決めた
大地が揺れる。
それと同時に湧き上がる凄まじく禍々しいオーラ。
大地の怒りを思わせる程の揺れ。通常以上の瘴気の渦に呼吸をするのも苦しい緊張感。
(これが……かつてこの世界を創ったとされる精霊王)
今や禍々しいオーラを帯びて触れるもの全てを腐敗させ命を奪う〝魔王〟へと変貌してしまった。なのに……
「綺麗……」
心の内から湧き上がるような、なりふり構わず駆け出したいこの衝動……!
私自身の想いなのか、イェルサの想いなのか。どちらにしろ暴力的なまでの懐かしさと愛しさそして―――悲しさ。気づけば自然と涙が溢れていた。驚いて慌てて拭うけれどしばらく止まりそうにない。コールドリッジも同じようで顔を歪ませ涙している。だけどそこには怒りの感情も見えた。
オオオオオォォォォ!!!
唸り声なのか何なのか、叫び声のようなものが上がったと同時に瘴気の渦から現れ出てきたのは人の形をとったとても美しい魔族達。
次々と飛び出してくる美しい蹂躙者達は王を守る騎士の如く。魔王の禍々しいオーラを纏った姿を恍惚とした表情で見つめている。魔族の唯一絶対の主。それが魔王。
苦しい程の瘴気の吹き出しが落ち着き、魔王を含む魔族の姿の全容が姿を現した。
想像していた以上の美しさだ。はっきりと見えなかったというのに美しさを感じていたけれど何の淀みもない姿を現した今、その美しさに自然と息を呑む。そして感じたのはやはり、懐かしさだろうか。
あぁ、お会いしたかったっ……!
内に眠るイェルサの心からの言葉。本当にこの人は魔王をかつての精霊王を愛していたんだな、そして精霊王だった魔王もまたイェルサを愛していたんだ。魂を介して流れ込んできた魔王への想い。そして愛しているが故に壊れて堕ちてしまった魔王の、イェルサへの想い。
……。
「……だからなんだっ!それと俺達の人生と何の関わりがある!?」
「それな」
思わずコールドリッジに相槌打っちまうくらいには同感だわ。
二人の身に起きた悲劇。魂を介して感情がドバドバ洪水のように押し寄せてくる事に心も体も辛い。感情が分かってしまったからこそ二人には同情的になる。
だ・け・ど。
それから何千年も後の時代に生まれてきた私達にまで影響がある事には納得いかない。
悲しかったね、会いたかったね、会えてよかったね?
狭量と承知で言わせてもらえばそんな言葉は出てこない。それがどうしたの。私とあなたたちに何の関係があるっていうの。貴方達が原因でどれほど多くの私達が悲惨な目にあってきたと思っているの……!
「会いたかったなんて、私達の中で、それを言うの……?」
イェルサの魂の言葉。
今一度魔王となった愛しの精霊王と会いたかったと。ずっと待っていたと……?
「「よく言えたな」」
確かに二人の愛は深く、一時の衝動的なものではなかった事は間違いないんだろう。日常の中のごく短い時間離れていただけで迎えた永遠の別れ。信じられなかっただろう、信じたくなかっただろう。なんとかやり直そうと、魂を肉体に戻そうと、取り戻そうとして探し回った事も全てイェルサを愛しての事。イェルサも魂がバラバラになり自我も保てない中、『私はここにいる』と言わんばかりに精一杯主張した。
それが『黒持ち』だ。
おかげで魔王から、魔族から狙われやがて同じ人間からも狙われ、そうして迫害されてきた私達の歴史。
それを美談のようにされるのは我慢ならない。
お前達のせいで一体何人の『黒持ち』が死んでいったと思っている。
「人の魂に入り込んでおきながら俺達の歴史も気持ちも無視して『会いたかった』……?ふざけるのも大概にしろよ、クソ女……!」
己の左胸を掻き毟るような仕草をしたコールドリッジの怒りは凄まじい。イェルサの感情と自分自身の感情の間で大きく揺れる決意。人を滅ぼすと決めたコールドリッジの決意は揺るぎないと思っていたけれど、私達からすれば元凶とも呼べる二人が私達を無視してお互いしか見えていないこの状況に物申したい気持ちが痛い程わかる。
そんなに会いたかったのなら精霊に頼んで眠る魔王の傍で同じように眠っていればよかったじゃん。自我が保てなかった?精霊のいう事が正しいから魔王が死を受け入れるまで待とうと思った?きっと正気に戻って迎えに来てくれた後、一緒に輪廻の輪に戻るつもりだった?
