それぞれの思い
(負けた……)
最早この体では一人で立ち上がる事も出来ない。壁に打ち付けられた全身が痛み、呼吸をすることですら痛みを生じる。……完敗だ。
解っていた。あの人に敵うはずがないのだという事ぐらい、一番自分が解っていた。でも、城から出されて行き場のない怒りと悲しみ今後への不安を抱えている時にあの男が力を与えてくれた。今までの自分とは違う、強力な魔力を持った事で勘違いをしていたのだ。
これで城を追い出した連中を見返してやれる……!
愚かにもそう信じて男の手を取った結果がこの様だ。ちょっと力を手にしたくらいの落ちこぼれが、才能とそれに溺れることなく努力を重ねてきた異母兄に敵うはずなどないというのに……。
愚かな女の愚かな息子。
出て行く前に聞えてきた自分と母に対する侮蔑。父と信じて疑わなかった人が全くの他人であった事へのショックから抜け出せなかった頃に向けられた嫌悪の目が忘れられない。それまでは媚びを売って諂ってきたというのに、母の行いは許されるものではないが私は知らなかった謂わば被害者だというのに。王の子でないとわかれば掌を返すように離れて行った。従僕も侍女も友人もすり寄って来た令嬢達も全て、離れて行った。
愚かな息子である自分は漸く気づいた。自分を好いている訳ではなく皆王子という立場を好いていたのだと。ソレが無くなれば自分には何の価値もないのだと。
惨めじゃないか?
確かに魔力も少なければ剣の腕が立つわけでもなかった。勉強は嫌いじゃないけど異母兄上ほど熱心に取り組む気もなかった。でもそれは自分だけではなかったはずだ。
聖獣ゼーレ様の手によって亡くなったセオドア異母兄上もそうだった。第一側妃である兄上の母からは次期国王になるのはアーヴィン異母兄上でセオドア異母兄上はその補佐を行うのだと。リオネル異母兄上を蹴落とし、他の側妃が生んだ王子を排除するのに心血を注いでいた。私の母も王に成るのは私だと言い聞かせてきたが第一側妃に比べると母の暗躍は稚拙でしかなかった。
異父姉上に比べ出来が悪かった私は母の稚拙な策の失敗を押し付けられる役回り。『お前がもっと優秀なら』『出来損ない!そんなのでリオネルを排除できると思っているの!?』『あぁ……!コーデリアが男であればよかったのに……』
姉上も今思えば可哀そうな方だった。王妃、第一側妃が続けて王子を生んだ事で期待されて生まれてきたのが第一王女である姉上。周囲は初の王女だとして喜んだが、母上は大いに落胆したらしい。私が生まれてからは姉上は母上からの関心を完全に失い、孤立していた。当時の私は愚かにも女なのだから仕方ないと思っただけで、どうにかしようとも思わなかったのだ。母の愛情を一心に受けていた自覚もあった。でも、それがおかしい事とは思いもよらないところが私の愚かしさの一端だ。
そして愛されていると勘違いした私が父の、王の子でなかったという現実を知らせれた。母は理不尽にも私を罵った。信じられなかった。父を裏切ったのは間違いなく母だというのに、何故私を罵り生まれて来なければよかったと言われなければならないのだ!
結局母は姦通罪で処刑、私は放逐させられた。一番恨むべき相手はすでにこの世にいない。裏切られたと言ったが、私の存在自体が裏切りの証なのだと気づいた時にはもう手遅れ。
ヴァージル叔父上と共に破れ拘束され、別々の牢に入れられた。後は沙汰を待つだけ。間違いなく処刑を言い渡されるだろう。最低限の手当をされ放置される中、これまでの人生を振り返る。これではまるで処刑されるために生まれてきたようではないか……。
「なんの為に、生まれてきたというのだ……」
もういい。もう、どうだっていい。自分の愚かさはわかっているが、こんな世界にもう未練はない。
『ならばその体、我に寄越せ』
そうして意識が闇に呑まれた。ぬるま湯に浸りゆらゆら揺れるような心地が眠りを誘う。
「!?おいっ!どこだ!!どこに消えた!!?」
「見張りは何をやっていた!!」
「至急連絡を!!罪人が消えた!!」
*****
「コールドリッジはどこだ」
あの男、リズを侮辱したあの男を絶対に許さない……!
