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悲しみのフロイド

 

 公に婚姻無効が宣言された翌日。

 リズは既に王都を立ち、痕跡も一切残さず消えてしまった。


 フロイド・グリーンフィールドは前日リズと共に最後の日を過ごしたが、どうやって王宮の自室に戻ったのか覚えていなかった。恐らくリズの仕業であることは明白。夫婦として最初で最後の夜を過ごそうと思っていたが、そんな邪な考えをリズは悟っていたのかと自分の浅ましさに嫌悪する。


 慌てて身支度を整え外に出れば普段と何ら変わりない朝の光景。変わりがなさ過ぎて腹立たしい。この平和と安息はリズの功績だというのに、全く誰も気づいていないのだ。

 そんな怒りを抑え、リズを探すがどこにも見当たらない。嫌な予感がして魂の繋がりを頼りに探ってみる。しかし、そこで異変に気付く。



「……ぇ……な、な、ぜ……?」



 魂の繋がりは死んだとしても来世でまた巡り合えるほどに執着した呪いにも似た術だった。なのに……



「繋がりが……、消えてる?」



 昨日までしっかり繋がっていた。だからこそ、リズの本心が伝わって来たのだ。彼女もまたフロイドを愛していた。だからこそフロイドの未来を守る為にも彼女は婚姻無効を願った。


 フロイドだって馬鹿じゃない。リオネル殿下に丁重に扱う様にと一時の世話係を命じられた他国の王女。彼女が自分に惚れている事、婚姻を望んでいる事、断れば王国にとって不利益を被る事になる事。……アデルハイト殿下の為にも、陛下は了承すべきだと考えている事。そして何より、多くの貴族達はリズとの離縁を望んでいる事を。




 *****




 平民であり『黒持ち』という蔑称で呼ばれる『イェルサの民』であるリズ。

 そんな彼女を侯爵家の嫡男たるフロイドの妻など務まらないと。アデルハイト殿下の護衛の為、仕方なしに婚姻しただけの中であると、婚姻当初からそう叫ばれてきた。王命であったとは何とも哀れだと憐憫の目で見られる事も少なくなかった。


 フロイドも侯爵家としても抗議を幾度もしてきたが困った事にその数は減らなかった。もっと恐怖を与えてでも抗議を続けていれば、こんなことにはならなかったのか。……何度考えても答えは出ない。


 アデルハイト殿下が立太子し、姿を公の場に現した頃には『黒持ち』への悪評は表面上沈静化した。しかし、リズに対する評価は低いままだった。それどころか殿下に呪いをかけ、『黒持ち』にしたのではという事実無根の噂まで流れる始末。その噂の根源を洗い出し、リオネル殿下に処罰を願った所嬉々として処罰して下さった事には頭が下がる思いだ。その一族はもう二度とこの国では貴族を名乗れなくなったあと、当主夫妻と子供達は一生涯を城の地下で過ごすことになった。ざまーみろ。


 そんな彼女の評価が変わったのはクラシオン共和国の侵攻防衛戦だ。軍人を中心にリズは畏怖の念を抱かれるようになった。軍上層部は彼女を危険視していた事もあるので下手に刺激しないよう、軍関係の家は表立ってリズを蔑む事はしなかった。

 しかし、元から軍人を下に見る傾向にある貴族からの評価は変わらず、むしろ悪化したように思う。野蛮だなんだと理由をつけて離縁を勧めに来るいい人面したクソ共を何度氷漬けにしたあと粉微塵に砕いてやろうかと思った事か。


 リズがリオネル殿下の使いとして防衛戦で協力を仰いだ南方東方諸国に出向いている間に国民の避難先として協力してくれた隣国の王女が交流と称して王国にやって来た。

 本来ならリオネル殿下の婚約者になるのが一番だったろうが、彼女は随分甘やかされたらしく他国だというのに自分が女王にでもなったかのように振る舞った。しかし、こちらとしては国民を受け入れてくれたという恩がある。無碍には出来ず、出来る限り穏便に過ごさせ帰させるように仕向けたが、どうも彼女はフロイドを気に入ったようだ。


 城ではなく、大使館で過ごしてもらっているが抜け出して毎回城に遊びに来る。フロイドが仕事をしていようと、自分を優先するのが当たり前という態度を崩さず、リオネルもかなり柔らかく邪魔だと伝えた所、王女は今後関係を見直さなければならないと父に報告する。国民を受け入れたというのになんて態度だ。王太子が即位したら国交を断つことになると脅してくる始末。


 その言葉に青褪めたのは文官達だ。必死に機嫌を取り宥めようとする姿に呆れを感じた。横にいるリオネル殿下も同様で笑顔ではあるが心の中では怒り狂っている事を察知。国交断絶はむしろ上等だと考えている事だろう。しかし、国民を受け入れてくれたことは事実。穏便に済ませたいというのが陛下の考えで出来ればアデルハイト殿下の代でも友好関係は築いていきたいと考えているようだ。


 機嫌が直り、再びフロイドを誘う王女に自分が既婚者で妻を愛していると伝える。最初は嘘だと喚いていたが婚姻は事実。なら、さっさと別れて自分のものになれと言われた時には城の半分を氷結させてしまったくらいには怒りを覚えた。怒りでどんどん気温が下がっていくのを感じながら目の前の王女を虫ケラのように見つめた。流石にこれはやりすぎだとリオネル殿下に小突かれ我に返った。王女へのフォローは殿下自ら行ってくれたが、これで更に王女の気まぐれと我儘に振り回されることになる。


