集結
迫りくる魔力砲。破られた結界から魔族が待ってましたと言わんばかりに押し寄せるのを茫然として見るしかなかった。
(すまない、アデル。……先に逝くよ)
覚悟を決め、目を閉じる。
魔力は底を尽き、頼みのリヒトもやられてしまった今、私に出来ることは何もない。民を守ると言っておきながらなんてザマだ。あいつが見たらきっと「殿下が諦めている?あなた、本当にリオネル殿下ですか」なんて言い出しそうだ。
『ヒャッハー!飯ィィィ!!』
ドガァァン!!
『ブッフォォォ!!?』
「!?」
「……何、目閉じてるんです?あなた、本当にリオネル殿下ですか?」
大きな打撲音に驚き目を開けると、そこにいたのは。
「……リズ?」
迫り来る魔族の前にいきなり現れたのは、今まさに思っていた相手。黒髪を靡かせた後ろ姿はとても、とても華奢で折れてしまいそう。運悪く彼女の膝蹴りを顔面に真面に喰らった魔族は苦痛のうめき声をあげ、鼻を抑えている。黒髪、黒のローブ、黒ズボン、黒靴。全て黒で統一させたリズの基本スタイル。
そして思った通りの発言。
「本当に殿下ですか?殿下ならもっと私に嫌味を言ってくるはず……。しおらしい殿下など、殿下に非ず。何者ですか!」
「正真正銘のリオネルだわ!!リオネル第一王子様だ!!相変わらず失礼な奴だな!?」
「あ、殿下ですね。そうそう、そういう感じ。それでこそ殿下です」
「おまっ!だぁー!!クソッ!!」
以前と変わらずのこの態度。ホントムカつくわぁー!
でも、不思議と心が軽い。
彼女がいるだけで何とかなる。何故かそう思える力が彼女にはある。だからこそ、今回の招集から除外した。
「何故ここにいる!お前を呼んだ覚えはないぞ!!」
空中に浮かんだまま私を見下ろすリズは、やはり以前よりも痩せているように見えた。元から細かったというのに今では枯れ枝のような体ではないか。真面に眠れていないのか目の下の隈も最後に見た日よりも濃くなっている。それに……。
「帰れ。……命令だ」
出来るだけ肌を見せないような衣装。その隙間から一瞬だけ見えた。
人の体では通常起こりえない、肌の亀裂。硬質化が進んでいる証拠。
否が応でも、彼女の死期が近い事を思い知らされる。
「えぇ。ですがその前に」
体勢を整え、リズが対峙するのは膝蹴りを喰らわせた魔族。鼻から赤い血を垂れ流しながらこちらを睨みつけている。その怒りたるや。
『き、貴様ぁーーー!!』
「ごめんなさい。丁度転移したらいい具合に膝に当たっちゃって。悪気はなかったんです」
ぺこっと頭を下げ謝る仕草をするリズに対し、魔族の男は怒りが治まらないようでこめかみに血管が浮き出ている。こちらとしても魔族に頭を下げる行為などフリであろうとしてもらいたくない。この状況を固唾を飲んで見守っている国民の前でのこの行いに、案の定多くの民はリズに対しての不信感を募らせた。
「魔族に、謝罪をしたのか……?」
「なんでっ!私達を助けてくれるんじゃないの!?」
「やっぱり、『黒持ち』と魔族は仲間なんじゃ……」
ザワザワし始めた国民達の中には『黒持ち』がやはり魔族なのではという憶測、しばらく前まで常識であった認識を再燃させる事になった。酷い罵倒がリズや自分達を騙したと王家に対しても非難の声が向けられる。これまで必死に結界を強化し、補強しているというのに、だ。
「裏切者!!騙したんだな!!」
「やっぱり魔族なんじゃねーか!!俺達を殺すつもりだろう!?」
「酷い!!私達が、何をしたっていうのよ……!」
「……『何をした』って?」
ピクッと反応したのは魔族と対峙していたリズだ。
「「「ひっ」」」
魔族が向ける捕食者の目よりも更に恐ろしい。怒りを凝縮させた憎悪。体中の血液が一瞬で凍るかのような錯覚。自分に向けられたものではないと解っているが、それでも他人事ではない。
