だんまりはダメです。
そうと決まれば早速行動開始である! 善は急げ! ってやつ。
まずは殿下にもご自分の境遇とそれを改善する意思があるのかを確認せねば。こちらが善しと思い行ったことが殿下の望みと違ったら目も当てられない。それに、なすがまま・されるがままの生活は終わりが来た時に何も決断できない人間にさせてしまう。
これでは生きているだけの人形と変わりない。殿下には殿下の意思がある。このままでいいとするならそれまでだが、その決定を下したのも殿下の意思だ。
「おはようございます、殿下。よく眠れましたか?」
朝6時から夕方6時までが日中の勤務。夕方6時から翌朝6時までが夜勤としている。
夜勤の場合、引継ぎ作業やら報告書の作成がそのあと行われるので退勤時間は8時頃となる。といっても、護衛魔術師には各自部屋を同じ塔内に用意されているので何かあればすぐに駆け付けられるのだ。
朝7時。殿下の起床時間である。
ベットの中でまだうつらうつらしている殿下に声を掛ける。朝がどうにも弱いのだ。
「……お、はよ。……リズ」
「はい、おはようございます。さぁ、お顔を洗って朝食にいたしましょう」
「……うん」
ぎゅっ
しがみ付いてくる殿下を抱え、洗面の用意を行う。
あれ以来、殿下はこうしてしがみ付いてくる。よほど寂しかったのだろう。
何故初対面の私にこうまでしがみ付いてくるのか。疑問ばかりだったが、どうにも乳母以来の女性(これでもな!) を見たのは私が初めてらしい。(いや、母親の立場……)
両親とはほとんどお会いしたことがなく、ましてや母である王妃は一度も会いに来たことはなかったらしい……
なので、ひょっとしたら私に母を求めているのかもしれない。恐れ多すぎて吐きそうだが。
あくまで仮定であるが、もしそうなら無碍に扱うのも悪いし殿下がそれで安心するのなら好きにするといい。どうせここにはめったに客は来ない。
顔を洗い、夜着から着替えたら朝食だ。
今日も代り映えのないメニューである。私からしたら牛乳が飲めるだけで贅沢だけどな!
「殿下。今日も同じメニューです。これについてどう思われますか?」
「???」
きょとんとした幼い殿下のお顔かっわいい!!
さすがの王族。めっちゃ美形なんですよ。幼く、少々不健康そうであろうとも隠しきれない美しさ!!
朝から眼福ですわ~。
「失礼ながら、私が日勤の食事内容はこれまで全て同じものです。朝、昼、夕とそれぞれ決まったものが。多少昼、夕で一品増えたりもするようですが、基本は同じもの。これについてどう思われますか?」
殿下はあまり口数は多くない。話しかけると頷いたりかぶりを振ったりしてくれはするものの、声にだそうとなさらない。
今回も、しばらく考えた後首を横に振った。これも、改善ポイントだ。
「殿下。殿下はお声が出ないわけではありませんでしょう?ご自分の言葉でいいのです。殿下の、殿下自身のお考えを私に教えていただけませんか?」
そういうと、体が緊張したように固まってしまった。目もキョロキョロと動かし、焦点が合っていない。
呼吸がどんどん荒くなる。自分の体を自分の腕で抱きしめる形になり、ギュッを目を閉じた。
(意見を言うことにそこまで動揺するということは、これまでに何をされてきたのか)
わからないでもない。だが、こんなに怯えるなんて。彼は王族なのに。
あまりの怯えに可愛そうになるが、言わねばずっとこのままだ。
「殿下。私は『魔術師』です。殿下の怯えは私が払ってさし上げます。こう見えて私は強いんですよ。内緒ですけど」
そう言ってにかっと笑った。
不安な時には笑顔でいつも守ってくれた。あの人は、ほんとは笑うの苦手だったんだろうなと今ではわかる。無理して顔を作ってどこかおかしかった。それでも子供の私にはあの顔を見ると大丈夫なんだと思えた。
殿下も、ちょっとは安心してくれたら。そう思って笑ってみたけど中々難しい。頬の筋肉を動かしたのは久しぶりだ。明日筋肉痛かも。
筋肉だけで笑うのは難しいと判断した私は早々に諦め、口の両端を指で持ち上げて笑顔を作った。完全なる作り笑顔である。
「らいじょうぶれふよ。れんかにふぁいをなふものふぁ、ふぁたしがひゅへてほほふりまふゅ(大丈夫ですよ。殿下に害をなす者は、私が全て屠ります)」
「……」
あ、これしゃべりにくい。初めて知った。もうすぐ20だというのに知らないことがいっぱいだね!
