表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/112

動揺

 

 教皇ディオン・ウジェーヌは狼狽える。

 シリル王国への侵攻は神の思し召し。汚らわしき魔族を打ち取り教皇としての権威を高めるという下心を持って討伐軍を送り出した。

 同盟国や属国を含めて総勢7万の軍勢で一気に攻め滅ぼし、王太子を捕らえ神への捧げものにする算段だった。そうなるはずだったのに。



(馬鹿なっ……! こんな、こんな事になるとは……!)



 ここまで大規模に国攻めを行ったのは数十年振りの事。ウジェーヌより3代前の教皇の時代に『魔族狩り』を行ったのが最後だった。ウジェーヌは教皇となり過去の偉大な教皇と共に歴史になを残すことを夢抱いていたのだ。しかし、それは叶う事になるがウジェーヌが望んだものとは正反対な不名誉な理由から名を残すことになる。



 シリル王国第一王子リオネル・エルネスト・ラファティ。

 最も王太子に近い男と呼ばれていたが、その座は実弟アデルハイトにより奪われた哀れな王子。その優し気でありながらどこか人を魅了してやまない男だが、所詮は顔だけの優男。いざ戦場に立てばそんな男は腰が引けて命乞いをするに違いない。あの綺麗な顔を涙と鼻水で汚して命乞いする様を想像するだけで気分がいい。


 聖騎士団からの報告をワイン片手に待っていればいいのだ……と、そう思っていた。

 だがしかし、蓋を開ければ討伐軍7万は国境に侵入して僅か5分の内に全てが捕縛されるという異常事態に陥った。

 ただ報告を聞いただけなら信じられなかっただろう。鼻で笑い伝令を追い返していたに違いない。


 それがどうだ。上空にシリル王国軍と討伐軍との対峙が映し出されるやいなや、急に現れた魔族の女の手によって7万もの大軍が闇に消え去ったってしまった。信じられない。だが、この眼でしっかりと見た。しかも彼らは死んではおらず、生きているという。更に信じられない。



(嘘だ、こんな……っこんなことは嘘に決まっている!!)



 目の前で起こった事に頭がついて行かない。嫌な汗が体から吹き出し体の震えが止まらない。上空に映し出されたリオネルの優しげな顔が今は悪魔にしか見えず、今まさにウジェーヌの魂を喰らおうと舌なめずりをしているようにしか思えない。


 計画は失敗。認めるしかない。だが、まさかこんな形で失敗するとは……!

 このままでは折角掴んだ教皇の座も、金も名誉も全てを失うことになる。ここまで上り詰めたというのに、こんな一瞬で全てを失う事になるなど、到底納得できるはずがなかった。


 しかし、このままでは本当に全てを失ってしまう。

 ジュイノーが口走った教皇の命という言葉はこの場にいる国民すべてが聞いていた。ここでジュイノーの独断だと訴えたところで国民からの支持は得られないだろう。だからと言ってソレを認めれば戦争責任は免れない。


 両手と右目の痛みも忘れてどう対処すべきか頭をフル回転させる。だが、あの王子の顔を見ると思考が鈍る。優し気で虫一匹殺せなさそうな顔をしておきながらあの惨たらしい捕縛を実行させたあの男……!


 歯を食いしばり睨み付けるが王子はどこ吹く風。どこかこの状況を楽しんでいる節もある。



(クソッ! 私もここまでか……!)



 認めなければ捕虜となった軍人達の家族や同盟国からも反感を買う事になる。教皇の座は諦めても、命までは失いたくないウジェーヌは覚悟を決めた。

 非を認め、捕虜となった者達の返還を求める。部下(ジュイノー)の暴走としてそれを止めることが出来なかった風に持っていけば、立場上の失脚は逃れられずとも極刑になる事はないだろう。


 そんな算段をつけ、リオネルに言い訳紛いの謝罪を行おうとした時。



「シリル王国第一王子、リオネル・エリス・ラファティ殿下。この度の事、聖騎士団長ベルトラン・サン=ジョルジュに咎がございます。私の首でもって、どうかお許しいただきたい」


「ベルトラン!?」


「部下であるジュイノーを制御できず、暴走し、まして宣戦布告など……! 言い訳がましい事ではありますが、決して教皇猊下の命ではございません。ジュイノーの、狂信的信仰者による暴走。どうか、捕虜となった者達にはご容赦いただきたい……!」


「「「!!」」」



 ウジェーヌの後ろからやって来たのはクレプス教聖騎士団総団長ベルトラン・サン=ジョルジュ。鍛え上げられた立派な体躯をしっかりと折り、上空に映るリオネルに頭を下げた。同時にサン=ジョルジュと共にやって来た部下と思しき騎士達も頭を下げる。



『……そう。で?』



 総騎士団長は十の聖騎士団を束ねる騎士のトップ。教皇に仕え、その命を守る事に尽力するその姿は国民の憧れだった。騎士の頂点に立つ総騎士団長は誇り高い。その総騎士団長が頭を下げ、最大の謝罪を行った事は国民にとっても衝撃である。勿論、教皇本人も驚愕した。



「私の首、及びこの騒ぎを起こした張本人であるジュイノーの身柄、そして聖騎士団全体の責任として騎士団上層部の退陣。これを『そんなものに何の意味がある?』……っ!」



 かぶせるように言い放ったリオネルの言葉に緊張が走る。

 実際のところ騎士団長が責任を取って首を差し出したとしてもシリル王国側からすればいらない首のオブジェが送られてくるだけの事。根本的な解決にはならないのだ。


 クレプス教がある限り、黒髪は怯えて生きるしかない。アデルハイトが次期国王となるシリル王国からすればこれほど危険な宗教が侵攻して来て騎士団だけの処分など、到底納得できるものではない。



