アーサーとヴァージル 決着
城の対策本部は王太子アデルハイトの雷撃で城内は慌てふためいていた。王国内でも最も安全であるはずの城が戦場と化すなど、平和ボケした人間は思いもよらず、恐怖で支配されていた。上空には魔族が、城内ではすでに戦闘が始まっており時折大きな揺れが襲う。
慌てふためき、我が命が優先とばかりに逃げ惑う城勤めの貴族や使用人達は人を押しのけ逃げ惑う。どさくさに紛れて調度品を盗んだりと品の悪い行いをする人間も多い。だが、命を守る為賄賂を渡してでも強い人間に守ってもらおうとするならばそれも必要なのかもしれない。ただ、あまりに見境が無さ過ぎる。
「狼狽えるな!!」
そこに現れたのは王妃ジュリエット・エマ・ラファティ。この非常事態だというにも関わらず凛としたその姿はまさしく為政者の妻に相応しい。普段は温和な王妃が発したどっしりとした一喝。それまで狼狽え逃げ惑っていた人間はビクッを体を震わせ停止した。
つかつかと歩くその優雅かつ威厳ある姿に今まで狼狽えていた事が恥ずかしいと思えるほど落ち着きある姿。有事の際には王に変わり、民をまとめ上げることが求められる王妃という立場。実際にその役目が回ってくる事など戦時下でなければほぼない。王妃がその立場になる以前から平和が続き、妃に求められるのは子を生む事以外には美しさと聡明さだとどこかの貴族が社交界で触れ回っていた。王の後ろに控え、笑っていればよいという考えに、多くの貴族は賛同した。
ジュリエットは王の隣に立ち共に歩く事を希望していた為、王妃教育以外にも軍事や政治、帝王学も学んでいた。それを小賢しいと評したのは一体誰だったか。
「国王、王太子、第一王子が現在民を守る為尽力しているのです!!怯える必要などありません!我らには我らの役目がある!!己が責務を全うせよ!!」
そもそも貴族は貴族であることを証明する為に魔術学園に入学し自己防衛については最低限学んでいる。城に勤める人間には貴族出身も少なくない。多少なりとも魔力があるし、対抗する知識も持っている。それだというのに魔族の襲来に怯え、我先に逃げようとするなど恥でしかない。特に上級貴族となれば率先して国民を守る義務も発生するというのに。
恥じ入る使用人や官僚、衛兵達。女性の中にも己の行いを振り返り気まずく思うのか俯く者達がいる。城内の混乱を治め、纏め上げ、後方支援を行う。前線が何の憂いもなく立つには後方の支援が必要だ。そしてそれを行うのは、残された者達にできる唯一の加勢。自分達が混乱していて守れるものなど何もない。
「必ずや撃退して下さる!!我々が慌てている場合ではない!!」
「「「はっ!!」」」
側妃達に下に見られ、一時は『黒持ち』を産んだ事に嫌悪を抱かれた王妃。美しさだけの側妃達は相次ぎ失脚。仮に王妃になったとして彼女達がこの場にいたら、どうなっていただろう。
……ありもしない、もしもの話だ。そんな事よりも今は自分達が出来る事を、戦場に立てなくとも別の形で共に戦うことが出来るはずだ。そう、気づかされたのだから。
*****
お互い先ほどの王太子が放った一撃の余波を防ぐために防御に徹した。聖獣ゼーレが主として認めただけあって魔力量は王族の自分達と比べたても桁違い。たった一撃、しかも正面から受けたわけでなく余波を防御しただけで魔力が底を尽きかけている。恐ろしいと思わずにいられようか。しかも王太子の方は肩で息をする様子はあるがまだまだ余力があると見える。
「化け物め!」
「口を慎め、最早貴様らは国家反逆の罪人。降伏せよ」
額に汗が滲むもヴァージルとアレクシスは一歩も引かないと言わんばかりに臨戦態勢を取る。ここで投降してくれればと思えど、そんな思いが届くはずがないとはわかっている。それでも家族だった情と言うのは確かに存在する。アレクシスとは残念ながら血の繋がりはなかったが息子と思い過ごしてきた時間は間違いだったとは思わない。勿論、弟であるヴァージルに対しても同じ思いだ。
