とても幸せです
んん~っ体がだるい、痛い、寒い、苦しい。
もう大分硬質化が進んでしまっている。指先なんてちょっと欠けたかも。
『イェルサの民』と呼ばれるようになって早三年。『黒持ち』と呼ばれる方がしっくりくる平民魔術師リズでっす!眠いよ~!眠いけどだる過ぎて眠れないよ~!そもそも寝てる場合じゃないけどさぁ……。
なんやかんやで西方のあの小さな小さな村の近くの森までやって来てサバイバル生活をしていた訳よ。ここに来たのは私の中にあるイェルサの魂が惹きつけられたのかどうなのか。わかんないけどここを死に場所に決めてのんびりしていたら、だ。
『不可侵の森』の結界が消えた。
この結界は『不可侵の森』に隣接する国の守護聖獣や守護神が張った強固な結界。それもどこか一角が崩れても他でカバーできるようになっている優れもの。そんな結界が消えた。という事は?
「……全ての聖獣、守護神が一度に弱体化した?でも、どうして?」
訳が分からないけど国の一大事という事はわかった。一気に押し寄せてくる瘴気に飲み込まれた動植物は死に絶え、勢いそのままに人の住む村まで迫って来たではないか。村人は異変に気付いて逃げようとするけど瘴気が迫るスピードの方が速い。
魔術師としての義務と責任を果たすべく、村に結界を張った。どうやら瘴気はこの結界をすり抜ける事は出来なかったようで村人の命は助かった。でも私の姿を見て悲鳴上げるのは如何なものか。ぷんぷん!
仕方ないと諦め『不可侵の森』へ入ろうとしたところでゼーレ様の気配がない事に気づいた。繋がりは感じるもののとても細く薄い。ただ事でない事が起こっている。というかヤバい事が起こってる。そう感じたのは間違いじゃなかった。
魔術師を名乗る者全てに持たされている緊急連絡用魔道具。それが鳴り響いたのだが指示されたのは『待機』。はぁ?なんで?意味わからん。
でも命令なら仕方ない。その場で待機するかぁ、と瘴気の様子を眺めていたら。
「っ殿下!?」
直感。ううん、イェルサの魂を通じた同士の絆。それがアデルハイト殿下の危機を知らせたんだ。
殿下の危険だと。
その後は『待機』命令など忘れて急いで王都まで転移。したら右膝が誰かの顔面にクリティカルヒットしてしまった。やだ、それ絶対痛い。鼻血出てるし、めっちゃゴメン。
で、謝ったら相手が魔族だったから王都の民に罵倒された。いや、でもあれめっちゃ痛いじゃん。わざとじゃないし、不可抗力だったんだけどさ。でも悪いじゃんね?それに私の足はもう硬質化通り越して結晶化してるから更に痛いのよ。本当、ごめんなさいね。
簡単に頭を下げるのは悪かったかもだけどそんな怒んないで欲しいものだ。あと私の事は良いけど王太子殿下を罵倒して不敬だぞ。首飛んでも文句言えないんだからな!割と本気で怒って見せたらガクブルしてたからまぁ良いとしよう。私は心が広いのだ。
リオネル殿下がしおらしいと気持ち悪い。アデルハイト殿下が気になってやって来たんだけど入違ったのでもうここにいる意味はないな。帰るか。でもその前に結界を再構築しておこうか。ついでにアレンジしてより強固なものにしておこう。あとは王都の警備が手薄のようだからちょっと手を借りよう。
そうして転移で強制的に王都に魔術師団・騎士団・軍を呼び出した。各地方の警備はこっちで何とかしよう。アクア達の体を作った後で再度改良を重ねて作った人形達。5歳児くらいの大きさ3体で中隊規模の戦闘力を保有している。これを15体。転移させた代わりに配置させておけば多少の争いも解決できるよね!さて、さぁ戻ろうかと転移する瞬間に見たものは。
フロイド様。
見ないようにしていたのに、やっぱり気になるから見てしまったらバッチリ目が合った。ふふっ、今日も素敵ですね。
また会えるとは思ってもいなかったのに会えるだなんて。
「今日はいい日だなぁ~」
「どうしてだ?」
おっと。まさか独り言のつもりだったのに返ってくるとは。
後ろを振り返るとそこにいたのはご想像通りの人物。
「愛しい人にもう一度会えると思っていなかったので。とても嬉しいんです」
エヴァン・コールドリッジ司祭。クレプス教でその地位に就きながら聖騎士団第三騎士団団長でもある。
騎士と言うだけあって体格がいい。しっかり鍛えられた体に豊富な魔力、それをコントロールできる精神力。うん、この人強い。
「愛しい人……。王太子の兄か」
「やめて下さい冗談でも」
待って。どうしてそこでリオネル殿下が出てくるのよ!どこをどう見たらそうなるの!?
