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お茶会 準備

 

 王妃殿下主催のお茶会。

 招待されたのは派閥は関係ないものの、全員が上位貴族。勿論、そこにはバーセル侯爵家も含まれている。


 王宮の庭園で行われるこのお茶会は王妃殿下が即位してから毎月行われてきた催しだそうだ。妃殿下自慢の庭は丁寧に手入れをされており、息を飲むほどに美しい。その庭園を見渡すことが出来る配置にテーブルがセットされており、座っているだけでもため息が出そうなほどだ。噴水も設置されており、吹き上げる水が太陽の光を受けてキラキラと輝き、より庭園の美しさが映える。


 こんなキラキラした所に場違いなのでは? と自分でも思うが腹をくくるしかない。侯爵夫人も共に参加していただけるという事なので心強い。



 *****



 今日はお茶会の時間までに護衛としての勤務を熟し途中で抜けてきた。出る際にミンスター卿から随分心配されたが、一応仮にも夫人という立場の私は内心は不安でもそれを表に出すことは出来ない。「大丈夫です」と微笑み、出てきた。アデルハイト殿下もお声をかけていただけたのでこれまた「大丈夫です」と答える事しか出来なかった。


 塔を出て第一王子殿下が待つ応接室に向かう。周知されているので咎められることは無いが、厳しい視線が刺さる。視線で他人を殺せるならもう私は塔からこれまでの距離で何百回死んだのだろうか。


 殿下付きの侍従に促され応接室に足を踏み入れる。待っていたのは第一王子殿下だけでなく、用意を整えたバーセル侯爵夫人もいた。



「じゃ、着替えよっか」



 殿下のその一言で私は着せ替え人形となった。黒髪の私に似合うドレスを選んでくださったのは夫人だ。私にはセンスというものがないのでお任せした次第。普段寡黙なのかと思う位あまりしゃべらない夫人だが、ドレスを選ぶ際には多くの事を口走っていた。「淡い色もいいけれど、もっとはっきりした色でも良さそうね」「スレンダーな体型だから隠すよりかはそれを活かしたドレスの型を……」など。


 ドレスが決まったかと思えば今度は装飾品だ。用意されていたのはどれもアイスブルーのような輝きの宝石を使ったものばかりだ。特に気にも留めなかったが、夫人は殿下に感謝していた。私もわからなかったけど用意して下さった手前、お礼は伝えた。殿下はニヤニヤしてたけど。


 そして漸くドレスと装飾品が決まり、急いで着替える。落ち着いた赤のドレスは私の黒髪とも相性が良いらしい。このドレス一着で私の給金何年分何だろう……、と下衆い考えをしながら着替えるために衝立の向こうに向かう。王宮勤務のメイドはいたが、結婚式同様誰もが私の着替えを手伝うのを嫌がった為自分で着替えた。コルセットなんか着けないしね。魔術があれば簡単さ。フンッ。


 そうして髪を整えるのも自分で行った。肩にかかるほどの髪は女性の中では短いらしい。櫛でとかしただけだがそれでも艶がでた。何故に。今までそんなことなかったのに。一体この櫛にどんな秘密があるのだろうか。まぁ、毎日手櫛で整える程度しかしてこなかったからなぁ。つやつやになったのは櫛にしみ込ませた油のおかげだろう。髪自体が潤ったわけではないので今日限定の事だ。


 こうして一人で着替えて一人で髪をといてバレッタをつける。装飾に使われているのはミンスター卿を連想させるようなアイスブルーの宝石。ドレスもそうだが宝石にも疎い私にはこれが何という石なのか全くわからないが、お高そうなのはわかる。正直私の髪なんかに付けていい代物ではないのはわかってるからつけなくてもいい!! という気持ちでいっぱいだ。それでも侯爵家の品位とか私が認められた人間だと証明するためにはある程度こういうのも必要な訳で……。



(私今、全身に一体おいくら纏ってるの?)



 身に付けている物の金額を想像するが途中から訳が分からなくなる。精神衛生上、これ以上考えるのは良くない。頭を切り替え、衝立から出ると一番前で待っていた待っていた第一王子と眼が合った。……衝立あるからって前で待ちすぎだろう。そしてさっさとアデルハイト殿下の護衛に向かえよ。という心の声を秘めながら。



「―――、これは。……フロイドが見たら騒ぎ出すな」


「……息子が申し訳ございません」


「いや、夫人。謝る必要はない。私も……想像以上だった……」


(???)



