売られた喧嘩は買う主義
王妃様に呪詛の種を植え付けた人物はすぐに見当がついた。多分陛下も第一王子も。でも確信はないので口を噤んでいるみたい。指示をした人間、そしてそれを実行した人間はすぐに捕らえることは出来るが問題なのは指示をした人間に呪詛の種を渡し、裏で操っていた人物の特定とその目的。国に蔓延るネズミの駆除にも関わるのだから確実に仕留めなくてはならない。
近頃ネズミの動きも活発になりつつある。手引きしていた貴族達がいなくなったことで柵が無くなった事も大きい。大改革を行い、王国三大公爵家の内に大公爵家がその地位を失った事は相手方にとっては誤算だったことだろう。一方が没落したところでもう一方が残ればそちらにつけばいい。だが、両方が没落してしまったのは計算外だったはず。だからこそ、奴らは今とても焦っている。
焦ればボロが出る。
「で、捕まえちゃったわけ?」
「捕まってしまったのです。いやー、三人衆は容赦がない」
はっはっはっ! 虫の息だけど辛うじて生きてるからセーフ!!
「セーフというかギリギリアウトでしょ。これ。今晩もつ?」
「何なら治療しますけど。フロイド様嫌がっていて」
「リズの治療などこんな虫ケラに施す必要などない。リズの魔力がこいつの体を巡り体を癒す? そんな羨ましい事させる訳がない! 必要なら治療士を派遣します。リズが直接治療するなど絶対に認められません!!」
さっきからコレだ。かれこれ30分は治療するしないで揉めている。その間だんだん呼吸が弱まりついには虫の息。半殺し以上にした張本人である三人衆はどこで覚えたのか「てへぺろっ☆」とポーズをとってるし。とりあえず一週間は報酬なしだね。「「「(ガーン! 頑張ったのに……!)」」」と言わんばかりだがやり過ぎはやりすぎ。めっ!
「はぁ……。治療士に治せると思う? さすがに無理だ。延命したところで三日ともたない。いくら宮廷魔術師団所属の治療士と言えど、リズに比べればレベルは低いと言わざるを得ないからね。だがリズならどうだ。こいつを今殺すわけにはいかないんだ、解れよフロイド」
「っ……でも……」
「あの……先に魔力交換しましょうか? 私の魔力があの痴れ者に渡るのが嫌なら、フロイド様の魔力でもって治療を行えば……どうでしょうか。それならフロイド様の魔力での治療となります。それなら」
「そんな事……出来るのか」
「恐らく、問題ありません」
多分だけど問題ない。相手の魔力での魔術行使に反発が無い訳ではないだけどその反発がないよう100%行使するための術式は完成させた。魔力交換には相手との相性も重要だが、私とフロイド様とは魂が繋がっている。これに対して何の嫌悪もなくすんなり結ばれたのだから、今回魔力交換をしたところで別段問題はない。というのが私の見解だ。フロイド様はどうだろうか。
「……それなら、まぁ」
「よし!! やれ、急げ!」
「はい」
虫の息のこの痴れ者。もう直に息が止まりそうだ。
ごくっと息を飲むフロイド様の正面に立ち、手を握る。あったかくて気持ちい。フロイド様の手、大きいなぁ。
「いきます」
「あぁ」
ふう~っと息を吐き魔力を巡らす。フロイド様の手に私の魔力を、フロイド様からは私に。
「んっ」
「「……」」
温かい。けど、なんかぞわっとしたものが体に走ったんだけど大丈夫だよね? あれ、やり方間違ってる? 自信なくなってきたな……
「ひゃぁん!!?」
「「……!!」」
なにこれ!!?
ピリッとしたなんだろ、電流みたいなのが走ったと思ったら下半身になんか、か、快感……?
「んっ、も、じゅ、十分です。……ふっぁ、あ、フロイド様……」
「……」
「っはぁっ……、ふ、フロイド、さまっ」
「……」
「ぅぅっ、も、て……は、はなしっ、ぁあ!?」
身体が熱い……! それになんか、へんな声でる……!?