「違う?じゃあ王太子か?」
「大切な人ではありますが唯一の最愛とは少し違いますね。宮廷魔術師団の方です」
「あぁ、グリーンフィールド家の嫡男だったか。……最後の別れが済んだのならもう未練はないな」
「出来れば天寿を全うしたいですねぇ。なので殺されるのは御免被ります」
私と同じ髪色に綺麗な深緑の瞳。色は美しいのに昏い影が見える。とても昏い、全てを憎んだ瞳。
年齢は私と同じくらいかな?ざっと見たところ硬質化はそれほど進行していなさそう。個人差のせい?
コールドリッジはフッと笑ったあと顔を引き締めた。
「お前の魂を貰う。大人しく引き渡すのなら苦しまなくて済むぞ」
「魂を集めているのですか。魔王の復活でも企んでおられるので?復活したら人類はもれなく魔王に殲滅させられるでしょうに。……あぁ!」
昏い瞳が更に昏く。憎しみが憎悪に。
「人間を亡ぼす事が目的ですかぁ。確かに滅亡してしまえば私や貴方のような人間がこれ以上生まれることもない。差別されることも理不尽な目に合う事もいたずらに嬲られることもない……」
「……」
この人がどうやって生きてきたのか知らない。でもきっとそう良い人生ではなかったという事は彼の目を見ればわかる。全ての人間を憎むほど、本当に全てを無にしてしまいと思ってそれを実行するほど、この世の全てをこの人は憎んでいる。
無の表情の中にある怒りの炎が彼を燃やし尽くそうとしているんだ。どんな言葉を紡いだってこの炎が消える事は無いだろう。
「お前は幸せな人生を歩めたようだな……」
羨望、嫉妬、悲愴。それらが複雑に入り混じった表情を見せたコールドリッジ。『どうしてお前だけ』と言われた気がしたが間違いではない。私自身がそう思うから。私は本当に恵まれているから。
私の中にある歴代の『黒持ち』の魂の記憶を覗けば私は幸せだと言える。友人が出来て家族が出来て愛しい人と出会えて、大好きな人達に囲まれての生活を送れた私は、
「はい。とても幸せです」
胸を張って言えるよ。
私は幸せ者だー!!ってね!