 何処かおかしなところでもあったのだろうか? 二人ともこっちを凝視してくる。なんか居心地悪い。



「あとは化粧だが……自分で出来るか?」


「いえ……さすがにしたことがありませんので……」



 まだなんかすんの!? てか、お茶会開始より随分前に集合をかけられたのって準備にかなりの時間がかかるからか!? もうすでに二時間くらいたってるし!



「化粧は私が行います。……失礼ですがここの者達では役に立たないようなので」



 ギロッと夫人が睨みつけた? のは王宮で働くメイド達だ。私の着付けや髪をすく事も躊躇ったため夫人から部屋の隅に追いやられてしまった可哀そうなメイドさん達。

 夫人からの視線を受けてビクッとしたメイド達は下を向き、震えている。



「いや、すまないな。配慮が足りなかったようだ」



 そう言って侍従の方に手を上げると、侍従の方は何も言わずに頷きメイド達を部屋から追い出してしまった。……うん。彼女達への配慮をしてあげて。



「さぁ、急ぎますわよ。もう時間も迫ってきています」



 そうして顔中に何やら叩かれ塗りこまれ、匂いに噎せ返りそうになりながらも耐えた。途中からは記憶がない。最中に夫人が顔を顰める様子があったが、もしかしたら顔の傷の事かな。大して大きくはないけれど私の顔には消えない傷が多数ある。傷物といえばそうなのか。貴族はそういうのも五月蝿いんだっけ? でもあるものは仕方ないだろう、こっちもまさか貴族になるなんて思ってもいなかったんだから。


 そうして夫人に全てを委ねていると「出来たわ!」という声が上がった。満足げな夫人と実に面白そうな第一王子殿下がこちらを見下ろす。ニコニコ顔の殿下の侍従の方が手鏡を差し出してくれた。

 殿下に促され覗き込んだ。……ら。



「?」



 思わず後ろを振り返ったが、誰もいない。首を傾げまた鏡を見る。……知らない人が写ってる。再度後ろを振り返る。誰もいない……。再度鏡を覗き込む。知らない人が……



「ブハッ!」


「……?」



 殿下が急に噴き出した。……なんだ、どうした。ていうか侍従の方含め夫人も笑っていらっしゃる?



「あの……?」


「ふっ、あはははっ! リズ! 鏡に写ってるのは君自身だよ!」


「!?」


「ふふふ、可愛らしいですね」


「……良く似合っていますよ、リズ」



 なんですと!?

 これが私だというのですか!?



「魔法、ですか」


(気づかなかった。いつの間にかけられた? 行使したのは夫人か、もしかしたら殿下の侍従の?)


「あははははっ! そんなわけないだろう?」


「元から素材が良かったのですね……。軽く施した程度に見えましたが、印象が変わりましたよ」


「ベースメイクに紅を差したくらいですが、わたしも驚きました。……しかしこれでお茶会に向かえば、もしかしたらフロイドは怒るかもしれませんね……」


「!!?」



 なんで!?



「あの、先生! ミンスター卿が怒るというのは……」


「……お待ちなさい。あなた、フロイドの事をそんな風に呼んでいるの!?」


「はい?」



 そんな風にとは? ミンスター卿はミンスター卿でしょう? 

 なんの問題があるのか皆目見当もつかない私をよそに、殿下、殿下の侍従と夫人は何故か憐れんだ表情をなさっている。



「フロイドも、指摘しなかったんでしょうか」


「ああ……、現状に満足して気が付いていないとか、な」


「ありえますね」


「リズ!!」


「ひゃい!?」



 憐れんだ表情から一転、夫人に両の二の腕を掴まれて力強く言い切った。



「あなたはすでにバーセル侯爵家嫡男フロイド・グリーンフィールドの妻!! 敬称で呼ぶ必要などありません!! 今後はフロイドと名前で呼びなさい! いいですね!!?」


「……は、しかし……」



 名前呼びかぁ。そう言えばずっとミンスター卿って呼んでたな。あえて呼ばない様にしてたのもあるけど。たまには呼んでたけどね。でも私が名前で呼んでもいいものなのかな?