リズは僕にとって恩人だ。それもただの恩人じゃない。彼女がいなければ僕が王太子になる事もなければこうして外に出る事も叶わなかった。感謝してもしきれないほど感謝している。
そして一人の女性としてリズを愛しているんだ。
出会いは〝北の塔〟。ここで僕は一生を終えるのだ、それが周りにも一番迷惑をかけない事なんだと言い聞かされ納得していた。執事だったブライアンに言いくるめられ、外への興味を押し殺して時間が流れるのをただ待つだけの日々。生きているのか死んでいるのかもわからない状況で現れたのがリズとその夫であるフロイドだった。
初めて会う二人と宮廷魔術師のフロイドの父上であるバーセル侯爵に僕は緊張してしまい、魔力暴走を起こしてしまった。どうにか抑えようにも抑えようとするほど慌ててしまいパニックになり、暴走した魔力は僕の意志とは違い、三人に向かって暴れた。結界を張り防御する侯爵とフロイドを尻目に、リズはあっさり無力化してしまった。なんて事ない、そんな顔をして。
それからリズは僕にとって感情をむき出しにしても平気な人になり、すぐに大好きになった。世間から隔絶された世界で生きてきた僕にとって、リズは唯一接することが出来た女性。細いけど柔らかい体やふわっと香るリズの匂いがドキドキしてもっとくっついていたいと思った。でもリズはフロイドの奥さんだからあまりくっついているとフロイドが怒る。リズも恐れ多いというけど僕はリズとくっついていたかった。離れたくなくて夕方フロイドと交代になるのが悲しくて寂しくて駄々をこねるのは毎日。手を焼いただろうにリズは嫌な顔一つせず、僕が落ち着くまで傍にいてくれた。
女性としてリズが好きと自覚したのはいつだったかな。フロイドがリズの言葉を無視した時があったから、その時にリズと結婚したいと思ったんだっけ。その頃にはもうリズに夢中だったんだ。フロイドが羨ましいと思ってたのに無視するような真似してムカついたんだよね。
リズは前髪を伸ばして顔を隠すようにしてたけど素顔はすっごい美人なんだ。勿論、顔が綺麗だから好きになった訳じゃないよ。顔も好きだけど僕はリズの全部が好きだからね。
感情表現は豊かとはいいがたいけど表に出ないだけでとっても楽しい人。全く笑ってないのに嬉しい事があると僕を抱き上げてクルクル回ったりしてたなぁ。
ねぇ、リズ。
もし僕が君と同年代だったら、同じ学院に同時期に通っていたら、僕にもチャンスはあったかな?フロイドじゃなくて僕と結婚する未来があったのかな?