「よく言えるものだ。先ほどまでアデルハイト殿下がご尽力されていたのを目にしておきながら……。囚われ攫われたのを見ておきながら、あなた方は一体今まで何を見ていた?殿下が結界の外で戦闘を行っていたのは弱まった結界に攻撃させない為。謂わば自身が囮になった事で結界を、結界の中にいるあなた方を守る為だというのに……。その眼が節穴だというのなら必要ない。抉り出せ」
隠しもしない怒りの感情。魔力を抑える事もしないリズの、正真正銘の憎悪。
こちらとしては不用意に頭を下げるような真似をした事が原因だろうと言いたいが、これまでのアデルの献身を否定するかのような言葉の数々には無性に怒りを感じたのも事実だ。俺や父上もこの事に関しては擁護出来ない。したくない。
されど力無き平民でしかない者からすれば結界の弱体化や魔族の放つ禍々しいオーラを感じる事も出来ない。言い知れぬ不安は恐怖に変わるがそれを打開する術を国民は持っていないのだ。そして何より、この国に長く染みついた『黒持ち』に対する悪感情を簡単に雪ぐことが出来ないのもまた、事実。
「王太子のおかげで結界を維持できた。これはとても大きい」
恐怖で声も出なくなった頃、不意に国王陛下が声を上げた。その顔は疲労困憊で正直立っているのもやっとだろうに、国民の前だからと王の威厳を崩さぬように取り繕っている。委縮する国民を眺め王は続ける。
「僅か数時間、数分、数秒生き永らえるだけかもしれない。されど、その瞬間までは生きている。生きていればどこかで巻き返せる可能性もある。死ねばゼロ。ならば、僅かな時間であろうと生きる道を選べ。それが生き残る為の最低条件。……生きる事を諦めるな」
キッと空を睨み、王はリズを見上げる。
「私は生きてこの国を、民を守らなければならない!!リズよ!力を貸してくれ!!」
陛下も解っている。リズの状態がどれほど深刻なのか。
だけど父は国王だ。一人の犠牲で大勢を守れるというのなら、迷いはない。そしてそれはリズも解っている事。自分の命一つで助かる命がとても多い事に。例えすぐそこまで死が迫っていようと、王の嘆願ともあれば断れない。断らないのがリズだ。
「私は私の成すべきことを。……それはここではないので、この場は彼らに譲りましょう」
そうして両手を左右に広げたと同時に現れたのは転移術式。
青い光を放ち現れたのは。
「フロイド!?」
「殿下!?」
東方に魔物討伐に向かっていた魔術師団と騎士団だ。
「追加、いきます」
今度は国軍。そこには三年前の防衛戦で前線に立ったエルグストン大将と伯母であるブリジット中将の姿があるではないか!一挙に転移で送られてきたのはこの国の精鋭達。中でも先の防衛戦で一歩も引かぬ姿を見せ、自ら前線に立ったエルグストン大将は国民からの支持も高い。統率力も高く、寄せ集めであろうと魔術師・騎士・軍人の垣根を越えてまとめることが出来る非常に優秀な指揮官だ。彼の下にいる伯母上も国民人気は高い。そして魔術騎士団に所属するのは第二王子のアーヴィン。彼なら騎士団と魔術騎士団の両陣営のまとめ役として最適だろう。
「~~~っリズゥ!!」
そして。
魔術師団を取りまとめるのがこの男。フロイド・グリーンフィールドだ。リズが絡まなければ非常に優秀で将来有望。次期宮廷魔術師長と名高いだけの実力を誇るこの男までもがリズの手によって転移させられてきた。
魔族が召喚されたと同時に各地に散る彼らを呼び戻す為の連絡を入れていた。リズがいとも簡単に転移をするから忘れがちだが並みの魔術師ではこのような大量の人間と物資を一度に、それも遥か遠方から転移するとなると数十人の魔術師が何時間も時間をかけ魔力を貯めてから行う必要がある。
王都に残された魔術師達だけで呼び戻そうにも、結界の強化・補強に回す必要があった為に必要な人数も時間も確保できずにいた。それでも数人を転移の為に残してきたがもっと時間がかかっていただろう。
「がっはははは!!足元に魔法陣が浮かび上がったと思ったら!逃げる間もなかったぞ!!」
