表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平民魔術師リズ ~人生山あり谷あり~  作者: 炬燵猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/112

魔王の如く

 

 吹き抜ける風が心地いい。日常の喧騒もなく、ただあるのは風の音のみ。


 ここはシリル王国北部の国境。の、はるか上空。人の目で確認しようにも雲よりも高い所にいる上に隠蔽魔術を施した今、誰の目に触れることもない。風の魔術で浮遊し自分の周りに空気の膜を張る事で上空の空気の薄さと肌寒さから身を守る事が出来れば見晴らしもいいし静かでとても快適である。


 出来ればこのまま昼寝でもしたいところであるが、残念ながら今は仕事中。別の機会にしよう。


 さて、教皇ウジェーヌはどうするのか。王国への侵攻は国民にも説明されており賛成多数。魔族の国など滅ぼしてしまえ! というのはクラシオン共和国全体の大多数を占める。しかし、彼らは知らない。


 自分達が如何に小さな存在で世界がどれだけ大きいのかを。


 教会の教えを忠実に信仰するクラシオン共和国の教育指針はクレプス教の経典に沿って作られている。クルム神が世界を創り、世界の中心はクラシオン共和国。国の外は魔物で溢れかえり、大陸は汚染された穢れた土壌である。国の外の人間はクラシオン共和国に助けを求めるしか生きる術を持たない脆弱な存在。それを教会と国は助けているのだ、と。


 それが今日までの共和国民の常識だった。同盟国と属国以外とはほぼ外交の無い共和国は世界の情報に疎い。世界の中心たるクラシオン共和国こそがこの世の楽園。他国から見れば不便な生活も不便とも気づかない。


 偏った知識と世界の常識の欠如。


 実に操り易い事だったろう。

 教皇も出来ればこのまま国民を意のままに操り、今後も贅を尽くした生活を続けていきたいだろう。だがそれも、返答次第では儚い願望となる。



『教皇ウジェーヌ。聞こえているだろう? 一宗教に過ぎない貴様らに我が国の王太子を殺害する権利がどこにあるのか、我が国への侵攻に対しどう責任を取るのか説明せよ』



 一国の王子としての威厳を見せるリオネル殿下に一切の同情はなく、教皇を道端の石ころくらいの認識のようだ。というか蔑みの眼差しである。



『どうした。黙っていないで応えろ。そちらの副騎士団長も、お前の命でこちらに侵攻してきたと証言していただろう。この期に及んで〝間違いでした〟で済ます訳にはいかん。国として見過ごすつもりもない』


『くっ……!』



 さぁ。どうする。

 宗教の教えをとるならそれはシリル王国と南方東方諸国への敵対ととるし、国としての立場をとるとしたら副騎士団長率いる討伐軍は切り捨てられ国民からも教会への不信感を買う事になる。


 どちらにせよ、このマティアス・ジュイノーとかいう副騎士団長は血気盛んだ。ここまで来たのだから手ぶらで帰る事などしないだろう。出来れば大人しく帰ってもらいたい。


 だがしかしそんな希望もあっさりと打ち砕かれる。マティアス・ジュイノー本人によって。



『偉大なる教皇猊下に対して何たる物言い!! 流石は魔族の国の王子よ! 貴様の穢れた魂、私自ら浄化してしてやろう!!』


『なっ、待て、ジュイノー!!』


『神の名のもとに! シリル王国は神に仇名す悪しき国家であると判断した!! 穢れた悪しき魂を浄化する為、我らの命に代えても! 今ここで黒太子、アデルハイトを討伐する!!』


『……へぇ。そう』


『『『―――ッ!!?』』』



 敵と判断したリオネル殿下から凄まじい圧を感じ取る。ただの映像だというのに非常に圧を感じるのは普段は猫を何重にも被っている殿下から一斉に逃げ出したせいかもしれない。

 悪魔も裸足で逃げ出す程の冷酷な顔を見せたリオネル殿下。恐らくこれが本性なのだろう。どこまでも冷酷で残忍なほどに利用価値の無い者を切り捨てる彼は、この瞬間マティアス・ジュイノーを敵と判断した。



『先の発言、宣戦布告と受け取った。そちらがその気なら最早交渉の余地なし。即刻退去せよ。さもなくば……』


『さもなくば? 笑わせる! 今日この日、シリル王国の行く末が決まったのだ! 魔族が蔓延るこの王国に救いの道は無し!! 者共! 戦闘用意!!』



 血気盛んなジュイノーよ。お前の行動を青褪めて見てる教皇に気づけ! 



『引き返すことも出来た。お前の一存か、教皇の指示かは知らんが刃を向けるのならこちらは応戦する。慈悲はない。貴様らのいう神とやらに拝んでおけ』


『黙れ!! その減らず口を閉じるんだな。臆病にも姿を見せない王子よ。首を洗って待っているがいい!』



 そこへ部下が戦闘準備が整った事を知らせにやって来た。頷き、剣を高々と上げたジュイノーは大きく息を吸い込み、カッと目を開く。



『かかれ―――!!!』



 おおぉぉぉぉ!!!!!



