先にかけて骨の一部が露わになっていた。激痛と失血で、意識が朦朧としている。
「セレイナ、オレの腕を……凍らせて止血しろ……」
「ま、待ってください! そんなことをしたら痛みが──」
「早くしろ……! 死ななきゃそれでいいッ!!」
「……わかりました」
このまま放置すれば、失血死もあり得る。セレイナは覚悟を決めて魔法を唱えると、彼の腕を覆い尽くすように氷が広がっていった。
「ぎ、が、ああッ……!」
凄まじい痛みが走り、顔を歪ませるゼクス。
まともなやり方ではないが、なんとか止血することはできた。
「もう、平気だ……オレより、タケルを……!」
「タケル、大丈夫……!?」
リンファの視線が、ヴァルガンの腕の中へと向けられる。抱きかかえられたタケルの姿を目にした瞬間、彼女の血の気がサッと引いた。
青白くなった肌には、電撃で焼け焦げた跡が見えた。垂れ下がった手足には微塵も力が入っておらず、焦点の合わない瞳が虚空を彷徨っている。
喉から漏れ出るのは、呼吸とすら呼べないかすれ声。胸は浅く不規則に上下しており、タケルの唇が小さく微かに動いていた。
「ヴァル……ガン……」
「タケル、我はここに居る! しっかりしろ!」
ヴァルガンが呼びかけるが、その声は届いていない。
じわり。
タケルのズボンに赤黒い染みが広がって、独特の鉄の臭いが鼻を突いた。
「血尿だと……!?」
ガルドが絶句し、セレイナが口元を押さえて青ざめる。
失禁と血尿、内臓まで致命傷を受けている証だった。
「誰でもよい、タケルを治せ! 早く治癒魔法をかけろ! おい、ステラ!!」
「……ごめんなさい。私が使える魔法は、さっきお話したものです。簡単な治療ならともかく、重症は……」
「ぐ……リンファ、巫女の力でなんとかできんのか!?」
「む、無理……! こんな大怪我をすぐに治すなんて、できない……!」
「ハクロウッ! 龍神の貴様ならできるであろうッ!?」
「……ならん。絶対にできぬ」
「なぜだッ!?」
すがるように見上げたヴァルガンに対し、ハクロウは苦渋の表情で言葉を続ける。
「今、儂の力は郷全域を覆う結界に注がれておる。……これを緩めれば追手に勘付かれるぞ」
「ならば……ならば、どうしろというのだァッ!!」
ヴァルガンの怒号が谺した。
ガルドの持ち合わせている応急ポーションやセレイナの基礎的な止血術では、外傷を一時的に抑え込むのが限界。タケルのように体内を破壊され尽くした状態では、気休めにもならない。
指先一つで大地を割り、軍勢を灰に変え、奪い、壊し、蹂躙する力ならこの世界の誰よりも持っている。だが、壊すことしか知らない魔王の両手には、たった一人の人間を助けるための術など存在しなかった。
「……あ……う……」
タケルの唇から、血の混じった唾液が溢れ出る。
腕の中で、相棒の呼吸が急速に弱まっていく。消え入りそうな蝋燭の炎のように、心臓の鼓動が頼りなく揺らめいている。
「死ぬな……死ぬな、タケル! 我が許さん! 王の命だ、目を開けろォッ!」
初めて知る、絶対的な無力。
かつて勇者に敗れた時ですら、こんな想いは抱かなかった。
「頼む、誰か……! タケルを救ってくれ……!!」
「──誰かを助けるつもりなら、もう少し落ち着きなさい」
涙を流しながらヴァルガンが叫んだ直後、背後から声がした。
「マリアンヌさん……!?」
リンファが呆然と声を漏らす。
疲れ切った様子で眉間に皺を寄せ、肩で息をする聖女がそこにいた。
「長距離の空間跳躍など、二度とするものではありませんね……」
「貴様、まさか……あの神父の差し金か!?」
ヴァルガンがタケルを抱く腕に力を込め、牙を見せる。が、マリアンヌは首を横に振った。
「違います。わたくしはみなさんを助けに来ました、詳しい話は後ほど」
「……なぜ、ここがわかった」
「RE:Genesisがルミナ・シティ以外へ行くとしたら、サザンクロス島かスイレイ郷。二択で迷いましたが、わたくしがこの郷で施した術式に僅かな揺らぎが生じたので賭けてみました」
聖女はゆっくりと歩み寄り、事切れようとしているタケルを見下ろす。
「一か八かでしたが……どうやら、間に合ったようですね」




