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平民魔術師リズ ~人生山あり谷あり~  作者: 炬燵猫


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公爵家の末路

 

 立太子してすでに三か月。

 影は着々と忍び寄る。誰にも覚られず静かに忍び寄るそれは確実に我が国に迫って来ていた。黒く渦巻くその蛇のようにとぐろを巻くそれは全てを飲み込まんとばかりに大きな口を開け、今か今かと待っている。


 その時が来るまで、じっと……。




 *****




 殿下の護衛魔術師となって早10ヶ月。殿下は晴れて12歳を迎えられた。健康にも問題なくやせ細っていた体も平均体型となり、表情も非常に明るくなっていた。王太子としての教育も真面目に取り組み日々順調に過ごしている。

 殿下は然程興味を示さなかったが第二側妃及び第三側妃の刑が数日前に執行された。両名とも憔悴し、最後まで贖罪の言葉を口にしながら国王陛下の前でしめやかに送り出された。生家の伯爵家は爵位剥奪、残された王子王女には母が犯した罪をきっちり説明しそれぞれ修道院に送られていった。始めは信じられない様子であったが最後の日、母との対面で事実と気づいた王子王女は泣いて別れを惜しみ親子の短い時間を過ごしたのだった……


 ただ、憂い事があるとしたら第四王子アレクシス殿下がお門違いにもアデルハイト殿下を睨みつけて城を後にしたこと。王家から秘密裏に影をつけているとはいえ、今後の動向には十分注意をしなければならない。


 精霊三人衆が殿下の護衛を務める事で私とフロイド様に少しばかり余裕が生まれた。よって私は最近では護衛魔術師として仕えるより殿下専属の侍女として仕える事の方が多くなってきた。彼女達の強さはゼーレ様からのお墨付きももらっている為、安心して侍女としての務めに専念できる。

 と言っても私の働きなど付け焼刃に過ぎないのだから現在も侍女と侍従の選定は行われている。


 全てが概ね順調に進んでいる中、これまで調査中だったブラッドフォード公爵家とメイウェザー公爵家による派閥抗争による被害の全貌が明らかとなった。両公爵家によって搾取、没落していった貴族家は少なくない。

 内乱一歩手前。それを考えれば王太子殿下の立太子の時期はとてもいいタイミングであり、世間の目を殿下に注目させることが出来た。殿下の立太子と同時期に行われた国内貴族の大改革。殿下の世に憂いを残さない為国王陛下が恨みを買ってでも敢行を決意した大改革は派閥抗争に加担した全ての貴族の降格処分、領地の一部返還、治める税の増税や最も重い処分では極刑も行われる大改革となった。


 これまで先祖の功績で暮らして来た貴族達からは反発の声が上がったが先祖の功績は兎も角それ以降はそれに縋りつくしか能のない貴族を国王陛下は切り捨てたのだ。そういう連中に限って血統や伝統が何ぞやと騒ぎ立て選民意識が高い。勿論、これまで行ってきた事も全て調査を行った上での処分だ。極刑された貴族の中には他国に自国の情報を売る者や紛争状態にある国への無断の武器供与。災害による復興を称しての支援金の水増し請求。

 これら全てを明るみにし、王国がいかに腐っているのかを公表した。そしてその原因となった両公爵家はお取り潰しが決定。当主以下不正に関わった人間のほとんどが処刑となった。



 自分の代で王太子を輩出する事を夢見てきたブラッドフォード公爵は妻の不貞を何の疑いもしなかった。息子が自分の子供ではない事にショックを受け、刑の執行までとても静かに過ごした反面、公爵夫人は泣きわめき自身の無実を訴えた。



「不貞は公爵が相手にしなかったせいだ。政略とはいえ仕事ばかりで邸宅に戻るのは月に片手で数える程。公爵夫人として家の管理は完璧に行ってきた、子が出来なかったのはあの男に問題があったからだ! 証拠に他の男の子はあっさり妊娠したのだ、悪いのはあの男で私じゃない!」



 貴族牢に囚われたはずの公爵夫人はいつの間にか平民が入るような城の地下牢に移されていた。そこは暗くじめじめしており衛生環境も貴族牢とは月とスッポン。劣悪と言っていい環境だった。