『貴様の首に何の価値がある。そんなものより今後、国としてどう対応するつもりだ。結果的に見れば怪我人すらなかったが、これは明らかなる侵略行為である。国を名乗るのであれば国際法に反したこの行為に対し責任を取る事は当然の事。騎士団長だか何だか知らんが既に貴様の範疇を大きく超えている。


 出しゃばるなよ?』


「「「―――ッ!!」」」



 優し気な顔立ちからはとても想像出来ないほどに冷たい視線。冷酷なその眼で見られただけで今にも全身の血が凍ってしまうのではないかと勘違いするほどに恐ろしい。



「し、しかし! 上司としての責任がっ」


『上司として責任を取るのは勝手だ。しかしこの侵略戦争に加担していた者全ての責任を全て肩代わりしての処罰を望むというのであれば見当違いである。我が国は国際社会の一員として戦争責任を国際裁判にて求める。()()()()()()()に、国に、その責任をとらせよう』


「「「……っ」」」



 国際裁判と聞いて共和国民は困惑する。そもそも彼らからすれば国とは共和国とクレプス教信仰国が中心となっており、その他は共和国に助けを求める事でしか平和を維持できない脆弱な国という認識だ。そんな国とも呼べない国の王子から裁判という聞きなれない言葉が出てきた。そこで責任を求めるというが、裁判とは何か、責任とは何のことなのか。国民の大半は理解出来ないでいた。


 共和国に裁判所は機能していない。全ては教会が取り仕切り、神の采配に任せておく事が信者として当然で、何が悪かったのか何がどこが悪かったのか、考える事を放棄させてきたのだ。洗脳が解けるのが先か、国が亡びるのが先か。どちらにせよ、教皇ウジェーヌは失脚は免れない。



『国家を名乗るのであれば七日後、国際裁判所に出廷せよ。国の代表が現れなかった場合、捕虜の解放はないと思え。あぁ、安心すると言い。我が国は貴様ら蛮族国家とは違い良識ある国家だ。()()()()()()捕虜として丁重に扱おう』



 七日を過ぎ、裁判所に出廷しなかった場合。

 どうなると思う?



「……必ず、出廷する。それまで、捕虜の事はどうか」


『安心したまえ。その気になればもうしてる』


「「「……!!」」」



 7万の命が教皇ウジェーヌの判断に掛かっていた。

 自分の失脚は免れないにしても、最後に教皇としての矜持を見せる。



『楽しみにしているよ。では! 七日後にお会いしよう!』



 そうしてそれまでシリル王国と第一王子を映していた映像が消え、青い空と白い雲だけになる。しばらく大聖堂前の広場は放心状態でただ立ち尽くす人々で溢れかえっていた。涙を流し家族の心配をしていた者達も、魔族と罵り殺せと叫んでいた者も、皆口を閉ざす。


 夢であってほしい。皆が皆、そう思っているであろう。教皇はそんな国民を見ても何の感情も湧きあがらなかった。国民よりも、自身の今後の方が大事である。



「……教皇猊下。申し訳ございませんでした」



 深く腰を折り頭を下げるのはサン=ジョルジュ総騎士団長。

 王国へ討伐に向かったジュイノーは総騎士団長の代わりに派遣されていた。それは万が一国で何かあった場合、総騎士団長が現場の陣頭指揮をとり教皇の命をその身をもって守るという使命がある為、おいそれと国外に出る事は出来ないのだ。


 ジュイノーは頭が固いが信心深い騎士だった。それに部下思いで統率力にも優れた人材であった事、剣の腕前も、庶務もこなす立派な人間だった。そんな彼を副団長に指名したのはサン=ジョルジュである。人選に後悔はないが、シリル王国側が一枚上手だった。



「「「……」」」



 言葉なく神妙な顔持ちのウジェーヌとサン=ジョルジュ総騎士団長。

 七日後に向け準備をするため重い足取りで広場を後にする。残された国民は困惑したまま。動揺は国全体に広がりやがて大きな混乱を巻き起こす。




 *****




「おやおや。失敗しましたか……」



 ソルラージュ大聖堂の地下。

 地下であるにも関わらず、地上で行われた教皇と第一王子のやり取りを見ていた男がいた。

 空に映し出された映像と同じく地上を映したそれを見てくつくつと笑う男は豪奢な椅子に座り、使い魔である大きな白蛇を撫でていた。



「教皇猊下もこれで失墜。残るのは混乱と混沌。あぁ! 神よ!」



 演技がかったセリフと大げさすぎる身振りで跪き神に祈り始めた。

 男の名はエヴァン・コールドリッジ。クレプス聖騎士団第三騎士団団長の肩書を持つ司祭である。


 そんな彼は今回シリル王国への侵攻に参加しなかった。

 熱心な信者でもある彼なら侵攻作戦に参加するかと思いきや、直前になって第三騎士団の参加を取りやめたのだ。理由は口にしなかった為、第三騎士団には謹慎処分が下されたが結果を見ればその判断は正しかったのかもしれない。



「時は来ました……! ついに、この時が!!」



 感極まるコールドリッジは頬を赤く染め、息も上がり興奮状態である。歓喜にその身を震わせ悶える様をジッと使い魔は無の表情で眺めている。


 フフフッアハハ!

 自然と笑い声が零れているが、第三者がその様子を見ればゾッとするほどの狂気が溢れ身の毛がよだつ事は間違いない。



「もう間もなく! 我らの悲願が叶うのです!」



 国、宗教、人、魔族。

 混沌の世界の幕開けまで、あと少し。


リオネルの名前が間違っていました。

正しくはリオネル・エルネスト・ラファティです。何故かエリスになっていましたので修正しました。


物語が都合よく進んでいってますが、どうか広い心で見守って下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