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すぐそこ

 

 目的は魔王に一発入れてから人間をこの世界から一掃する事。だから俺自身は殴れたらそれでいい。そこ後の世界がどうなろうと俺には関係がないのだ。


 だがしかし、そのシナリオ。それが奴らの書いた筋書き通りというのなら面白くねぇ。ここで俺の人生が終わる事は想定済みだったが、予定変更だ。クククッ、盛大に邪魔してやろうじゃねぇか!



「お前ら! イェルサの本性については思い出せたか?」



 目覚めたばかりの5柱の聖獣達。獅子、鹿、鷲、亀、竜。何故自分達が魔王を封印した後も国に留まり続ける事になっているのか、国の守護をし続けるのか。それすら忘れているのだとしたら、イェルサへの印象は最悪よりも最悪。地の底についても尚掘り下げる勢いで最低を更新中だ。

 俺の中のイェルサはさっきから〝違う! 私の所為じゃない!〟など叫んでいるが五月蝿い。黙ってろ!



『……』


『どういうことだ』


『……イェルサは、儚く可憐で』


『思いやりがあって、人にも精霊達にも優しく、悪しきモノにすら慈悲を与えるような、そんな……』


『まさか……、記憶を操作されているのか』



 信じられないと言わんばかりに目を大きく開き、己の記憶とそれの違和感を確かめるようにして口にする。

 曰く、優しく可憐で? 思いやりがあって。弱きものに手を差し伸べる? 慈愛に満ちた聖母のような女性。



「ハッ! どんだけ猫被ってんだ、どれだけ自分をよく見せたいってんだよ。性悪」


 〝違う!! そんなつもりなんかなかった!〟



 つもり、ねぇ? そんなつもりなかったから許される? それって人殺してもそんなつもりなかったから許してって言ってるようなもんだろ。お前。俺達に向かって本当によくそんな事言えるな?


 〝本当に違うの、一緒にあの方といたいだけなの! たったそれだけなのよ!〟


 たったそれだけ。

 そうだな。たったそれだけだ。一緒にいたい、傍にいたい。俺には理解したくもないが好いた者同士はそうなのだろう。恋人、夫婦、愛する者を見つめる瞳は輝きを放っていた。互いを見つめる瞳には熱が篭っていた。


 だけど忘れるな。



「お前のその感情すら、俺達には持つことすら出来なかった。許されなかった。一緒にいたいだけ? ハッ! それ自体、俺達にとってどれだけ贅沢な事か未だにわからないのかよ」



 反吐が出る。愛だの恋だのくだらない……!

 お前たちの勝手で、どれだけの俺達が苦しみ惨めに死んでいった事か!



『……どういうことだ、これは。記憶が、操作されているというのか?』


『まさか……イェルサが?』


『王よ……貴方はそれでも変わらず』


『イェルサを愛し続けているのですね……』



 聖獣達の記憶が本来のものに戻ったようだ。なら話は早い。



「今魔王はシリル王国の『黒持ち』であるリズと抗戦中だ。俺は魔王をぶん殴った後俺の中にいるイェルサ(性悪)の魂を消滅させる。その後魔王が狂って世界を滅ぼそうとも、お前達が魔王を止めるのも自由! 俺がお前達に求めるのは俺が魔王に一発入れてこの性悪の魂を消滅させるまでの間に時間を稼ぐ事だ。お前達の意見は要らん、従え」


『貴様っ!』


「拒否権はない。遅かれ早かれアレが呼び出されたらそれこそ世界の崩壊の始まりだ。勿論、お前達も道ずれに、な」



 クッハハハ! 世界の終わりの始まり……! あぁ、求めていた物がすぐそこにあるなんて……!


 奴らのシナリオ通りになるのは御免被るが、役者としては不足なし! むしろ手に余る程だ。それを自在に出来ると思っているあのクソ共に向けれたら……フッフフ! フハハハ! アーハッハッハッ!



