4. ゼウス様とプロメテウスの企み(1)
今日はゼウス様がプロメテウスと約束をしていた日で、オリュンポスにある神殿には多くの神々が集まっております。
まずプロメテウスが何処のどなたかと言うと、前に話しました天空を支えている怪力男アトラスの弟ですわ。彼の兄は父クロノス側に味方しましたけど、彼自身はゼウス様側に味方をして下さいましたの。
事の発端は先日の宴で、ゼウス様が「人間と神との違いをもっと明確にしよう」と仰ったことから始まります。
もちろんこれにはわたくしは勿論のこと、他の神々も賛成しましたわ。だってゼウス様が王座についた頃にいた、今より1つ前の種族『白銀の種族』も、ゼウス様がお創りになった『青銅の種族』もイマイチなんですもの。
あっ、いえ、ゼウス様の事を批判しているのではありませんわ!
悪いのはゼウス様ではなく人間。
あいつらときたら……
まず銀の種族は成長がゆっくりで、大人になるまでに百年くらいはかかりました。おまけにわたくし達神を祀ることも拝むことも無いものだから、ゼウス様に滅ぼされてしまいましたの。あんな不届き者達は居なくなって当然。ざまぁ、ですわね。
次の青銅の種族は馬鹿力で粗暴なヤロウばかり。戦争ばかり繰り返してなにをしているんだか……。呆れてモノも言えません。
最大の難点はこの人間達と神との境い目が曖昧なこと。
そこでゼウス様は自身が支配するこの世界に秩序をもたらすために、人間と神との運命の違いを定めようとなさった。という訳ですわ。
さてどうやってその違いを区別しようかと皆で思案しているところに、プロメテウスが「私にやらせて下さい」と申し出て来ましたの。
父や兄と違ってゼウス様に味方をしたんですもの。賢く先見の明を持つプロメテウスならと、ゼウス様も承諾しました。そしてそれが今日、これから開かれる会議という訳です。
一体彼がどんな手を使って、両者の運命の違いを分けるのか楽しみですわ。
イリスを伴って広間に入りゼウス様の隣に座ると、ニコリと微笑みかけて下さいました。
「体調は大丈夫かい?」
「ええ、良好ですわ」
わたくしのお腹には既に2人目の……えーと、1人目の子供を身ごもっております。
少し膨らんできたお腹をゼウス様が優しく撫でていると、プロメテウスが布が掛けられた大きなお盆を持って広間へと入ってきました。
「ゼウス様、お待たせ致しました」
「さあプロメテウス、君は一体どんな方法を使って人間と我々神との区別をつけるのかな?」
集まった神々が注目する中、プロメテウスはテーブルに置いた盆にかけていた布を取り払いました。
すると、ぷんと生臭い匂いが部屋へと広がります。思わず顔をしかめる女神達とは打って変わって、ゼウス様は眉根ひとつ動かさずに、いつもの微笑みを浮かべたまま。さすがですわ。
「これは牛の肉かい?」
「左様でございます」
神々が見つめる先にはふたつの大きな皿。そこには牛の肉がのっています。
ひとつは美味しそうな脂がたっぷりとのった身が、もうひとつには……あれは牛の胃袋でしょうか? パンパンに詰め込まれた胃袋からは食べられもしない牛の皮がはみだしています。なんであんなものを??
「ここへ来る前に、私が牛をバラして分けて参りました。一方の部分を我々神の取り分に、もう一方の部分を人間の取り分にすれば、曖昧だった神と人とをハッキリと分けるとこが出来ますでしょう?」
「どちらの肉を神の取り分にするかを、僕が決めていいって事かな」
「はい、最高神でいらっしゃるゼウス様がお決め下さい。貴方様の選択なら、誰も文句は言えないでしょう」
へぇぇ、なるほど。さすがはプロメテウス、知恵者ですわね。よく考えましたわ。
なんでこんな事で神と人とを分けられるのか、ですって?ああ、皆様日本語を話すので分からないのですわね。
ギリシャ語で「取り分」とか「割り当て」を「モイラ」って言うんですの。感の鋭い方ならもうお分かりになるでしょう。
ゼウス様と前妻テミス様との子供で、運命の三女神モイラ達が居ると言うことは前にお話した通り。
モイラとは運命。
この世ではそれぞれに取り分や割り当てというものを持っているのです。そしてそれは、絶対に守らなければならない、決して免れることの出来ないものですわ。
取り分を選択すると言う事は、運命を定めるという事に他なりません。
プロメテウスは神と人の運命を、ゼウス様に選択なさるように言っているのです。
会議に参加する全ての神々がゼウス様の選択を、固唾を飲んで見守っています。
この選択1つで、両者の運命が大きく変わるんですもの。
わたくしなら……そう、あの脂肪がたっぷりの美味しそうな身の部分を選びますわね。
だって胃袋に詰め込まれているのは皮じゃない。美味しくもなんともないわ。
いい部分、いい運命をゼウス様はわたくしたち神々の取り分として選んでくださるはず。
「プロメテウス……本当に君は賢いな。こんな不公平な配分をするなんて、悪い男だ」
喉を鳴らして笑うゼウス様を見てプロメテウスもまた、にっこりと笑い返してみせます。
「さあ、どちらになさいますか」
「それならこちらの肉を我々神の取り分としよう」
やっぱり。
ゼウス様は迷いなく脂肪がたっぷりとついた身の乗った皿の方を指さしました。
「本当にこちらでよろしいのですね?」
「ああ、男に二言は無い」
「運命は下されました。これで私たち神と人間の境い目はハッキリとしましたね」
「モイラ達、いいね?」
会議に参加していた運命の三女神・モイラ達がそれぞれに頷き合います。
「「「はい、ゼウス様。確かにこの運命を定めました」」」
この瞬間から人間達が神へ供物を捧げるときには、美味しい脂ののった身の部分はわたくし達神へ、残った訳の分からない胃袋と皮の部分は人間たちが利用していいことになりましたわ。
まあ、胃袋も食べられると言えば食べられますし、皮だって利用できないこともありませんから良いんじゃないのかしら。まだ利用できる部分を分けて貰えるだけ、慈悲深いでしょう?
「そうだね。せっかくだ、この肉で今から祝いの宴を開いてプロメテウスの叡智に乾杯しよう」
「まあ、それは良いですわね! すぐに支度を致しましょう」
宴の準備をしようと皆がいそいそと立ち上がったところで、プロメテウスが首を振りました。
「私はこれから用事がありますので、これで失礼させて頂きます。皆様でどうぞお楽しみ下さい」
「あら、そうなの? 残念ですわ」
プロメテウスはもともと宴の席は好きではないようです。これまでもあまり参加してこなかったので、皆も無理強いはしません。「失礼します」と去っていく彼を見送って準備を進めます。
…………去り際に、プロメテウスがどことなくニヤリとほくそ笑んだような気がしたのは気のせいでしょうか。




