共闘するぞ
魂を消滅させる。私のその発言に反応したのはコールドリッジだけじゃなかった。
ズゥゥゥン
魔王から放たれる覇気はまるで重力操作を行っているかのような錯覚を齎す。頭を何か見えないものに押さえつけられ平伏させられるような感覚に脂汗が滲み出る。覇気のみでこれだ。どうやら魔王の逆鱗に触れてしまったらしい。
『……消滅させる、そういったのか小娘』
声まで良いな、魔王。よく通る高すぎず低すぎない耳心地のいい声に思わずうっとりしそう。器に選ばれたせいか、はたまた私自身がそう思うのか、もしかしたらイェルサと好みが似ているのかも。
……やだなそれ。
私が好きなのはフロイド様だよ!!魔王なんかじゃないしイェルサみたいに男好きでもなからね!!
『小娘が……、私からイェルサを奪うというのか』
「「―――ッ!!?」」
何の前触れもなく目の前に現れた美貌の魔王。転移の術式発動の際に発するはずの魔力。それが一切なかった。文字通り突如として目の前に現れたのだ。
『貴様のような小娘に、我が愛しのイェルサを滅ぼそうというか』
ブワッと溢れ出る殺気と更に禍々しいオーラ。それをこんなにも近接して浴びせられるとかなりキツい……!視界の隅で同じくコールドリッジも苦しそうに顔を歪めている。
『……身の程を知れ!』
「ぐぅっ!!」
「がっはぁっ!!?」
魔王が今まで放っていた禍々しいオーラと魔力でも十分脅威に値するものだというのに、魔王にとってはほんの少し漏れ出ていただけに過ぎなかったなんて……!
瘴気と魔力が無遠慮に解き放たれ、その魔力圧によってコールドリッジは地面へと叩きつけられた。そして逆鱗に触れた私はと言うと魔王自ら首を絞められていた。ギリギリと締め付けられ呼吸が出来ない上に魔王はかなり濃い瘴気を纏っており、触れている部分はその影響で腐食していく。
あまりの苦しさに意識が吹っ飛びそうだ。
(痛いっ苦しいっ息がっ出来ない!)
辛うじて出来るのは薄眼で魔王を睨みつける事だけなんて、なんて情けない……!
(この魔王は絶対殴る……!死んでも殴る!絶対、殴る!!)
悔しいっ……!
好き勝手やってた連中のツケを、私達が命と人生を代償に支払ってきたというのに、そんな事何とも思っていない魔王とイェルサが憎いっ!!なのにこの圧倒的な力を前に、なんて無力なんだっ!!
『貴様の中にあるイェルサの魂を貰う。……あぁ、イェルサ!我の愛しいイェルサっ!』
無表情のでありながら瞳には怒りを宿し、イェルサの魂を感知すれば何ともまぁ恍惚とした表情を浮かべるのか。そんなにこの性悪女が良いのか。本っ当、悪趣味!!
『イェルサへの侮辱は許さぬ。魂の一片も残らず消え去れ!!』
この、性悪女ぁ!!チクりやがったな!!だから性悪なんだよ!!友達ゼロのボッチのくせに!!
いや、ボッチは悪くない。でもこの性悪がボッチだったのは100%自業自得だからな!!村の女連中に嫌われてたのはお前が思わせぶりな態度取って男を夢中にさせて貢がせて挙句に金が無くなったらポイッと捨ててきたのを繰り返したせいだろうが!!事実を言って何が悪い!!
『貴様っ!!度重なるイェルサへの無礼、許すまじっ!!簡単には殺してやらぬぞ!!』
「うっぐおっ!?」
ドガーーーン!!