「聞け! 王太子を生贄に『魔神』が降臨する!! かつて精霊王であるこの世界の創造主を創り出した真の創造主! クルム神だ! 神は人間に対して慈悲など持たない! この世界は無に帰すんだよ!!」



 クレプス教の唯一絶対神であるクルム。俺はその神をかつての精霊王だと思っていた。そう勘違いしている教会上層部は多いだろうが、教皇やそれに近い人物なら正しく認知されているはず。


『魔神』クルム。

 無から生まれたとされる全ての始まりの神。


 クレプス教の悲願はそのクルムをこの世界に降ろす事。その強大な力をもって世界を手にする、なんて浅ましい考えを持った愚か者がいた者か。代々の教皇がそれを目的に魂を集めていたなんてな。フッ、馬鹿な筆頭は教皇かよ。


 いずれにせよ、魔王の復活に続いて魔神の降臨ともなればこの世界は終焉を迎える。

 人如きが神を従えるなど愚かな考えだ。是非とも真っ先に教会のクソ共を殺してもらいたい。



『アデルが生贄とはどういうことだ!? 今、今アデルはどこに居る!?』



 こいつはシリル王国の聖獣ゼーレ。金の毛並みを逆立てて怒りを露わに俺に向かって牙を剥く。俺はこいつと王太子の関係などに興味はない。



「俺はこの世界が滅ぼうがどうでもいい。むしろ人間は滅亡してしまえと思っている。よって魔王がこのまま人を滅ぼそうと、魔神が世界を破壊しようとどうでもいい。魔王の野郎に一発入れたらその後は大人しく死んでやる。だが、魔王は強大だ。人でしかない俺では殴るにも苦労する。お前達は魔王を止めたい、魔神の降臨を阻止したい、だろう? お前らが魔王を止めている間に俺はあの野郎をぶん殴る。その後イェルサを消滅させる」


『馬鹿な事を!! 魔神様を何だと思っている!!』


「人間とは愚かな生き物だ。それはもうお前達は身をもって体験しているだろう」



 ドゴォォォン!!



『『『!?』』』



 ハハッマジかよ? あの女、一人で殴り飛ばしたってのか?



 土煙が巻き上がり木々が薙ぎ倒されたところには魔王が倒れていた。そういえば魔王の側近達もいないな。いつの間に。


 上空を見ればあの女、リズが魔王の倒れた辺りを見下ろしている。その姿は光り輝き人の領域を越えているではないか。元から魔力だけで言えば俺達は精霊に近いほどの力を持っている。そのおかげで肉体の方がついてこれずに崩壊するんだが……あれは人間の実体ある肉体ではないな。それこそ精霊のような精神体、高エネルギー体のようだ。


 納得している内に光はだんだん弱くなり最後にはただの人間の体に戻った。その後リズはゆっくりと下降していく。なるほど、元の正常な肉体に戻る訳ではないという事か。

 別行動前にはなかった肉体の亀裂が顔にも走っているのが見えた。……崩壊の速度が上がっているんだろう。



『リズ!!』


『シリル王国のリズか』



 ゼーレとザカライアの聖獣オーブ。この二柱はリズに借りがあったんだっけ。まぁどうでもいいが。



「選べ。俺に協力して魔王を止めたのち魔神の降臨を見届けるか。俺の邪魔をして魔王が世界を滅ぼした上で魔神をも降臨させるか。どっちみち魔神が降臨してもしなくても魔王が止まれなければ滅亡一直線。俺は良いぜ? 殴れないのは心残りだが世界が滅亡するのは俺の望みだからな。俺にとってはどう転ぼうと支障ないんだからなぁ」



 ニィッと笑って見せると聖獣共は歯を食いしばりながら睨みつけてきたが、反発の声は上がらなかった。チッ! つまんねぇーの。



『魔王を止める。その上で魔神様の降臨も阻止する。この世界をこのまま滅ぼす事など出来ない』



 そう言ったのはサルヴィーニの竜、オルヴォ。威厳ある厳つい顔をした竜だ。

 それを皮切りに聖獣達も渋々ながら態度を軟化させていった。ゼーレだけは王太子を心配して何か言いたげな目を向けてきたたが。



『リズ……』



 そう呟いたゼーレにつられてあの女の気配を探ればもうほとんど気配すら掴めない。例えるなら虫の息か。魔王をぶん殴ったんなら溜飲は下がっただろう。後はアイツの中のイェルサの魂を回収して消滅させるだけ。



