15. 本当のアイドルにするための魔法
ライブが迫った深夜。ボロ家『ひだまり荘』の静寂の中、聞こえるのはタケルが悩んで唸る声だけだった。
机の上には魔王の衣装であるパーカーと革パンツ、そしてチョーカーが広げられている。タケルは眉間に皺を寄せ、ずっと考え続けていた。
「……違う。このままだと、ただの世紀末の荒くれ者だ」
そう、今の衣装では何かが足りないと感じていたのだ。素材の味を活かす方針は変えない。だが、このままだと素材が剥き出しすぎて、粗野に見えてしまう。
アイドルにはどこか非日常感が必要だ。庶民的な親しみやすさと、手の届かない空気。その矛盾する二つを同居させなければならない。
「もっとスター性が必要なんだ……!」
改善点は理解しているが、今ある素材ではどうしても足りない。そう判断したタケルは、頭の中で女神ルミナスに呼びかける。
(おい、ルミナス。聞こえてるか? 大事な頼みがあるんだ!)
『んー? ちょっと、寝る前に通話やめてよ~……手短に済ませてよね』
気だるげな声と共に、視界の端に小さなウィンドウがポップアップした。映し出されたルミナスは、顔に保湿用パックを貼っており格好もパジャマ……寝る準備万端だ。
(大丈夫だ、用件はすぐ終わる。魔王のライブ用衣装が必要だから、服を送ってもらえないか? 服が難しければ、何か素材だけでもいい!)
『はぁ? また? ……別にいいけど、リスクは理解してるんでしょうね』
(リスク……?)
『少し前にあんたが送ってくれと頼んだファッション雑誌、あったでしょ。あれ、どうやって届いたと思う?』
(どうって……お前が送ったんだろ?)
『違うわ。正確には、あんたが『元々持っていた』ことにしたのよ』
ルミナスは真面目なトーンで言葉を続ける。
『この世界に存在しないものを出現させると、世界の理に矛盾が生じるの。だから『召喚前からタケルの荷物に入っていた』という因果に書き換えて、辻褄を合わせてるわけ』
(因果の書き換え……そんな大層なことしてたのか)
『当然、タダじゃないわ。サービスの衣装チケットは『勇者への支給品』区分だから世界が自動で受け入れる。でも、あんたのワガママは正規ルート外。だから、書き換えた因果をあんたの魔力を使って無理やり世界に馴染ませるしかないの』
(つまり、この世界に嘘をつく代償を俺の身体で払うってことだな?)
『そ。服みたいに存在感があるものは、負荷が大きいからやめておきなさい。ただでさえ雑誌の分で魔力が減ってるんだから。もし魔力が尽きたら良くて数日間気絶、運が悪ければショック死よ?』
安全に活動するのなら、何も頼まないのが正解だとタケルは理解した。
だけど。
(わかった。じゃあ、小さいものならいけるってことだよな? 金色の刺繍糸と裁縫セット、それと百均で売ってそうなライトストーンを送ってくれ)
『私の話、聞いてた? そもそも、あの魔王は──』
(覚悟はできてる。アイドルを輝かせるのが俺の仕事だからな)
『……』
タケルの言葉を聞いたルミナスは、はぁ……とため息をついた。
『わかったわ。あんまり無茶するんじゃないわよ、あんたが倒れて魔王が暴走したら困るんだから。それじゃ』
ルミナスのウィンドウが閉じると同時に、机の上にスッと箱が現れた。箱を開こうと立ち上がり──
「ぐっ……!?」
頭に激痛が走る。ふらついて立っていられなくなり、そのまま座り込んでしまうタケル。口元が濡れる感覚がする。触れてみると指が赤く染まった、鼻血だ。
(なるほど……こりゃ、確かに連発するわけにはいかないな……)
鼻に紙を詰め、ゆっくり深呼吸をする。気分が落ち着いてから、改めて箱の中身を確認。
ルミナスに頼んだ通り金色の刺繍糸と裁縫セット、そしてたくさんのライトストーンが入っていた。チープな素材。だが、これをどう組み合わせるかがプロデューサーの腕の見せ所だ。
「まずは背中だ。ここが一番目立つ」
タケルはパーカーの背面に、ペンで下書きをした。
『RE:Genesis』
再創世。復活。その文字を金色の糸で一針一針、丁寧に刺繍していく。
ミシンなんて用意する金などあるわけがない、送ってもらった裁縫セットを使ってすべて手縫いだ。
「いっ……」
慣れない作業に何度も指を刺し、血が滲むたびに絆創膏を貼っていく。痛いし、眠いし、目が霞んでも手は止めない。
(……俺のワガママで召喚された、本来なら世界を支配する魔王)
タケルの脳裏に、これまでの光景が浮かぶ。レッスンを重ね、少しずつアイドルらしくなったこと。馬鹿にされながらビラを踏みつけられ、それでもじっと耐えていたヴァルガンの背中。あの時、何も言わなかった。タケルの指示に従い、一緒に頑張ってくれた。
(魔王が俺を信じて、頭を下げてくれているんだぞ? だったら……!)