 妻がいるといっても彼女とは身分差を埋める為、陛下が王命で婚姻させた仲で愛は無く、婚姻してから今日まで白い結婚を貫いているのだと、余計な事を教えた馬鹿がいた。それに気をよくした王女は〝本当の愛〟を教えてあげると呑気に宣った。白い結婚でいたのは自分という運命の相手がいるから無意識に拒否していたのだとか、妻に愛されないなんて不幸でしかないとか随分好き勝手言ってくれたものだ。


 自分達が白い結婚だと教えた人間にはそういうおせっかいなど無縁の場所に放り込んでおいた。きっと今頃休む間もなく働いている事だろう。


 下手に刺激する事も出来ずに王女は国に帰らず居座り続けた。

 大使館から出ないようリオネル殿下が処置しても必ずやってくる王女。転移が出来る訳でもない彼女が毎回でてくるのはこっちの国に手引きする人間がいるからだ。それを排除しない事にはこれから先も邪魔される。それに、リズも任務を終えて帰ってくる。それまでに、この王女を何とかしないと。


 婚約をのらりくらりとかわし、時には不本意ながらも甘い言葉を囁き帰らせる。リズ相手にならいくらでも囁けるというのに、あの王女相手にと思うと吐き気が襲う。それをぐっと耐え、どうにか国交を保ちつつ王女と婚姻しなくて済む方法を探る。

 リオネル殿下は生理的にあの手のタイプは無理。アデルハイトの補佐としてこのまま国に留まるのだから婚姻相手はアデルハイト殿下に嫌悪を向けない人間を探している。王女はアデルハイト殿下を表立っては拒否しないが嫌っているのは確かだ。次にアーヴィン殿下だが、彼は既に伯爵として臣籍降下している。王女と婚約となれば爵位を上げる事になるが、それでは第一王子派が再びアーヴィン殿下を持ち上げ余計な混乱を招く恐れがある。


 婚姻を結んで関係を強化する案は王族では不可能であることが確定。オールバンス公爵家にはつり合いの取れる男性がおらず、その他王族の血を引く家にも問い合わせたが王女を娶れる家はどこにもなくグリーンフィールド侯爵家嫡男であるフロイドが平民であるリズと離縁し王女を娶る事が最も丸く収まるという結論に至った。


 フロイドは勿論反発するが国の為の犠牲は貴族なら当然だと議会でも受け入れられなかった。

 陛下もリオネル殿下もアデルハイト殿下も王妃様も、リズとの離縁を本心では認められるものではなかった。特に王妃様はリズを気にかけており、最後まで反対した。


 フロイドはリズは自分を選んでくれると信じていたが、一抹の不安はあった。自己犠牲をしているつもりはなくても、リズは最善の方法を取る。国の為に何が大切なのかを迷う事がない。貴族であるフロイドよりも決断は早くもしかしたらという思いがあった。



 ……予想は当たった。

 躊躇いもなかった。むしろ陛下の方が躊躇いを見せ今まで見たことが無いように顔を歪ませた。王妃様は悲しみを隠さなかった。コーデリア様も自身の婚姻でお忙しい中、王女とフロイドの事は聞き及んでおり何もできなかった事を詫びられてしまった。

 リオネル殿下はふぅとため息を吐かれワインを口にするが、その顔は申し訳なさそうに見えた。アデルハイト殿下だけは納得できない、国交断絶と盾にするとかあの女は自分が選ばれない事をわかっているからそんな事をするんだと怒り狂っている。


 そんなアデルハイト殿下の声がどこか遠くに聞えるほど、フロイドは消沈していた。魂の繋がりからリズから自分への思いは相変わらずであるのに、離縁をむしろ婚姻自体を無かった事にするなど。



「~~~っ!!」



 人目もはばからず涙が零れる。王族の前だというのに。いい年した大人が声を抑えることなく泣き声を上げるなど、なんともみっともない事か。

 それでも涙は止まらず、次々溢れる。もう、どうでもいい。どんなに思われようと、貴族として失格だと言われようと。フロイドは泣き続けた。


 陛下はすまない、と言い席を立った。それに続き王妃様も憐憫の眼差しを向け目礼して去っていく。コーデリア殿下もそれに続く。リオネル殿下は目を伏せ、何も言わずに出て行った。残るアデルハイト殿下は何か言おうと言葉を探すが出てこない様子。結局フロイドを一人残して席を立っていった。


 残されたフロイドはそれでも声を上げて泣いた。リズ、リズ、リズと繰り返し愛しい人の名前を呼びながら。そうして漸く給仕として控えていた使用人達は気づいたのだ。


 王命だからではなく、フロイド・グリーンフィールドは真にリズを愛していたという事に。


 考えてみれば学園時代のフロイドを知る者から見れば、彼がリズに見せる顔が他の人間に対するものとは全くの別だという事に気づいた。彼が彼女を見る目はとても温かく、優しい目であるのに。どうして忘れてしまったのか。彼が学園では『氷の君』と呼ばれていたという事を。

 そんな彼が一目を憚らず、妻を思い号泣している。彼にとってリズがどれほど大きい存在だったのか、それだけで理解した。




 *****




 魂の繋がりが切れた。

 その事に絶望するフロイドだが、そんな彼の前に一人の男が現れた。



「我が主、リズ様からフロイド・グリーンフィールド様へのお手紙です」



 そうして恭しく差し出されたシンプルな白い封筒を差し出す。眼鏡をかけたこの男からわずかにリズの魔力を感じた事に訝しんだ。しかし差し出された封筒をひったくるようにして手に取ったフロイド。


 中にはフロイドの事がどれだけ愛しているのかを書かれた、リズからの手紙が入っていた……。


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