「しかし、どうしましたか?」



 殿下の侍従の方、穏やかな風だけどこの人も実は癖が強そう……。殿下よりもいくらか年上だろうが垂れた柔らかい緑色の瞳が実際年齢よりも幼く見える。物腰が柔らかく、ついなんでもしゃべってしまいそうになる何かを持っているようだ。……残念なことにその目には殿下と同じく好奇心いっぱいだけどね。隠してるけど隠しきれてない。



「いえ……。名前を呼ぶ許可をいただいておりませんので。勝手に呼ぶわけには参りません」


「「「あの、バカ!!」」」



 三人の声が見事に重なった。

 それぞれにミンスター卿のことをボロクソに言い始めた。結果、許可なくとも今回のお茶会で名前を呼ぶ若しくは主人や夫と呼ばなければ不仲を勘繰られるそうだ。『やはり、陛下の命で仕方なく』『だから名前すら呼ばせないのだ』という具合になりかねないらしい。

 そうなると騒ぎ出すのは未婚の適齢期のご令嬢達だ。茶会から帰ったあと、娘をけしかける可能性が高い。どうせすぐに別れるはずだからアピールを続けるようにと。


 これまで浮いた話の一つもなかったバーセル侯爵令息。名門貴族の嫡男で将来有望。堅実な領地経営で資産も申し分なしとくれば是が非でも婚約者ないし妻の座を得たいというのが普通らしい。学院時代に婚約者を選定するのが一般的だが、バーセル侯爵家は代々魔術師なわけで三年間の研修期間が終わり次第婚約するのだろうと騒がれていたようだ。


 それが研修期間を過ぎても婚約者を探している風でもなかったはずなのに、いきなりの結婚。しかも『黒持ち』ともなれば、婚約者の座を狙っていた女性達は阿鼻叫喚したそうだ。……すみませんねぇ。



「ん? てことは私の事もずっと第一王子殿下と呼んでたのも許可がなかったから?」



 ふと気づいたと言った風に第一王子殿下は言ってきた。いくら何でも王子殿下に対して名前呼び等出来るはずがありませんよ。それはちゃんと弁えていますとも。それに……



「単に呼びたくな…「あ゛?」 いえ、許可がなかったからです」



 怖っ! うっかり本音出したのが悪かったんだけど。一瞬の真顔の後のニッコリ笑顔は圧力が三割増しだ。あと普段の作ったような優しい声色じゃなく、地声だった。本性が隠せてないよ、チンピラじゃん! あ、侍従さんめっちゃ後ろで笑ってる。あはは……夫人の目が怖ーい……



「……私のことは、お義母様と呼ぶように。先生や夫人などと呼ばれたら、バーセル侯爵家(うち)があなたを認めていないという事になりかねません」


「……申し訳ございません」



 改めて、自分なんかと婚姻した事によるバーセル侯爵家への負担が重い事を思い知る。負担ばかりで利益など皆無な訳だ。……結婚ともなると当人同士が良くても家門にまで影響を及ぼす。私相手だと特に。

 その為に、この一か月マナーレッスンに励んだんだけどね!



「そろそろお時間です」


「あぁ、そうか。ではリズ。これまでの成果十分に発揮するんだぞ」


「はい。ありがとうございます」


「いじめられたらフロイドに泣きつくと言い。翌日には家ごと吹っ飛んでることだろうさ!」


「殿下!!」



 あっはっはっ! と笑いながら去っていく殿下を夫じ……、お義母様は焦ったように咎める。いくらミンス、フロイド様でもそんなことなさらないでしょう。

 はぁ~っ、と大きくため息とついたお義母様は私を連れて会場に向かう。

 義母と義娘。

 関係は良好。

 これを徹底せねばならない。間違っても、侯爵家に泥を塗る行為は絶対に避けないと……!



 そうして冒頭の庭の感想に戻る。重い気持ちを隠しながら会場にたどり着けば、一斉に顔を向けられ息を飲まれた。

 さすがの高位貴族。露骨な態度は出さなかったものの、私が招待されているとは思いもよらなかったのだろう。みるみる内に顔色が悪くなっていく。


 居たたまれない思いがしないわけではない。だけどここで逃げるわけにはいかないのだ。私はフロイド様の妻となった身。これが書類上の関係であったとしても侯爵家に迷惑はかけられない。陛下の後ろ盾があったとしても、私を娶ることに利益は皆無。むしろマイナス。それなのに、こんなにも良くしていただいたお義母様やフロイド様。これからしっかりとお返しをしたい。私を信用して下さった彼らの為にも今日のお茶会で失敗は許されないのだ。そして何より、アデルハイト殿下の為にも。



 殿下のこれからの花道を私が穢すわけにはいかない。

 これまで報われなかった12年が今ここに来て大きく動く出そうとしている。私のような道端の石ころに足をとられることなど、あってはならない事だ。その為に、私は堂々立ち向かって見せようじゃないか。矢であろうが石礫であろうが真正面から受け止めて見せよう。そうして殿下の通る道の下地作りとなればいい。私のような者が道を作ることは出来ないが、足場の掃除くらいは請け負おう。




 そうしてそれが、いつの日か。

 同胞()達も歩むことが出来る『道』となればいい。


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