勢いつけられて地面に叩きつけるようにして投げられた。木々を薙ぎ倒し地面が抉られる程の力。咄嗟に身体強化を更に強化し投げ飛ばされた力とは反対方向に魔力を放つ事で威力を相殺したが、想像以上に魔王ヤバい。普通、これで死んでるぞ。めっちゃ簡単に死ぬからなこれ。
「生きてます?」
土煙立ち込める中生存確認。あれ位じゃ死なないだろうけどもしもと言う事もある。
「ったりめーだ。誰だと思ってる」
「フフッ流石は〝血濡れのエヴァン〟そう簡単には死ぬような方ではありませんね」
思っていた以上に元気なコールドリッジの様子に思わずほっとする。心配してやる義理なんてないし理由もないけどさ。
「提案なんですけど」
「奇遇だな。こっちもだ」
「「共闘するぞ(しましょう)」」
ぶん殴ると決めた。それはコールドリッジも同じだと思ったんだよね。でも魔王の力が想像以上だったのが想定外。でも諦めて逃げるなんて選択肢は全くない。なら目的を果たす為にはどうしたらいいのか。どうする事が最善か。可能性が高いのはどれか。
導き出した答えは『共闘』
目的の為なら手段は選ばない。選んでいる時間は無い!!
「でもいいのですか?魔王を復活させて人間を滅ぼすのが、貴方の目的だったでしょう?」
立ち上がり埃を払いながらコールドリッジに問いかければ同じように服の汚れを払っていたコールドリッジは眉間に皺を寄せて憎々し気に応えてくれた。
「……目的は変わらんが。あの魔王を殴る事とイェルサの魂を消滅させることには諸手を上げて賛成だ。怒り狂って歪んだ顔を見るのも楽しみだしなぁ……クククッ!」
わぁ……、悪い顔。
獰猛な獣の如く、獲物に狙いを定めたコールドリッジは好戦的な笑みを浮かべた。
「おい、リズ……だったな。ぶん殴る事は決定だが余裕なんてもんはない。こっからは素でいくぞ」
「どうぞ。貴方の素がどうであれ、やる事は決まっていますから」
魔王が掌をこちらに向けた瞬間、私もコールドリッジもその場を遠く飛び退く。木を盾にして放たれる無数の魔力弾を避けながら、魔王に操られた大地が私達に向かってくるのを身を翻して躱していく。まるで生き物のように蠢く大地は触手のように伸び素早いスピードで追いかけてくるのだ。マジウザい。飛翔して逃げてもどんなにフェイントを入れても大地から伸びる触手はどこからでも現れる。かといって上に逃げても魔王からの容赦ない攻撃が降ってくる。簡単には殺さないとは言いつつ一つ判断を誤れば即、死に繋がるこの状況。今までの人生で断トツ一位でヤバい状況だ。
でもこれはチャンスでもある。
魔王の攻撃は確かに強力だけど簡単には殺さないという言葉通りギリギリ躱せる、対処できる程度には手加減をしているみたいだ。逃げ回っている様子を見て楽しむなんて悪趣味にしか思えないけど、即死は免れた。おかげで解った事もある。
「コールドリッジさん、魔王は完全復活には達していないようですね」
「あぁ、まだ本調子じゃない。!っと、これで完全じゃないとか、マジかよクソが!!」
「貴方が復活させたんですよ。責任取ってくださいね」
「っるっせーな!!わーってるよ!!」
ドンッ!!
特大の雷が重音を奏でて落ちてきた。っぶないなー!!もうっ!!
落ちた大地を見れば大きく陥没しているでないの。その周辺だけは大地が蠢くことなく制止しているが数秒して再び私達を狙って動き出す。
「……復活させる為に聖獣達を弱体化させた。あいつらは魔王がまだ精霊王であった時に生まれた存在。謂わば精霊王はあいつらにとって親も同然。それを利用した」
攻撃を躱しながら念話を交えて会話を行うとコールドリッジから聖獣弱体化の方法を知らされた。正直に言えばお前のせいで魔王復活したんだからお前が何とかしろよ!と言いたいところだが、コールドリッジの目的は変わらず人類の絶滅だ。こいつには任せておけないというのが私の見解である。
「本っっっ当に余計な事してくれやがりましたね!?」
「やかましい!!殴り飛ばした後で殺し尽くしてくれりゃいいんだよ!!」
あ゛ーーー!!もうっ!なんて事しくさりやがったんですか!!