本当に?
「試したんじゃないの?精霊王がどれほど自分を愛してくれているのか。どこまでしてくれるのか。……どこまで堕ちてくれるのか」
イェルサが必死に『違う!!』と否定してくる。ただ純粋に再び会えることを望んでいただけだと。
残念な事に遠回しにあなた方のせいでひん曲がった性格になってしまった私からすればこのイェルサがしている事は悲劇ぶる三流役者にしか見えないわ。それに踊らされる魔王も魔王だろ。イェルサってば精霊王が甘やかすから我儘になったんじゃない?出会った当初は謙虚で素直だったとしても人って簡単に変わるもの。
小さな村で生まれたイェルサ。恵まれた容姿に誰にでも優しい彼女だが一つ不満があるとするなら家が貧しく村を取りまとめる男の娘が羨ましかった事。仕方ないと毎日懸命に生きるしかないイェルサが出会ったのが精霊王。彼が愛したのは村のまとめ役の男の娘ではなく村で一番貧しい家のイェルサだった。他の女には見向きもしない、毎日届けられる贈り物も、甘い笑みを向けるのも、イェルサにだけ。
それで調子に乗らない人間は本当によくできた人間だよ。聖人だわ。女性だったら聖女?
調子乗ったよね、イェルサ?同年代、上も下も関係なく優越感に浸っていたよね?
精霊王の前では以前と変わらない笑みを浮かべ、村の人間には馬鹿にした顔をするようになったものね?いままで貧しい事を馬鹿にされてきたのにそれがひっくり返って優越感に浸っていたんだよね。
それで起きたのが例の事件。嫉妬した女が村の男を唆してイェルサを襲わせたことによる精霊王の堕落。
「違うよねぇ!?だって、彼女は頼んだだけじゃないの!!」
「〝精霊を使って特定の畑の発育を止めるなんてやめろ〟まとめ役の男の娘はそう頼んだだけだ。そして後に魔王に殺された男達はイェルサが精霊を使って発育不全を起こさせた事を知って詰め寄った」
「中には妊娠中の奥さんや乳飲み子を抱えた人達もいた。なのにアンタはそれを知ってて畑をダメにしたんだ。アンタは笑って拒否した。〝私に靡かなかった男はいらない〟ってくだらない理由で」
「男達や娘も必死に懇願していたな。何度も何度も、その日だけでなくもっと前から彼らはお前に訴えていた。精霊を止めてくれ、何でもするからと頭を下げ続ける連中にお前は何と言った?」
「「〝妻と子をその手で殺して見せたら考えてやる〟」」
自分の中でイェルサが息を呑んだ。何故、どうしてそんな事を言うの!?私は何もやってない!!