 土煙を上げながら雄叫びを上げて進軍してくる軍勢7万はその勢いのまま国境に侵入し我が国の軍勢3千に向かってくる。戦闘態勢に入っていたが敵は数の上では圧倒的。絶望的戦力差であるがそれでも軍人としてのプライドか、一切逃げる素振りなど見せずに迎え撃つ。



『はぁ~。……バーカ。もういいよ。捕縛して』



 リオネル殿下のやる気のない声が通信魔道具を経由して届いた。それを皮切りに一気に下降する。

 ビュンッと空気を切り裂き隠蔽魔術も解きながら真っ逆さまに急降下し両軍の間に降り立つ。


 ドーーーン!!!

 隕石が落下するかの如く降り立つと土煙が立ち上がり衝撃で地面が半球状に陥没。両軍の侵攻は止まり、何が起こったのか現状把握を行うがまさか遥か上空から人が降ってくるとは思っていなかったようだ。


 地上約3mほどの高さで討伐軍を見下ろす。

 驚愕というかポカンとした表情の彼らは宙に浮く人の姿を見てさらに驚く。何故ならそこにいたのは王太子殿下と同じく黒髪の彼ら曰く魔族がいたのだから。


 ジュイノーに至っては口を大きく開け茫然としている。土煙が引き、私の髪が黒であると認識したら今度は言葉なくハクハクと口を動かすばかりで言葉が出ない。



「去れ」



 一言投げかけてみた。どうせ引かないだろうし、口数の無駄だもの。

 ジュイノーはハッとして顔を真っ赤に染め上げる。どうせ魔族がどうのこうのだろうと思うので耳障りな口を縫い付けてやる。



「っ……!? ……!!」



 口が開かない事に焦り両手でどうにか開こうとするけど無駄。彼の副官と思しき男がジュイノーの意を汲み命令を下すがそれも面倒。



「強制捕縛。この地に足を踏み入れる事、許さない」



 討伐軍に向け両手を広げ術式解放。



「なっ!?」

「なんだ!? どうなってる!?」

「一体何なんだ!!」



 総勢7万の軍勢の足元に現れたのは黒い影。自分の影とは違う意志ある影は黒い霧のようでもある。それが足元から徐々に上に這い上がり体が飲み込まれていく。



「ぎゃあぁぁぁ!?」

「たっ助けてくれぇぇっ!!」

「うわぁぁぁ!!」



 恐怖に泣き叫ぶ軍人達があちらこちらで助けを求めている。ついさっきまで隣にいた同僚が影に完全に取り込まれ霧の中に消えていく。跡形もない姿に恐怖を覚えずにいられようか。藻掻けど藻掻けど何も掴むことも出来ずただ飲み込まれていくだけ。馬も武器も荷物も人も等しく影は取り込み最後には何も残らない。



「いっいやだぁぁぁ!!」

「助けて、助けてぇぇ!!」

「神よ!! どうかお救い下さいぃ!!」



 あまりに悲惨な敵軍を目の当たりにした我が国の軍人達も顔面蒼白にして怯えているではないか。こちらは殿下との打ち合わせ通りにしているというのに! ぷんぷん!



「いや、殺してませんよ?」



 一応ここの責任者にあたるであろうエルグストン大将を振り返って殺していない事を強調しておいた。大将も驚愕して……引いてるぅぅぅ!!

「えっこいつ何言ってんの?」って顔してるぅぅぅ!!



「私の評価またも最低を更新。命令に忠実な部下なだけなのに……」



 解せぬ。これは殿下からも一言言っといてもらわねば。ただでさえ私に対する印象なんて悪いのに。


 ブツブツ文句を言ってると最後の一人が影に飲み込まれていった。5分と掛からず総勢7万の軍勢は影も形もなく闇に飲み込まれていった。残ったのは踏み荒らされた大地のみ。それも数日から数か月すれば自然に元に戻るだろう。むしろ私が落ちてきた時に出来た穴の方が被害が大きいかもしれない。



「捕縛完了。今後の指示をお願いします」



 見ていただろうけど殿下に任務完了報告を行う。こういう報連相、とっても大事。



『お疲れ様。じゃ、ちょっとそこで待機しといて』


「了解」



 もう平素のリオネル殿下に戻ってる。それにあまり驚いていないみたい。柔和な笑顔を浮かべているが多分この状況下で笑みを浮かべているのも一種の恐怖かもしれない。


 そんなリオネル殿下は茫然自失といった状態の教皇ウジェーヌの顔を見るとさらに笑みを深めた。そんな殿下に気づいた教皇は怯えからか2、3歩後ろに下がった。大聖堂広場に映し出された映像はそのままにしていた為国民も聖騎士団がどうなったのかをしっかりと見ていたようだ。


 いきなり黒い霧が軍人達を包み込み影に引き込まれていく状況を国民は信じられない思いでただ見るしか出来なかった。衝撃過ぎて気を失う者達や家族に軍属の人間がいる者達はその人の名前を叫んだり神に祈ったり泣き叫ぶ人の姿もある。