 夫人が公爵家に嫁いだ頃はまだ婚姻に関する法が甘く、年齢制限を設けていなかった。齢10歳で嫁ぐ事となった夫人はまだまだ夢見る少女だった。夫となる公爵は根っからの選民思考の持ち主だったが故に公爵家に嫁ぐ事が出来た自分は選ばれた人間であると両親に言い含められ、決して逆らわず従順に振る舞いなさいという教えを守った。

 10歳という若さで嫁いだ事で公爵はすぐには会おうとせず放置。それが五年経ったとき、遂に本当の夫婦となった。公爵として気づかったつもりだったのだろう。しかし、月に一度の面会以外会おうとしなかった公爵に夫人の心は傷ついた。選ばれたはず。なのに手に入った途端、眺めることもしないまま棚の奥に飾られた調度品。そう思っても仕方なかった。


 恋も愛も知らずに育った夫人は社交界デビューを果たしそこで自分の世界の狭さに気が付いたという。とんでもなく小さな世界に押し込められた夫人に、煌びやかな社交界は眩しく心を奪われた。恋に恋する年頃の娘。その初々しさに多くの男性貴族は舌なめずりをしているのも気づかずに夫人は自分から狼の群れの中に足を踏み入れてしまったのだ。


 未だ夫との子は出来ない。月に一度あるかないかだ。出来るものも出来るはずがない。夫人は一歩をどうにか踏みとどまろうとするも『夫と過ごす日にちが決まっているならそれに合わせればいい』その言葉に夫人は堕ちた。


 身籠った子が夫の子であるのか一夜の相手の子なのか夫人自身でさえわからなかったが可能性がゼロでないのなら、義両親からもせっつかれている事もあって産むことを決意。結果はあの魔道具が証明してくれた。



「私は悪くない!! 悪いのは全てあの男よぉぉ!!」



 声が枯れ、血を吐きながら訴える夫人に性格の悪い私は教えてあげた。



「それでも公爵はあなた以外を隣に寝かせたことは無い。肌を合わせた女性はあなただけ。その面では……裏切者はあなた。それは覆すことが出来ない事実。……あなたは何人と寝た?」


「……っ!!」


「何の疑問も抱かなかったのはあなたに関心が無かったからじゃない。……純真なままな10歳の頃のあなたの印象が強すぎたから、そんなことするような女性でないと決めつけていたからでしょう。人は簡単に裏切るというのに、あなたに関してはノーガード。これは公爵にとっての最大級の信用があなたに寄せられていたからに他ならない。……バカな人。言葉に出さなければ、伝わるはずがないというのに。……それはあなたにもいえる事ですが」


「……ぁ……あぁっ」


「公爵の最期の言葉です。『愛している。そう伝えたことがなかった。……伝えておけば、あの小さな少女をこんな所に送り出す事もなかったのだろうか……。伝えなかった私が悪い。……今になって伝えたいなんて……都合が良すぎるが……』」


「ぁあぁっぁぁぁっ!!」


『愛している、マルヴィナ。私が選んだ唯一の人よ。先に逝く。妻に選んだこと、申し訳なかった』



 公爵の肉声を記録した魔道具を起動させ、牢の中の夫人に手渡す。どうせこのまま処刑されるのだ。後悔してから死んで行け。夫人は膝を付き魔道具を抱きしめながら咽び泣く。何度も何度も魔道具を繰り返し再生させ、先に逝った公爵の最期の言葉を繰り返し繰り返し。

 私は牢を後にした。背後からは夫人の贖罪の言葉と自分も愛しているという後悔の言葉。そして愛されていた事を知った喜びの言葉。


 牢番によるとそれまで自分の無実を訴えて続けて夫を侮辱する事しかしてこなかった夫人がその日の夜、魔道具に向かってこれまでの事を一晩中語っていたという。その声はとても穏やかでまるで恋する少女のようであったそうだ。


 その翌日。

 マルヴィナ・イヴ・エアハート元公爵夫人の処刑は執行された。執行人に言い残したいことはあるかと聞かれた夫人は穏やかに微笑み『伝えに行きます』と答え、魔道具に口づけを落とした後粛々と断頭台に身を委ねた。その顔は実に穏やかで死への恐怖心などまるでなくどこか嬉しそうに微笑んでいた。




