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平民魔術師リズ ~人生山あり谷あり~  作者: 炬燵猫


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33/112

レッスン2

 

 ****



「お疲れさま。どうだった?」



 家に帰り着替えていると珍しく夫が早く帰ってきた。挨拶もほどほどに尋ねられたのは口に出すまでもない。



「……生真面目で、努力家ではあります」



 ぶっきらぼうに答えるが、紛れもない本心だった。

 彼女が生きてきた環境を想像するに、他人を信用しきれていはいなくとも彼女は自分を『先生』と呼び、素直に教えを乞う。出した課題は翌日には完全に昇華され自分のものにしていた。こちらが驚くべくスピードで。



「ふふっ、気に入ったんだね。それならこれからも継続の方向で?」


「ええ、問題ありません」



 むしろ、もっと鍛えたい。騎士の家系の血が騒ぐのか、そんな衝動に駆られていた。



「必ず、我が侯爵家に相応しい淑女に仕上げて御覧に入れます」



 少し感情が高ぶると魔力の溜まった赤い髪が燃えるように輝いてしまう。魔力コントロールは通常なら完璧なのに、どうにも夫の前だと緩んでしまう。私も鍛えなおすべきかしら?



「……熱心なのはいいけれど、もっと私にも構ってほしいなぁ」


「!」


「愛してるよ、私のマデリーン」


「わたしも、愛しています。ダニエル」



 少しばかり嫉妬深い愛しい夫と抱き合い、今日の出来事を語る。わたしを愛しそうに見つめる夫の目がフロイドがリズに向けるものと同じだと気づいた。やっぱりフロイドはダニエルの子なのだと実感する。


 そして、リズに対して僅かに同情する。きっとフロイドは夫よりもグリーンフィールド家の血が濃い。そんな息子に囚われたリズは、もう逃げることなんて出来ないだろう。



「……囚われた方が、あの子の幸せなのかも(ぽそっ)」


「ん? どうしたんだい?」


「いえ、なんでもありませんわ」



 *****



 全身が筋肉痛!!

 こんなの軍にいた頃でもなかったのに!!

 慣れない動きで普段使わない筋肉を使ったことによってそこかしこが痛い。治癒魔法で治すかと考えたけど何となく治療はやめた。なんか、頑張った証みたいな感じがするし。 


 先生は一見厳しそうで厳格でキツそうな印象だけど、無駄口を叩かず的確な指示をくれるし出来たらちゃんと褒めてくれるいい先生だった。厳しそうでキツそうに見えるのはハッキリしたお顔立ちと多くない口数のせいであろうと思ってます。

 公私の区別をしっかりつけるお方でレッスン中は先生と生徒を一貫されています。書類上は嫁姑関係ですがこれまでそれらしい会話は一度もありません。


 侯爵家の嫁として認められるにはこのレッスンを熟し、淑女と呼ばれるような女にならなければ見てもいただけないという事でしょう。つまり、今の私はスタートラインにすら立てていないという事。バーセル侯爵家嫡男の妻という肩書は簡単に得られるものではないという事です。



「指先にまで意識を集中。ひと時も気を抜かない」


「はい」



 ただお茶を飲むというのも作法があるなんて。最底辺平民ビックリ。指も筋肉痛っておこるんだ……、いやこれツってる?



「……作法はまぁ、良いでしょう。問題は……」



 おお!? 合格!? 合格出ちゃった!!? マンツーマンで始まったこのレッスンもそろそろ一か月。形にはなってきたと思っていた先生から『良』判定をいただけるとは……!



(素直に、嬉しい……)



 学院時代も軍でも教員には辛酸を舐めさせられたもので、苦手意識があった。それでも今回は私だけの問題ではなく、侯爵家にも影響を及ぼす。その為、真剣に学んでいたのだけど。



「……思っていたよりも、かなり呑み込みが早いわ。淑女の作法なんて、幼少期から施されるもの。……そう簡単には身に付かない筈なのに」


「……お褒め頂き、恐悦至極にございます」


「問題は、表情よ。あと、そのしゃべり方」



 なんと。表情ですとな?

 あと、しゃべり方? そんなに可笑しいのかな……?



「あなたはバーセル侯爵家の人間。それにふさわしい話し方があります。いつまでも、平民が貴族に傅くような話し方はいけません」


「はい、承知いたしました」



 そうして行儀作法の練習の一環としてお茶会をしながら話術の勉強が始まりました。常に微笑みの仮面を装着し、近頃の流行りやら噂話やらなんやらと。


 ……正直、カーテシーなんかよりもよっぽど難しい!!

 長年しみ込んだ話し方なんてどうやって改善させんの!? うっかり素がでるわ!



