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14. 場所・歌・プラン。ライブ準備は大変です

 数日後。タケルと魔王ヴァルガンは、因縁の地──公園へと向かっていた。かつてヴァルガンのレッスンで大騒動を起こした場所だ。

 当然ながら入り口には『筋肉質な不審者、立ち入り禁止』という貼り紙がされていたが、タケルはそれを華麗にスルーした。


「お願いします! ここを使わせてください! 絶対に迷惑はかけませんから!」


 公園の管理事務所で、タケルはカウンターに頭を擦りつける勢いで頼み込んでいた。相手は管理人、強面の老人だ。


「お断りだ。前回の騒ぎで、近隣住民から苦情の嵐だったんだぞ。今日も『またあの筋肉ダルマが来たのか』って早速相談が来たくらいだ」

「そこをなんとか! 音量は絞ります! 破壊活動もしません! ただ歌うだけなんです!」

「歌うだと、あの騒音公害で? 殺す気か?」


 管理人は頑として首を縦に振らなかった。当然だ、彼にとってヴァルガンは災害以外の何物でもない。ヴァルガンは無言で一歩前に出た。威圧するのではない。彼は静かに、深々と頭を下げたのだ。


「頼む。この通りだ」


 その声には、かつての傲慢さは微塵もなかった。あるのは、ただ一つの場所を求める切実さと、タケルの努力を無駄にしたくないという意思。


「……そこまで言うなら、公園の掃除くらいやってもらおうか。口先だけじゃないって証明してみろ」

「……! はい、もちろんです!」


 *


「魔王様、掃除なら俺一人でも……」

「我もやるのが筋だろう。ステージに立つのは貴様ではなく、我なのだからな」


 タケルとヴァルガンは、管理人から受け取った用具で公園掃除を始めようとしていた。ステージに立つアイドル本人に手伝わせるのはどうかと思い、タケルはやんわりと自分だけでやると言ってみるがヴァルガンは手伝う気満々だ。


「じゃあ、分担しましょう。池のどぶさらいは俺がやるので、落ち葉や汚れ拭きは魔王様がお願いします」

「任せておけ。我の魔法で風を巻き起こせば一瞬で──」

「ダメです! 今回は! 丁寧に! 真面目に! 公園を使ってる人たちに影響がないようお願いします!!」

「ぬう……面倒だが仕方あるまい」


 ヴァルガンは渋々、ほうきを使って掃除を始めた。超ムキムキのゴツい男が、パツパツのジャージを着て公園の掃除をしている謎の光景。

 公園にいた人々や鳩は若干警戒したが、今回は歌ったり暴走する気配はないと判断したようで逃げたりはしない。


「よし、これで大丈夫……こっちもやってしまおう」


 池の中に入り、タケルはどぶさらいを始めた。スコップを池の底に入れて持ち上げると、ずしりと重さが伝わってくる。


「うわー、結構溜まってるなぁ。これは時間かかりそうだ……うわっぷ!?」


 持ち上げたスコップに魚が入ってしまい、飛び跳ねた影響でタケルの顔面にどぶがべたりと付いた。土や汚れに妙な水の匂いが混ざる、独特の臭さが広がっていく。


「……くそっ、負けてたまるか! 頑張って、ステージとして使わせてもらうんだ!」


 *


 それから数時間後、掃除を終えた二人は管理人に改めて声をかけた。タケルはどぶさらいを続けたせいで、あちこち汚れだらけになっている。


「お待たせしました、ちゃんと掃除を終わらせました! みなさんの迷惑にならないように片付けましたが……どうでしょうか?」

「……」


 管理人は険しい顔をしながら一つずつチェックしていく。

 落ち葉は一箇所に集められており、遊具の汚れもキレイに落とされている。池のどぶはゴミ捨て用の紙袋に詰められ、すぐ処理できる状態。濁っていた池は、魚の姿が見えやすくなっていた。

 はたして、これで納得してもらえるだろうか。タケルは緊張した面持ちで手を握り、管理人の言葉を待つ。

 管理人はタケルの泥だらけの顔と、真剣な眼差しをじっと見た。かつての騒音男の連れが、ここまで必死になるとは思わなかったのだろう。


「……チッ」


 管理人は舌打ちをし、ガシガシと頭を強く掻いた。


「壊すなよ? ベンチ一つでも傷つけたら、即刻叩き出すからな」

「……! ありがとうございます!」


 タケルは飛び上がらんばかりに喜び、ヴァルガンも小さく「感謝する」と呟いた。


 *


 場所は確保したので、次はステージ設営。といっても、予算はない。

 タケルは近くの商店を回り、木箱や廃材を貰ってきた。それらを並べて補強し、布を被せて即席のお立ち台を作る。照明は、雑貨屋で買った安物の発光石を空き缶の中に仕込んでスポットライト風に加工した。