……なんてね。僕はリズが好きだよ。でもね、フロイドを好きなリズもひっくるめて大好きなんだ。だから答えはわかってる。リズはフロイドの事大好きだもんね。
今フロイドは仕事をしながら次の結婚相手を探してる。一番の条件はリズをこれからも愛していく事を許してくれる人らしいよ。我儘だよね~。……気持ちはわかるけどね。
リズ。僕は今までずっと守られてきたんだ。父上から、ネイサンから、兄上から、ゼーレ様やリズやフロイドからずっと。怯えて隠れてただ震えていた。皆に守られていた。
だから今度は僕が皆を守るよ。
君がいなかったら僕はここにいない。今も塔の中で時間が過ぎるのを待っているだけの人生だっただろう。そんな人生もう御免だ。
自由がこんなに素晴らしい事を教えてくれた君に誓おう。
生きてこの国を、民を必ず守ると。
だから見ていて。
まだ消えていないでしょう?まだ君の魔力でゼーレ様が顕現されているんだもん。
護るよ。
君を。国を。民を。全て。
だから安心してね。僕はもう一人じゃないから無茶はしないから。必ず生きて守り切って見せる。だからさ、君は見てて。
君がいなくても僕はもう大丈夫なんだって証明するからね。
僕の大好きな女性よ。
*****
『!』
「オーブ様?どうかなされましたか?」
神聖ザカライア法王国。昨年新たに法王となったブレット・マーシャル・ゴールドバーグはザカライアの守り神である聖獣オーブの様子がおかしい事に気づいた。
殺気にも近いオーラを纏わせる聖獣にただ事ではない事態が起きていると判断したゴールドバーグは秘書官に今日の予定は全てキャンセルさせ、オーブの動向に注視した。自身も何処か胸騒ぎがする。言いようのない不安感が押し寄せるが法王となった今、それを外に出すわけにはいかない。
『……なんと、愚かな』
「オーブ様?っ!?オーブ様!!」
何とも悲し気な声でそう呟いたオーブは直後、まるで空気に溶けるかのようにして消えてしまった。目の前で一部始終を見ていたゴールドバーグはそれがオーブ自身の意志ではない事が分かったがどうする事も出来ぬまま、消えていくオーブを見ていることしか出来なかった。
(何が起きた、一体どうして―――!?)
その答えは数分後に部下からの緊急の連絡を受けて知る事になる。
「結界が消えただと!?」
その一報は人を恐怖と絶望に叩き落すには十分だった。
結界とは『不可侵の森』を取り囲む国境の護り。魔王封印の地から溢れる瘴気を外に出さない為であり、魔族からの侵入を拒むものである。代々聖獣オーブをはじめとした『不可侵の森』に国境を面する国の守護神、守護聖獣が結界を張っていた。その力の源は法王であったり国王であったり聖女と呼ばれる者であったりと様々ではあるが、そう簡単に消えるものではない。
一角の力が衰えれば他がカバー出来る仕様になっている。そのおかげでシリル王国の聖獣ゼーレが弱体化していた時もザカライアを含めた他の国の守護神、守護聖獣がそれを補っていたのだ。
そうやって一角が崩れたところで問題なく結界が展開されるはずだ。それなのに消えただと―――?
契約を果たし、魂で繋がったオーブとの繋がりを辿る。すると普段よりも薄く細くなっていた事に漸く気づいた。何故こんなにも細い繋がりになっている事に気づかなかった!?
背筋がゾッとした。冷や汗が止まらない。
「結界周辺の地域はどうなっている!?」
「それが、何度やっても連絡が取れず!状況は不明です!!」
常に結界の傍には守り人を配置させており、結界に異変がないかを見張らせていた。6年ほど前に結界に綻びが見られた事で更に厳重にしてきた。シリル王国の魔術師であり、ゴールドバーグの命の恩人であるリズの協力で遠く離れた地域からでも情報交換をやり取りできる魔道具を提供された。画期的な魔道具に腰が抜けるかと思ったが、更に驚いたのはそれを無償提供するという事。リズ曰く、趣味で作った物で細部などはまだまだ改良の余地があるので大したものではないという理由だ。第一王子であるリオネルがリズを笑ってない笑顔を向けていたのでその後どうなったのかは気になるが聞けなかった。
兎も角、常に正常に稼働しているのか点検は欠かさず毎日の報告も義務付けていたというのに連絡が取れないとは一体どういうことだ。
聖獣オーブの失踪、『不可侵の森』を囲む結界の消失。そして守り人との連絡がつかないこの状況。
何が起きているのかは分からない。ただ、良くない事が起こる事は直感でわかる。ザワザワする心を落ち着かせ、法王としてまずは慌てる部下達を宥めなければ。
ゴールドバーグは慌てふためく部下達を宥め、可能な限り情報を集めるように命じ自身は己の魔力のみで国を全て包み込む結界を張った。これで事なきを得ればいいのだが、期待とは裏腹に胸騒ぎが治まることは無かった……。