「本日はここまで」


「……ご教授いただき、ありがとうございました」



 ダメダメだった……。

 どうしても普段の話し方が出てしまう……。


 最底辺の身分である私が平民に対しての話し方であったなら、それなりに合格点は頂けると思う。だけど相手は貴族。それも私とは違い、生まれながらの貴族。そこに一応仲間入りし、さらには侯爵家という高位貴族の身内となったからにはそれにふさわしい話し方がある。大抵の人間が身分的には下になるのだ。



「どうした? 母上のしごきが辛いのか?」


「いいえ、よくしていただいておりますよ」



 今は殿下の護衛任務中。

 家庭教師の選定に時間がかかっているようなので、他に出来る事として殿下の体力づくりに今は精を出しています。

 その教師役は実の兄で第一王子のリオネル殿下だ。



「アデルハイト。もっとしっかり腰を落とせ。そうだ、いいぞ」



 ふらっと前触れもなくやってきた第一王子は実弟であるアデルハイト殿下を見つけると自分が兄であることを告げた。アデルハイト殿下はどうにも人見知りらしく、私の後ろに隠れてしまったが自分の兄に興味があったようだ。陛下からも兄がいる事を聞いていた殿下は恥ずかしそうに、警戒しながらも第一王子に挨拶をした。


 生まれてから一度も会ったことのなかった兄弟との対面。並ぶとよく似ているのがわかる。

 初めこそお互いぎこちなかったものの、第一王子の気さくなしゃべり方と雰囲気でそれなりに距離は縮まったようだ。


 第一王子殿下はアデルハイト殿下が『黒持ち』であるという事を殿下が生まれた時から知っていたらしい。会いに行こうにも、母である王妃様の事もあり中々行動に移すことが出来ずにいたけれどどうにかしたい気持ちはずっとあったそうだ。

 だから、()()()()()()()()

 納得した。見つかって殺されるどころか保護して魔術学院に編入させたのも、すべてはこのため。


 ……とんだ食わせ者だ。



「リズ? 何、なにか言った?」


「……滅相もございません」


「そう? てっきり、失礼な事考えているのかと思ったよ」


「……まさか」



 ……苦手なんだよなぁ、この人。穏やかな顔してやることえげつないんだもん。



「リズ?」


「……申し訳ございませんでした」


「え? 何についての謝罪? やっぱり失礼な事考えてたの?」



 ハハハっと笑っていらっしゃるけど笑顔が怖い。めっちゃ怖い。さすがのミンスター卿も少し引いている。



「……リオネル様とリズは、親しかったのですか」



 徐に訊ねてきたきたのはミンスター卿。殿下の笑顔に引いていたものの、このやり取りすら彼にとっては不快なものだったようだ。



「あれ? 言ってなかったけ。リズが市井にいるのを捕らえた(見つけた)のが僕だよ。ねぇ?」


「……はい、そうです」


「「捕らえた(見つけた)!?」」



 驚いたような顔をするアデルハイト殿下と大きな声を出すミンスター卿。どういうことだ!? と狼狽えながら殿下から隠すように立ち位置を変えるミンスター卿。アデルハイト殿下も、スクワットの体勢のままこっちを気に掛ける。止めたらまた回数を増やされるのだ。



「うんうん、当時王宮には『黒持ち』を見かけたって噂があってね。聞けば北のはずれの小さな町で。視察ついでに見つけられたらラッキーくらいのつもりで確かめに行ったんだよね」



 ニコニコと笑顔の第一王子殿下だが、()()は「見つけられたらラッキー」の部隊編成でない。そうとも知らず、ミンスター卿とアデルハイト殿下は「へぇ~」くらいの気持ちで聞いているが。


 ……大事な後継ぎ候補筆頭の第一王子にあてがわれたのは近衛騎士団団長率いる精鋭部隊。殿下の周りをぐるりと囲み、ネズミ一匹通らせないとわかる物々しさ。近衛騎士が前面に出たことでその町の領主が用意した騎士や駐屯兵団が霞んでしまっていたが、小さな町一つを取り囲むには十分な人員だった。おまけに王家直属の影までもが配置されていた。


 完っっっ全に捕まえる気だったろ!! いつ捕まって殺されるか戦々恐々したわ……!


 それでも三日三晩逃げた私ってすごくない?


 最終日に王子とあろうお人が自ら死体置き場に現れるなんて誰が想像したよ? それまで小さな体を活かして大人で、それも鍛え上げた男性では入り込めないような壁の隙間に逃げ隠れてやり過ごしていた。その日は風に乗って殿下が今日帰ると聞いてほっとしたのを覚えている。ようやくこのかくれんぼから解放されるのだと。なのに。



「気を抜いた私がバカでした」


「ハハッ今後は油断しないことだね」



 周囲を包囲され、完全に囚われた私は三日かけて追い詰められていたに過ぎなかった。徐々に町の外から内に包囲網が狭められ、その中心に追い込まれていったのだ。気づいたときには遅かった。それでも、殿下でないとあの隙間に入り込める人間はいなかっただろう。……無駄に行動力があるのも考え物だ。

 

 隠れていたのは町はずれにある朽ちかけた教会の一部を死体置き場として作られた一角。壁に隠し扉を設置し、地下に向かう階段を下りた先には隠し部屋を作ってあったのだ。だが、その壁。頑丈な造りの上、装置が壊れていて幼い子供一人が入るのがやっとの程しか開かない。