「なんでぇ……? うぁっ、あ、あついっィ……!」
「フロイド、おいこら、何やってる! 緊急事態なんだよ! なに、人の目の前でおっぱじめてんだこら!?」
「はっ!!?」
「っはぁぁ……」
「リズ! お前も変な声だしてんじゃねぇよ!! さっさと治療しろ!!」
「あう……はいぃぃ……」
疲れた……。何か凄い疲れた……。それになんかめっちゃ
「気持ちよかった……」
「「……」」
バコンッ
「いだっ!!?」
「さっさとやれ!!」
なんでか殴られた……解せぬ。
兎も角、この不届き者を死なない程度に治療しなくてはならない。その後は何の目的があってここに来たのか、誰が裏で糸を引いているのか。
「さっさと吐いた方が身のためです。でないと……」
「ふんっ! 汚らわしき魔族と交渉などするはずがあるか!!」
「あなたのこれまでの人生で最も恥ずかしい過去を一切合切母国に暴露してやる」
「え゛」
「幼少期……5歳の時。好きな女子の前で……」
「やめろぉぉぉ!!?」
「あー、そりゃぁ……。控えめに行ってもドン引き」
「いやぁぁぁ!! やめてぇぇぇぇ!!」
涙目のおっさんキモイな……。
治療して元気になったおっさん、盛大に喚き散らす。椅子に座らせて両手を拘束しているが足は固定していないのでバタバタさせながら逃れようとする。何か虫みたいだな……。
「目的は? 誰が雇い主で裏には誰がいる?」
「……」
「リズ」
「13歳。あれは夏の暑い日の事でした」
「やめろぉぉぉ!! 殺せ、いっそ殺せぇぇぇ!!!」
「はははっ! 話す気になった?」
「あー、初体験時。あまりの緊張で相手女性の「やめてぇぇぇ!! 話す! 話すからもうやめてぇぇ!!」」
そうこうあって漸く話す気になってくれた。ただ本人も知らない間に機密事項を漏らした場合に発動する呪詛が掛けられていたので解呪。しようとしたけど。
「……あなたは、誰」
「どうした? そんなに見つめ合って」
「リズ。見つめるべきはその男じゃない。私を見てくれ……!」
フロイド様がなんか言ってるけど今はそれどころじゃない。これは……やられたね。
「見ているんでしょう? この人を仲介して私達を」
「「!?」」
原理は私が作った魔道具と同じ。この男の目を借りてこの場の状況を見ている人間がいる。一体、誰だ?
魔力残渣も無いという事は魔力を辿って人物を特定する事はまず不可能。なら、呪詛を掛けた時の記憶を辿ればどうだ。
「ダメか……。接触した人物に関する事全て記憶が消去されています。復元は……無理か。その前に死ぬ」
ありゃりゃ。こりゃダメだわ。解呪自体は可能。だけど解呪と同時にこの男は廃人になる。記憶は全て白紙にされ大人の姿をした生まれたての赤ん坊。これでは何も得られない。では、どうする?
目の前にいる男は命令されるがまま実行し成功すれば万々歳で失敗したところでこの男が廃人になるだけ。内部の様子や接触した人間の様子を目を通して見ているのだから損はない。しかも決して自分に辿り着く事は出来ないのだ。あぁ。なんて諜報活動には持って来いなんだ。
「頭良いですね」
「むしろその可能性を考慮していなかったお前が可笑しいだろ」
「軍事利用し放題だとは思っていたが……。すでに利用されていたとは」
そう言えば初めてお披露目した時もフロイド様はこういう事を懸念されていたな。だから内密に、という事だったけど考えることは皆同じという事か。それよりどうしよう? どこのどなたかわからない以上、こちら側はどうしたって後手に回ってしまう。
「……無理やり繋げる? そうしたらこの男は廃人になるけどそこまで情報は持っていない。なら別に問題なくない? うーん……、うん!」
さぁどうするか、と思いを巡らしている内に相手方も気づいた模様。
「お゛ぉぁがぁぁあ゛ぁ゛!!」
「!? なんだ!?」
突然男が苦しみ始めた。筋肉が肥大しい血管が浮き彫りになり破裂したのかこめかみからは血が噴き出した。爆発的に肥大したのは筋肉だけではなく魔力も段違いに膨張する。
「「「!!!」」」
