稀代の愛し子
新たな護衛を迎え殿下の側仕えの選定も新たに始まった。
以前の侍女達と騎士達はそれぞれ処罰を下された。侍女達は余罪も調べられた結果、王太子宮だけでなく他でも窃盗を行った事が判明。離島に作られた修道院に送られる事になった。実質囚人として一生涯の幽閉だ。実家は下級貴族であったので王家に対しても抗議など出来るはずもなかった。一応彼女達も犯した罪と一緒に記録していた映像を見せ、王族に対して窃盗を行い不敬な発言をしていた事を実際に見せてあげた。
項垂れ諦めた様子を見せた彼女達の両親だが本人達は反省のはの字もない。殿下に対する不敬発言をし始めたところで父親の鉄拳制裁が下され、深く謝罪したのち彼女達は修道院に送られた。
騎士達も同様。『黒持ち』と言えど王族に対する敬意を欠いたとされ騎士達は降格処分。騎士見習いからやり直しになったらしい。今は若い見習い達と一緒に剣を振るっているようだ。近衛騎士という花形職から見習いとなった事で婚約を解消された人もいるらしい。あまりの失意に辞職する者も出たそうだ。
まぁ己が招いた事だ。今後の人生を生きてくれ。
そんな私は侍女長に師事し侍女としての教育を受けた。護衛が三人。それも精霊という情に流されることのない存在が増えた事で私やフロイド様が四六時中殿下の護衛を行う事がなくなったのだ。体は人形という事もあり食事も睡眠も必要なく、疲労も感じない。護衛としてはこれ以上ない存在だろう。
なので護衛は彼女達三人衆に任せて私が一時的に侍女の役目を担う事となった。
フロイド様からは私がする必要はないと何度も説得されたが現状、殿下の側仕えは未だに見つかっていない。手の空いている者がいるのは事実だが殿下に対しての恐怖心と嫌悪感を隠すことが出来ず、辞退する一方だ。お給金に至っては他の殿下方に仕えるよりも倍いただけるし、仕事量もそれほど多くないのに。
「そりゃぁ殿下にお仕えしたらぁ、穢れが移るってぇ思ってるからじゃないですかぁ~?」
「穢れ……。なるほど。婚姻に支障がきたすという事ですか」
「そぅよぉ? 結婚は女性の夢でぇ、貴族からすればぁ義務ですものぉ~」
このちょっと間延びした話し方をするのは宮廷薬師のユーニス様(年齢不詳)
召喚した精霊フローラは土属性。育成が難しい貴重な薬草の生育も造作もない。それをどこからか聞きつけたユーニス様が魔力結晶を餌にフローラに薬草の育成協力をしてきたのだ。
当初フローラは興味を示さなかったが協力したら魔力結晶を貰えると知ってからは協力するようになった。ユーニス様の魔力結晶はおやつとして大事にしている。
そのフローラ含め護衛三人衆の事を聞きつけたのは何もユーニス様だけではない。
「こんな面白い事、どうして黙っていたの?」
「はぁ……申し訳ございません?」
リオネル殿下だ。
この人忙しい筈なのにここに来て大丈夫なの?
「ちゃんと急ぎの分は終わらせてきたよ。で、どうして黙ってたのさ?」
引かなさそうだな……面倒くさっ!