 私としては隠れるには十分。王子様とやらもここまでやってこないだろうと踏んでいた。なのに。



『見~つけた』



 暗闇の中響く子供の声に背筋がゾっとした。振り返れば魔術で作り出した火が子供を照らし出し、光と影がニヤリと笑う表情を演出していた。あの時を越える恐怖体験は未だに「リズ?」……んんっ。ここまでして殺したいのかとか、何故殺されないといけないのかとか、あまり甚振らないでほしいとか。色んな事が頭をよぎったけど、一番は「この人怖い」だ。逆らったらダメなやつ。本能的に悟った。


 あの時疲労と空腹と眠気が襲っていたとはいえ、寝ている場合ではなかった。せめて、もっとうまく隠れていたらと、何度思ったことか。


 その後はあれよあれよという間に王宮に連れられ、体を洗われ服を着せられ食事を用意された。警戒して食べなかったけど。学院に編入する前に最低限の文字の読み書きと計算を教わり編入してからも息つく暇もなかった。

 漸く解放されたのは軍での研修が終了した後、西方のあの小さな集落に身を寄せた時だ。



「それでどうなの? 礼儀作法の授業の進捗は?」



 アデルハイト殿下のスクワットを再開させ、そう尋ねる第一王子殿下。部下から報告も上がっているはずなのに、直接ここまで来るのはそれだけフットワークが軽いというのもあるが……



(この方は誰の事も信用してなどいない)



 部下の報告を鵜呑みにしない事は良いことだろうけど。こちらの身にもなれと言いたいがな!



「……あとは、表情と、話し方が課題です」


「へぇ! もう夫人から及第点をもらったんだ? 予想より早くて驚いたよ!」


(あ、やらかした)



 にっこり。笑う第一王子の笑顔の裏にある彼の思惑。私にとって良くないやつだ。



「経験不足なら回数を熟せばいい。ねぇ、フロイド?」


「!」



 ビクッと体を震わせたミンスター卿。彼も殿下の素若しくは裏の顔をご存じなのだろうか。……だとしたら同士だ。第一王子被害者の会を設立すべきか。



「あははっ、そんなに怯えることは無いだろうに」


「……殿下、まだ日も浅いリズに無理はさせないで下さい」



 おぉ、第一王子殿下に意見するミンスター卿ってば勇者だわ、とても真似できない。でもこの流れ。やだなぁ……



「ふふふっ、君は奥方殿の事がよっぽど大切なんだね? フロイド。だけど、それを知る人物はどれほどこの国にいるのかな?」


「……知らずともいいことです」


「君にとってはね。だけど君に思慕の情を寄せる多くの女豹たちはどうだろう? 『陛下の命とは言え、無理やりに婚姻させられたフロイド様がお可哀そう。お慰めしなければ』とか『私との真実の愛をもってすればきっとフロイド様も我に返りますわ! きっとあの『黒持ち』が魅了などを使ってフロイド様や陛下をも操っているのだわ。さすがは魔族のする事、実に卑劣で卑怯ですわ』なんて。陛下の決定を魅了による愚かな判断だと言い始める始末だ」


「……」


「勿論。そんな彼女達には相応の相手を見繕ってあげたよ。婚姻していない身だから暇な一日おしゃべりばかりなんだと思ってね。なら、そんな彼女たちにはそんな暇のないくらい頑張ってもらおうと思い至ったんだ。今頃みんな必死に働いているだろう。あぁ、勤労って素晴らしいね?」



 行く先は戒律厳しい修道院か、はたまた娼館か……。ご愁傷様です。



「だけどこのまま見過ごすことは出来ない。アデルの護衛は私が勤めるから、リズを一度お茶会に出席させろ。バーセル侯爵夫人と共にだからお前も少しは安心だろ。茶会の主催は母上だ。母上も、一度リズと話してみたいと仰っている。……開催日は明後日だ。ドレスはこちらで用意したものを選ぶと良い」


「待ってください!! あまりに急すぎます!!」


「夫人から同伴でならリズのお茶会出席を認めると言質をとった。いずれ披露目の際には顔を出すんだ。それが少し早まっただけの事」


「でしたら! その茶会には私も!」


「『夫同伴でないと出席も出来ない次期侯爵夫人』の肩書を更に負わせる気か?」


「っ!」


「茶会の主体は女性。夫とは違った方法で情報を収集する女性たちの戦場。そこに男はいらぬ火種でしかない。特に、今回のような場合はね」



 言いたいこともわかるし、バーセル侯爵家に瑕疵をつけない為にも、私が出席するのは決定事項。その茶会での評価次第ではミンスター卿や陛下にも影響を与える。そして何より。アデルハイト殿下の今後にも。



「承知いたしました。では、そのように」


「待て、リズ」


「頼むよ。まだ母上の解呪は終わっていないんだけどね。月に一度行っていたものだから穴をあけるとどんな勘繰りをされるかわからないんだよね。陛下とは最近……、もっと仲を深めているし」


「「「……」」」



 仲が宜しくてなによりです。


 そうしてまだ礼儀作法のレッスンを受けてから一か月という短い時間でしたが、王妃様主催のお茶会に参加する事となりました。



 ああ。……胃に、穴があきそうです……


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