「兎に角!!完全復活するにはまだ時間がかかるはずだ!その間に聖獣共を解放することが先決なんだよ!わかったらさっさと囮になれ!!」
「私がか!私が囮になるのか!コールドリッジさんは聖獣様達の解放が本当に出来るってんですか!?」
「エヴァンでいい!あいつの狙いはお前だ、お前が囮にならずに誰がなる!?弱体化させたのは俺なんだ、俺が解放せずに誰がする!!」
「しかと聞きましたよその言葉!!ぶん殴るのは私も参加しますからね!!」
そうしてコールドリッジ……エヴァンは魔王が封印されていた地に向かって転移を行った。エヴァンが裏切る事も想定していいかもしれないが、恐らくそれはないだろう。
私も彼ももうすでに逃れられない死がそこまで迫っている。エヴァンの症状がどれほどまで進んでいるかは知らないけれど、遅くて数年、早くて数日中にはその命が尽きるだろう。私ならここで一人離脱して魔王も殴れず、イェルサの魂をみすみす渡して満足する様子を眺めるなんてまっぴらごめんだね。人の幸せを願ってあげられない狭量な女と言われようと、絶対に許さない。
だからエヴァンも裏切らない。屈辱に耐え、痛みにも罵倒にも耐えてきた私達にはイェルサと魔王の態度が許せるものではないのだから。後がないのなら、なおさら黙って彼らの幸せを祈るなんて出来ない。
私に出来ることは魔王の注意を惹きつけながら徐々に封印の地から遠ざかる事。魔王の側近ともいえる魔族達は王の周りから離れる事がない。なら、彼らごと遠ざかるしかない。一人で魔王の相手をしながら魔族の注意も引きつけなければならない状況に泣きそうだ。
手足が既に硬質化しているせいで地に立つこともままならないこの身では常に宙を駆け続けるしかない。そこに勝機を見出すまでは。
聖獣様達の弱体化には魔王からの言霊による影響によって齎されたらしい。
多くの血が流れ魔族の一部が解き放たれた『不可侵の森』には多くの人の骸が集まった。人の骸を糧に魔族の一部が復活したのは事実だがそれだけではなく、魔王にも影響が出ていたのだ。
人間の血肉を力に変え、蓄えていた魔王と魔族は機を窺い、そこにエヴァンが後押しした。
復活するべくしてした魔王。彼を止めるにはかつて魔王を封印したという建国の祖であるシリル達英雄のように力を合わせて再び封印するしかない。
夢物語が現実にあった話など、誰が信じたのか。逃げ場もなければ未来もないこの状況に、かつての英雄達は何を思ったのだろう?少なくとも、私には世界を救いたいなどと言う崇高な考えは皆無であるが、彼らには何か守りたいものがあったのだろう。そうでなければ命を賭けて戦うなど中々できる事ではないのだから。
「容赦ないな、クソが!」
大地の触手に魔王からの砲撃を全て躱しているが体力の限界も近い……!エヴァンの奴!さっさと仕事終わらせろ!!
彼は彼で魔王配下の魔族数名を相手に一人で対処するしかない。ここを抜けなければ魔王を再び封印することは不可能。まぁ、彼にとっては封印はせずにぶん殴った後人間を排除する側に納まるんだろうけど。
生きていられる時間はあと僅か。だとしても魔王に奪われるのなんてまっぴらだ。
私は私の人生を歩むのだ。そこに魔王の存在は必要ない。生きて生きて生きて。必ずや生き延びてぶん殴って満足してから死んでやるんだ。