タケルはギリッと奥歯を噛み締めた。
(だったらプロデューサーの俺が、最高のステージを用意しなくてどうするんだよ! じゃなきゃ、俺は本当の意味で嘘つきになっちゃうだろ!!)
責任を取るための意地。タケルの手つきに熱がこもる。
次は首輪の加工だ。チョーカーの見栄えがオシャレになるよう、小さな模造宝石を埋め込む。本物の宝石ではないけれど、照明が当たれば十分に光るはずだ。
怖さをゴージャスさへ、暴力を魅力へ。
深夜の六畳一間で変換作業が行われていた。
*
チュン、チュン……。
鳥の鳴き声と共に、朝日が差し込む。タケルは机に突っ伏して、気絶したように眠っていた。その手には、まだ針が握られたままだ。
扉が開き、魔王ヴァルガンが起きてきた。彼は大きなあくびをして、ふと机の方を見た。そこには完成した衣装と、力尽きているタケルの姿があった。そして、その指先に巻かれた無数の絆創膏。
「……」
ヴァルガンは無言で近づき、衣装を手に取った。パーカーの背中には、歪ではあるが力強く『RE:Genesis』の文字が金色に輝いている。チョーカーのガラス玉は、朝日を受けてキラリと光った。
決して高級品ではないし、プロの仕立てでもない。ヴァルガンが静かに袖を通すと、サイズは驚くほどピッタリだった。
「……重いな」
かつて着ていたフルプレートアーマーより遥かに軽い布が、どんな鉄塊よりもズシリと肩に響いた。
ヴァルガンは鏡の前に立つ。映っていたのはステージという戦場へ向かう、一人のアイドルの姿。鏡の中の自分に向かって、ニヤリと笑った。
*
「ん……うぅ……」
タケルが目を覚ました。変な体勢で寝てしまったせいか、首が痛い。
「はっ! 衣装! ……あれ?」
机の上にあったはずの衣装がない。タケルがキョロキョロと辺りを見回すと──
「起きたか、軍師」
部屋の中央にヴァルガンが仁王立ちしており、その姿を見たタケルの息が止まった。パーカーから覗く筋肉質な胸元。首元で光るガラスの輝き。そして背中には、金色の刺繍。
「どうだ。戦場へ出るに相応しい装いか?」
ヴァルガンが裾を翻して見せる。タケルは寝ぼけ眼をこすり、改めて見上げた。
「……はい。最高にカッコいいです。間違いなくセンターのオーラあります! これなら、誰にも負けません!」
「当然だ。我を誰だと思っている」
ヴァルガンはニッと笑い、拳を突き出した。タケルも立ち上がってその巨大な拳に、自分の拳を合わせる。コン、と軽い音が響いた。
*
「よし、出発しましょう!」
二人は意気揚々と外へ出た。ボロ家の軋むドアを開け、外の世界へ。今日こそが、伝説の始まりの日だと確信していた。
しかし。
「……ん?」
タケルは空を見上げて足を止める。昨日までは天気が良く快晴だったが、今日の外の空気は妙に湿っていた。そして、遠くの空──公園のある方角に、重苦しい雨雲が広がっていたのだ。
(まさか、運に見放されてしまったのか?)
タケルの胸に、一抹の不安がよぎる。だが、もう引き返せない。準備は全て整えた。あとは、やるだけだ。
「行きましょう、魔王様。雨だろうが槍だろうが、俺たちの歌を止めることはできません!」
「うむ。全軍前進だ!」
二人は黒い雲の下、決戦の地へと歩き出した。