むいむいと徐に頬の肉を指で上下させてみた。筋肉痛って翌日に来たら若い証拠って聞いたけどちゃんと来るかな……?
「ぷっ」
むぉ? 殿下を見ればプルプル震えて
「ふぁりゃいまひひゃ?? (笑いました??)」
「んふうっ!! んふ、ふははは、あはははっ!!」
おお! 殿下からの爆笑、いただきました!!
何がそんなに良かったんだろうか?
「ふぇんふぁ?(殿下?)」
「あはっはははは!!」
おやー、そんなにツボりましたか。そうですかそうですか。
年齢よりも幼く見える殿下は笑うと更に幼くて。笑窪ができるのも今日初めて知った。生きていなけりゃわからないことだよね。
それからしばらく笑い続ける殿下を観察していると次第に落ち着きを取り戻してきた殿下。はぁーはぁーと呼吸し、息を整えている。そんなにか。
「リズ、面白い。お腹、痛い」
「え、お手洗い行きます?」
「違う。そうじゃない。……笑いすぎてお腹の筋肉が痛い。ふふっ」
「笑いすぎると、お腹が痛くなるのですか?」
「ふふ、リズは知らないの? 子供だね」
「こど、も……?」
成人を果たした私が、見た目も年齢も幼い殿下に『子供』だなんて……!
「殿下、私はもう大人ですよ。子供の時間は随分前に終わりましたから」
「うん、そうだね。でも、子供みたいだよ。リズ」
「むぅ」
反論すると余計に子供と呼ばれそうだ。ここはビシッと大人である事を、……ってそうじゃない。
「とにかく、殿下。先ほどの件ですが殿下がどう思われているのか。私に教えていただけますか?」
ふぅっ、と呼吸を落ち着け本題に戻る。笑った殿下は貴重だったが、今はこちらを優先したい。
「……僕は、『黒持ち』なんでしょ?なら、食べ物を貰えるだけで幸せだよ」
「……」
教育はほとんど行われていなかったが、『黒持ち』については教わっていたのか。
そして、それを教えることで殿下の待遇は『幸せ』に該当する。恵まれているんだと。
でも、そうじゃなくて……
「私は殿下の考えを教えてほしいと言いました。殿下のそれは、何者かから聞いた他人と自分を比較して自分の方が恵まれていると感じての引け目からくるものではないでしょうか。私が聞きたかったのは、毎日毎食決まったメニューで『飽きた』とか『もっと量が欲しい』とか『他のもの食べたい』とかいうものです。誰も殿下の幸せの基準なんて聞いていません」
「!!!」
そりゃ王族だもん。ただの『黒持ち』に比べれば優遇されているのは見ればわかる。私がこの年齢の時には学院に在籍していたけど、毎日が暴力だった。教科書は燃やされ、息をするなと首をしめられ、噴水に突き落とされ、そのまま押さえつけられて……あいつら今から呪ってやろうか。おっと私情が。
食の好みは人それぞれ。豪華なものと知ればうまいと感じ、安ければまずいという人間もいる。金持ちでも庶民が食べるものを美味いと感じたり逆に貴族が食べるものを物足りないと感じる人間もいるだろう。
他にも量があれば味は二の次さんの次の者や、少量でも満足できる人間も。
私の場合は子供の頃から食べ物にありつけることが少なかったので量は食べられない。もっと言えば特定のものしか最近は胃が受け付けなくなってきている。
話が逸れたか。
とにかく、興味がなくこれで満足と食べているのか不満はあるけどこれしかないから仕方なく食べているのか。これが聞きたいのだよ。
「……でも」
「〝でも〟なんでしょう」
慌てて聞いてしまったら答えづらいか?心理学者とか精神科医とかじゃないからわかんない。けど、私が聞きたいのは殿下自身の考えだ。それを直接殿下の口からききたい。
何かを躊躇う殿下。言いたいのか、言いたくないのか。将又言いたくても言えない何かがあるのか。
「……」
「……殿下。だんまりはダメです。言いたくないなら言いたくないとおっしゃってください。出来れば理由もお聞かせ願います。また、言葉にできない。内容がまとまらないのなら。『今、考えてるから待って』とか『まとまってから話す』とか、口に出してくださいませ。ずっと待ち続けられる者とそうで無い者がいます。その者達にも時間は平等に流れる。有効に使わせてあげるのも上の人間の役目ですよ」