 すすり泣いたり怒りで声を上げる国民。そんな国民の姿を見ながらも、殿下はその笑みを崩すことは無かった。



『クレプス教教皇ディオン・ウジェーヌ。我が国に手を出したこと、後悔したかな?』



 穏やかな声で問いかけるがきっと彼らからは悪魔の呼びかけにしか聞こえないだろう。私の代わりに魔族呼ばわりされる可能性も高い。個人的には悪魔よりも悪魔らしいきがするけどね。

 それはさておき、教皇はというと事態を飲み込むのもやっとのようだ。自分でやっといてなんだけどそれほどショックだったらしい。



『教皇、応えよ。我が国に手を出した事、どう責任をとるつもりだ』


『ぐっ……! 貴様ぁ……!』


『一宗教の代表に過ぎないお前に貴様呼ばわりされる覚えはない。我が国の内政に口出す権利はどこの国にもない。ましてや何の落ち度もないというのに侵攻してきた貴様らクラシオン共和国に対し、我が国は厳重に抗議しよう』



 抗議だけでは終わらないだろうなぁ。損害という損害は無くても賠償金の支払いは求めるだろう。まぁそこは私にはよくわからん問題だ。



『ふ、ふざけるな!! どれだけの犠牲が出たと思っている!?』



 真っ赤になって怒りを表す教皇。両手の痛みも忘れて声を荒げる。



『犠牲? それがどうした。仕掛けてきたのはそちらで我々は自国の権利を守るために応戦したに過ぎない。そんな覚悟も無しに刃を向けた自身を恨むがいい』


『ぐうぅぅっ!』


『私は言っただろう?』



 口角を上げてにやぁっと笑う殿下の表情に教皇は怯む。うん。怖い。



『引くなら追わない、向かってくるなら応戦すると。それを実行したに過ぎない』


『そんな事が罷り通るとでも!? 7万だぞ!? 7万もの人間をお前たちは虐殺したのだ! これは明らかな大量虐殺だ!! 神の怒りを買う行為だ!! そんな悪しき国家に我『大量虐殺~?』な、なんだっ』



 血管が切れそうなぐらい怒りまくっている教皇ウジェーヌを嘲るリオネル殿下。それにさらに怒りが増す教皇は司祭達が宥めようとするも振り切り、魔族だの神の怒りを買うだのと罵る始末。国民もその姿を見ているというのに今の教皇には周囲を見る余裕すらないのだ。



『いつ、誰が、何処で、虐殺をしたと? 言いがかりはやめたまえよ』


『ふざ、ふざけるなよ魔族の王子!! しかとこの眼で見た、証人だってこれだけの人数がいる!! 貴様らシリル王国の魔族が、我らの騎士団を含む軍勢を亡き者としたのだ! 言い逃れなど出来るはずがない!!』


『はぁ? 殺した~?』


『まだしらばっくれるつもりか!! 往生際が悪いぞ!! 魔族が現れて我が軍勢を闇に引きずり込んだではないか!!』


『あぁ、それ?』



 相変わらず他人の神経を逆撫でするのが上手い。あの状況では死んでいると思っても仕方ないことぐらいわかるだろうに。わかっているからこそ、こうやって煽っているんだろうけど。



()()だと!? 7万もの人間を殺しておいてなんて言い草『死んでない』……は?』



 割って入った殿下の言葉に一拍置いて反応した。『死んでない』など言われたところで、実際にあの闇に引きずり込まれる姿を見れば到底納得できるはずがない。



『出鱈目を言うな!! 確かにこの眼で見たのだ!! 抵抗空しく闇に飲まれる彼らの凄惨な最期をな!!』



 そうだ、そうだ! と国民からも反論の声が上がった。それに気をよくした教皇だが、リオネル殿下はお構いなしだ。



『もう一度言う。死んでもいなければ殺してもいない。我らシリル王国は誰一人として手にかけていないのだ。それこそ、そちらの言いがかりである』



 スッと右手を挙げて合図が送られる。それを確認し、私は一人()()()()。よく眠っているようだ。



「副騎士団長マティアス・ジュイノー。騒がしいので眠らせていますが全員生きています」


『『『!!?』』』



 影から取り出したのは眠っているジュイノー。規則正しく上下する胸に彼の息がある事が窺える。



『ほら、生きている。なのに随分罵ってくれたね、教皇』



 勘違いさせるような捕縛の仕方だから仕方ない。でもそれを指示したのは殿下だから、私は悪くない!

 悪魔より悪魔な笑顔を再び覗かせたリオネル殿下に、ウジェーヌを含める共和国民から悲鳴が上がる。



『どう、責任を取る? 教皇ディオン・ウジェーヌ』



 悪魔を通り越して魔王の如く。一切の慈悲のない冷酷な男の微笑みがクラシオン共和国ソルラージュ大聖堂広場に映し出されたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