生きて、ほしいんです
アデルハイト殿下の護衛魔術師となって一ヶ月。
これまでの殿下がどんな生活をしていたのか大体把握できた。
まず、殿下は王族とは思えない程質素な生活を送っていた。病弱設定の為あまり華美な生活は送れないにしても、王族としては有り得ない待遇だ。
それと、殿下の教育についてだがこれもほとんど行われていない。執事が最低限のマナーは教えていたようだが、その他の事は余り進んでいない。剣術は騎士殿が時折教えていたそうだ。だがこれも体調に左右されやすく毎日は行えなかったそうだ。
次に食について。
先程言った通り、殿下の生活は質素だ。それは食事についても言える。
朝起きると、牛乳をコップに一杯とサラダ。そこに果物が少し。
昼、硬い黒パンにサラダ。卵料理がたまにつく。
夜。昼と同じく黒パンにサラダ、具が殆どないスープ。
おやつになるようなものはなく、紅茶の類いもない。
日中のほとんどを窓から見える外の景色を見て過ごす。生まれてから一度も外に出たことのない殿下は憧れと同時に恐怖も抱いているようだ。
景色に飽きたら本を読む。文字を教えたのは執事だ。ただ、あまり難しい内容のものは読めないらしい。
ここまでで殿下の置かれている状況がどんなものなのかお解り頂けただろう。
『黒持ち』として生きてきた私からすれば十分に恵まれているが、比較対象が悪い。殿下は王族だ。この待遇は王族に対するものではない。
護衛魔術師として殿下の身の安全を守るのが私の役目。だがこれではいずれ体を壊す。12歳の割に体が小さいのは当たり前だった。
更に過去、幾度も毒殺未遂にあったことも有り食事そのものに苦手意識があるようだ。
栄養が十分でないからか、非常に疲れやすい。ベッドで一日過ごす事も少なくない。
また、殿下の表情は乏しい。感情の振り幅で魔力暴走を引き起こす為、常に無表情だ。これについては私にも経験がある。この時期は体の成長と共に魔力量も増え、コントロールが難しくなる。殿下は魔力量が多いようだし些細な事で暴走すれば大惨事になる可能性が高い。
其れにしてもこの待遇はどうよ?
裕福な平民以下の生活じゃないか。暗に『黒持ち』はさっさと死ねと言っているのだろうか。
ミンスター卿も同様に思っていたらしく、第一王子殿下を通して陛下に窮状を訴えてくれた。
結果、病弱であるアデルハイト殿下には十分に施している。これ以上というなら殿下に割り当てている予算を減らす。と、噛み砕いた言い方をすればこのように返ってきたのだ。
「は?」
思わず出たよね。
気まずい空気の中、ミンスター卿は更に続けた。
「……これまで殿下は不満を口に出した事はないらしい。故に新しく護衛に就いた我々が口に出す事ではない、と」
アンタそれでのこのこ帰ってきたんかい。
口にも顔にも出さないけど。あ、因みに私も表情は無が通常です。笑っていたら殴られ、不安顔でも殴られ、歩いてるだけで殴られる。何時しか無表情が定着していたのだ。中身はゆるゆるだけど(笑)
ミンスター卿も立場がある。私が思っているよりも多くの責任もあるだろう。板挟み状態だ。これ以上を求めるのは申し訳ない。
「そうですか。因みにそれは陛下からのお言葉なのでしょうか」
陛下にお会いしたのは任務を言い渡されたあの日、その式でも言葉は交わせなかったがあの様子なら返事を保留にして調べる事くらいしそうだが。
そういえば、殿下とは余りお会いする事も無いのか、と思い直す。
「殿下に支給されている費用は厳密に管理されている。グラハム侍従長にも確認し不正は無かった」
「……」
ミンスター卿ってばちゃんと調べてた。疑ってごめんなさい。
いや、しかし。なら予算自体少ない?