だから貴方の癇に障るかもしれないけどそこまで人間を憎み切れていないんだよね。だって私が大好きな人達は人間で、今度生まれ変わっても人になりたいと思っているからね。
「人類を滅亡させる事、申し訳ないが諦めて下さいませんか」
きっとこんなので諦める訳がない。どんな理由があってもこの人はやるだろう。それこそ自分の命と引き換えにしてでも。案の定、私の願いは却下されてしまった。当たり前か。
「魔王を復活させてこの醜い世界を真っ新にする。そして今後は人間という汚らわしい生物をお創りにならなければこの世界は美しくいられる。人というゴミ虫などこの世に不要なんだよ」
吐き捨てるように語るコールドリッジは『不可侵の森』最深部に視線をやる。そこは一際瘴気が濃い。恐らくあそこに魔王が封印されているんだろうね。目に見える位だ、復活まで秒読みと言う所か。
さっき言った通り私は人間を憎み切れていないから滅亡してしまえ!!とまでは思っていない。でも記憶や私自身が受けて来た迫害を思い返せばコールドリッジがやろうとしている事の理解も出来る。出来てしまう。少なくとも幸せだと思える人生を送って来た私が説得しても納得なんかしないだろう。少なくとも私だったら『お前に私の何がわかる!!』って思うからねぇ……。
「ダメ元でお聞きしますが……復活を止めるという訳には」
「既に止められる段階ではない。……人の世界の終りの始まりだ」
ハハハッと笑うコールドリッジは恍惚とした表情で魔王の封印場所を見下ろす。濃い瘴気は更に濃いものに、魔獣や魔物も自分よりも強大な存在に怯えて逃げ出している。村には結界を張っているけどいつ破られるか村人は戦々恐々。大人しく家で隠れているのが良いよ。
そういえばゼーレ様やザカライアのオーブ様と言った聖獣、守護神の方々はどうなったのか?一度に弱体化させるのは結界を破るのには最善の一手だと言えるけど、そもそもそれ自体が難しいというのに。
コールドリッジは魔王復活を心待ちにしているようで今すぐ私の魂を回収するつもりはないようだ。なら少しお話してくれるだろうか?
「……普通は命を奪おうとしている人間に話しかけないだろうに」
「まぁまぁ、そう仰らずに」
「逃げ出して生き残ろうとは思わないのか?」
「そうは言いますけど、魔王が復活したら恐らく真っ先にこっちに来ますよね?魔王が求めるのはイェルサの魂でしょう。貴方と私が持つ魂で大方集まってます。それをみすみす見逃すような方ではない筈ですもの。逃げ出すのも無意味な行為では?」
「そうだな。だがまだ全ての魂が揃ったわけではない。完全な形で魂が揃わない限り魔王はイェルサを求め続ける。お前が逃げて追いかけるついでに人間を殲滅してくれたらいいんだがなぁ」
「ほうほう。だからアデルハイト殿下をここから遠く離れたところに隔離したのですね。出来るだけ多くの人間を滅してもらうには魂を持つ私達をバラけさせればいい。イェルサの魂を感知すれば魔王はそちらに必ず向かうでしょうからねぇ」
自らが定めた摂理に反してでもイェルサを取り戻そうとした精霊王。
求めて求めて、その身を堕としてまで求めた愛しいイェルサの魂。
その魔王が目の前にいる魂を無視する事なんて出来っこない。
「……ところで〝エヴァン・コールドリッジ〟という名前はご自身でつけたのですか?」
「唐突だな。……修道士として教会に所属した時に与えられた名だ」
「そうでしたか。ではそれ以前の名前は?」
「聞くがお前には拾われる前の名前というものがあったのか」
「ありませんでしたね」
私が『リズ』と名乗り始めたのは私の世話をしてくれた『黒持ち』の女性の名前が『リズ』という名前だったからだ。亡くなってその名前を貰っただけでつけてくれた人はいない。その先代『リズ』も記憶を覗けば同じように世話をしてくれた『黒持ち』の名前を受け継いだだけだった。なので代々女性は『リズ』と名乗っている。ちなみに男性の場合は『テッド』で捨てられて名前の無い子は代々この名前を継いできたのだ。
捨てられるのが当たり前という事でもない。生まれてすぐに親によって産婆によって死を与えられることの方が断然多いのだから。それを考えれば私もコールドリッジも捨てられただけまだマシだったのか?死んでた方が幸せだったかも?
……親がどういうつもりで生かして捨てたのかは知らない。知りようもない。だけどこの世に生みだしてくれた事と殺さず捨ててくれた事。それが彼らにとっての人生の汚点だったとしてもその点だけには感謝する。生まれていなければ、殺されてしまっていたら私はフロイド様に出会う事もなかったのだから。
ちらりとコールドリッジを見れば彼は再度魔王封印の地を眺めていた。その横顔からは不思議なことに何の感情も読み取れない。
「―――時間だ」
大地が揺れた。