そう訴えるイェルサには悪いけど隠し事なんて無駄なんだよ。
「魂が完全に近い分、お前の記憶も流れてきた。今までは憑りつかれた『黒持ち』達の記憶しか覗けなかったのにな。お前の自我もハッキリしただろう」
「精霊の使役。精霊王が与えた力の一端。精霊達にとって精霊王の力を持つアンタは精霊王と同格の存在。どんな命令でも叶えようとするのを悪用したのが事の発端か。後は精霊や聖獣達の記憶の改ざん……不都合な真実を除いた事で種族を越えた愛の物語へと変貌を遂げた」
「魂をバラバラにしたのは死んだ事でお前の性根の悪さに気づいた上位精霊が怒りに任せて砕いた事が原因。なのに往生際の悪いお前は最後に再び力を使って精霊達に魂を世界中にばら撒いた。置き土産を忍ばせて、な」
正気に戻った上位精霊達は凶暴化した精霊王を止める為に戦いを挑んだんだ。でもとても強くて手加減も一切ない精霊王に太刀打ちできなかったんだね。聖獣達の力も借りて出来たのは封印する事。その後は魔族が精霊王の手足となってイェルサの魂を求めて彷徨うのだが、ここで置き土産が効果を発揮したのだ。
「精霊、聖獣。あの場にいた全ての命ある者達にアンタは再び記憶を改ざんしたんだ。アンタの醜い人間性を忘却の彼方に、精霊王と愛し合っていた事をさらに強調して記憶を刻んだ。おかげで誰もアンタを悪く言う者はいないよ」
「俺達はお前の魂を持っている。近くにいれば魂は引き寄せ合い一つに成ろうとする。お前にはわからねぇのかもしれないけどな、俺達は今お前の記憶を共有しているんだよ。お前の魂がほぼ完全に近づいたからこそお前自身の記憶も漸く覗けたんだ」
「小さな魂の状態では保有する記憶自体少ない。でもそれがどんどん数を増やしていけば記憶もある程度蓄積されてくる。しかも今はほぼ完全に近い状態。つまりは当時のアンタたちの記憶ほぼそのまま、何の着色もされていない状態の記憶が覗けているってわけ」
ゼーレ様から訊いていたイェルサと記憶を覗いて見た生きたイェルサ。同じ人間の事なのにまるで別人の印象だ。どちらが本当のイェルサなのか。普通なら、とても気になる事なのだと思う。普通なら。
「どっちでもいい。そんなのどうだっていい!俺達にとってはそんな事、そんな下らない事どうだっていいんだよ!!」
頭を掻き毟り、苛立ちを隠さないコールドリッジは魔王と自分の内にあるイェルサを睨み付けるようにして制御していた魔力を解放させた。怒りの感情そのまま、コールドリッジは魔王目掛けて高出力魔力弾を放った。だが、あっけなく魔王を取り囲む魔族によって無力化されてしまった。
フーッフーッと荒い呼吸を繰り返すコールドリッジは無傷の魔王とそれを囲む魔族達を忌々し気に睨むがあちらは嫌になるほど冷静で、イェルサの魂を持っていなければ道端の石ころと然程変わらない認識でしかないのだろうと予想するが間違いではないだろう。
魔王は禍々しいオーラを放ちながらゆっくりとコールドリッジと私を視界にとらえた。燃えるような赤い瞳にはイェルサに対する執着心が感じ取れる。ゾッとするほどの美貌を持つ魔王。周りを囲む魔族ももれなく美形で禍々しささえなければ神の遣いと勘違いしそうではないか。
美しすぎて怖い。
そんな事を想う日が来ようとは。人生はなんて不思議なんだろう。
……内なるイェルサはさっきから五月蝿い。
会いたかった、会いたかった。愛してる愛してる愛してる、と何度も何度も。
「やかましいわ!!」
うっさいねん!!さっきから何回言うん!?お前絶対顔につられたやろ!!
……おっと。つい本性が。
んんっあー、イェルサは面食い。新しい情報ゲットだぜ☆役に立たん情報だけど!
心底どうでもいいんだよ。アンタが実は性悪女でそんなのに心奪われた精霊王が馬鹿だった何てことは!!私達が許せないのはね!
「勝手に魂の器にされた挙句、てめぇらのせいでどれだけの人間が惨たらしく死んでいったと思ってる……!!なのに何の罪悪感も後ろめたさもなく〝会いたかった〟だぁ?ふざけんなよ性悪女ぁ!!」
私達には私達の人生があったはずだ。
必ずしもいい人生を歩めた訳じゃないだろうけど、それでもこんなはずじゃなかったかもという思いはぬぐい切れない。だから。
「決めた。アンタの魂、絶対に魔王に渡さない。魂を完全に破壊して輪廻転生出来ないよう消滅させる」
それが私の復讐だ。




