生命の輝き
ゾワッと体が震えた。
本能的な恐怖というものを感じそれを感じた方角から飛び退く。冷や汗が流れ心臓がバクバク音を奏で、呼吸も乱れる。
周囲を見回せば私と同じものを感じたのか、同僚のみならず共に協力することになった騎士団、軍の人間達も感じたようでさっきまでの余裕を消して一気に緊張感が高まった。
「この感じ……。何かとても強大なものが現れたのか……?」
「……『魔王』、の可能性はどれくらいある」
「「「!!?」」」
嫌な感じがする方角を向いてぽつりと呟いた言葉に反応したのはリオネルだ。
『魔王』
かつて聖獣様達によって封印された、人間の女を愛した精霊王の成れの果て。
それが解き放たれた可能性、だと!?
「まさか! 『不可侵の森』の結界は我が国のみならず周辺国の守護聖獣様達によって創られた人の手では成しえない特殊なもの! それが破られる筈はっ」
「王太子アデルハイトが気づいた。今、ゼーレ様の気配がなく繋がりも薄い状態だと。……コールドリッジの目的は『魔王』を復活させる事とみて間違いない。……この世界から、人間を消そうとしている」
「「「!!」」」
リオネル殿下の言葉に皆息を呑んだ。
それはそうだ。魔王が復活したらどうなるか、そんなものは誰でもわかる。
世界は破壊の限りを尽くし、人が住めるような世界ではなくなる。魔族蔓延るその世界では人間は家畜と同様、奴らにとって餌になるしかない。
なのにそれを解ってコールドリッジは魔王を解放させた……?
理解出来ない。でも、本当に?
「……理不尽に晒されてきた『黒持ち』からすれば、世界が滅ぼうとどうでもいい。むしろ『同じように理不尽に晒されて絶望しながら死んで行け』というところか」
「何!?」
「待て、リオネル。それではこの状況に陥れたコールドリッジとはまさか」
ブリジット中将の言葉の先が読めた。そうだ、もしそうだというのならコールドリッジの目的は魔王復活のその先。
「エヴァン・コールドリッジは『イェルサの民』これまでどう生きてきたのかは知りませんが、奴にとってはこれは復讐なのかもしれません」
「まさかっ『黒』、『イェルサの民』だと!? それに」
「復讐……?」
こくりと頷き、魔族を見上げたリオネル殿下。
「生まれた瞬間に命を奪われた者。捨てられた者。ただ歩いているだけで石を投げつけられ殴られ蹴られ。大切な我が子を目の前で無残にも殺され、焼かれ、水に沈められ……。彼らの歴史は凄惨極まるものだらけ。ただ〝髪が黒い〟という理由だけで平凡な人生は奪われた」
「リズに、聞いたことが、あります……。『黒持ち』が死ぬ時近くにいる『黒持ち』に記憶が渡されると……。その記憶は……数百人以上のもので……どの人生も……悲惨なものだったと……」
「「「……」」」
聖獣ゼーレが顕現なされ、アデルハイトが王太子になり『黒持ち』の真実を知ったのはここ三年ほど。それまでの彼らに対する扱いはどうだった?