三人衆はすでに臨戦態勢をとった。飛躍した魔力は男の生命力を糧にどんどんと増える。魔力波が周囲に飛び交い室内は調度品が散乱し荒れ果てる。苦しいのか足掻く男の声は獣のようで理性は残っていない。
「んぉ゛おぉぉおおぁ゛ぁ゛」
目は血走り汗が玉のように噴き出ている。ビキビキ、ゴリゴリ、バキバキっと筋肉の断裂音、関節の外れる音、骨の破壊音が部屋に響き渡る。痛みも最早感じないのか雄叫びのような声を上げた後、男はぐったりと力なく項垂れる。そして。
『穢れた魔族の王太子よ』
これまで苦しみ藻掻いていた男から、男の声とは違う男の声が聞こえた。恐らく二十代から三十代程の芝居がかったセリフに、嫌悪感が湧きだした。
『汚らわしい、我ら人族の敵である魔族が王太子など決して神はお許しにならない。我らが神の神罰が、必ずや呪われし王太子、アデルハイトに下るだろう』
拘束を振りほどき、まるで演劇でも見ているのかと思うほど演技じみた振る舞いを見せる男。糸で操られているような動きを見せる男はすでに自立出来ないほど骨は砕け関節は不可動域にまで曲がり皮膚が裂け骨が剥き出しだ。
『魔族に侵されし哀れなるシリル王国よ。救いの道は神が示される!』
「「「(下がって!!)」」」
両腕を大きく広げ、酔ったようにくるりと一回転すると体は更に膨張し、破裂せんばかりだ。内側から膨らみ続け顔面はひしゃげ、腕も足も風船のように膨らみ続ける体。魔力が暴走を始め最高潮に達しようとした―――
「伏せて!!」
「「「(障壁!!)」」」
『絶対神クルムは全てを見て下さっている!! 悍ましき魔族共よ! 破滅までの時間を数えているがいい!!』
ピカっ!!
閃光が迸り最高潮に達して行き場をなくした魔力が膨張した体を更に膨張させ、遂に。
「殿下、フロイド様、退避を!! フローラ、アクア、ステラ! 防衛壁展開! 二人を絶対守護!! リヒトも守護結界展開せよ!」
「「「(了解!!)」」」
『当然!!』
「リズ!!」
「衝撃に備えろ!!」
ドーン!!
魔力暴走による爆発限界を迎え遂にその時が訪れた。命を代償に引き起こされたこの大爆発は王太子宮の頑丈な壁をいとも容易く破壊し衝撃波によって周囲に植えられた木々は薙ぎ倒され燃やされた。高温の炎は爆発の中心地から円を描く様にして広がりその爆風は城を囲む城壁にまで届いた。
あまりに凄まじい爆発。何も知らない城勤めの人間は訳が分からないまま爆発に巻き込まれ……
「ふぅ……どうにか間に合ったようですね」
そんな最悪の未来が実現する前にどうにか爆発を抑え込むことに成功した!
命を代償に引き起こされた爆発は精霊三人衆のフローラ、アクア、ステラの三重の防御壁を展開。それでも一番外側に展開させていたフローラとアクアの防御壁は破壊されステラの防御壁にまで亀裂を生じさせた。私はこの爆発が外に向かないよう部屋を取り囲むようにして防御壁を展開した。建物に被害がいかないように爆発の力を全て閉じ込めたことが結果、三人衆の防御壁破壊という事になってしまった。
あの爆発力は三人衆をもってしても防ぐのは難しいという事だ。
完全に防げなかった事にショックを受ける三人衆は今は放っておく。命令は成功なのだ。文句はない。リヒトも問題なく殿下を守る事が出来たしね。
「お二人とも、ご無事でしょうか」
守るべきは第一王子リオネル殿下とフロイド様だ。見たところ怪我もないようだし茫然としているが問題なさそうである。うむ。よろしい!
「あれは……一体……」
「……」
爆発四散した男の体は跡形もなく消え去り何も情報を得れそうにもない。だがこれは明らかな宣戦布告。まず間違いなく相手はクレプス教関係者とみて間違いない。必ずやってくると思っていいたが、まさかこんな形でやってくるとは。
「ふっ……ふはっ! はははっ!」
こんな事されたら黙っていられるような人ではないよね。
「クレプス教……。くっふふふっ! たかが一宗教が、国に喧嘩を売るか……」
眠っていた獅子が起きてしまった。獰猛な顔を隠しもせず本能の赴くままに殺気を放ち剥き出しにした牙を向ける。
「その喧嘩、買ってやる。吠え面かくなよ、虫ケラ共!!」




