5. ゼウス様とプロメテウスの企み(2)
酒や食べ物、杯を持ってきて準備が整うと早速、炉で肉を焼こうとポセイドンが皿に盛られた身をバラし始めました。
「なっ、なんだこれは?!」
「どうなっているの?」
「そんな……っ!中身が!!!」
脂肪の付いた身を解してみると、中には牛の骨ばかり。
「もうひとつのお皿はどうなってるのかしら?」
姉で豊穣の女神・デメテルの問いに、ポセイドンがすぐさま胃袋を解体し始めました。胃袋から取り出された牛の皮の中に包まれていたのは、牛の肉と内蔵。どれも美味しそうな身の部分です。
「あっ……アイツ!! 俺たちを騙しやがった!」
「これではわたくしたち神の取り分は悪い部分ばかりですわ」
こうなると先程の話が逆転してしまいます。
人間の方へ肉や内蔵、牛皮と言ったいい部分が、神の方へは何の役にも立たない骨ばかりではありませんの!
1度決められた運命を変えることなど、いくら神と言えども出来ません。
みんながプロメテウスに悪態を付き怒り狂っていると、ゼウス様が落ち着いた様子で声をかけてきました。
「みんな、一体何をそんなに騒いでいるんだい?」
「何をって……見れば分かるだろう?! プロメテウスがお前を欺こうとこんな事を!!」
「ふふっ、やだなぁ。僕はちゃんと脂身と骨を選んだんだよ」
頬杖を付きながらゼウス様はケラケラと笑っています。あんまりな出来事におかしくなってしまったのでしょうか。
「ちゃんと……? とは一体どういう事でしょうか?」
「肉と内蔵が良い部分かって? よく考えてご覧。そんな部分はすぐに醜く腐って消えてしまうものだよ」
ゼウス様の答えにみんなが「あっ……」と気付きました。
「骨は焼いても埋めても、永久に残り続ける……」
「そう。変わることなく永久に不滅の存在。それが僕達神と人との違いさ。人間は供物を捧げる度に、運命の違いを見せつけられる事になるんだよ。面白いだろう? 僕達は脂が焼けて立ち上ってくる香ばしい香りを天界で嗅いで楽しめばいいのさ。最高の酒のつまみだね」
「ぶはっ!! こりゃあ飛んでもなく愉快だな! 流石は我が弟、見事な配分だ」
ポセイドンがバンバンとテーブルを叩いて喜んでいると、みんなも一斉に笑いだしました。
ゼウス様、素敵すぎますわ!
あの知恵者と名高いプロメテウスを上回るなんて!!!
「それでゼウス様、プロメテウスをどうするのかしら? わざわざ見えないように骨や肉を包んでいたという事は、あの者は貴方を騙そうとしたに決まっているわ」
美と愛の女神・アフロディテが金色に波打つ髪をさらりと背中の方へと流しながらゼウス様に問い掛けます。こんな何気ない動作ですら、男達はゴクリと唾を飲み込んで魅入ってしまっているのですから、ちょっぴり腹立たしく思ってしまいます。
「そうだねぇ。彼にはちゃーんと報いを受けてもらわないと」
ゼウス様が悪いお顔で、ペロリと唇を舐めました。こんな時までなんて素敵に見えるのかしら。
「みんなはどうするのがいいと思うかな?」
「足に重りでもつけて海に沈めるか?」
「あらポセイドン、プロメテウスのような男は肉体的苦痛よりも精神的苦痛の方が余程堪えると思うわよ」
「……そうね。アフロディテの言う通りだわ。それなら人間から、これまで無限に与えていた大地の恵を取り上げてみてはいかがでしょう? 人間贔屓のプロメテウスは、自分のせいで人間が苦しむことになるのは屈辱的じゃないでしょうか」
「デメテルの姉貴、それでは人間は簡単に死んでしまうだろ?」
「ええ。ポセイドンの言う通り、取り上げるだけでは人間はあっという間に居なくなってしまうので、自分で大地を耕して作らせればいいのです。肉を食べたいのなら自分達で飼って育て、住む場所が欲しければ建てればよろしいかと」
人間達はこれまでずっと、大地から欲しいままに食べ物や住む場所を与えられて、娯楽だけ、楽しい事だけをして生きていました。デメテルお姉様は人間に辛い労働を課すように提案しているのですわ。
「いいね、デメテルの案に乗ろう。ただ、それだけだと決定打に何か足らないなぁ。もっとこう、ガツンと来るやつないかな?」
ふーむ、と皆で考えておりますと、ヘスティアお姉様が静かに杯にネクタルを注いで回っています。
ヘスティアお姉様はわたくし達兄弟の中で一番最初に生まれた神。とっても物静かで温厚な性格をしていて、炉を司っていますのよ。
え? 炉なんてまた地味な物をですって?!
何をおっしゃるのかしら。
お料理をしたり、暖を取ったり、炉は家庭の中心でしょう? 炉の火を絶やすことのないよう、オリュンポスの平和を守る大事な役割を担っているのですわ。
あら、なんだか脇に逸れてきちゃいましたね。話を戻しましょう。プロメテウスの心を打ちのめすために、どうしたら人間達の運命を過酷なものに出来るのか、でしたわね。
えーと、えーと……んん?!
今、ポセイドンの杯にネクタルを注ごうとしたヘスティアお姉様の手を、意味深な視線を送るポセイドンの手が触れましたわ。
全く、ポセイドンったら。今度はヘスティアお姉様にちょっかいをかけようとしているのね。
この弟はすぐに色んな女性に手を出すんだから。
じゃなくて、えーと……炉……火……大事なもの…………
ああ!! これですわ!!!
「ゼウス様、地上から火を取り上げてみると言うのはどうでしょうか?」
「火……? ああ、それは名案だね! 火を自由に使うことが出来なければ、人間など獣とそう変わらない惨めな生活をおくることになる、という事だね?」
皆様もこれでヘスティアお姉様がいかに大事な存在か分かるでしょう?
煮炊きも出来なければ寒い日に暖をとって暖まることもできず、夜目が効かない人間は夜には闇に怯えて過ごさなければならないのですわ。
「さすがは僕の妻だ。素晴らしい案だよ」
頬にチュッとキスが落ちてきました。
きゃあああああああぁぁぁっっっ!!
ほっ、褒めて……ゼウス様に褒めて頂きましたわ……。
向こう100年はこの幸せな気分だけで生きていけそうです。
神話メモ....〆(・ω・。)
アフロディテの英語名はヴィーナス。こちらの方がピンとくる方多いのでは?あの貝殻の上で恥部を隠した女性の絵画「ヴィーナスの誕生」で有名な神様です。
ついでに虹の女神イリスの英語名はアイリスです。こちらも英語名の方が有名ですかねー。