リズがさっき本気で怒っていたではないか。動揺しパニックに陥っていたとはいえ、民の中から助けてくれない事に対して〝私達は何もしていない〟という言葉を訊いて、滅多に怒らないあのリズが怒ったではないか。
『何もしていない』は私は何もしていない。その言葉を紡いだ人間の言葉通りの意味で悪気なんてない。
でもリズからすれば。『黒持ち』からすれば。その言葉は許せるものだろうか。
『何もしていない』は手も足も出さないけれど助けもしなかったという事。
知っていても見ない振りを、こういうものだろうと『見捨てた』という事。
『黒持ち』なのだから仕方ないと『諦めた』という事。
「蓄積された記憶と本人の身に起きた『理不尽』それがコールドリッジを『魔王復活』に導いた。そしてその先にあるのは―――」
「人類の滅亡。人が無くなれば理不尽もなくなる」
「だが、そんなものは極論でしょう!?」
「そうだな。だが……そう考え実際に行動に移したコールドリッジを我々は責める資格はあるのだろうか?」
「「「……」」」
重い空気が流れ、沈黙が続いた。
私達の代では『黒持ち』は魔族を祖に持つ汚らわしい存在であると教育されてきた。身内に生まれれば恥とされ、密かに処分され名も墓も与えられず闇に葬られてきた。生んだ母親は自分から魔族が生まれた事にショックを受け、自ら命を絶つ者も、夫から罵倒され魔族と称され拷問の果てに殺された者もいる。
それほど『黒持ち』というものは悍ましい者だと信じられてきた。
どういう訳か生き延びて成長した彼らは全ての者から隠れるようにして生きた。しかし見つかれば容赦ない責め苦を与えられ、殺してほしいと懇願してから更に惨い仕打ちを行ったあとボロボロの状態で殺される。それが正義だと何の疑いも向けられずに何百年もの間行われてきたのだ。
「我々がコールドリッジのような男を創り出してしまった。……本当の悪魔とは、我々のような『無関心』の人間だ。自らの手を汚すことなく、されど手を差し伸べることなく、ただ眺めるだけ。いや、それすらしなかった。自分の人生以上の記憶を持っていたなら……『人間なんて滅んでしまえ』と、思わない筈もない、か……」
「「「……」」」
本当は人間なんてものは滅んだ方が良いのではないか。
ほんの僅かにもそんな事を考えた。
君はどう思う?
*****
「こんな性悪の何処が良いってんですか!? 目ぇ腐ってます!??」
『貴様ぁ!! イェルサへの暴言許さぬ!! その口二度と開かぬようにしてやる!!』
「面白い!! やれるもんならやってみな!! いつまでも支配者面してんじゃねーですよ!!」
子供のケンカと勘違いなさる方もいらっしゃるかと思いますが、いたって真剣です!(キリッ)
如何せん、魔王はイェルサの事になると沸点が低くてかないませんわ。なんて狭量なのかしら。
って遊んでる場合じゃないや☆
割と逃げ回るのもしんどくなってきたリズでっす!! ほんと、しつこい男はモテないよーーー?
そうこうしている内に封印の地から少しばかり離れる事に成功。魔王の護衛なのか周囲を取り囲んでいる魔族も一緒について来てくれているから今が絶好のチャンス!!
の、筈なのに。
エヴァンは一体何をしているのかな!!? 女性をこんなに待たせるなんて紳士のやる事ではなくってよ!
って自分のキャラも崩壊しつつあるくらい余裕がない。逃げるのも飽きてきた頃偶にこちらから攻撃してみたけど倒すのは難しいことが判明。かといってすぐに殺されることもないので逃げ回ってるんだけど、それも疲れてきた。元から私割と死にかけだったしね。
『小娘っ!! もういい!! お前を殺してイェルサの魂を回収したのち、貴様には永遠の責め苦を与えてやろう!!』
「うっそでしょ!? 死んでからもってどんだけしつこいんだ!」
遂に魔王がキレた。もうっ短気は損気って言葉しらないの!? 私一人殺すのなんて訳ないんだからもうちょい後にしてよ!
今まで一切手を出してこなかった魔族達が一斉に飛び掛かって来た。か弱い女一人に対して魔族は4体。男性女性の二人ペア。そして魔王。5対1とか卑怯じゃん!
「言ってもいられない、かぁ……。よし!!」
数の不利を覆せるほどぬるい相手じゃない。時間稼ぎはここまで。……本気になろう。
ズンっ!!
