新たな護衛
立太子の儀から数日。
新たな生活を送る中、今までとは違う不便さを感じ出してきたアデルハイト王太子殿下のご機嫌が芳しくない。
「そんなお顔をなさいませんように。あれも侍女の仕事です」
「嫌々なのが丸わかりなのに? 顔に出さないよう淑女の面を被るのが貴族女性だと聞いたけど?」
ぶっすぅうっとした殿下のお顔。部屋の片隅でビクビクしながら顔を下にする侍女達。その侍女達の様子に殿下ははぁ……と大きなため息を吐いた。
察するに、自分の存在が恐ろしいと思っている侍女を部屋に置いておく事が苦痛なのだろう。殿下の護衛として魔術師の私やフロイド様の他、近衛騎士も配置されているが流石に騎士達が恐れるようなことは無い。ただ、王太子殿下に対する態度ではないが。
「それでも、仕事です」
「その仕事を熟せていないよ。着替えを手伝うつもりなのかしれないけど、手が震えて何度も服を落とされたんだ」
「それはいけません。その侍女は再教育し直してもらいましょう。侍女長に話を通しておきます」
「! そ、そんな……」
当該の侍女が声を上げた。あんまりだ! と言わんばかりの彼女にため息が出そうになる。
彼女からしたらちょっと落としてしまった事なのだろうけど、何故それが許されるというのだろう。殿下はその程度の事で怒るような人じゃない。機嫌が悪いのはそこじゃないんだよ。
「殿下の世話をしてあげているのにどうして、という顔だな。聞くが、落とした衣服をお前は第一王子に着せるのか」
「い、いえ……それは」
「〝それは〟? 出来ないのであれば何故王太子殿下には出来る? 貴様の根底に‶『黒持ち』相手に敬意など必要ない〟というのがあるのだろう」
「っ……!!」
すぐに変わる事は出来ない。だけど仕事である以上、それが態度として出すことは二流以下のする事。まして王太子の侍女ともなれば給金も破格。というか今回殿下が特殊であることから通常の王太子付き侍女の給金に更に上乗せされている。それなのにこの態度というのはどうなんだ?
「はぁ……もういい。全員下がれ。よろしいですね、殿下」
「いいよ。もう来なくていい」
「ではそのように「お待ちを」」
「「リズ?」」
てくてくてく。
出て行こうとする侍女達三人の内、二人に近寄る。
「出て行く前に、ポケットの中身を元の場所にお返し下さい」
「「「!!?」」」
王宮務めでもこういう人いるんだねぇ。手癖の悪い人って信用なくすのに、よく侍女になれたな。
ポケットの中から出てきたのは殿下のネクタイピンや装飾品、未使用の石鹸など。常習犯かもしれないね。
「……窃盗の余罪が他にもありそうだな」
「ぁ……こ、これはっ」
「ち、違いますっ、何かの間違いで……」
何やら喚いているけど知らん知らん!
近衛兵に連れられ窃盗の現行犯として捕らえられた彼女達は侍女として働く事は出来なくなるだろう。……騎士達がちゃんと仕事をしてくれればだけど。案の定、王太子宮を出たところで泣きつかれた騎士達は彼女達を厳重注意……もせずに解放してしまった。騎士達から離れた瞬間ほくそ笑む彼女達の本性も知りもせず。
「……あの騎士達も外してもらいましょう。感情で法を曲げる人間に王族の近衛など務まるはずがありません」
「そうだな。騎士団長にも抗議をしておく。……彼女達はどうする」
「常習犯のようですし、余罪を調べあげましょう。騎士団で預かるのも信用なりませんのでこちらで捕獲しても?」
「かまわん。やれ」
「承知」
見られているとも知らず彼女達は殿下の世話から抜けて清々したと各々不満をこぼしている。一人窃盗をしていなかった侍女は何も言わないがどこか彼女達に同調している様子だ。彼女達も元は貴族の出身。世話をされる側であったからこそ殿下の世話など自分達がする事ではないと思っているんだろう。
殿下はすっきりした顔をしているけど、どこか寂しそうなお顔をされている。認めてくれるのに時間はかかるものだと理解をしているけど、こうして彼女達の包み隠さない本音を聞けば心が削られるのも無理はない。
そして私の迂闊さにも自分で呆れる。こんな事わざわざ殿下の前でするなんて、気遣いも出来ない私は私をパチンッと殴っておいた。