「見事な工作技術だな」

「オタクの必須スキルですよ。推しの祭壇を作るのに比べれば、これくらい朝飯前です」


 タケルは汗を拭いながら笑った。ステージの準備をある程度進めたところで、次は作戦会議だ。タケルがボロボロのノートを開くと、そこにはびっしりと書き込まれた分析データとプランが記されている。


「前回失敗した原因は、キャラと曲の不一致に尽きます」


 反省を踏まえた上で、タケルは必死にこの街の流行と背景を調査し続けていた。自分の食費を切り詰めて何度も図書館に通い、その中でヴァルガンにとって最適と言える選択肢を見つけだすために。


「魔王様の武器は渋さや重厚感、そして哀愁です。たとえ流行っている曲だとしても、魔王様の雰囲気に合わなければその武器を殺してしまいます。今回は、貴方の持ち味を120%引き出す選曲をしました」


 そう言ってタケルが提示したのは、古い楽譜だった。


「図書館で見つけたこの曲……『灰色のバラード』です。遥か昔から伝わる吟遊詩人の曲ですが、様々なアレンジをされて定期的に歌われている、人々に馴染みある歌です」

「我も知っている。戦乱の世に散っていった友を悼む歌だ」

「そうです。歌詞の内容は喪失と孤独、まさに今の貴方にピッタリです。コンセプトはズバリ、『傷ついた男の背中』です! 今回は他の曲はやらずに、この一曲を完璧に仕上げるという方針でいきます」


 ヴァルガンは歌詞の書かれた用紙を見つめた。「もう戻らない日々」「灰色に褪せた誇り」……その言葉の一つ一つが、今の自分の境遇と重なり心に染み入ってくる。


「ふむ……これなら、魂を込めて歌えそうだ」

「次は演出プランですが、激しいダンスは封印します。ステップを意識して、歌が疎かになっては本末転倒です。今の魔王様ならどこかに特化したアプローチの方が刺さりやすくなるはず。今回は『レス・イズ・モア』の精神で行きます」

「れす・いず・もあ……?」

「少ないほど豊か。つまり、動かないことで存在感を際立たせるんです。基本は直立不動、歌一本で勝負です」


 タケルは身振り手振りをしながら説明を続ける。


「サビで眉間に皺を寄せる。遠くを見る。マイクを愛おしそうに撫でる……これだけです! 余計な動きはノイズになります。貴方がそこに立っているだけで『画』になる、それを信じてください!」

「なるほど。不動の構えで、敵を圧倒するわけか」

「敵じゃなくて観客です」

「よかろう、貴様のプランを信じよう」


 *


 その夜。ボロ家『ひだまり荘』の一室。ヴァルガンは布団に入り、寝息を立てる……フリをしていた。部屋の隅ではタケルが小さな魔導ランプの明かりだけを頼りに、作業を続けていた。

 ライブの成功確率を上げるために、ひたすら資料を用意する。事前のリハーサル手順、人を呼び込む流れ、ライブを始める前のMC……。


「……絶対に成功させる」


 タケルの独り言が、静寂に溶ける。


(あんな惨めな思いは、もう二度とさせない。彼は『魔王』なんだ。誰よりも強く、誰よりもカッコよくあるべきなんだ……!)


 タケルの目は充血し、眠気で頭がカクンと揺れるがそれでも手は止まらない。推しを輝かせるためなら、自分の身を削ることなど厭わない。それがプロデューサー、そしてオタクの生き様だからだ。


(やりきれ……! じゃなきゃ俺は、ずっと空っぽのままだ……!)


 ヴァルガンは、薄目を開けてその背中を見ていた。小さく頼りない背中。だが、そこから放たれる熱量は、かつて対峙したどんな勇者よりも熱く眩しかった。


(……フン。意味のわからん男だ)


 ヴァルガンは心の中でそう呟き、目を閉じる。しかし、その胸の奥には今まで感じたことのない温かい何かが灯っていた。


 *


 翌朝。タケルは目の下に立派なクマを作って起きてきた。


「おはようございます魔王様! 昨日の案を練って、さらに完璧なプランができましたよ!」


 疲労困憊のはずなのに、その笑顔は晴れやかだった。テーブルの上には、最終調整された進行表が置かれている。

 ヴァルガンはそれらを手に取り、じっと見つめた。ヴァルガンでも理解しやすいようにまとめられた資料。照明のタイミングや客へのアピールまで計算された歌詞カード。ここには、タケルの想いが詰まっている。


「……軍師よ。貴様はただの道化ではなかったようだな」

「え?」

「よかろう。その策、全て我の血肉としてくれよう。……我をここまで本気にさせた責任、取ってもらうぞ」

「はい! 喜んで!」


 タケルは満面の笑みで答えた。ヴァルガンは立ち上がり、テーブルの上にあったタケルが入れた安物のコーヒーを手に取った。冷めているし、味も薄い。だが、ヴァルガンはそれを一気に飲み干した。


「……いい味だ」


 それは、彼なりの最大の賛辞だった。二人の間に結ばれたのは、言葉以上の絆。最強のユニット『RE:Genesis』は、ついに真のスタートラインに立ったのだ。

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