食べるものなんて野菜中心で肉は殆ど出ない。パンは黒パンで栄養は白パンに比べて高いだろうけど決して白パンより高価ではないはずだ。
衣服も新調するのは年に一回らしい。使い回しで生地自体は悪く無いがそれでも王族が着るには明らかに品質は劣る。
「ミンスター卿、予算が何に使われているのか調べたんですよね?」
「ああ。不審な点は無かった」
「では、先程の質問ですが新参者が口を出すなと言ったのは本当に陛下から直接賜ったお言葉ですか?」
陛下への違和感が引っかかる。勿論、為政者である顔と父親の顔を使い分けているだろうけど、どうにも納得出来ない。
「いや、陛下は多忙だからな。側近のオールバンス様からの……」
うん、怪しい。
そもそもグラハム侍従長は王妃様の出身であるリンク侯爵家を主家とする伯爵家の出身であるはず。ならば、何かしらの手心を加えていてもおかしくない。それに、
……何度も暗殺されかけているのも内通者がいると考えて間違いない。
犯人捜しはまぁ今は置いておく。ミンスター卿がいれば暗殺の危険性もぐっと下がったことだろう。しばらくは向こうも様子見に徹するはずだ。
ならば私が取り掛かるべきことは、殿下の境遇の改善。これだろう。護衛という立場の私が口だすことではないが、このままでは病魔に襲われてしまう。それを対処するのも私の仕事だろう。ふっ、無理やりすぎるか。
「ともあれ、私が今一番気がかりなのは殿下のお体のことです。成長期真っ只中の殿下に今の食事量と栄養バランスでは発育に支障をきたします」
顔を上げ、ミンスター卿の目を見てはっきりと自分の意見を言い切った。実はこれ私からしたら結構怖かったりする。殴られる記憶と共に痛みまで思い出すから。所謂トラウマというやつかも。
「あぁ、食事については私も侍従長に直接きいた。答えは『殿下は食が細く消化も悪いためあのような食事しか召し上がることができないのだ』と。……確かに殿下はあまり召し上がらないのも事実だ。料理人と相談して決めたのが今のようなメニューだそうだ」
「……それ、本気でそう思っています?」
「は……?」
護衛としての立場は対等。ならば仕事中の意見のぶつけ合いも許されるよね?
「ミンスター卿。護衛任務中の最優先は殿下です。ミンスター卿の考えと私の考えで意見が合わない場合もこの先ごさまいますでしょう。その場合、礼を失した発言や貴殿の意見に反論することもおそらく発生いたします。意見交換という名目で私の発言を咎めるようなことや、気分を害する事のないようにお願いしたいのですが……」
「勿論だ。私たちは同じ殿下の護衛。立場は対等と考えている。遠慮することはない。それに、……」
急に言葉に詰まったミンスター卿。何事かとしっかり目を合わせて続きの言葉を待てば頬が赤くなり、そっぽをむいてしまった。
「わ、私たちは!ふ……夫婦になったんだ。私生活でも、……あなたと、対等でいたい……」
「……」
照れながらも告げられた言葉に内心動揺する。
鼓動が早い。ダメだ!心拍数下がれ!!
数秒の沈黙。何とも言えない空気が漂う。
「……ならば、遠慮はしません。ご配慮ありがとうございます」
ペコっと頭を下げる。落ち着け、リズ。今は任務中! 仕事中!!
心拍数も落ち着きを取り戻した。ヤバい。照れたミンスター卿もかわい、……はっ!! 仕事仕事!!