頑固で一度決めたら納得するまで意見を変えない弟。初恋を今でも引き摺っているのは彼の性格を考えれば頷いてしまうが、その相手がジュリエット王妃となればアーサーも黙ってはいられない。己の不甲斐なさで最愛を悲しませ失望させた。挙句に呪詛の種を芽吹かせるきっかけを作りアデルハイトを追いやった。今もジュリエットが王妃として隣に立ちアデルハイトが王太子として立っているのも奇跡としか言えないほど、彼らの仲は拗れに拗れていた。一時期は王妃として公務に出向く時以外は会話もなく視線も合わなかったし、贈り物も、手紙も、リオネルからの手引きすら拒否され、仕事以外は何も手がつかない状態であった。
そんな頃にはもう戻りたくない。すぐそこにいるのに触れられない、目が合わない、話しが出来ない生き地獄を、もう二度と経験したくないのだ。
「これで最後だ。ヴァージル、貴様を拘束する」
「兄上、私は捕まらない。貴方からジュリエットを解放するまでは、絶対に!」
残り僅かな魔力を最大限拳に集める。右肩から拳にかけてヴァージルの雷属性の魔力が纏わりビリビリと電気が迸り、袖が焦げ付き破れた。そんなこともお構いなしにヴァージルは意識を拳に集中させ、深く息を吐く。
魔力を放つ事も出来ない、恐らくこれが最後の一撃。
ヴァージルの集中が最高潮に達した時、アーサーに向かって一気に走り出した!
「おおおおぉぉぉおぉぉおぉお!!!」
アーサーもヴァージル同様魔力は枯渇し残りはあと僅か。
鬼気迫る形相のヴァージルを前にしてアーサーの心は凪いでいた。それは全てを諦め成すがままに身を任せようというものではない。
既に心を決めたのだ。
何があろうと、どれほど困難が待ち受けていようと、相手が血を分けた弟であろうと。
「私は!ジュリエットを守る!!」
ドゴォォォン!!
拳と拳にそれぞれの思いを乗せ交差した。
国王、王弟、兄、弟……、そんなことは全て捨て置き、男と男の真剣勝負。愛した女を賭けた男同士の初めての真っ向勝負。
目が眩むような稲光が拳がぶつかった瞬間に走り、雷鳴と共にその激しい衝撃波が瓦礫を更に破壊した。光が治まり目が元のように見えるまで数秒。静寂が辺りを包んだ。衝撃波で舞った煙や粉じんで二人がどうなったのかはっきり確認できないが、立っているのは一人。
「……っ陛下!」
立っていたのはアーサー。その足元に崩れ意識を手放しているのはヴァージル。
気だるげな様子はあれど、両足でしっかりと立っている。
ワァァァッ!!
王の勝利を確信した騎士や魔術師達は歓声を上げ拳を高く空に向けて突き上げ、隣同士互いによく知らない相手であっても抱き合って喜び合った。歓び、涙を流して安堵する者達を視界に収めたアーサーは自分が勝ったとこの時漸く理解した。足元には気絶し動かないヴァージルが右の口端から血を流している。髪も服も汚れ、所々破れたり血が出ていたりしてボロボロだ。そんなアーサーもヴァージルに負けず劣らずのボロボロ具合である。
「腹を割って話そう、それでも……ジュリーを渡すことは無いがな」
腰を落とし、意識を失っている弟に向けて話しかけるアーサー。複雑な想いを抱えたその表情は勝利したというのに冴えないものだった。
ドーーーン!!!
「おや、父上。もう終わっていましたか」
「ああ。そっちはもう終わったのか?」
「はい。今しがた」
「そうか」
そうしてリオネルから視線をずらすとそこには壁にめり込み意識を飛ばした元王子、アレクシスの姿があった。ぐったりとしてピクリとも動かない元息子を見たアーサーは一瞬悲し気な顔を見せたがすぐに顔を引き締めた。
「さぁ、いつまでも休んではおられん」
「ですね。アデルなら大丈夫でしょうが」
リオネルの方も髪は乱れ服は破れ怪我だらけ。それでも顔は清々しく晴れやかだ。思えば幼い頃からリオネルには苦労をさせていたとこの時アーサーは気づいた。父親と母親の気まずい関係に加え側妃達親子との関係に立太子出来ない第一王子という微妙な立場。もしかしたら知らないだけで他にも様々な苦労と苦悩を抱えさせていたのかもしれない。
改めて王としても父親としても半端であった事を自覚し項垂れるアーサーを不思議そうな顔で見るリオネル。
「父上?どうなされました?」
「……いや、お前にも苦労をかけたなと」
「?今更ですね」
「ぐっ!?」
グサッ!!