「特段面白いとも思いませんでしたし、事前に申告してももしかしたら却下される可能性もあるかと思いましたので……。なら事後報告にしてしまえばいいかと判断しました」
「君、精霊召喚なんてどこで知ったの」
「学院の図書館にやり方が載った書物がありましたよ。実際にやったのはあの日が初めてですけど」
本当だよ。あとゼーレ様が顕現した事も大きいかも。精霊という存在を認識した事と私の中の『イェルサの魂』を取り込んだ精霊との親和性が高まった事。精霊と同格の存在という位置づけにいる私達からすれば仲間に呼ばれたみたいなものなんだと思う。
つまり私の力というより『イェルサの魂』に惹きつけられたという方が正しい。
「……それ、私にも出来るだろうか」
「殿下がですか?」
信頼している人間はいても信用は出来ないリオネル殿下にとって精霊召喚は精霊と召喚主の契約。信用も何も裏切りは許されないのだから殿下にとってはとてもいい方法で信用できるパートナーを作ることが出来る。……しかし。
「精霊は気まぐれ。殿下の呼びかけに応えてくれるかはわかりません。……性格にも難ありですし」
「あ゛?」
「そういう所ですよ」
チッ! 舌打ちしたよこの人。ん~、でも実際どうなのかな? ゼーレ様はリオネル殿下をそれなりに気に入ってるし……。
「……やってみますか」
「! 頼む」
出来ない事は無いと思う。ただ、殿下との相性が良い精霊は極稀な存在だとは思う。でもピッタリ嵌まればとてもいいパートナーになるだろうし、アデルハイト殿下の助けにもなる筈だ。基本的に精霊信仰が根本にあるこの国だもの、精霊達も人間に懐いてる。可能性はある。私が出来たんだし。
サクッとやり方を教えたら魔力を同調させ感覚を覚えてもらう。
さすが魔術省のトップなだけあって殿下は簡単に熟してしまった。うん、これなら大丈夫そうだ。精神統一したリオネル殿下から同調していた私の魔力を引き、殿下だけの魔力で召喚の魔法陣を満たす。さぁーとどこからともなく風が吹き始め、魔法陣が輝きだした。
「精霊召喚。我が願い、聞き届け給え」
殿下の魔力で満たされた魔法陣は緑色の輝きを放ち、中心に何かが現れた。……この感じ、かなり上位の精霊かも?
『リオネルも精霊召喚を行ったか』
「ゼーレ様!」
気配もなく現れたゼーレ様の表情は何だか硬い。
『……来るぞ、喰われるなよリオネル!』
「……っ!!」
「かなりの魔力を持っていかれたようですね」
殿下の呼びかけに応えた精霊がいた。だけどかなり上位の存在だ。三人衆よりも遥かに。
『ふふっハハハッ!! なるほど! アデルハイトの兄なだけあるな!!』
ゼーレ様が楽しそうに笑い始めた。召喚は成功したんだ。
殿下の精霊とはいったいどういう存在だ?
『我に名を。主殿』
重厚感ある声だ。貫禄がある。
かなりの魔力を消耗した殿下の額には汗がにじんでいる。軽く眩暈も起こしているのか立っているのも辛そうだ。だけどここで手を貸すことは出来ない。名を与えるまで殿下が一人でこなさなければ精霊は主を下に見て対等な関係が築けないのだ。
「……〝リヒト〟」
『〝リヒト〟それが我の名か。良かろう! 我が主殿、契約は成立だ!』
カッと閃光が走り目が眩む。その間殿下の魔力は更に精霊リヒトに奪われたようだ。
「くっ……」
「おめでとうございます。殿下、成功です」
「!! そう……良かった……」
「殿下! ……ちょっと失礼しますね」
くたっと倒れ込む殿下を素早く抱え込み支える。そして意識朦朧な状態の殿下に急速に失った魔力を補給する。命に関わる程の事態だ、ここは大目に見てもらいたい。
「っ……!! ぅ……ぁっ……」
ゆっくりと慎重に私の魔力を譲渡する。やった事は無いけどさっき同調した事で殿下の魔力の流れも質と量も解った。きっと大丈夫。
「~~~っ! も、いぃ……」
「大丈夫ですか?」
「……ぁぁ」
覇気がない。本当に大丈夫か? でも魔力も半分くらいは回復したようだし大丈夫だな。
『リオネルよ、よくやったな!!』
「聖獣様」
『お主が召喚したのは光の上位精霊だ。アレを呼べる人間などそうそういないぞ!』
『聖獣……ゼーレ様! お懐かしい……!』
光の上位精霊リヒト。金の髪を持つ美丈夫だ。てか精霊ってのは皆美形なのか? リヒトもだけどあの三人衆もかなりの美人だったし。
そんなリヒトはゼーレ様と顔見知りのようでさっきから嬉しそうにあれこれしゃべっている。そんなリヒトをリオネル殿下は少し疲れた様子でただただ見ている。口角が僅かながら上がっている事から多分嬉しいんだと思う。兎に角、上手くいってよかったよかった。