 〝返して! 私の魂を返して!〟



 うるせぇ。勝手に入り込んできたのはそっちだろ。何が今更返せだ。

 あぁ、怒りが沸々と湧いてくる。ドロドロと煮えたぎるマグマのように、限界まで貯め込み今か今かと噴火するのを待っている。

 言ってろよ。お前が何か口にするたびに怒りが込み上げてくる。それを貯め込み頂点まで上り詰めた時。



「せいぜい怯えながら魔王にでも縋れよ。その時がお前の最期だ」



 ハハッ想像しただけで昂ってくる!

 ビクビクしながら怯えるイェルサよ、お前の終わりはすぐそこだ。




 *****




 ここは……?

 あれ、僕……どうしちゃったんだっけ?


 目の前が真っ暗。うん? 目を閉じてるのか? あれ、開かない? っていうか、体の感覚がない?

 えっ、何これ!? 

 そこで意識が覚醒した。目の前は真っ暗。体は暗闇と同化しているかのような感覚。


 落ち着け、意識がある以上死んではいない……はず。たぶん。

 えぇっと? 確か魔族と抗戦していて、ちょっと話してたらだんだん……。そうだ、だんだん重く沈むような感覚がしていったと思ったら急に眠くなってきたんだ。それで……



「っリヒトは!?」



 兄上から預かった光の上位精霊リヒト。彼なら魔族にも対抗できるだろうと僕と共に残ってくれたんだ。でも、僕は今どこにいる? リヒトは……? 一体どうなったというんだ?



『やぁ、アデル。また会ったね』


「!? シリル王?」



 そこに一陣の光が差し込んだと思ったら、現れたのは我が王国の始祖シリル。何故? ここには立太子した時の玉がある訳でもないのに。

 人のよさそうなニコニコした笑顔。兄上にもよく似たその笑顔が、今ではただ笑顔なだけではないという事ぐらいは解かる。笑顔の裏に隠されたモノは一体何なのか。



『そう構えないでよ。私は君と話しに来たんだ』



 そう言ってシリル王は歩み寄ってくる。得体のしれない恐ろしさがあるのだが、逃げるという選択肢は不思議と湧かなかった。

 フフッと笑うシリル王は手をかざすと僕の体は漸く体を想い出したかのように感覚が戻って来た。両手を握ったり開いたり、屈伸したりして感覚を確かめる。いつものように何の違和感なく動く。



「ここはどこでしょうか? 何故、貴方様はここに?」



 シリル王の目を真っ直ぐ見て問うと、またあの笑みを浮かべた。



『ここは君の深層心理。一番深い、君自身でも知らない心の奥底。そこに少しお邪魔させてもらっているんだ』


「僕の、心の奥底……。でも、どうやって?」


『立太子の時玉に触れただろう? あの時に、だよ』



 立太子の儀の際、継承の証として剣と玉を受け取った。その時にシリル王が現れたけどその時に僕の深層心理に入り込んだと? 何のために?



『アデルハイト。これからいう事を訊いて』



 そうして王から語られたかつての英雄たちの秘話。王の母君もそのうちの一人であったと。



『君にとても負担がかかる。でも、どうか頼まれて欲しい。この世界の為。……あの方の為にも』



 そう言って悲し気に笑うシリル王。

 話の内容は解かった。訊いた後でも変わらないのは未だ人類の危機だという事。



『君の心は見ての通りとても昏い。いや闇しかないかな? こうなってしまったのは長い歴史の中で歪められてしまった事実と畏怖の感情。……君の、君達の力はとても強大で、恐れるもので、とても頼りになるものだ』



 そうして微笑むシリル王の笑顔は、作られたものではなく本当の笑みだった。

 

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