会心の一撃!!アーサーの心に容赦なく鋭い刃が突き刺さった!
「父上のヘタレ具合は今更ですし、そのせいで側妃達がのさばったのも事実ですね」
「うっ!(グサッ)」
「母上との仲を取り持つように縋ってきた時は我が父ながら情けない思いでした」
「うぅっ!(グサッ)」
息子からの容赦ない言葉の刃が次々にアーサー投げかけられ、ライフはもうゼロである。ヴァージルとの戦闘でのダメージよりも正直こちらのダメージの方が大きい。
「まぁ、王としての仕事はきっちりこなしていたのでそこは尊敬しています。父親としては……ここで言う事ではありませんね」
「……すまない」
「いえ、別に」
「……」
流れる沈黙。リオネルに悪意はなく今は本当にもう何も思うこともないのだが、それが余計にアーサーからすれば辛い。父親として、もう何も望まれていないのだと言われたも同然なのだから。
「……行くか」
「はい」
心に大きなダメージを抱えながらも立ち上がり、アデルハイトの元に向かう事にしたアーサーとそれに続くリオネル。反省と後悔が押し寄せるが今はそれどころではないと振り切る。一刻も早くアデルハイトと合流し、上空の魔族を撃退する為の策を練らねばならない。そしてこの襲撃の黒幕であるエヴァン・コールドリッジの捕獲。これを優先させねばならない。
コールドリッジの言葉が本当だとすればアデルハイトですら奴には敵わない。そんな男相手にアーサーやリオネルが挑んでも返り討ちにされるのが関の山。だがそれでも一国の主とその血を継いだリオネルには国民を守る義務がある。
例え全く敵わない相手であろうとアデルハイトの盾くらいにはなれる。国の存続の為にはアデルハイトの存在は必要不可欠。ゼーレの結界を維持できる魔力を持つのはもう彼しかいないのだから。
勿論、二人ともここで死ぬつもりは全くない。むしろ死んでたまるか!と思っているので必ず生き残る方法を頭の中で何十通りもシミュレーションし策を巡らせている。どれが一番生き残る可能性が高いのか、生き残る為の確立をそこからどう更に高めるか。二人は無言のまま対策本部を後にする。
王、王太子、第一王子が揃って戦場に向かうなどありえない。血筋を残す為には誰かが残るべきであり、そうするべきだ。王であるなら城に残り残った者達を束ねあげ戦場から報告を待つだけでいい。そうでなければ最悪の場合三人とも命を落とす可能性だってある。それが一番最悪のシナリオ。
「どの道、結界が破られれば玉座など意味を成さん」
「破られない事を願いますが、コールドリッジがこのまま引くとは考えられない。捜索の手は多い方が良い」
アーサーの言う通り万が一結界が破られでもすれば国は間違いなく滅びを迎えることになる。そんな状態で国王一人が生き残って何になるというのだ。第一、アーサーの力が万全だとしてもあの魔族の大軍を前にすれば逃げ続ける事は不可能。その間にも人は餌となり蹂躙されるのが目に見えている。
ならば微力でもアデルハイトやゼーレの力になる方が余程建設的ではないか。逃げたところで守るべき国民がいなくなった国で王など名乗る事など出来ようはずもないのだから。
国の存続は今この時に掛かっている。結界の破壊は国の滅亡ととっても過言ではないのだ。事態の深刻さを解っていたつもりでいた騎士や魔術師達の顔色が更に悪化した。
存続か滅亡か。
これまでの平和な時間が足元から崩壊していくのだった。
体調不良で更新遅れていました。ストックもなく今後も不定期になるかもです。