リヒトは王太子殿下の三人衆とは違いリオネル殿下の守護精霊として常に殿下の影に潜み見守る事になった。時には自由に飛び回って三人衆と戯れたりもしている気さくな性格の精霊だ。だけどその実態は契約が非常に困難な光の上位精霊。殿下と契約した理由などは訊いていないけど、適性があったという事には違いない。全く、大した兄弟だよ。
「精霊と契約出来たという事は我が国は精霊と共にあるという事。今はそれほど盛んではなくとも生活の中に精霊は溶け込んでいる。精霊の恩恵を受けていると知ればアデルへの態度も軟化するだろう。聖獣様だけでなく、多くの精霊からも愛されている王太子の逆鱗に触れれば国は荒廃する」
第一王子が精霊と契約したという事は隠さずに公表した。大きな混乱はなかったものの、神殿からは祝いの品が届けられ第一王子支持派の貴族達からも祝いの挨拶と称してのご機嫌伺いをしにやって来た。殿下はそれに辟易した様子で対応をしていたが、婚約の話題が出るといつものいや~な笑顔全開で
「精霊に理解があり、私と同じくパートナーになれた者の中から選ぼう」
その言葉でどこの貴族も精霊召喚を行い、それがどれだけ困難かつ危険であるのかを身をもって知った貴族からは婚約の話はされなくなった。これが狙いだったのか? 父親の命令で精霊召喚を行えど全く何の反応も見せなかったり反応があっても魔力がついて行かず、魔力枯渇で死にかけた者や隷属して服従させようとして返り討ちにされた者達。
どれほど危険であるか、精霊召喚したところで自分の言いなりになる訳ではないという事、一度攻撃的になれば二度と召喚に応じない事。これまで知らなかった精霊についてのデータが大量に取れた。
「役に立たない人間もたまには役に立つ」
そうほくそ笑むリオネル殿下のオーラは果てなく黒い。黒いのに光の精霊と契約……?
『リ、リオネルは本当は心優しい人間なのだ!』
と慌てて擁護してくるリヒト。まぁリヒトがそういうならそうなんだろう。
とまぁ、精霊召喚が高位貴族を中心に行われる事が増えていき中には低位ではあるが成功する者がちらほら現れるようになる。精霊召喚に成功した場合国に報告義務を課していた為その情報はすぐに広まった。成功したのは主に下級貴族で男女を問わず権力にあまり興味がなく地道に領地経営に尽力している、という印象の方々だった。自然界に身を置く精霊達にとって領地に親身に関わる人間は好印象なのだろう。多分だけどそういう真面目に働いて領地の畑を大切にしている人間なら貴賤問わず精霊と契約を結ぶ事が出来るのではないだろうか。たまに農家の人達の中でふわふわ光を纏わせているくらいだもの。きっと精霊達に好かれている事だろう。
そして第一王子殿下の婚約者に選ばれるため召喚を行おうとする者達だけではない。
魔術省トップであるリオネル殿下が精霊と契約した事で魔術省に勤める人間達の中からも召喚に臨む者達が現れた。勿論そこには宮廷魔術師長であるフロイド様の父であるバーセル侯爵やフロイド様も含まれている。
フロイド様が召喚したのは水の上位精霊。名前をリーザといい、アクアとは波長が合うのかよく一緒にいる。バーセル侯爵は風の中位精霊フーガ。少年の姿をした落ち着いた雰囲気のフーガは通常は鳥の姿で自由に飛び回っている。呼びかけにはすぐに応じてくれるので侯爵は好きにさせている。
賑やかになり精霊との距離が近くなっていく。そしてそれが王太子アデルハイト殿下の存在が際立って行った。そして気づくのだ。王太子が自分達とは別格の存在であるという事を。
それを理解した人間は殿下に対し絶対の忠誠を誓う。自分と契約した精霊が殿下の前では殿下が本当の主かの様に愛し愛される。その光景を目にした契約主は皆目を見開いて驚き言葉を失った。神々しいまでのオーラを放つ王太子と精霊の本来の姿で戯れる様はここが人間界であると忘れてしまうほど幻想的であった。精霊に愛される王太子アデルハイト。これからこのシリル王国を率いる王太子。精霊の力を垣間見た人間ならこれで完全に理解した事だろう。
殿下の願い一つで契約主たる自分達に対しても精霊達はきっと容赦なく牙を向く事を。
そのことに気づいた人間は躊躇うことなく膝をつき頭を垂れ忠誠を誓う。それが最善と判断して。
そしてそれから少しずつ殿下に対するイメージが変わっていく。『黒太子』アデルハイトは精霊や聖獣から愛される『稀代の愛し子』と呼ばれるようになる。