「「「……っ」」」
殺しにかかって来た魔族達の動きが止まる。そして後方に退避し距離をとった。その顔は今まで関心なかった無表情だったのに、今は警戒した表情となっている。
本気になるのは初めての事。
だからどこまで出来るのか、どこまで奴らに対応できるのかは未知数である。しかし、徐々に自分の中で閉じていた扉を開く様にして力を解放していった今、魔族相手にも十分戦える。
そして特筆すべきは硬質化または結晶化していた肉体が元に戻っている事。
滞っていた魔力は行き場がなかった為体内に留まりそれが原因で結晶化に至る。その滞っていた魔力のつまりを解消し、放出した事で魔力の流れが正常に戻り一時的に元の状態にもどったのだ。
硬質化への対処法があるとすれば魔力を放出する事。
されど魔力量が豊富な私達では放出する魔力も半端なく多い。例えるなら満水に近いダムから常に水を放出し続けるという事。ダムはそれで溢れることは無くなるけど、放出される下流はどうなる。常に大量の水が留まることなく流れ続けたら。川は氾濫し、土地を削り、やがては人など住めない土地になる。
水を魔力に置き換えると魔力は魔素へと変わり魔素濃度が高まれば人にも土地にも影響が出る可能性が高い。それほど私達の魔力は豊富なのだ。
人に迷惑が掛からないように、ひっそり生きてひっそり死ぬ。
それが『黒持ち』の、最高の死様だ。
何者にも囚われず、何者にも囚われない、自由を欲する私たちの。
理想の死に方。
その自由を捨て私は未知の境地に向かう。
「それで失敗しました、なんて許さんですよ」
エヴァン・コールドリッジ。
お前が行おうとした事は理解できる。出来るけど協力するつもりは毛頭ないしなんなら失敗しろと思う。
でも、理解できてしまうから協力はしなくても邪魔はしない。
やってみなよ。本当にそんな事出来るのか。
きっと失敗する。何故って?
「私の愛しい人は、執着心が強いのよ。人類滅亡? そんなことしたら未来で一緒に成れなくなる。そんなの彼が許す筈がない。邪魔をするのが魔王であろうと神であろうと、フロイド様は許さないでしょう。邪魔者を消し去ってでもあの人は生きる」
目に見えるようだ。フロイド様ならどんな理由があっても人類滅亡を阻止するよ。例えそれが自分の子孫を残し、来世その血筋に再び生まれ変わる為の利己的な考えであろうとも。
その為に、きっと無理をしてしまう。
そんなのはダメだ。許容できない。
彼には生きて貰わねばならない。二人の殿下の為、家族の為、何より自分の為に。
死を覚悟する戦いなど、私に任せておけばいい。
私の死はもうすぐそこだ。
貴方の影に死神が近寄るのはまだ当分先でいいの。そうでなきゃダメ。
「死に近い私に、怖いものなど多くはない。唯一怖いものと言えば、……まだ生きる事が出来る貴方達に、死が訪れる事」
内から溢れる魔力。私の生命の輝き。
精霊に近いとされる『イェルサの民』 今となっては不本意極まりないが力は本物。
肉体の限界を突破し、得たのは文字通り精霊の力。人間界ではただの精神体に過ぎない彼らの、彼らの世界での肉体。高エネルギーで構成されたその体にはもう、呼吸も血液も必要ない。
人ならざる人。
今の私を例えるのならそういう事になる。
肉体の再構築が終了し光の中から誕生した新たな私。
目も鼻も耳も、人間の肉体の時とは比べ物にならないほど機能が上昇している。高エネルギー体となった身ではもはや肉体的力は不要。イメージするだけで破壊出来る。生身の肉体でなくなったことから疲労も感じない。睡眠も休息も、生物が必要な生命活動に必要な物が一切なくなったのだ。
それでも力量の差はある。でもこれで瞬殺されることはない筈だ。
魔王と戦える。
得たばかりの力で対等に戦えるなど微塵も思っていないけれど、
「これでぶん殴れる!!」
その可能性は大幅に上昇した事は間違いない。