 刑が執行され古くから続くブラッドフォード公爵家は断絶。

 子供は公爵の実子でなかったがこれまで嫡子として育てられてきた為、公爵と同様処刑され彼の子供達も処刑される運びとなった。そこには勿論、市井に住まわせている愛人との子も例外ではなかった。彼らの生活の全てはブラッドフォード公爵家から齎された不正に得た金銭によるもの。更に庶子であるにも関わらず将来公爵家を継ぐのは自分だと吹聴した。貴族と偽り金銭を得ることは罪が重く、処刑は免れなかった。


 ブラッドフォード公爵家の寄子であるベレスフォード侯爵家も侯爵の処刑が決行され降格処分。子爵家となった。公爵夫人は自ら修道院に入り余生を過ごす事を選択。子息は処刑は免れたものの、今まで部下に任せていた領地経営を自らしなくてはいけなくなり四苦八苦。しかも領地の一部返還を行い残ったのは荒廃した作物の育ちにくい土地のみ。子爵に降格した時に妻からは離縁を申し入れられ子も引き取られていった。一人残された子爵は酒に溺れ借金をしているらしい。


 一方、ブラッドフォード公爵家と共に国を混乱に齎したメイウェザー公爵家。こちらも多くの横領や機密情報の漏洩が発覚。公爵は素直に認めたが、その罪の多くは先代公爵が行った事で自身はその父の尻拭いを行っていた事を理由に伯爵家へと降格され財産の没収、領地の一部返還、所有鉱山の譲渡、孫の代までの社交界追放処分が下った。


 王妃様の実家、リンク侯爵家も処分された。王妃様からも贔屓することなく厳正な処分を求められた為陛下も容赦する事もなかった。幸い、侯爵家は領地経営は健全で領民からは慕われていたこともあり子爵家への降格、財産の半分を没収、侯爵は息子へと爵位を譲った後隠居する事となった。これまでに行った事は許されるものではないが元侯爵は「漸く肩の荷が下りた気持ちだ」といい、夫人と共に領地に戻り領民達と混ざって楽しく田舎暮らしを満喫している。


 一方で両公爵家によって取り潰された貴族家の中で優秀かつ国に忠誠を誓った貴族家に対しては復興させ、元の役職に就かせた。没収した財産の一部を使い復興した貴族家は国王に対しより一層の忠誠を誓って混乱した国内を平定させるために尽力している。




 *****




「これで国内はしばらく落ち着くでしょう。ですがやるべき事は山ほどある」


「王妃様に呪詛の種を植えた人物。そしてその者を裏で手を引いていた人物の拘束ですね」


「それだけではない。……古い時代に入り込んだネズミの駆除。それが出来なければアデルハイトの世で再び争いは引き起こされる」



 国王陛下、第一王子リオネル殿下、オールバンス閣下と宮廷魔術師長。円卓につき、今後の方針について確認しあう。アデルハイト王太子は現在王太子教育を詰め込まれ四苦八苦している。だがこれまで真面な教育を受けていないにも関わらず、殿下の呑み込みは早かった。このままいけば成人前にはどうにか教育も終了するらしい。素晴らしい!



「うむ。そうだ。時間はないが急がねばならぬ。ネズミの正体はわかったか?」



 王国は精霊聖獣信仰の国。その国が『イェルサの民』である現在の『黒持ち』を迫害する事となった原因は一体何だったのか。聖獣様の記憶も眠りにつく前は朧気であった為いつからそうなったのか確認が取れなかったのだ。しかし、ザカライアのオーブ様からお話を聞く事が出来た事でその原因、切欠というのがわかった。



「はい。随分王国の中枢にまで入り込んでいるようです」


「そうか……。アデルハイトの世話もあるだろうが、引き続き調査を頼む」


「御意」



 重苦しい雰囲気で息が詰まりそうだ。早く外に出たい……!

 そんな私の気持ちを察したのか、底意地の悪い第一王子様はにこやかな笑顔で詳しい内容を求めてきた。ちっ! と心の中で舌打ちした私は悪くない!


 地道に調査を進めて得た情報。それには私達『黒持ち』の悲惨な歴史でもある。

 複雑な気持ちを押し込め私が現在持っている情報の全てを打ち明けた。長きに渡り王国に蔓延ったネズミはその数を増し着々と侵食していっている。駆除をするにも時間はかかることだろう。だとしても王国の膿を出し切るには駆除は必要だ。殿下が王位を継ぐまでに何としてでも国を一新させなければならないのだ。



 ふと、指先に違和感を覚えた。

 …………時間が、ない。



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