「「リズ!!?」」
「お気になさらず。自分への戒めです」
お二人とも「???」という顔をしていたが気にしないで下さいませ。
という事で。目下の悩みが殿下付きの人材が揃わない事。
当初から懸念されていた事ではあった問題だけど傍に置くのが私とフロイド様だけという現状。信用し信頼する人間は少なくてもいいだろう。リオネル殿下だって傍に置くのはラヴクラフト様くらいなものだ。だけどさすがに茶を用意するメイドや衣服の準備をする侍従などこまごました使いは常時殿下の傍にいる。一人の時間など然程ないくらいには常に誰かしら同じ室内に待機しているのが普通だ。
なのに王太子殿下にはその側仕えとなる人間が一人もいない。私達はあくまで護衛。殿下には苦労をお掛けするだろうが必ず側近だけでなく、小間使いが必要だ。だって、そうでなければ護衛の負担が大きすぎる。
フロイド様もそれを考えているようでどうにか手の空いている者を護衛に付けようとしているが『黒太子』の護衛など出来ないという返答ばかりのようだ。
『黒太子』アデルハイトの名はすぐに王都を駆け巡った。
聖獣様二柱からの加護を受けた王太子は国民に大きな衝撃を与えた。中には「黒持ち」でも聖獣様の加護を与えられた王太子に間違いはない! と肯定的な意見もあるが「王太子の怒りに触れたら殺される」という噂が出回り、恐ろしい王太子だと信じる人間が大半だ。
これは立太子の儀の翌日、第一側妃様が病気療養の為に離宮に移った事と第一側妃様のお子様達全員が臣籍降下すると発表した事が起因する。そして三日前、第三王子セオドア様が原因不明の死を遂げた事と第二王女セラフィーナ様が学院卒業後は修道院に入り国の為に祈りを捧げる道を選んだと発表された事で拍車がかかった。
これまで冷遇されてきた王太子殿下は兄妹達に復讐しようとしているんじゃないかと。
復讐というより実情を知ってる者からすれば因果応報の自業自得なんだけどね。だけどこの噂も払拭していかないといけない問題だ。どこかで殿下の持つイメージを覆さないと後に面倒なことになるかもしれない。だけどまずは小間使いが必要である。
すぐに偏見は覆されない。信用できないし信頼できない者だ。なら、人間でなければどうだろう。
という事で。
「精霊召喚。肉体を与える代わりに我が願い、聞き届け給え」
『む! 精霊召喚かっ!』
ゼーレ様が尻尾を揺らしながらやって来た。ご機嫌な尻尾は今日も魅惑の極上尻尾です。
「お願いを聞いてくれる?」
『『『(こくこくっ)』』』
声を聴く事は出来なかったけど首を縦に振ってくれたし肯定してくれてると判断。
この日の為に超特急で用意した人間女性の平均的な等身大人形! 簡単な作りだけど小間使い程度なら問題ない強度だ。そこに召喚した精霊達に宿ってもらう。好奇心旺盛な精霊が集まってくれたのでその中から人間の真似事に興味のある子を選び、名前を付けた。
「フローラ、アクア、ステラ。君達にはこれから王太子、アデルハイト殿下の身の回りのお世話をお願いするね。契約主は私だけどどうか殿下に仕えてほしい。……だめかな?」
「「「(ふるふるふるっ!!)」」」
「そう、良かった! では報酬だけど魔力結晶でどう? 期間限定だからそんなに長くはならない筈だよ。毎日一人一つ。仕事の出来次第では別途支給。どうかな?」
「「「コクコクコク!!!」」」
受け入れてもらえたようだ。これで当面は何とかなりそうだね。嬉しそうに笑う三人衆は人形の体に定着し、見た目は人間そのものだ。淡いピンク髪のフローラ、水色髪のアクア、金髪に濃紺のメッシュが入ったステラ。うんうん、とても美しいじゃないか。
『うむ! 其方達が仕えるのは我が愛し子アデルハイトだ。我からもよろしく頼むぞ』
「「「(こくっ!!)」」」
聖獣様のお願いとあらばこの子達も素直に従ってくれるだろう。あとは殿下との相性だろうけど、多分それも問題ない。
「失礼します。殿下、新しい小間使いを「「「(キャーーー!!)」」」 ちょっと、ストップ!」
「リズ!!? え、誰この人達!? わぁあ!?」