「!」
「ご理解していただけたのならお返事を」
「……わかっ、た」
「はい」
「……、言ったら、困るひと、がいるから。……言えない」
「困る?」
「うん……」
「どのように困るんですか?」
「それ、は」
殿下はぽつりぽつりと返してくれた。ゆっくりではあるけど、自分の考えを。
そうして聞き終え、内容をまとめるとこうなる。
1.食事は飽きている。絵本に出てくるパンケーキとかお菓子の家とか食べてみたい。
2.食べられるだけでありがたいとは思っている。だから飽きていても残さない。
3.迷惑をかけると自分のせいで困る人がいるから迷惑にならないように努めて居る。
4.毒を盛られて以来、食べることに恐怖は多少ある。
5.護衛が変わる前まで飲んでいた薬が今はなくなった。
「薬……?」
「栄養剤って言ってた。……体を丈夫にするための」
退職したブライアン執事が毎食食後に用意していたらしい。でも、飲んでいるのは内緒にしてほしいと頼まれたんだそうだ。護衛騎士のヴァレンタインが食器を持ち出す隙を見計らって飲んでいたのだそうだ。
何故それを私に話してくれたのだろうか。会って間もない私に。生まれてからずっと守ってきた騎士にも言わずにいたことを新参者の私に。
「リズは、大丈夫だと、思ったから……」
あら、ありがとうございます。こんなに早く信頼を勝ち取るなんて思いもしませんでした。
殿下に信頼していただけたんですもの。私もしっかり働かなくてはなりませんね。
殿下曰く、〝自分のせいで困る人〟というのは言えないらしい。殿下にとってとても大事な人のようだ。うん、大事な人ならそう簡単には言えないか。ならば、
「殿下、その〝殿下のせいで困る人〟がいると教えてくれたのはどこのどなたかわかりますか?」
「ぇ、でも……、」
「それとも〝殿下のせいで困る人〟が直接殿下に『私が迷惑します』と言ったのですか?」
「ううん、別のひと……」
名前は知らない。夜に来て執事を部屋から追い出してから色々言って帰って行くらしい。護衛が変わってからはまだ来ていないそうだ。
コンコンコンっ
「殿下、フロイドです。本日はこれにて退勤したします」
扉の外から声を掛けるのは同じく護衛魔術師となったフロイド・グリーンフィールド。
時刻は8時を回っていた。
夜勤終わりにはいつも挨拶に訪れるフロイド。きっちりしている。
だがそれは彼の生真面目さともう一つ。邪な気持ちもあった。
(今日のリズも、……きれいだ)
朝の陽ざしに照らされる彼女の黒髪をさっと記憶にとどめ、部屋に戻ってからはその光景を思い浮かべ眠りにつく。そうするようになってからとても寝つきも夢見もよくなったという。
ところが今日はそうはならなかった。何故なら……
「ミンスター卿!! 夜勤明けお疲れ様です!! お疲れのところ申し訳ありませんが、お時間いただいてもよろしいでしょうか!?」
「!???」
普段は適切過ぎる距離感を心掛けているリズが今日はそれも忘れて近づいてきた。というか
(ち、ちかっ!!!?)
思わず仰け反るほどの距離にまで迫ったリズはあろうことか手を取った。
「ミンスター卿のお力が、必要なんです」
手、小さっ……! 真剣な表情も、かわいい……。髪、きれいだ。触りたい……
「お願いします」
うっかり見惚れていたフロイドは、リズが頭を下げてから自分が今リズに頼られていると知ったのだ。
(私のバカ野郎!!)
「頭を上げてくれ。……私に出来ることなら、なんでも協力しよう」
「ミンスター卿っ! ありがとうございます!!」
「!!!」
普段無表情のリズが今はほんのり頬が赤く染まり、目つきも柔らかい。
またもや見惚れるフロイド。
繋いだ手を引き殿下の元に連れられて初めて殿下が面白くなさそうな表情をしていることに気づいたのは、数回名前を呼ばれても反応しなかった為、繋いだ手をぎゅっぎゅっと握ってみたリズの少し困惑した表情を見た時だ。
(この手の感触を、私は忘れない……!)
(フロイド、とリズは夫婦……? リズは、ぼくの……)
ありがとうございました!