腕を組んで楽しそうに笑うのはエルグストン大将だ。困惑する部下をよそに豪快に笑うその姿を見て周囲はポカン顔になっている。直属の部下である伯母上は頭が痛いと言わんばかりだが。
「―――して。我が国に仇名すからには相応の覚悟があっての事だろうな」
「「「―――ッ」」」
一変して鋭い眼光を宿したエルグストン大将は上空の魔族を敵と捉えた。獰猛なオーラを吹き出したその姿は最早どちらが魔族なのかも怪しい程。好戦的というより手を出して来たなら容赦しないというのが軍の中での彼の評価だ。平和的解決の道があるのなら武力一辺倒ではなくあらゆる道を模索する。それがエルグストン大将。
「はぁ。王都から連絡がきてすぐに部隊編成を行ったがそれ以降連絡は取れない上に何らかの妨害魔術を受けて転移もままならなかった。このエルグストン大将は走るか!など簡単に抜かして本当に走り出すし……。殴り飛ばして止めたが、裏切者共の捕縛に思いの外時間が取られてな。再度部隊の見直しを行っていたら急に魔法陣が現れて反応する間もなくコレだ。……裏切者の始末は私も手を貸す。同情の余地なく、一切の慈悲もくれてやらん」
「なぁに!そう気負うな。被害という被害は未だ出ていないのだろう?それも陛下や王太子殿下、リオネル殿下のご尽力の賜物。我らは我らの役目を果たすのみ。なぁ!そうだろう!?」
おぉ!!という野太い声が辺りに響く。大将直属部隊の屈強な軍人達を前に民達は驚きと僅かな希望を見出し顔の表情も緩みだした。
「エルグストン大将、ブリジット中将。そして総騎士団長に……宮廷魔術師フロイド・グリーンフィールド。そして何より……魔術師リズ。感謝する。状況は見ての通り最悪の一歩手前だ。なんとか持ちこたえた結界も、今は跡形もない。
護ってくれる盾もなくなった今、お前達の命を保証するものはなく更に民の盾になる事になる。だが、ここで引くわけにはいかない。魔族の侵入を許した今、これはシリル王国だけの問題ではなくなった。ここで止めなければ周辺国は勿論、大陸中が魔族の侵略を受ける事となるだろう。そうなれば被害は甚大。人の世界
は一変する。それだけは止めなければならない!
頼む!私と共に、この国を、この世界を賭けて戦ってくれ!!」
そう言って父、国王陛下は民の前であるというのに深々と頭を下げた。
ザワつき、やめるように進言するも陛下は一向に頭を上げようとはしない。
「頭を下げることが何だというのだ。ここで踏みとどまなければ人の世界は蹂躙され尽くし残るのは絶望のみ。そんなことになるくらいなら、私の頭などいくらでも下げよう。現状、どうにかするにはこの場にいる我々が協力するしかないのだ。明日どころか、半日後には物言わぬ骸になっていても可笑しくない。仲間内で争っている場合はないのだ」
軍と騎士団。魔術騎士団と騎士団。そして魔術師団。様々な思惑や粛清されたブラッドフォード公爵家とメイウェザー公爵家の対立。それが未だにそれぞれの足枷となり互いに信用しきれていない部分がある。
大切な局面。ここで争うような真似が出来るとも思えないが、思わぬ愚か者はどこにでもいるものだ。
一枚岩とはいかぬ王国の内情。王家にとって代わろうとする勢力や最早王家が必要なのかという意見も出てきている。まぁ、それはこの際おいておくが、派閥や思想の違いなんかで騎士団・軍・魔術師団は普段からもお互いけん制しあう仲。顔を合わせると喧嘩にも発展するほどだ。
「そんなもの死ねば言ってられない。死んだ人間がどうやって喧嘩するっていうのです。対個人戦であろうと集団戦であろうと、対立してたらあなた方でも片手でひょいっで殺れるのがオチですよ~」
……空気読まない人間はが近くにいた事を忘れていた。
誤字報告ありがとうございます!
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