「もう! ……『止まれ』」
「「「(ピタッ)」」」
殿下の私室に入ればいきなり駆けだして抱きしめるとは……想定外デス。キャッキャキャッキャする三人衆の真ん中に一人困惑する殿下。いきなりの事について行けないみたいでだいぶ混乱している。抱きしめ頬にキスをされ髪をわしゃわしゃされる殿下と殿下をもみくちゃにする三人衆。挨拶もまだだったため彼女達の行動を止めに入り、落ち着きを取り戻させる。やれやれ。
「申し訳ございませんでした殿下」
「ううん。……で、そこの人達、人? 人じゃない、よね?」
おお。ちゃんと気づきましたか。結構うまく擬態しているので一見すると人間だと思うでしょうに殿下は見事に見破りましたね。
「この三人衆は殿下の当面の小間使いとしてお使いください。精霊を等身大の人形に憑依させました。彼女達も殿下にお仕えする事に異論はありません」
「え、えぇぇ……」
先程もみくちゃにされたのが気になるのか、困惑気味の殿下。でも現状で殿下にお仕えする人材が足りていない事も承知している。出来ることは自分でする殿下だけど、王太子が身の回りの事全てを自分でやるのも外聞が悪い。受け入れるしかないとわかっているけどさっきみたいにもみくちゃにされるのは勘弁! と言ったところかな? ちゃんと言い聞かせておきますよ。
「うぅーっ、……よろしく」
「「「(パァッ!! コクコクコク!!)」」」
嬉しそうに何度も首を縦に振る三人衆。彼女達が笑うと一気に華やぐね。
でも本格的にお仕えする前に研修は受けてもらわないと。あと勝手にやっちゃったからフロイド様とリオネル殿下と陛下とオールバンス閣下と侍従長と侍女長と……面倒だな。
『良かったなアデル!』
「ゼーレ様……でも、いいのでしょうか?」
『ん? 何がだ?』
殿下の懸念は一体?
「僕は王太子となりました。いずれはこの国の王となります。なのに……」
『なのに、なんだ?』
言いづらそうにする殿下はちょっと緊張している三人衆に目を向けた。
「彼女達は精霊。人じゃない。それって人を信用していないという事になりませんか?」
「!」
「リズの気持ちは嬉しいよ? それに彼女達も僕の事が好きっていうのはすぐに解った。でも、それって周りから見たら人から逃げてる事にならない? 人間の側仕えが信用できない王太子。それで本当にこの国の為の政治が出来るのかって……」
なるほど。そこまで考えられるのですね、殿下。私ちょっと感動しました。
確かに殿下のいう通り、彼女達の正体がわかればそんな事を言い出す人間は出てくるでしょう。聖獣や精霊の言いなりと揶揄されかねない。出来れば人間の側仕えを置く事が理想ですし、殿下のみならず『黒持ち』が認められる事が最終的な目標。ただ、それには時間がかかる。
「殿下のお気持ちはわかりました。ふふっ、ちゃんとご自分の意見をおっしゃってくださり嬉しいです」
「リズ……。怒らない?」
「何故でしょう?」
「だって……折角彼女達を用意してくれたのに。彼女達だって僕を大事に思ってくれてるのに……」
自分の意見をおっしゃるようになった。でも自信がまだついていけてないのかな? だんだん尻すぼみになっていくし服の裾をぎゅっと握って何かに耐えるような仕草をする殿下。こんなことで怒ったりしないのになぁ。
『心配するでないぞアデル。あの三人はお前の傍にいるだけで大喜びだ! 精霊としての格も上がった事だし側仕えにならずとも現世に留まれる。気にすることは無い』
「彼女達の意見もありますが……護衛としておくのもアリでは? 私が使役するのですから使い魔的立ち位置にはなりますがそれなら特段問題ありますまい」
『うむうむ! それも良いな! 貴様らはどうだ!?』
「「「(コクコクコクコク!!!)」」」
『うむ! 決定だな!』
「「「(きゃあぁぁぁ!!!)」」」
こうして新たな護衛として三人確保出来た。
後に彼女達三人衆は『黒太子の三女神』などと呼ばれるようになり、その美貌からは想像できないほどの戦闘力でアデルハイトの窮地を幾度も救ったというのは、まだだいぶ先の話である。