「では、これまでの殿下の一日を考えますと明らかに栄養不足と運動不足です。塔から出ることは叶わなくてもできる運動はあります。あとは日光に当たらなすぎ。太陽の光を浴びないと心も体も弱る一方です。食事は言わずもがな。あれでは平民と同等若しくはそれ以下です。それと教育! いくら表に出ることがないといっても殿下は王族。私のような『黒持ち』とは格が違うんです。
これは知り合いから言われた言葉ですが、『知識と技術はあっても邪魔にならい。そして国を追われたとしても、財産を奪われたとしても、知識はどうやっても奪われない。自分の中で永遠に残る財産だ』
本当にその通りだと思います。
……殿下の現状は全て陛下のご慈悲にすぎません。いずれはその後ろ盾もなくなる。ならば」
一気にしゃべったせいか、ミンスター卿が驚いている。大きく目を開くその姿、初めて見た。
「ならば、一刻でも早く殿下にはご自身で生きていく術を身に付けさせるべきです。陛下の保護下にあるうちにやらねば困るのは殿下です」
はっきり言えば今の殿下の味方と言える人間は私たち護衛魔術師の二人だけだろう。ミンスター卿も実家の情勢次第では敵になり得る。だが今は味方だ。ならばこれほど心強いことはない。
「ミンスター卿。私は殿下の護衛魔術師として殿下をお守りします。ただ、それは身の安全だけでなくお心もお守りしたいのです」
「リズ……」
きっと今の私は情けない顔をしているんだろう。ミンスター卿の気遣うようなお顔。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「殿下の現状について、陛下がご存じないはずはないと考えます。だからこそ私が任務に就くことをお許しいただけたのだと」
「!!」
唯の魔術師の私が首を突っ込んでいい問題じゃないよ、こんなの。でも、でも。
自分より年下の『黒』を見るの初めてなんだよねぇ……
『黒』はほとんど赤ん坊の頃に処分されてしまうから、殿下に対して烏滸がましいけど。
『仲間』なんだよ。気持ち的には。
自分以外の『黒』を見かけたら上の人間が面倒を見るのがルール。
私のお世話になった人が言ってた。
『これを恩と感じるのなら、アンタより下の子を見つけたら助けてやんな。そうやってアタシ等は生きてきたんだ。……助けてやるまで、死ぬんじゃないよ』
果たすべき役目が私にもあるのなら、きっと今だ。
これが私の役目! 私の責務! 私が生まれた理由!!
これを果たさず死ねば、きっと他の『黒』達は怒る。
生まれた理由を見つけたのに何死んでんだ!! って……
「せっかく生まれたんですもの! 殿下には楽しく生きていただきたい。……生きて、ほしいんです」
『黒持ち』が成人する18まで生きられる確率は全体の1%未満といわれている。
そして成人を迎えても平均して30前後の命だ。
「我々は短命。ならばこそ、苦しい時間よりも楽しい時間を過ごしたい。過ごさせてあげたい。……生まれたことに後悔をしては意味も分からず死んでいった同胞に叱られてしまいます」
自我も生まれないまま幾人の同胞が葬られてきたことか。
名前すらない兄弟姉妹達よ。
君たちの犠牲の上に、今私は生きている。
君たちが過ごせなかった時間を私は生きている。
君たちが知らなかった世界を私は、今。生きている。
「『黒』は下の面倒を見るものなんです。私より年下の『黒』は殿下が初めてです。ですので、私は殿下を助けます。私情を多分に含んでいますが、どうかお許しを。……ミンスター卿、泣かないでください」
「っ泣いてなど……っ」
そう言って彼は背を向けた。
その肩は震えていた。
鼻をすする音も、息を殺す吐息も駄々洩れですよ……
現在の私の年齢は19歳。後少しすれば20歳だ。
つまり私に残された時間はあと10年程度。
勿論、不慮の事故や病気で死が早まることもあるだろうし、30になったら必ず死ぬわけでもない。
殿下の成人まではあと6年。
気を付けてさえいれば十分生きられる長さだ。
私のこれからの人生の全て、殿下に捧げよう。
あの人達がそうしてくれたように。
未来の『黒』達の助けになってもらえるように。
殿下に助けてもらえるように。
理不尽に死んでいく『黒持ち』がいなくなるように……




